第34話
巣の調査の帰りは昼過ぎになった。
小型艇に戻るとガヤガヤした船内で昼食となる。
四列シートが通路を挟んで二組並び、愛佳達は中央より後ろの座席に納まっていた。
前方を眺めるとタケノコのように座席から生えた後頭部の群れ。
その向こうに弁当の詰まったカゴを持った船員が一名、二名と現れる。
待ってましたとばかりにみんながざわつくのだった。
「中身は何かなー」「早く配って!」「腹減ったー」
こうしてテンションの上がる者もいれば、こんなことを口にしている者も。
「ちゃんとキャッチできるかなー」「私の分もあんたがキャッチしてね」
弁当をキャッチする。
そのことに不安を覚える者や面倒くささを感じている声。
そうした声が何故発されるのか。
それは、配膳の仕方に特徴があるのだった。
みんなのざわつきがピークに達した時、配膳が始まる。
船内スピーカーが注意を促す。
『それでは配膳を開始します。一人一個ずつ、行儀よく取ってください』
そして最前列の向こうに見える船員が通路に入る、わけではなく。
船員は弁当を手にすると、みんなの頭上へ投擲した。
歓声が巻き起こり、最前列の者が手を伸ばしてそれをキャッチ。
船員達は次々に弁当を投げていく。
弁当はふよふよみんなの頭上を流れていき、前方のシートの者達が我先にと手を伸ばして掴み取っていくのだった。
後方から見ていると、あちこちのシートから人の手が伸びて引っ込んで、モグラ叩きみたいだ。
これは、無重力を利用した配膳方法だ。
配膳係がカートを押して通路を進むより、配膳係が弁当を投げた方が楽。
しかもカートを積まなくてよくなるので省スペーズにもなる。
そうした発想からカートは廃止された。
弁当は投げても落下することが無いので誰も取らなければ最後列まで届くことになる。
とは言え序盤は前列の者がキャッチしてしまうので結果的に前方から配っているのと順序が変わることは無い。
重力が有る場合で表すなら流しそうめんが近いか。
歓声や時に掴み損ねたことによる悲鳴も上がる船内のボルテージは最高潮に達していた。
「これはしばらくこっちまで来そうにないね」
前方の騒ぎを目にしながら愛佳が話す。
腕組みも脚組みもした電志が短く応じた。
「そうだな」
「ボクの弁当が食べられなくて残念かい?」
「そうだな」
愛佳はちらりと隣の席に目をやる。
どうやら電志は俯き加減で自分の世界に入っているようだった。
きっとこちらからの言葉が耳に入っても反対側からそのまま抜けていっている。
「当然ボクの分も電志がキャッチしてくれるよね?」
「そうだな」
「……電志が〈DDCF〉で最初に作った機体は何て名前だったっけ?」
「そうだな」
愛佳はジト目で隣の仏頂面を睨み付けた。
すると彼は気付いたのか、『あ、やべっ』という顔をした。
「ふーん、電志が作った機体は『ソウダナ』って名前だったんだね」
「いや、違う。『アークトゥルス』だ」
「でも『ソウダナ』って言った。確かに言った。録音もあるけど聞くかい?」
そう言って愛佳は腕輪をいじり始める。何だか会話をおざなりにされたのが妙にムカついた。というか、何かあったんじゃないのかな?
