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天才設計士の恋愛事情  作者: 滝神淡
特別機制作
27/121

第25話

 電志は愛佳に感謝の意を伝えたかった。

 愛佳が病室に駆けこんできて【超重防御突撃機】のメモを見せてくれなかったら、今は無いのだ。

 自分の目に狂いはなかったと電志は安堵する。

 愛佳は感情で動くタイプ。俺とは正反対。でも、それがいつか奇跡を起こすんじゃないかと思っていた。

「お前が奇跡を起こしてくれたんだよ。まるで勝利の女神。言い過ぎか。でも、一人ではここまで来られなかった。倉朋がいたから、ここまで来られたんだよ」

 すると愛佳は顔を真っ赤にして手で顔を隠してしまう。

 更に机の下に潜り込んでしまった。

「そんなこと言われたら恥ずかしくて死んじゃうよぉ……言わないでようぅ」

 愛佳にしては色っぽい声で羞恥を訴える。

 電志も恥ずかしくなってきた。それほどのことを俺は言ったのか? 褒められ慣れてなさすぎなんじゃないか?

 でも羞恥で弱る愛佳は意外に可愛らしくて不覚にもドキドキしてしまった。

 愛佳が立ち直るのを待ってから電志が説明する。

「まず小型艇とかに使われる大きな推進装置がある。これは全翼機の機体後部の約一八〇%程度の大きさとしよう。このままでは搭載(、、、、、、、、)できない(、、、、)。そこで、全翼機と推進装置の間に一個、大型のパーツを挟む。それがアダプター。接続するためだけのパーツだな。アダプターの前部は全翼機の後部と同じ大きさにし、アダプターの後部は推進装置の前部と同じ大きさで作る。全翼機の後部の一八〇%の大きさになっていれば良い。これによって全翼機より遥かに大きな推進装置を搭載することができるわけだ」

「何だかどんどん巨大になっていくね」

「究極だからな」

「じゃあ仕方ないね」

「仕方ないな」

 また手分けして設計再開。

 大きな障害を乗り越えた。ノリにノった二人なら何でもできるのではないか、そんな気さえしてきた。


 翌日。

 残り二日。

 カイゼルから連絡があり、新素材が完成。

『僕は〈DRS〉に殆ど住んでいる状態で新素材を作ったんだよ……あとは頼んだ……ガク』

「自分でガクとか言ってるよ。まだ大丈夫そうだな」

『オゥ電志はなんて冷たい人間なんだい? まるで液体ウォーター並だね!』

「後で新素材の被弾実験の映像を送っておいてくれ」

『シカト?! ふん、まあいいさ、これで僕は約束を果たした。今度は愛佳が約束(、、、、、、、、)を守る番だ(、、、、、)と伝えておいてくれ。楽しみでしょうがないね』

「約束って何だよ」

 プツンと通話は切られてしまった。

 愛佳に顔を向けても知らん顔をされてしまう。本当に何を約束したんだこいつらは……

 だがそんな疑問も設計に集中し始めると流れていく。

「明日の夕方部長にレビューしようじゃあないか」

「残り少しだ、やるぞ」

 電志と愛佳は互いに顔を見合わせ、不敵に笑った。

 それからの時間は寝食も忘れるほどの怒濤の進行だった。

 互いに疲れは見えていても、『絶対に完成させる』その一点に向かって突き進んでいった。

 マラソンでゴールが近付いてきたような、山登りで頂上が見えてきたような、そんな感じだ。ここまで来たら、もう突っ走るだけだ。

「ここの高さはあと〇.二ミリ縮めて……こっちのパーツは一センチずらすか。配線のスペースはこの脇に確保して……良いこと思い付いたぞ、【光翼】の新しい使い方だ!」

 電志は画面を見ながら物凄い勢いで手を動かしていく。

「鱗で遮られた視界はカメラの映像をコックピットに投影して補完して……推進装置の出力が大きいから機体のバランス制御プログラムも改良しないと……被弾の想定弾道は……!」

