第15話
コンペの機体の製造が始まった。
サントス班だけは五十機、他の班は数機ずつの製造だ。
これが完成次第実証試験が開始される。
一年生パイロット達のデビュー戦だ。
ある日の襲撃の後、愛佳と電志はナキとシゼリオを交えて話した。
機体が完成したら、実証試験をするのは【スクーラル・スター☆】のメンバー五名。
電志の機体がもらいたいと希望が殺到し、抽選したらしい。
メンバーにはシュタリーも入っていた。
シュタリーはちょくちょくナキにくっついて電志に会いに来た。
「電志先輩の機体に乗れると思うと嬉しいですぅ」
「そんなこと言っても、絶対の保証はないんだぞ? デビューが遅い方がその分は確実に長生きできる」
「でも、デビューを遅らせれば遅らせるほど怖くなっちゃいますから。それなら早い方が良いですよぉ」
「それは、そうかもしれないな」
少しずつ仲良くなっているようで愛佳はうんうんと頷いた。これで良い。
だが、イライナの方からは具体的に電志へのアプローチが無いようだ。情報を聞くだけ聞いて、それで終わりだろうか。何だったのだろう。
それから、気掛かりなこともあった。シャバンはコンペの結果が出てからは『ウチの班の機体が大きな戦果を出しますから見ていて下さい』と自信を見せているが、大丈夫だろうか。
電志はエリシアの作った機体の設計書を見て、眉根を寄せたのだ。
そして、重い重い一言を零した。
「これは大変なことになるかもしれない」
愛佳は不安になった。思い過ごしだと良いんだけど。でも、その言葉が頭から離れない。
シャバンは機嫌が良かった。コンペでの優勝。その成果がもうすぐ見られる。愛佳もはっきりした結果を見れば、分かるだろう。電志班を離れるべきだと。その時自分が手を差し伸べ、愛佳が泣いて縋る姿を想像すると堪らない。
しかし、一方でイライナの様子はまた悪くなった。
コンペの結果が出てから青ざめている。
呼吸も何だか不規則な感じで、ただそこにいるだけで焦燥に駆られている感じだ。
「シャバン、わたし……死ぬのは嫌だよ」
「イライナが死ぬはずないって。腕は確かなんだから」
昼食をとり、努めて平気な調子でシャバンは話す。まあ実際にデビューしてしまえば心配もなくなるだろうから、それまでの辛抱だ。
だが、次の一言で辛抱にヒビが入る。
「ねえ、何で五十機も実証試験に投入するの? 二十機で良いじゃない。わたし、コンペの機体なんて乗りたくないよ」
面と向かってなんて言いぐさだ、とシャバンはイラつく。
これまでずっとイライナの泣き言には我慢してきたが、いい加減うんざりしていた。
そこへ来て乗りたくないと言われて怒りを抑えられなくなった。僕は常に泣き言を許容できるほど大人じゃないんだよ!
「どんなに泣き言を並べても出撃しなくちゃいけないから〈DPCF〉は大変だね」
最大限の皮肉。いいから行けよ。行ってくればそんな心配杞憂だったと分かるんだから。僕の班の機体にケチをつけるな!
