第26話
【火星圏奪還作戦】は最終フェーズに移行した。
地球からは続々と補充人員がやってきて〈DPCF〉の規模が膨れ上がる。
街を見れば日に日に人口密度が増していくのが分かった。
田舎に突如ニュータウンと称して開発の手が入ったかのようだった。
地球人と【アイギス】人のトラブルも多発した。
互いに相手に対して良くない先入観や偏見を持っていたところがあり、意地と意地のぶつかり合いというのが多くを占めていた。
これは異文化同士が接近した時に起こる通過儀礼と言えるかもしれない。
しばらくするとそれらは沈静化していき、互いに交流するコミュニティも出来上がって言った。
戦艦や駆逐艦の大艦隊も編成された。
各艦艇に部署や住居が割り振られ、全員で急いで荷物を纏めて艦艇へ引越した。
そうして【アイギス】を出発。
二ヶ月をかけて火星軌道上にある〈コズミックモンスター〉の巣に接近。
最終決戦に臨んだ。
【超重防御突撃機】は行軍中に開発を続けた。
しかし十機の製造はとても間に合わないということで、六機だけ製造されることになった。
作戦決行日まで一週間。
そこで製造は完了するはずだった。
しかし、トラブルが発生した。
その日、電志のところへゴルドーから通話要請が入った。
『電志、愛佳……済まねえ!』
「どうしたゴルドー?」「どうしたんだい?」
愛佳は電志に顔を寄せて画面を覗き込む。
ゴルドーの顔は憔悴していた。
『作業ミスがあって、完成が作戦当日まで……伸びちまった』
「……え?」「そんな……」
『本当に済まない……! 当日に完成したんじゃ飛行試験が済んでないから、作戦に投入できないだろう……俺達が不甲斐無いばっかりに、済まない……!!』
もはや謝罪の念に打ち震えているゴルドー。
わざとでなく、しかも全面的に非を認めている彼の姿は真摯だった。
電志達はそれを責められるはずも無く、ただただ言葉を失うばかり。
これが判明すると、〈DPCF〉から超重防御突撃機の出撃予定が取り消された。
ナキやシゼリオが猛抗議してくれたが、駄目だった。
飛行試験を未実施のまま出撃する事は有り得ない……安全面を考えれば仕方が無かった。
どうすることもできない。
失意のまま作戦決行日の朝を迎えた。
詳細な作戦が発表され、〈DDCF〉で画面を眺める電志達。
「敵勢力は第一波、第二波が予想されているな」
「多分それくらいは出てくるんじゃないの?」
「DGの出現想定も第一波、第二波で各一体ずつってなってるな」
電志と愛佳は内容を目で追っていく。
「これなら新型機がいなくても、大丈夫かもね……」
愛佳は電志の顔色をうかがう感じで言った。
愛佳も当然ショックだ。だが、電志のショックはどれほど大きいだろうと思ってしまう。顔に出さない分不安になってしまうのだ。
「だと良いんだけど。第三波第四波が来たら対応できるのかコレ?」
「さあ……でも襲撃のペースって二~三日に一回だし、そんなに来ないんじゃない? 第二波だって来るかどうか怪しいって言われているし」
火星圏に侵攻するまでにも通常のペースで襲撃が続いていた。
それらを順調に退けてきたみんなはもはや楽勝ではないかとの見方が強まっている。
司令部では祝勝会をどうするかという話でもちきりだそうだ。
愛佳は窓の外を見やった。
赤き星、火星が大きく見える。
今〈DDCF〉は艦隊旗艦【グローリー】の一室をあてがわれていた。
【アイギス】を離れてから久しい。
巨大な戦艦【グローリー】には〈DRS〉も〈DUS〉も入っている。
〈DDS〉や〈DPCF〉は【グローリー】だけでなく他の戦艦や駆逐艦などにも散らばっていた。
【超重防御突撃機】は【グローリー】の脱出艇格納庫で製造してもらっている。
完成すればそのままそこに置く予定だ。
やはり戦闘機と一緒の格納庫には置けなかった。