 愛佳も負けないくらいの猛烈な勢い。

「絶対完成させる!」

「絶対間に合わせる!」

 いつしか二人の熱気は周囲の注目を誘い、人だかりができていった。

『何だこれ凄いぞ!』『こんなの見たことない……』『ゾーン入ってるね』『完成したのを見てみたい!』『良いぞやれやれ!』


 そして、最終日。

 夕方になって設計書は完成し、部長にレビュー。

 それが終わると、電志も愛佳も自席に戻って机に突っ伏した。

 それを咎めるような無粋な者は一人もいなかった。


〈DUS〉へミリー班と電志班の設計書が送られた。

 それと同時に両者の設計書が公開。

〈DDCF〉の面々はこぞって公開された設計書に目を通し、感嘆の声を上げていた。

 ミリーは隣に座るシャノに語りかける。

「結果が楽しみだな」

「ふふふーウチの勝ちは間違いないですねー」

「浪漫が勝つ」

「そんな夢見がちなミリーさんが素敵ですー」

「シャノ、ピーマン」

 そう言ってミリーはピーマンを取り出した。

 シャノが青ざめる。

「はわわ、それはわたしの大嫌いなピーマン……それをどうするですかー」

「口に入れる」

「……浪漫は立派な志ですーみんな尊敬してますー!」

 それからミリーは電志達の設計書に目を通した。

「【超重防御突撃機】か。面白い」

 思った以上に異様な機体だった。ハリネズミと称したら良いか。全身鱗で覆われたずっしりとした機体だ。超重防御の装甲で敵の群を突破し、巣を直接叩く構想で設計したらしい。

 何よりも驚きなのは、これだけ見た目が異様なのに自分でもこれは無理が無いと分かる点。確かな論理に裏打ちされて設計されており、これなら〈DDS〉に依頼すればすぐに開発に着手できるだろう。この精度の設計はまさに天賦の才と言っていい。これが電志という男か。七星の一番弟子というだけはある。

 設計の力で言えば、こんな相手に勝つのは不可能なのではないか、と背筋に冷たいものを感じた。

 同じ設計士だからこそ分かる、畏怖の念。

「これどこら辺が面白いですかー笑いどころが分からないですよー」

 シャノも同じ設計士なのだが……彼女にはどうやら分からないようだ。そもそも設計書を見て笑いどころを探す時点で残念である。一定の水準以上の設計士にしか、この凄さは分からないのかもしれない。

 だがどんなに電志班の機体が凄くても。

「勝つのは私だ」

「その通りですー絶対の絶対の絶対、勝つのはウチですーわたしも頑張ったんですからー」

 シャノが随分力を込めて言うものだから、ミリーは疑問に思った。はて、シャノはどれだけ頑張っただろうか。割と怠けていたハズなのだが。

 微妙に『勝つ』に関する思い入れに差異(、、)があるような気がするが。

 だがミリーは今、気分が良いので深く追求することはなかった。

 もうすぐだ。もうすぐ、私が一番弟子になる。


 翌日。

【特別機】設計書の審査結果が出た。

 ミリー班の機体を採用する、と部長から通知があった。

 愛佳は落胆のあまり足をバタバタさせる。

「ええええええええええええええぇーナニコレー!」

 納得できない。あれだけ頑張ったのに。手応え充分だったのに。こんなのおかしい。詐欺ではないのか。

【特別機】にかけた労力を考えると『ミリー班の機体を採用する』の一言で終わるのがとても納得できなかった。本当に七星さんが審査したの?

 電志もさすがにショックはあるようで、わずかに気落ちしているようだった。

「やっぱりロボットには勝てなかったか……俺らも頑張ったんだけどな。まあ勝負だから仕方ない。そういや昨日は殆ど寝ててまだミリーさんの設計書見てなかったな。どれどれ」

 切り替えが早いのは電志の尊敬できる点ではある。

 でも愛佳はそんな簡単に割り切れない。ぐちぐち言いたくなる。

「むー……ロボットって言ったってさあ、本当に性能は大丈夫なの? 図体ばっかりでかくて戦闘機の方が小回り利くし良かったなんてことにならないかい? だいたい審査基準が不明瞭なんだよ、七星さんだってもう設計士引退して何年も経つんだろう? 見た目の派手さでロボットをつい選んじゃった、なんてこともあるんじゃあないかい? ここはそうだ、ロボットとウチの機体を一機ずつ作って、戦わせてみようじゃあないか!」

