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天才設計士の恋愛事情  作者: 滝神淡
その目的は
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第31話

〈DDS〉の作業には終わりが見えない。

 機体の修理というのはそんなに簡単なものではなかった。

「小破ならその日の内に修理もできるんだが、というか軽微なら一時間以内で済む時もあるんだが、中破とか大破になるとそうもいかねえな」

 ゴルドーが工具で肩をトントン叩きながら説明する。

 その姿はさながら工房の親方だ。

 周囲を見回せばツナギに工具といった出で立ちの者ばかりで、〈DDS〉はそのまま工房と言ってしまっても差し支えないだろう。

 職人が腕を振るう場所なのだ。

「もう中破とか大破の機体なんて直さなくて良いんじゃないか?」

 電志が疑問を口にすると、ゴルドーは工具をくるくる回しながら応じる。

「お前さんもそう思うかい? 俺もそうだ。〈DDS〉としては中破や大破の機体はスクラップにするか放置で良いんじゃないかって言ったんだよ。だが上層部からは大破した機体まで全て修理しろってお達しがきた」

「もう敵はいないのにな」

「こんなの直したって使い道がねぇぜ? まさか兵装外して観光用に使う気かね。いやいや兵装もそのままにした方が観光の目玉になるか。地球生まれは【光翼】を見せたらさぞ喜ぶだろうよ」

 それを聞くと電志は顎に手を当てて考える。

「ああ観光用か、それなら使い道が無いわけじゃないな」

 戦闘機の平和利用というやつだ。

 兵器は金食い虫、単に置いておくわけにはいかない。といっても大破の機体まで修理するとしたら多過ぎる気がするな。いまいち上層部の考えが読めない。それとも移動用とかか? そんなわけはないな。戦闘機は一人用だし無理矢理押し込んでも二人、小さな子供ならもう一人くらい乗れる程度だ。どう考えても移動には向かない。百歩譲って移動用小型艇を曳航するのに使えるくらいか。それにしたって大して航続距離を伸ばせるわけではないが……

 答えは出そうになかった。

「んじゃまぁ、もういっちょいくか」

 ゴルドーが工具を損傷した機体に工具を構える。

「了解、どんどん指示してくれ」

 額をタオルで拭い、電志が応じた。


 昼をかなり過ぎてから遅めの食事となった。

 体力に自信の無い者や料理が得意な者が大量の食事を用意してくれたのである。

 重労働で疲れた者達は食事が運ばれてくると獣のように歓喜した。

「ひょおおーキタキタあっ!」「早くくれ早くうっ!」「うおぉー待ってたぜ!」

 キャスターの付いたテーブルには山のようにおにぎりが載っている。

 それを数人の女子たちが運んできたのだが。

 猿山の食事風景のごとく腹を空かせた猛獣どもが一斉に群がるのだった。

「うおっしゃああいただきぃっ!」「おい押すないてぇっ!」「ちょっあんたら落ち着いて!」「これ中身なに?」「梅とかおかかとか定番のもあるけど、この中に一個だけワサビ詰め込んだものもあるからね!」「ロシアンルーレットかよ!」