「出撃、しなくちゃ、いけない……」
イライナは震える声で、言った。
消え入りそうな声だった。
不穏な渦が生まれたかのようだった。
イライナは焦った。そうだ、出撃しなくちゃならない。〈DPCF〉である以上逃れられない。シャバンに言われて自分の置かれた状況が鮮明になった。こんなの嫌だ。
そしてシュタリーに頼み込んだ。
「シュタリー、ねえお願い、一生のお願い。デビュー戦の時だけで良いから機体を取り替えてよ」
「そう言われてもぉ」
「シュタリーなら一回くらいウチの機体に乗ったって大丈夫。でもわたしの腕じゃ厳しいの。最近訓練の成績も落ちてるしヤバイの。ねえお願い」
「だって機体を取り替えちゃったら絶対怒られますよぉ」
毎日頼み込んでも色よい返事はもらえなかった。当たり前だ、誰だって死にたくはない。それならせめて良い機体に乗りたい。
もうシャバンにも見捨てられているし、焦燥は一線を超えた。
日に日に精神は蝕まれ、ついには何をしてでも生き残ってやるという境地に差し掛かった。
なりふり構っていられない。
「ねえ、シュタリー……」
イライナは虚ろな目で一線を超えた計画に手を染めた。
不穏な渦は回り始める。
そして周囲を飲み込んでいく。
コンペの機体が完成を迎えた。
電志のもとには相変わらずナキにくっついてシュタリーが来ていた。
「も、もういつ出撃してもおかしくないです、緊張しますぅ」
「さすがにこの状況では落ち着いていられないよな。音楽を聴いたりとかしてリラックスすると良い」
「あああああのあのあのっ」
シュタリーが顔を赤くしてあたふたしている。愛佳はおおっと思った。これはもしかしたらアレかもしれない。デビュー戦前のカップル成立は物凄く多い。命の危険が迫った時は恋、というのは定番だ。
だが電志がどうした、と顔を向けるとシュタリーは目をぐるぐるさせてしまった。
「わたし、電志先輩が……す、作った機体ならちゃんと帰ってこれる気がしますぅっ」
「え、ああ。無理はするなよ。デビュー戦は敵を倒すより逃げ回るくらいのつもりで良い。ちゃんと帰ってこいよ」
そんな二人のやりとりに愛佳はずっこけた。煮え切らないなあこの二人は! 今が最大のチャンスだったのにね。やれやれ。
シャバンはイライナを見て何か変な感じがした。
「シャバン、わたしは絶対帰ってくるから」
イライナはげっそりしながらも、目だけはギラギラしている。
まるで手負いの獣だ。
「うん、イライナだったら大丈夫だよ」
ようやく覚悟ができたのだろうか。だとしたら良いのだが。
「わたしは悪くない、わたしは悪くない……」
「イライナは日頃の行いが良いよ。だから絶対帰ってこれるさ」
そしてウチの班の機体の良さを証明してくれ、とシャバンは心で付け足した。これでようやく、あのボクっ娘を電志班から助け出すことができる。次の襲撃で全てが解決するだろう。イライナは帰ってくるし、エリシアの機体は活躍し、電志は打ちのめされ、ボクっ娘は僕のモノになるはずだ。
何か変な感じもするけど、きっと気のせいだろう。
シャバンの目には思い通りになる未来しか映っていなかった。
イライナは電志を公園に呼び出して会っていた。
ここのところ連日そうして会っていたので互いに慣れた調子で話している。
「わたし、デビュー戦を控えて常に不安なんです。でも電志さんといると安心します」
「その不安は分からないでもない。でも俺といてそれが和らぐか?」
「もちろんですよ。電志さんってどっしり構えていて落ち着いているし。この年齢で落ち着いている人なんてそうそういません」
そしてイライナは電志の手に触れ、そっと握った。
電志が驚いたのを見ていたずらっぽく笑う。
それからイライナは抱き付いた。
「お、おい……」
「電志さん……」
イライナは電志の胸に顔を埋める。
そうして十秒くらいじっとしていた。
互いの温もりを感じ、鼓動を感じる。
ゆっくりと電志が口を開いた。
「なあ…………本当の目的は……何だ?」
イライナはびくりとする。全てお見通しか。電志に近付いたのは、ある目的のためだ。
「……どうして気付いたんですか?」
「恋人になりたいみたいな振る舞いをしているのに、君は常に別の誰かを気にしているようだった。それから俺といると安心すると言いながら、不安な表情は隠せていない」
