第23話
自席でぐったりして動かない電志。
愛佳はすぐに駆け寄って電志を揺さぶる。
「電志、大丈夫かい?」
「ああ、だい、じょう、ぶ」
眉根を寄せながら電志は起き上がろうとするが、力尽きた。
「全然大丈夫じゃあないよ。すぐ病院にアツッ!」
電志の額に手を当ててみたら予想以上に熱かった。これはヤバイ。すぐ連れていかなくてはならない。
しかし愛佳が電志に肩を貸して歩き出そうとしたらべしゃっと潰れた。体格差がありすぎる。重くて運べない。そこでサントス班へ目を向けた。目的の人物はいるようだ。
シャバンに声をかけたらエリシアも協力してくれた。
三人で電志を病院へ運んだ。
電志は一日の入院となった。
愛佳は一人で講義を受けて一人で設計に取り組むことになる。
午前中は講義を受けて、その後ディベートが無いから課題をこなして。
でも昼休みに弁当を一人でつっついていると、急に寂しくなった。
画面を出し、電志に通話要請をしようとする。
そして、しばらく要請を出す直前の操作のところで止まり、やっぱりやめた。病人に対して配慮がなさすぎだ。
愛佳はぼけっとしながら弁当を食べた。
二人分は食べられないのでけっこう残ってしまう。
残った分を見ると電志がいないのを余計に実感してしまった。
いて当たり前の存在がいない。そんな感じ。
奇妙な喪失感。
いや……いて当たり前か?
ゾクリとした感覚が襲ってくる。
シュタリーの姿が思い浮かんだ。いつもいるのが本当に当たり前か? 急にいなくなってしまことだってあるのに。別れは予知できず、唐突に、理不尽にやってくる。
愛佳は怖くなった。
肩を抱いて震える。
一日の入院は本当か? 死んじゃったらどうしよう。そんなの嫌だ。
そうしていると、ぽんと肩を叩かれた。
「電志?!」
思わず声を上げてしまう。
しかし振り返った先にいたのはエリシアだった。
電志は入院中だからいるわけがなかった。
「あら、期待していた王子様じゃなくて悪かったわね?」
エリシアが意地悪な笑みを浮かべると愛佳は慌てて手を振った。
「いやこれは違うから! 電志が思ったより早く退院してきたのかなあとか、不良だから病院を抜け出してきちゃったのかなあとか思っただけというか……」
「……勢いがないわね」
「ううぅ……」
指摘されて愛佳は気付いた。ボクは弱い。今こんなにも弱っている。きっと、班に二人しかいないから一人抜けると影響が大きいからだ。きっとそうだ。
「電志ならこう言うでしょうね。『一人だからって手を抜くな。俺が休んでいても【スクーラル・スター☆】や【ファイアーブランド・パラディン】が活動しているんだぞ』」
「……電志の言いそうな言葉だね」
愛佳は思わず笑ってしまった。電志は論理で考えるから、きっと気持ちが弱っているとかそんな言い訳は通用しないだろう。電志が戻ってきたら怒られそうだ。まあ、仕事に私情を持ち込むなとはよく言われることだけど。でも実際はそんなの建前だ、皆私情を持ち込みまくりである。感情を切り離せる人間なんてそうそういない。
「放課後お見舞いに行ってあげれば良いじゃない。あなたは今できることをすべきよ」
「でも電志の代わりなんてボクにはとても……」
思わず零してしまう弱音。自分にできることなんてたかが知れている。電志が普段やっている分までできるとは到底思えない。
するとエリシアは膝を曲げ、愛佳と視線の高さを同じにした。
両方の肩をがっしと掴み、正面から見つめてくる。
そして一言一言ゆっくり言い聞かせるように、言った。
「電志の代わりなんてする必要ないでしょう? あいつの代わりなんて〈DDCF〉の誰だってできやしないわ。あいつは一人だって【スクーラル・スター☆】も【ファイアーブランド・パラディン】も受け持つことができる。一つのチームに対して設計士はだいたい三人必要だと言われているから二つのチームだったら六人必要なところを、一人でできちゃうのよ。そんな天才の代わりなんているわけないでしょ? でも、あなたにはあなたの持ち味がある。電志が何故あなたをこの班に置いていると思っているの? いつでもクビにすることができたのに」
エリシアの言葉は力強かった。
芯があった。
ダメになりそうな愛佳を包みこみ、導いてくれる響きがあった。