〈コンクレイヴ・システム〉の画面では常時艦隊司令長官の演説が流れていた。それよりもゴルドーからの連絡が早くこないかな、と思う。【超重防御突撃機】は完成しても出撃はできない。でも、何かが起こるかもしれない。予想外に戦況が悪化したりとか。そうなった時には必要になるかもしれないのだ。
それから、愛佳はそわそわした気分になった。エミリー達は告白されたとかしたとかいう話で浮かれている。彼女達だけじゃない。知る限り半分以上の人が作戦決行前に恋人を作った。いくら勝てる見込みがあるといっても、大規模な戦いを前に不安にならない者はいない。もしかしたら好きな人が死んでしまうかもしれない。もしかしたら好きな人に想いを伝える前に自分が死んでしまうかもしれない……そんな風に思ったら、必死になるのは自然なことだ。
でも愛佳は動けていなかった。好きな人は、いないと、思う。多分。きっと。だから無理に恋人を作る必要は無い、ハズ。
そうしてちらりと隣の仏頂面を見やる。
……どうしてもと言われれば、考えないことも、ないんだけど。でも、そんな風に迫ってくることはないんだろうな。
エリシアにはっきりさせろと言われた時のことを思い出す。
結局、はっきりさせるのは怖いのだ。それに、この微妙な距離感も楽しいし、良いのではないか? 無理にはっきりさせなくても良いのではないか? 世の中白と黒だけではないんだから。
今の距離感が壊れて、それでもし良い方に進まなかったら。怖すぎる。それならいっそ、このままの方が。
思考は逃げる方へ逃げる方へ走っていく。
溜息をついた。
ナキから通話要請が来た。
出てみると、ナキとシゼリオが肩を寄せ合って映っている。
『愛佳、あたし達帰ってきたらデートするんだ!』『ナキ、そんなこと公言しなくても……』
愛佳は背筋がゾッとした。シュタリーのことが過去あったのに。
「君達そんな約束して果たせなかったらどうするんだい?」
約束が果たせなかったらきっと棘として残る。後悔する。怖くないのか?
でも、ナキは全く気にしていない様子。
『その時はその時だよ! それよりも、何も伝えずに終わった方が嫌だもん!』
迷いの無い言葉。
衝撃が走った。何だかナキは強いなと思った。羨ましくなった。先が不安だ不安だと言って何もしないより、進んだ方が良い。何もしない方が後悔する。きっとそれが真理なのだろう。
「……絶対帰ってきなよ」
『当たり前だよ! じゃあ出撃してくる!』『電志、愛佳。それでは祝勝会で』
声が聴こえたのか、電志が画面に向いて返事をした。
「無茶だけはするなよ」
電志は普段の顔をしていた。あの時の、シュタリーが出撃する時のことを、思い出しているのか、いないのか。それは分からない。
愛佳はやはり、何も言えないと思った。
こうして巣への侵攻作戦は開始された。
作戦司令部では戦況報告が続々と入ってくる。
その様子を七星は腕組して見つめていた。
戦闘機の軍勢が敵第一波と激突。
交戦開始。
敵の規模は約一二〇〇。
それからすぐにDG確認の報が入った。
DGは一体。
エースパイロットを集めてDGに対応するよう指示が飛ぶ。
「順調に行くと良いですね」
隣のジェシカが話し掛けてきた。
「今のところ想定通りだな」
このままいけば第一波は問題無いだろう。
問題はその後だ。
三十分もすると第一波は戦局が概ね確定。
徐々に各チームが帰投開始。
戦場が落ち着くと艦隊が移動開始。
旗艦を中心に扇状に展開。
無傷~軽微な損傷の機体は兵装補充の後発艦。
入れ替わりに未整備の機体が着艦していく。
被害状況が明らかになる。
すると楽勝だったことが判明し司令部は活気に溢れた。
拍手やら雄叫びやらで騒がしい。
「まだ第一波を破っただけなのに」
ジェシカが溜息をつくと七星は苦笑した。
「もう勝利を確信したんだろう。浮かれている時が一番危ない」
それから三十分すると第二波発見の一報が入る。
第一波との間隔が短い。
規模は一五〇〇。
規模も先程より増えている。
DGは三体報告された。
これが敵の最後の抵抗ではないかと誰かが言い始めた。