 あっという間に一つ目のテーブルからおにぎりが消えうせた。

 ゴルドーは三つもおにぎりをゲットしたようだが電志は一つも取れなかった。

 押し合いの中に入っていけず弾き飛ばされてしまったのだ。

 そこへシゼリオが困った顔をしてやってくる。

「やあ、酷い混み方だったね」

 どうやら同類のようだ。

 電志は肩を竦めてみせた。

「そうだな。一個も取れなかった」

 そうしたら、シゼリオは涼しい顔をして胸の前に二つのおにぎりを持ち上げる。

「僕は偶然隙間ができて、これだけ取れた」

「なっ……」

 どうやら同類ではなかったようだ。くそーこいつ、うまいことやりやがって。そんなに筋肉無さそうに見えるのになんなんだ。

「まあ、まだまだ食事は用意されているはずだから……良かったら一つ食べるかい?」

 そう言っておにぎりを差し出すシゼリオは天使に見えた。なんて良い奴なんだこいつは。

 ありがたく頂戴してパクついてみる。

 すると、大量のワサビが口内へ侵入し、暴れた。

「うぁぐっ――!」

 電志は鼻から突き抜けるワサビの衝撃に悶絶した。

 口を開け真上を向く。

 目には湧き出てくる涙。

 声にならない悲鳴。

 そして、思い出した。

 シゼリオは変なところでハズレを引いてしまうのだ。

 確か中学三年の時、学年で一人だけ選ばれる『雨降り体験』というものでも引き当てていた。

『雨降り』とは名ばかりの滝行で、みんなでクジ引きして体験者を決定するのだ。

【アイギス】生まれは雨を知らないので、これにより地球内部で起こる現象である雨を学習するのである。

 人柱となったシゼリオはみんなの前で暴風雨発生装置の中に入れられ、洗濯機の中で回る衣類みたいになっていた。その後女子や男子のシゼリオファンが助けに入ろうとして壮大な二次被害まで出てしまったんだっけ……

 電志は強制的に湧出する涙を拭い、ワサビの効果が抜けていくのをひたすら待つ。

「ごっごめん電志! ロシアンルーレットが当たってしまったか」

 シゼリオがあたふたするが電志は気にするな、と手振りで示す。もらった身で文句を言うつもりは無い。

「残りのワサビはこれから運ばれてくる食事で少しずつ分け合って消費していくか。俺がお茶を持ってきてやるからシゼリオも食ってろ」

 そう言ってゴルドーが場を離れる。

 シゼリオはすまなそうに残りのおにぎりを頬張った。

 するとこのイケメンまで真上を向いて口を開けた。

「はぐぁっ――!」

 どうやら当たりはもう一つあったらしい。

 電志とシゼリオは並んで同じ格好をする石膏像として立ち尽くした。


 食事は次々と運ばれてきてみんなが腹を満たすまで行き渡った。

 ワサビは多くの者が味のアクセントとして求めてきたので、少しずつ分け合って消費した。

「大変な目に遭ったね、電志」

 シゼリオはまだすまなそうにしているので、電志は何でも無いといった口調で返す。

「お互いさまだ」

 こうした経験も糧になる。後になれば笑い話の種になるさ。

 それからシゼリオは表情を変えると、小さく手招きした。

「電志、ちょっと人のいないところへ」

「ああ、何だ?」

 二人で集団から離れて行こうとすると、後ろから女子たちの囁きが聴こえてきた。

『あ、あの二人何しに行くの?』『ま、まさか……!』

 電志は舌打ちして睨み付ける。

 そうするとむしろ女子たちの囁きは加速するのだった。クソが、腐ってやがる。

 機体の陰に入るとシゼリオは顎を弄り、どう切り出したらいいものかと思案しているようだった。

 そして探るような声音で、尋ねてきた。

「七星さんから何か聞いているかい?」

 妙な聞き方だ。

 内容については明かさず、しかし何か知っている者だけが反応できるような聞き方である。

「いや、俺は何も」

 こちらとしては素直に返すしかない。

 祝勝会で話して以降、会ってすらいないのだ。それとも祝勝会の時、何か重要なことを言われたか……?

 思い返しても設計とは何かについて語り合った記憶しかない。

 念のためそれについて言ってみたが、シゼリオはそれではない、と首を振った。

「いや、何も聞いていないなら、いいんだ……」

 何やら深刻そうな表情。

 どうしたのか、と思いつつも内容については言えなそうにしていたので、この話はそのままお流れとなった。


 シゼリオと七星、この二人にどんな会話があったのか。

 気にはなったものの、その後の修理作業で慌しくなり次第に忘れていった。


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