新たな発見があった。何で弱っていたのか。電志がいなくて寂しいのと同時に、どうしたらいいのか分からなかったのだ。だから二重で不安だった。このまま何もせずにいたら電志に顔向けできないではないか。放課後お見舞いに行ったら、絶対怒られる。エリシアの言ってくれた言葉を、そのまま言われてしまう。一人だからって手を抜くなって。手を抜いたわけじゃないって言っても、通用しない。
でも、まだ不安だった。
自分の持ち味とは何か。電志が何故自分をこの班に置いているのか。
「電志がボクをこの班に置いている理由……ボクの設計が、何か期待されているの……?」
「そうよ」
「そんなこと、ないと、思う……だっていつもディベートではコテンパンにやられるし、ことあるごとに本質が分かってないとか言われるし、ボクの設計なんて……」
どうしても否定的になってしまう。
そして、電志本人がいないから、心の内をさらけ出してしまう。
エリシアは表情を緩め、いつになく優しい声になった。
「でも、あなたは電志に無いものを持ってる。それがいつか奇跡を起こすかもしれない。だから手元に置いておこうと思ったんじゃない?」
「それは、そうかもしれないけど……そんな都合の良い解釈じゃ、間違っているかもしれないじゃないか……」
「都合が良くていいじゃない」
「えっ……」
「都合良く解釈しておけば良いのよ。あなたは間違っているかどうかなんて、そんなに深く考えるタイプだったかしら?」
エリシアに小馬鹿にされ、愛佳は口を尖らせた。
「うるさいなあもう」
でも、初めて全身にのしかかっていた不安が解けていく気がした。そうだ。ボクはそんなに深く考えるタイプじゃない。電志とは違うのだから。ああ、なんだ、ようやくエリシアの言葉が沁み込んできた。そうだ、ボクは電志じゃない。電志と同じにやろうとしなくたって、同じにできなくたって、良いんだ。ボクはボクでしかないのだから。
「ようやく肩の力が抜けてきたんじゃない? あなたは笑ってなさいよ。こ憎たらしい笑顔がお似合いよ? 電志にはいつも向けてるでしょう?」
「ボクが憎たらしく見えるなら、それは電志がそうさせているんだよ」
「じゃあ電志にしか見せない特別な顔なのね?」
「ちがっ……そんなハズないじゃあないか! 誰にでも見せるよ、スマイルはプライスレスだよ!」
それからエリシアはぽんぽんと肩を叩くと手を離した。
「はっきりさせなさいよ。じゃないと私がもらっちゃうわよ?」
「何のことだか分からないね。さぁボクは設計しなきゃ。ボクのできることをしないとね。分かったらお帰りはあちらだよ、さぁさぁさぁさぁ!」
本来の調子を取り戻した愛佳はしっしっとエリシアを邪険にした。
エリシアは肩を竦めて踵を返した。
「もう大丈夫みたいね、それじゃ」
「……ありがと」
愛佳が顔を赤くしてぼそりと呟くと、エリシアは背中越しにひらひら手を振った。
去って行くエリシアの背中はたまらなく格好良かった。
それを見送ると愛佳は息をつく。そうだ、自分の持ち味。感情だ。電志が論理ならボクは感情、住み分けをしているのだ。感情に任せて何か奇跡を起こせば良い。
今一番しなければならないことは何か。【特別機】の設計だ。いや、アイデアだ。ロボットに対抗できるような、何か凄い機体のアイデアだ。でも、出るだろうか、アイデアは……そんな都合良く出るだろうか。
しばらく考えてみる。駄目だ。
もう少し考えてみる。駄目だ。
現状の仮設計した【特別機】を眺めながら何十分も過ごす。駄目だ。駄目だ。これより良いやつ、これより凄く良いやつ。でも駄目だ。何も思い浮かばない。
一時間、二時間、三時間と過ぎていく。
愛佳は頭を抱えた。難しい。超絶難しい。これ以上何があるというのか。これまで二人で頑張ってやってきたのだから、そう簡単にこれ以上のことはできない。やはり無理では……
四時間が経過しようとしていた。ああ、もう少しで放課後。お見舞い。電志に会える。
何だかそんなことが思い浮かぶと愛佳は頭を振った。甘えている。でも、良いのではないか。自分のできる範囲ではやったのだ。やれるだけのことは、したのだ。それなら電志は怒らないだろう。電志は何だかんだで優しいから、そもそも何も言わないかもしれない。終業時刻よ早くこい。
気持ちは楽な方へ楽な方へと落ちていく。
でも、それで良いのか?