それはすぐに司令部全体の見解となった。
これで最後だと思い、全力を挙げて迎撃せよ。
ジェシカと七星は顔を見合わせ、怪訝な顔をした。
本当にこれで最後だろうか。
予定が狂い始めてはいないだろうか。
電志達は第一波が来た時点でゴルドーから新型機の完成の連絡を受けた。
念のためすぐ飛ばせるように準備はしてあるが、戦闘機の整備で忙しくなるから脱出艇の格納庫には人員を割けないという。
戦闘機の格納庫からは離れているので実際使おうと思うと移動で五分はかかるらしい。
脱出艇は主に戦闘に直接参加しない人員、例えば〈DUS〉や〈DDCF〉などの行きやすい場所にあるため仕方が無い。
電志達には敵の規模くらいしか情報が伝えられていない。
それから、祝勝会のための準備に駆り出されている。
第二波と交戦状態に入ったという報せを受けてどうしたものかと思っていた。
「詳細が分からないのは辛いところだな」
電志は飲み物の詰まった一〇キロ以上ある荷物を運んでいる。
設計士の辛いところは、自分が戦闘機に乗って戦いに出るわけではないところだ。
それを気楽と捉える者もいるが、電志はそうではない。
無事を祈ることしかできないのはもどかしいのだった。
「どうしても知りたかったら七星さんに訊いてみたら?」
愛佳はお菓子の入った軽い箱を運びながら。
倉庫が遠いので一往復にも時間が掛かる。
二人とも早くも手を抜き始めていた。
エリシアがパーティーグッズを抱えて近付いてくる。
「私達は信じて待つしかないでしょう。案外あっさり巣の破壊ができるかもしれないわ。もう少し楽しいこと考えなさいよ。例えば、あなた達二人の今後とか、ね」
「今後か……」
電志はふと思った。巣を破壊したら、自分達はどうなるのか。敵がいなくなったら設計士は必要なくなる? いや、いなくても……『いるかもしれない』という想定で続くのだろう。ただ、規模は縮小されるんじゃないだろうか。いるか分からない仮想敵のために膨大な予算は割けないし。それよりも復興だろう。【アイギス】もまだ修繕できていない箇所が幾つもある。火星圏を取り戻したらまた火星軌道上に【アイギス】みたいな拠点を築くかもしれない。
そうなっていく中で、俺達は設計士を続けているだろうか……?
もしかしたら、〈DDCF〉を縮小する時に倉朋と離れ離れになってしまうのでは。それは寂しい。寂しい……? そうなのだろうか。まあ、長い付き合いだから。いや、長いか? まだ倉朋が班に来てから一年も経っていないのに。でも凄く長くいるような感覚がある。
ちらと愛佳の方を見やると、どうやら違う反応をしている。
「やだなあハハハ、今後? 別に、今まで通りだよ。ねえ電志?」
慌てているような感じ。何を思ってそう言っているのだろう?
電志は曖昧に返事をした。
「ああ、そう……だな」
今まで通りになる可能性の方が低いだろう。
こんな時、今というのが永遠ではないと実感する。倉朋とメンドクサイ会話をしながら通学し、課題の面倒を見たりして、ディベートでは毎回勝負を挑まれて。それから倉朋が作ったうまい弁当を二人でつついて、午後は設計に打ち込んで。【ファイアーブランド・パラディン】を担当してもらっているけど、そこは教えながら覚えてもらって。襲撃があると二人で公園に行って。放課後はちょくちょく買い出しに付き合わされて。
終始メンドクサイ会話に持ち込まれるけど、いつの間にかその流れに慣れて。それは嫌ではなくて。
たまに弱ったりすると、どうしようもなく可愛らしくて。
倒れたら見舞いにも来てくれて。
コスト低減コンペの時も【特別機】制作の時も、佳境に入ると二人で設計に燃えて。
何だろう、まだそこまで経ってないのに、凄く思い出がある。
しかも振り返ると、いつも、倉朋がいる。
これで離れ離れになって寂しいと思わないわけ、ない。
今が永遠だったら……だがそれは論理的じゃない。
俺は、倉朋と、もっと一緒にいたいと思っているのだろうか……?