電志は七星とどこかへ行って帰ってきてから、何か考え事をしているように見える。
普段から考え事をしている時は散見されたが、それとは決定的に何かが違っている。
そのように見えるのだ。
普段の彼なら考え事をしつつもちゃんと返事をしてくれている。いや、どうだったか。やっぱり普段から考え事をしている時はまともに返事もしてくれなかったっけ? でも良いや、今はムカついたから普段と違うことにしておこう。記憶とは気分によって補正がかかってしまうものらしい。今知った。
「悪い悪い、ちょっと考え事をしていただけだよ」
「『悪い悪い』と同じ単語を二回並べたね? 電志、心理学によれば同じ単語を二回続けた場合は気持ちが籠っていない時だと言われているけどどう思う?」
すると、電志は目を泳がせた。ふむ、これは確定だね。名探偵であるボクの目はごまかせないよ。やはり何かあったんだね。
電志は何とか言葉を掘り起こせないかと宙を見つめた後、肩を竦めてみせた。
「同じ単語を並べるのは倉朋がいつもやってることだろ。真似しただけだ」
「ボクはそんなことをしたことは一度だって無いね」
「よく言えたもんだ、『まあまあまあまあ』とか執拗に繰り返してるだろ」
「それは単語とは言わない」
「単語未満ならなおさら会話としてどうなんだ」
「電志、会話の最終形態はツーとカーだ。ということは言葉は具体的にするのが上位ではない、より抽象的にするのが上位、ということになる。だから『まあ』は単語未満でなく、単語の上位互換なんだよ」
愛佳は全く何も考えずに指を立ててそう言った。
屁理屈をこねまわすのは大好きだ。
「俺は倉朋の言ってることを理解するのに一〇〇〇万年はかかる気がするんだ」
「ツーカーになるには先が長いね」
「そうだな」
「ほらまた『そうだな』って言った!」
「今のは会話の流れとして正しい返事だろう」
「へえ、じゃあさっきのは会話の流れとして正しくなかった、と認めるんだね?」
愛佳はまんまと罠にかかった電志にほくそ笑む。
すると仏頂面の少年は青みがかった髪をかき上げて苦りきった顔をした。
これがディベートなら致命的な痛手だ。嗚呼これがディベートならボクの勝ちだったというのに、何故今がディベート中じゃないんだろう、もったいない。この際今がディベート中だということにしてしまおうか? くふふ。
「…………悪かったよ。ほら、弁当がそろそろこっちまで来るようになったぞ」
ちょうど良い逃げ口上を得たとばかりに電志は前方に目を向ける。
もう前方の者達があらかたキャッチし終わり、弁当がふよふよこちらまで飛んでくるようになっていた。
愛佳は片眉を上げ電志の横顔から何か読み取れないかと観察する。
しかし無理そうだった。
電志は嘘をつくのが下手だ。だから何かあったのだということは分かる。けど、口は固いからなあ。具体的なことは教えてくれないだろう。
これまでも電志は秘密としたことは関係者以外に漏らしたことが無い。
今年の春、〈DRS〉から『遂に念願のビームソードが完成!』と発表されたことがある。
見た目はロボットアニメの金字塔となった作品に出てくる物に瓜二つの、夢の武器。
その時は【光翼】の応用により実現したと説明されたのでみんなが信じた。
しかしそれはエイプリルフールのネタだったのだ。
電志は事前に知っていたのだが〈DRS〉に口止めされていたらしく、ネタばらしがされるまで教えてくれなかった。
口止めの本気度にもよるが、『これは秘密を守るべき』と判断したものは絶対に教えてくれない。
だからこそ信用されるのだ。
愛佳は仕方ないと諦め、付近で始まった争奪戦を眺め始めた。
にょきにょきと手が上がり、宙を滑る箱を捕まえていく。
電志は何も言わなくても弁当を二つキャッチしてくれた。
『当然ボクの分も電志がキャッチしてくれるよね?』
『そうだな』
の会話は成立していなかったが、何も言わなくてもやってくれるようだ。
愛佳はすぐに上機嫌に切り替わり、いそいそと弁当のふたを開けた。
「電志、【何故ヒトには食事が必要なのか?】についてディベートしながら食べようか」
「嫌だ、飯がマズくなる」
「そうとは限らないんじゃあないかい? おっと、今ふたを開けると中身が飛び出していってしまうね」
中身が浮き始めたのを見て慌ててふたを閉じる。
この後重力を発生させてから食べるのだが、それは全員に行き渡ってからだ。
そろそろ愛佳達よりも後方に弁当が飛び始め、頭上を沢山の弁当たちが飛んでいく。
その弁当が泳ぐ通行帯よりも向こう側には宇宙が広がっていた。
人と宇宙の間には弁当がある。
何だか格言みたいだ、と愛佳は一人、満足げに頷いた。
帰ったら買い出しにでも行こう。