【特別機】の設計期限を確認してみる。あと一週間しかないではないか。もうアイデアを固めなければ、設計などできない。現状の機体を提出するしかない。ヤバイ。負ける。電志班が負ける。そんなの嫌だ。でもどうすれば。助けて電志。今電志に助けを求めてどうする。甘えたい。そんなの駄目だ。でもどうすれば。助けて。
愛佳は机に突っ伏してしまった。泣きたい。もうダメ。
そんな時、襲撃の館内放送が入った。珍しい、昨日もあったのに。
すると、自然に立ち上がる自分がいた。
襲撃があると、電志と一緒に公園へ行った。
そんないつものことが思い出される。
電志がいなくても、行くのか?
そんなことしている場合か?
ふいに、電志の言葉を思い出した。
『俺がここにいるのはサボリじゃない。机に向かっているよりぶらぶらしてた方が閃いたりするもんだよ』
電志が公園に行く理由。
それは石碑を見るのが一つ。
そしてもう一つが、閃くためだった。
愛佳は気付いた。今の機体とにらめっこして、集中しすぎて他が見えなくなっていた。そんな状態でアイデアが浮かぶだろうか?
浮かばない気がする。
…………行こう。
決めた。公園へ行こう。その方が閃くかもしれない。
〈DDCF〉を出る。
一人で公園へ向かう。
最初は電志が一人でこの道を歩いていた。
愛佳は一人で歩いてみて、電志の気持ちはどうだっただろうとか考える。
愛佳は寂しいと思った。でも電志は違うのだろう。それこそ普段頭を使いまくっているから、こんな時は真っ白にしていたかもしれない。無の状態。
【アイギス】は黄昏時だ。
夕方の景色になっている。
人はまばらだ。
宇宙にいることを忘れないよういくつか大窓もあり、その向こうには星の海が広がっている。
公園区画に着いた。
てきとうな木の下に入り込む。
いつも定位置は無い。
その時の気分で電志は決めていた。
何だか電志の足跡を辿っているみたいだ。
でも、そうやって電志のことを追おうと、知ろうとする自分に安心を覚える。足跡を追えば一人じゃない気がしてきたからか。
ぼけっと石碑を眺めた。
シュタリーやクローゼ、それから他にも沢山の人のことを思ってここに座っていた電志の姿を思い出す。
パックのジュースを咥えてぶらぶらさせていた姿を思い出す。
二人で並んで座っていた時の姿を思い出す。
それから……
『電志、そういえば小中学校では落書きばかりしていなかったっけ?』
『ああしてたな。夢満載の機体を思い付くそばから描きまくっていたよ』
電志の落書きを思い出した。
はっとなった。
頭の中のもやがスーッと晴れていく気がした。なにこれ。きた? アイデアがきた?
緊張がはしる。
腕輪に触れ、画面を出す。
何だか手が震えだす。
操作がおぼつかない。焦るな、焦るな。まだ確証がない。これが本当に閃きかどうかはまだ分からない。鎮まれ。慎重に動け。
画面をゆっくり操作し、自分の資料を集めた場所を確認する。
その中でも『もらいもの』と名付けた場所を確認した。
あった。
電志の『最強の機体を作る!』というメモ。
実は電志の腕輪を操作していた時うっかりコピーを作成してうっかりもらっておいたのだ。
本人の了承を得ていないだけで、これは『もらいもの』だ。
息が荒くなる。
深呼吸する。
パスワードを入力する。
メモを開いた。今は緊急だ、パスワードを入力しないと開けないのだからしょうがない。本人には事後承諾を得るしかない。
電志の小中学校で書き溜めた膨大なメモを目の当たりにする。
指が震えた。
何だか覗くのはイケナイことをしている気になる。でもそうも言っていられない。感情が『行け!』と強く叫んでいる。この中に宝があるハズだ。でもないかもしれない。無かったらタダの覗き。所詮子供の頃の無茶な考えだ。実現できるものなど無いのではないか。
夢中でメモに目を通していき、終業時刻を迎える。
鐘の音が聴こえてくる。
やはりダメか……
そう、思った時。
「あ」
愛佳は声を漏らした。
メモの一点に指を這わせ、ぶるぶると震えた。
そして、一人で笑いだした。
電志は茫洋としていた。酷く体がだるい。
点滴で栄養を入れてくれているはずだから良いが愛佳の弁当を残念に思った。あいつ、怒ってるかな。
心配だ。一人でちゃんと仕事ができているだろうか。何かしら指示を出しておいた方が良かっただろうか。でも起きたら終業時刻を過ぎていたので後の祭り。まあ、いいか。一人で何もできなくなるほど弱くはないだろう。むしろいつも小言を言う俺がいなくて伸び伸びやっているかもしれない。
部屋は六人部屋。
五つが埋まっている。
何だか廊下の遠くが騒がしい。
お見舞いにでも来てくれたのかな。いや、違うか。明日退院したらあいつはムッツリして画面に向かっているかもしれない。この大事な時にいなくなるなんて酷いじゃあないか、とか言って。まあ俺が全面的に悪いんだからそこは謝るしかないな。惜しむらくは【特別機】の設計だ。もうアイデアを出さないと期限までに設計が間に合わない。だが、頭が働かなくてこの状態じゃ無理だ。迷惑をかけてしまって申し訳ない。
外の騒がしさが近付いてくる。倉朋だったら良いな、とか思ったり。寂しいのか俺は?