いつの間にか愛佳はエリシアとぎゃーぎゃーやりあっていた。あの二人は会うたびあんな調子だ。そうとう仲良しなんだろう。
考えてもしょうがない。今は目の前の問題、無事パイロット達が帰還できることを祈ろう。
その頃、戦場では。
ナキはDGの対応に追われていた。
シゼリオと共に巧みな連携を取り、攻撃を加えていく。
DGは巨体なのに素早く、急制動急旋回を繰り返し照準に捉えられない。
シゼリオとナキはJFやWVなら既に十体以上倒している。
その二人をもってしてもDG一体を容易には倒せないのだった。
『ナキ、右上方から回り込め!』
「分かった!」
ナキは乱暴に戦闘機を操る。
操縦桿の扱いは振り回すようなものだ。
動かす度にガッガッと固い音が鳴り響く。
それだけ鋭敏に操作しないととてもDGの動きにはついていけない。
体にかかる負荷もぎりぎりと重い。
訓練を受けていなければ失神しているだろう。
コックピットから見る宇宙はそこらじゅうで花火のようにミサイルが爆発したり、流星のようにガトリングのフラッシュが煌いていた。
【スクーラル・スター☆】は地球人含めて四三機が出撃している。
第一波が終わってからすぐに連戦となってしまったため、被害が広がり始めていた。
既に三機が被撃墜、中破以上で修理中が五機、小破は多数。
やはり不慣れな地球人の機体から傷付いていっている。
それでもまだマシな方だ。
DGはエースパイロットが集中して対応することで何とか被害を最小限に抑えているが、この均衡が破られれば一気に崩壊するだろう。
以前【アイギス】にDGが出現した時は混乱の中で甚大な被害を出してしまったくらいなのだから。
『今だ!』
シゼリオの掛け声と共にシゼリオ機からミサイルが発射された。
二発が発射され、巧みに爆発させてDGを右側へ追いやる。
ナキもミサイルを二発発射し、更にDGの進路を狭めた。
そしてガトリングの照準を敵の回避先へあらかじめ向けておく。
DGが来たところで射撃開始。
致命傷ではないものの確実にダメージを与えた。
「ヒットしたけど、まだまだ! タフだね!」
『反撃が来るぞ。回避行動!』
「JFも二体来てる。気を付けて!」
『味方機が苦戦してるな。DGの周囲は掃除してもらっているが、撃ち漏らしてる』
「第二波で最後だよね? もう来ないよね?」
『だと良いけど。どの道これが終わったら大半の機体は戻らないと弾薬もミサイルも無い。次が来ないことを祈るよ』
ナキは自分の兵装を確認した。
ミサイル残り一発。
ガトリングも残弾が減ってきている。
それから【光翼】は残エネルギー四秒程度。
この戦いが終わったら確実に一度帰還しなければならない。
でも次を考える暇があったら目の前の敵を倒さなければならない。
この接近で倒す、とナキはDGへ向かっていった。
司令部では第二波との戦いも大勢が決したという報告が来ていた。
またもや司令部では歓声。
第二波も破った。
ただ、全体としてはやや被害が出た。
エースパイロットをDGに集中させた分他が手薄になっていたのだ。
飛行不能・爆散が四分の一。
小破・中破が四分の二。
残りが無傷。
だが、勝った。
DGが三体もいた第二波に。
「あーあ、皆ちょっと気を抜きすぎじゃないですか?」
ジェシカの呟きに七星は頷いた。
「浮かれたい気持ちは分かるけどな。でも次が来たら悲惨だぞ」
「被害が結構出てますもんねぇ」
「いや、そうじゃない」
「え?」
「ジェシカ、パイロット時代を思い出せ」
七星が言葉で促すと、ジェシカはそうか、と理解に至る。
「……補給ですね」
「ああ、せめて次が来るにしても時間を置いてくれれば良いんだが、第一波と第二波みたいに短い間隔だとマズイ。地獄になるぞ」
「来なければ一番良いんですけどね」
これで終わりか?
いや終わってくれ……誰もがそう願った。
しかし、第二波を撃破してから三十分後。
第三波が、来た。