 そうやって盛り上がるも、電志は無言。

 愛佳は口を尖らせる。何だよ、ちょっとくらい聞いてくれたっていいじゃないか。戦った相手を称えるとか、そんなできた人間に簡単にはなれないよ。

 だが、愛佳は異変に気付いた。電志の表情が険しい。どうしたのだろう。怒っちゃったのかな……

 しばらくすると、電志は呟いた。

「…………おかしいな」

「え?」

「これは……大変なことになる(、、、、、、、、)かもしれないぞ(、、、、、、、)

 電志の呟き。確か、コスト低減コンペでも同じようなことを呟いていた気がする。

「どういうことだい?」

 愛佳が問い掛けるが、電志は口をつぐんだ。何か、言えないようなことが起こるのか?

 でも、電志は誰よりも鋭い。彼が言う以上、何かあるのだ。

 電志の視線はミリー班へ向いていた。ミリー班には人だかりができ、拍手が起こっている。電志班は見向きもされない。勝者と敗者の構図。

 やがてミリーはシャノを連れてやってきた。余裕の笑みだ。

「や」

「ミリー先輩の勝ちですね、おめでとうございます」

 電志が潔い反応を示す。

 愛佳は様子を見守ることにした。

 ミリーはニヤリと口の端を歪めた。

「約束」

「…………はい」

「ふふ、お前を好きにさせてもらうぞ」

 すると周囲にいつの間にかできていた人だかりがわっと沸いた。

『なにあれ、どういうこと?』『負けたのにご褒美かよ!』『ずるいぞ!』

 愛佳もちょっと野次馬に混じってしまおうかと思った。電志が変な約束を受けてしまうからこうなる。

「それで、何をすれば良いんですか?」

 決まりが悪そうに電志が尋ねる。

 ミリーは近付いて行くと、電志の手を取った。

二人の関係をはっきり(、、、、、、、、、、)させよう(、、、、)

 周囲が騒然となる。

 愛佳は思わず「はぁ?」と声を上げていた。しかもミリーが電志を引っ張って出口へ向かうではないか。関係をはっきりさせるためにどこかへ行く?

「ちょっと待ったああっ!」

 気付いた時には愛佳は走りだしていた。

 出口に先回りして通せんぼする。

「何故邪魔をする?」

 ミリーの冷たい問い掛けに愛佳はたじろいだ。

「何故っていうか……何故でしょうね? でも、その……どこへ行くのかなあと」

大人の場所(、、、、、)

「っ……だっ駄目に決まってるでしょう?!」

 愛佳は顔を真っ赤にして怒鳴った。何を言い出すんだこの人は! 何だか野次馬達が修羅場だ修羅場だとうるさい。シャノがひゃっほうとかいって撮影している。くそーそういうつもり(、、、、、、、)じゃないのに!

「でも勝負の約束だ」

「約束といっても限度があるでしょう」

「ミリー先輩さすがにそれは俺もちょっと……」

 電志も想像がついたのか顔を赤くして声を出した。

 するとミリーは口を尖らせる。

「約束は約束だ」

 それから話は平行線をたどり、頑として譲ろうとしないミリー、何とか妥協案で落ち着かせようとする電志、できれば無効にしたい愛佳で収拾がつかなかった。


 部屋中が異様な盛り上がりを見せていると、突如〈DDCF〉の扉が開く。

 全員の注目が出入口へ集まった。

 そこに立っていたのは、七星だった。

 七星は非常に厳しい表情でつかつかミリーに歩み寄り、額を指で小突いた。

「ミリーこのアホめが!」

「や」

「『や』じゃねえよ! これを通す部長も馬鹿だがお前はもっと馬鹿だ! この馬鹿!」

「あなたの弟子だから」

「それじゃ俺まで馬鹿になっちまうだろ?! ミリーは設計が分かってない!」

「設計とは浪漫だ!」

「ああもう、この分からず屋め」

 突如始まった二人のやりとりに周囲は呆然となる。

 一体何が起こったのか。

 すると、電志に通話要請が入った。

 どうやらカイゼルのようだ。

『電志ちょっとコレやばい助けて! 先輩が』『放せカイゼル俺はミリーのためにっ!』

 映像には針を頭に刺そうとしている先輩らしき人を止めるカイゼルの図。

「おいおい、どうしたんだよ」

 電志が驚いて問い掛けるとカイゼルが説明した。

『どうやらゴダール先輩がミリーさんの依頼を受けて、思念とロボットのリンクシステムを作ろうとしたらしい。でも針をぶすっと頭に刺さないといけないらしくてさー……そこにミリーさんはいるかい? ゴダール先輩にやめるよう言ってほしいんだけど』