いや、誰も見舞いに来なければそりゃ寂しいが。でも、一人には慣れている。いつも通りではないか。
……違うな。いつも通りでは、ない。
あいつが班に入ってきてからは、あいつが隣にいるのが当たり前になっていた。一人じゃなくなっていた。いて当たり前の人間がそばにいないと、こんなにも寂しいものなのか。
こんな感覚を持つなんて、俺も変わったな。変わったのか。倉朋の、影響で。
騒がしさが部屋の前まで来て、その勢いでガラガラと戸が開けられた。
「電志!」
その声に、不覚にも心臓が高鳴った。
目を見開き、出入口へぐるんと顔を向ける。
待ち望んでいた愛佳の姿がそこにあった。いや、見舞いに来てくれるとは思っていなかったから嬉しさが倍増しているだけで、待ち望んでいたというのは語弊がある、と思う。多分そうだ。多分。
「来てくれたのか」
元気そうに見せようとしたが、掠れてしまった。腹に力が入らない。
愛佳は近くの看護師に注意され、てへぺろっとかやって余計怒らせてから部屋に入ってくる。
「具合は大丈夫かい?」
息を切らせながら話す愛佳は全力で走ってきたようだ。
そこまでして来てくれたのか、と電志は嬉しくなる。
「ぼちぼちだな」
「……無理してたの?」
「…………いや、ちょっと体調を崩したというか。済まないな」
本当は徹夜を続けていた。
体力に限界がきていたのだ。
「電志は嘘をつく時、目が右下を向くね」
「えっ……そんな癖があったか」
しまった、と電志は目を泳がせる。
すると愛佳が頬に手を這わせてきた。
「お見通しだよ。ボクって意外とよく人のこと見ているんだよ?」
「参ったな」
愛佳の手が心地よくて、少しのあいだ目を閉じる。
「……【特別機】のため?」
「ああ」
せっかくのチャンスだから、無駄にしたくなかった。それに自分がしっかりしなければと思った。ガラにもなく格好良いところを見せようとしたのか。いやそれは分からない、と思う。
「ごめんね、気付かなくて……咳をしていた段階で気付くべきだったよ」
何だか愛佳が妙に優しい。
普段と違いすぎて無性に可愛らしく思えてしまう。
「倉朋がごめんねなんて、珍しい」
「病人に鞭打つわけないじゃあないか。ボクは電志のようにドSじゃないし」
「俺はSじゃない」
「ちょっと調子が出たね?」
愛佳の表情がふっと優しいものになった。
電志は安らぎを覚えた。ああ、やっぱりこいつがそばにいると落ち着く。いて当たり前の存在が、ここにいてくれる。二人でいた方が、安定する。いつの間にか大切な、いや大切というと語弊がありそうだ、親友みたいな? 同僚になっていた。大切と言ってしまうと、何かこう、色々とマズイ気がするのだ。
「【特別機】はやっぱり間に合わないな。今の機体で出すしか」
「あ、そうだよそれ! 電志、ボクは閃いたよ!」
突然愛佳がぱあっと目を輝かせた。
電志はあっけにとられる。間に合わなくて済まないと思っていたのに。どうしたというのか。




