第36話
噂というものは飴みたいなものである。
お菓子という意味でも、口の中で転がすという意味でも。
そうして飴を舐めるような感覚で噂を嗜むのは、割と普通だ。
だがその中で特に飴が大好物という人物もいる。
そういう人物には自然と、色とりどりの飴が提供されるようになるのだ。
いつの間にか情報の基地局になっていたりする。
愛佳はエミリーに通話要請を試みた。
要請に応じたエミリーは、画面の中で眠そうにしていた。
『はぁい』
衣服も乱れているし、気だるげな表情。
完全にリラックスモードだ。
あまり人様に見せられる格好ではないが、彼女は気にしない性格のようだ。
自室にでもいるのだろうか、と思いながら愛佳は話し始める。
「やあやあエミリー、こないだ教えてもらった動画は面白かったよ」
『ああ、〈DRS〉の無重力鉄棒実験?』
「そうそう、無重力だから回り放題だね。地球での世界大会の映像と並べて見てみると笑ったよ。素人がプロ選手より回ってる」
『他にも色々実験やってるみたいだからまた教えてあげるよ』
社交辞令といった流れはこれくらいで良いだろう、と愛佳は本題に入った。
「ちょっと変な噂を聞いたんだけど」
『へぇ、部長のカイザーが靴下を三ヶ月洗濯していないとか?』
「いや、そうした要らない情報ではなくて。『総司令が地球侵攻を考えている』なんていう噂を耳にしたものでね」
『ああ、それわたしも聞いたー』
あっさりとエミリーが言う。
やはり彼女の耳には大抵の噂が入っているようだ。
「さすがエミリーだね、情報通だ」
『ついさっき彼氏から聞いたの。見て見て、わたしの彼氏、メルグロイ!』
そう言って自慢げに彼氏の写真を見せるエミリー。
同年代ではなく、年上のようだ。
二十歳を超えているように見える。
彫りが深く、精悍さのある好青年だった。
「ほほう、エミリーも良いのをつかまえたね。でも馴染みの無い顔だな……」
『地球生まれなのよ』
ああそうか、と納得する。
地球生まれは巣の破壊作戦の時にやってきたから、まだ知らない顔が多いのだ。
「なるほどね。しかし、エミリーは地球生まれが大嫌いじゃなかったかい?」
つい先日エミリー達とファーストフード店に集まった時は地球生まれのことをさんざん貶していた気がするのだが……
『そんなの昔のことよ』
「それはそうだね」
過去に囚われないという意味では互いに似たもの同士のようだった。
きっかけさえあれば一八〇度だって三六〇度だって簡単に変わる。三六〇度だと一周か……まあそれはどうでも良い。
『何かね、宇宙機の開発技術が地球よりも進んだから、総司令がそれを手放したくなくなっちゃったんだって。今後ウチらは地球軍に吸収合併されるハズなんだけど、それだと総司令はトップになれないでしょ? だから総司令は地球軍をやっつけて自分がトップになろうとしている……って聞いたよ』
「へえ、権力争いだね」
『ウチの総司令はけっこう好戦的だからね、ありえない話じゃないよ』
「でも規模で言ったら地球はボクたちの何十倍もの軍なんでしょ?」
『んーまあ、そうねえ。総司令は巣の破壊を成功させたことで気が大きくなっちゃっているのかも』
「…………噂の出所は分かる?」
『どうだろ、メルグロイも友達から聞いたって言ってたし。まだ新しい噂だから情報が少ないのよね。しばらくしたらはっきりしてくるんだろうけど。何か分かったら教えるよ』
「急ぎ過ぎだったようだね。じゃあ何か分かったらよろしく頼むよ」
愛佳は通話を終了すると、視線を下げて考え込んだ。
総司令が地球に勝てると踏んで、侵攻を目論んでいる……そんな内容。
無謀もいいところだ、現実的ではない。
いくら【アイギス】の技術が進んでいるといっても、数の暴力には勝てないだろう。
何といっても地球軍は【アイギス】の何十倍の規模だ。
もしかしたら何百倍かもしれない。
そんな敵を相手にしたら、どんな機体だって……
そこで、ハッとなった。
【黒炎】なら……
超重防御突撃機【黒炎】のコンセプトは『敵の群れを突っ切って巣を叩く』だった。
これを地球軍に向けたとしたら。
敵機を突っ切って母艦を撃沈するだろう。
六機の【黒炎】が次々と母艦を撃沈していく光景が思い浮かんでしまう。
もしかして、無謀では……ない?
そんなことを考えてみたが、電志に『飛躍しすぎだ』と馬鹿にされそうな気がしたので口には出さないことにする。
とにかく噂としては新しく、出所も分からない。
収穫は無かったが、隣の席に座る仏頂面に報告する必要があるだろうか。とりあえず伝えるだけ伝えておこうか。
「ねえ電志、『総司令が地球を侵攻しようとしている』っていう噂、知ってる?」
電志は面倒くさそうに返事をした。
「知ってる」
「え? 耳が早いねぇ。誰から聞いたの?」
「エリシアだな。ちなみに倉朋もその時聞いた筈なんだが」
「この際エリシアさんのことは置いておこう。既にエミリーも噂は知っているみたいだった。何か分かったら教えてくれるってさ」
「そうらしいな」
「え? 何で知っているんだい?」
「隣にいたからな、通話が聴こえてきた」
「エッチ」
「なら人のいないところで通話しろ」
淡々と真面目な顔で話す電志は、意外にもこれはこれで会話を楽しんでいるのだと本人が言っていた。
愛佳が電志班に来た当初はただただつまらなそうにしているようにしか見えなかったのだが。
会話に一定の満足を得た愛佳は立ち上がる。
「ようやく買出しだ。電志が荷物持ちになりたそうにこちらを見ている」
「積極的になりたいわけじゃないんだが。買いすぎるなよ」
二人で〈DDCF〉を後にした。