「分かった。あのーミリー先輩、こんな危険な研究はやめるよう言って下さい」

「でも必要だ」

 事も無げに応えるミリーに電志は疑問の表情になった。

「いや、必要でもこれゴダール先輩が下手したら死んじゃいますよ。というか……これってシステムが完成していないのに設計書のレビューをしたんですか? このシステムって思念とロボットをリンクするやつだから、操作に不可欠なシステムですよね? それが未完成で設計は完了にならないはずなんですけど……」

 これは正論だった。

 愛佳はハッとなる。電志が『大変なことになる』って言っていたのは、このことだったのか。設計が完了していないのに部長レビューが通るのはおかしい。いったい何故レビューが通ったのだろうか。不可解だ。

 するとミリーは途端に視線を泳がせた。

 ヤバイ、という空気が出ている。

「それは、必ず完成するハズだから……」

「で、でもそんな簡単に完成するとは……」

「ゴダールは優秀だ」

『あ、ミリー! 成功したら報酬(、、)を、報酬(、、)をおおおっ!』

 ゴダール先輩と思われる人が画面の向こうで絶叫している。

 するとミリーはにこりと微笑んで胸を強調するポーズをとった。

「ちょっミリー先輩そんなことしてないで止めさせて下さいよ!」

「必要性を理解してくれた」

「それ絶対理解じゃなくて報酬目当てですよ!」

 ごたごたしていると、今度はミリーに誰かから通話要請が入った。

 画面に出てきたのは焦った表情のゴルドー。

『あのーミリー先輩。七星さんからこれできるかって訊かれたんですけどー今の技術じゃできないですぜ? どうやってやるつもりなんですかい?』

 この問い掛けに、ミリーは腰に手を当ててふんぞり返った。

「浪漫!」

 一瞬の静寂。

 そののち。

『……浪漫じゃできねぇええええええええええええ!!』

 電志も愛佳も、カイゼルもゴルドーも、そして七星も力の限り叫んだ。


 その後しばらくして。

 七星が顛末を語り始める。

「俺が審査を始めようと思ったら〈DUS〉の部長がいつの間にか審査結果を〈DDCF〉に送信していたんだ。そこで問い詰めてみたら誰かに脅迫されていた(、、、、、、、、、、)ようでな。ヅラを装着する瞬間を撮影されて脅されたらしい。だから、〈DDCF〉の部長に届いた審査結果には俺は関わっていない。それから、〈DDCF〉のレビューが何故通ったのか。さて、それを教えてくれるかな、カイザー」

 七星の鋭い視線の先には〈DDCF〉部長カイザー・ゴドルフィンの姿があった。

 金髪碧眼の男子だが、チャラそうだ。

 カイザーはふっと笑い、大仰な仕草で答えた。

「ミリーが好きだからですよ!」

 周囲はドン引きだった。

 こないだはエリシアではなかったか。

「えーまあ、この馬鹿のせいでレビューが通ったというわけだ」

 手厳しい七星の言葉にもカイザーは怯まない。

「恋は神聖なのです! 七星さんは恋を馬鹿にするとおっしゃるのですか?」

「俺は恋を馬鹿にしてるんじゃなくて恋に溺れているお前を馬鹿にしてるんだよ!」

「嗚呼……価値観の相違というやつですね」

「このように、たまに人間の言葉が通じない奴がいる。逆に〈コズミックモンスター〉とは意思疎通できるかもしれないから、今度こいつを大使としてやつらの巣に送ってやるか。まあそういうわけで、不幸にもレビューが通って俺の審査がされずに結果が出されてしまったわけだな。だから本当の結果は、言うまでもなく電志班の勝ちだ」


 愛佳は額を押さえた。何だか疲れた。さんざん人型ロボットで不安にさせられたけど、結局設計できていなかったんじゃないか。ハリボテに騙されたみたいなものだ。

 電志も気持ちは同じようで、溜息をついていた。

 本当に、やれやれな勝負だった。


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