第32話
〈DDS〉で一日作業を終え、帰り道。
電志と愛佳はある場所へ寄ることにした。
その区画は通路を抜けていくといきなりパッと視界が開ける。
巨大なスクリーンみたいに広がる宇宙の景色。
そのまま包み込まれてしまうのではないかという迫力は圧巻だ。
来る人来る人がみな、通路を抜けたところで目を瞠ることになる。
この区画をデザインした者はそこまでの視覚効果を狙ってそうしたのか、はたまた偶然の贈り物か。
ドーム型のガラス張りになっている展望は狭い通路からのギャップでずいぶん開放的に感じられる。
おそらく地球でプラネタリウムと呼ばれているものに近いだろう。
これは人工の光ではないところが大きな違いか。
大気に遮られることのない生の星々の煌きは照明と違ってどこか透明感がある。
白く強く輝いているものには独特の冷たさも感じるし、赤く鈍く輝いているものには何か燃えるような熱を感じる。
実際は白い方が高温のようだが何万光年と離れていると逆に感じてしまうのだろうか。
それとも色に先入観を持っているため火の色に近い赤を熱いと思い込んでしまうのだろうか。
それすらも宇宙の神秘と考えた方が良いのかもしれない。
部屋の照明は夕焼けから夜へ変わっていく頃の明かりを再現した、ロマンチックな雰囲気を醸し出していた。
並べられているベンチにはぽつりぽつりと先客がいた。
照明の加減で影絵に見えるそれらの先客達はみな二人連れで、甘い世界に入って囁きあったり手を繋いだりしている。
ここは【グローリー】内の展望台フロア。
電志と愛佳はここに設置された望遠鏡を観に来たのだ。
「もうね、電志とシゼには大ウケだったよ。何せ千個も作ったおにぎりの内、たったの二個だよ激辛ワサビは。それを二個とも当てちゃうんだから」
愛佳が食事の時の話を持ち出してきて、電志は苦笑で応じている。
「当てたのは二個ともシゼリオだよ。あいつは変なところで当たりを引いてしまうんだ。普段は良いことづくめの奴なんだがな」
「時々笑いの神が降ってくるんじゃないの?」
「あいつの数少ないお茶目なところだな」
「電志もお茶目になった方が良いね」
「あり得ない」
「何事もチャレンジが必要じゃあないかい?」
「そのチャレンジを設計に活かすべきだ」
「もう必要が無いのに?」
呆れたといった感じのポーズをとる愛佳。
「ああ、そうだったな……」
電志は思わず苦笑してしまう。なかなかこうしたことは頭の切り替えが難しそうだ。それとも融通が利かないだけかもしれないが。しばらくはこういうことが続きそうだな。
「ボクたちが今チャレンジすべきなのはズバリ……あれだね」
そう言って愛佳が指差したのはベンチの向こう側。
そこには望遠鏡が幾つか設置されていた。
「見てみるか」
「きっと面白いものが見れるよ。電志の仏頂面に似た星とかね」
「嫌な星だな」
「まったくだね」
話をしながら大窓の直前に設置された望遠鏡まで歩いていく。
ベンチの脇を通り抜けるまさにその時も徐々に照明が夜のものへと変わっていった。
昼と夜の概念は宇宙にいてもこうした照明の使い方によって学んでいる。
これは地球への恋しさだけでなく、日付や時間に対し一定の区切りがあった方が良いだろうということだった。
これが無ければ時間も日付も、そのうち曖昧になってしまう。
もしそうなったら、【アイギス】生まれは本当に地球生まれとはかけ離れていってしまうのではないだろうか。
地球人と宇宙人、みたいに別物になってしまうのではないだろうか。そんな気さえする。いや、もしかしたら今のままでも充分別物になってしまっているかもしれない。
望遠鏡は白い塗装がされていた。
望遠鏡はどこに設置されているのも白で、他の色のものは見たことがない。これには何か意味があるのだろうか。
まず高さを調節しようとするが、愛佳の頭頂部をちらりと見て低めに設定した。
「これで見られるだろう。ほら」
電志が促すと茶の髪の美少女は満足そうに頷く。
「よきにはからえ」
意味が分からないが、とにかくそう言いたかったようだ。
それから彼女は望遠鏡を覗く。
ふむふむ、と幾らか角度を変えて愛佳は目を離した。
今度は電志が中腰になり、覗いてみる。
そしてすぐに文句を言いたくなった。
「おい、すぐそこにあるものに向けてどうするんだ」
そこに映っていたのは火星だ。
肉眼でも見えるものに向けても意味が無い。
「いや、たまたま近かったからだよ」
しょうがない、と電志は角度を変えていく。
この望遠鏡は、正確に言えば望遠鏡ではない。
覗いて見えるのはモニターで、外にある危険察知用の巨大な宇宙望遠鏡とリンクした映像が見られる仕組みになっているのだ。
普段戦闘用に使う宇宙望遠鏡も、平時にはこうして純粋に景色を眺めるためにも使われている。
電志はうまく調節して土星に合わせた。
そして愛佳にバトンタッチする。
「おやおや電志、すぐそこにあるものに向けてどうするんだい?」
「すぐそこじゃないだろうが」
「肉眼でも見えるよ」
「なら指差してみろ」
「あの辺だ」
「絶対違う」
「もう、捻りが無いなあ。もっと良いのを見なきゃ」
そう言って彼女はぐるぐる回し始めた。
ある地点でぴたりと止めると、彼女は片目だけで見始める。
もう片方を使えと手振りで示してきた。
電志も片目だけ望遠鏡を覗きこんだ。
すると、今度は感嘆の声をもらした。
「ああ、これか」
「うん、これだね」
愛佳も得意気な返事。
そこに映っていたのは、地球だった。
くっきりと見えた。
青い星を沢山の白い雲が覆っている。
ちらちらと陸地も見える。
「あの中に人が住んでいるのか」
「そうみたいだね」
「不思議なもんだな」
「どんなところなんだろうね」
興味を示している彼女。
電志はそこで、言ってみた。
「……行ってみるか?」
すると、彼女は嬉しそうに答えた。
「良いね、行ってみよう」
これから先、きっと行ける。
地球と【アイギス】の交通網が整備されれば、気軽に行き来できるようになる。
そうしたら、行ってみたい。
地球の中へ行き、そこでの生活を経験してみたい。
自然に生えている木々や野生動物に触れてみたい。
電志は急に、愛佳と頬が触れ合いそうになっていることを意識して胸が熱くなった。
翌日。
やはり何となく〈DDCF〉へ向かったが、そこでカイゼルから通話要請が入った。
「やっほー電志、良い話があるんだけど聞かない?」
「カイゼルの良い話は遠慮したいな」
「いやいやそう言わず、ちょこっとだけ! ちょこっとだけだから!」
話を聞いてみると、どうやら破壊した巣の調査をするらしい。
〈DRS〉以外にも小型艇に乗り込めそうなので電志たちにも声がかかったのだ。
行くかと言われて電志と愛佳は顔を見合わせ、行くことに。
どうせヒマなんだから、と周囲を見渡す。
巣を破壊したことで、これで安心して暮らせる……そうしてみんなが浮かれていた。