電志は淡々と答える。
相当なキレ者だ。騙せる相手じゃなかった。イライナの頭に常にあるのはシャバンだ。
イライナは本当の目的を語った。
「電志さんにお願いがあるんです」
「……何だ?」
「シュタリーがデビュー戦から帰ってきたら、デートしてあげて下さい」
「え、ああ、まあ良いけど」
怪訝な表情の電志。何でイライナがシュタリーの話をするのか、変に思うのは当然だろう。だがいくらキレ者と言っても、ここから先は分かるまい。電志がそれに気付くための情報は決定的に欠けているのだから。
イライナは足早に立ち去っていった。
不穏な渦は周囲を飲み込む。
そしてそれぞれの歯車を狂わせた。
狂った歯車はもう壊れて粉々になるまで、戻らない。
遂にデビュー戦となった。
館内放送で〈コズミックモンスター〉の襲撃が知らされる。
愛佳は電志が画面とにらめっこしているので何をしているのか気になった。
「どうしたんだい?」
「いや、なんつうか……シュタリーが帰ってきたらデートする約束になってて、一応計画を立てておこうかと」
「電志にしては珍しいじゃあないか。ボクが手伝ってあげるよ」
「そいつは助かる。俺はよく分からないんだこういうの……」
そうしている内に電志にはシュタリーから通話が入った。
『電志さん、わたしこれから出撃しますっ……帰ったらそのあの、よろしくお願いしますっ』
「ああ、うん……気をつけて行ってこいよ」
通話が終了したら愛佳は電志を肘でうりうりとつついた。電志とシュタリーのたどたどしいやりとりを見ているとほっこりする。うまくいきそうで良かった。
ただ、何故か祝福する気持ちに揺らぎがある。電志に恋人ができるのは喜ばしいことのハズなのに。何故だろう。
シャバンのところにはイライナから通話が入った。
『シャバン、わたし出撃するから』
「ああ、行っておいで。イライナなら絶対帰ってこれるよ」
『うん、帰ってくるよ。絶対』
「そうだ、その意気だ」
『それじゃ。シャバン、わたしあなたのこと、好きだからね』
返事を待たずに通話は切られた。
シャバンはしばし呆然とした。まさか、告白されるとは思わなかった。これまで恋人一歩手前で、でもその距離感に満足して一歩を踏み出さない……そんな状態がずっと続いていくんだろうなと思っていた。イライナもそう思っていたのではなかったのか。
驚きで実感が湧かなかった。
その後隣でエリシアがそわそわしだしたので、ちょっと提案してみた。
「どうせなら電志班の所に行って結果を待ちますか?」
たぶんエリシアがそわそわしているのはコンペの機体の戦果だ。コンペで勝利はしたが、やはりその機体が実際に戦果を上げてこそ完全な勝利と言えるだろう。結果が出たら電志の所に自慢しに行くつもりなのだろうが、待ちきれないようだ。それならいっそ電志班の所に行って結果を待てば良い。
読みは当たったようで、エリシアは満面の笑みを浮かべた。
「それもそうね。見せ付けてやるにはちょうど良いわ」
ちょうど良いのはこっちですよ女王様、とシャバンは心の中で返す。愛佳のすぐそばで結果を待てるのは実にちょうど良い。
エリシアはさっそく立ち上がるとすたすた歩いていった。
シャバンはその後を静かに追う。
電志班では電志と愛佳が椅子を近づけて一つの画面に見入っていた。
エリシアが電志の真後ろに立ち、声をかける。
「電志、ついにデビュー戦ね。ここで私の機体が大活躍するのを見せ付けてあげるわ。結果発表の瞬間が楽しみね。私もここで待たせてもらえる? 今何しているの?」
すると電志はバツが悪そうに。
「何しているっつーか……デートスポットの検索?」
「はあああぁっ?! ちょっこんな時に何しているんですの?!」
エリシアがまたも電志にペースを乱された。いつも冷徹で毅然としているエリシアをこんなにするなんて、電志とはいったい何者なんだろうか。
エリシアが電志の腕を掴んでぎゃあぎゃあ言い争いを始めたのでシャバンはそっと愛佳の隣へ移動した。
愛佳が気付いて軽く手を上げる。
「やあやあシャバン君。電志にデートコースを教えていたんだけど、これは骨が折れるね」
「デートコースですか」
何でまたそんなものを。
エリシアほどではないが、シャバンも気になった。
「〈DPCF〉の一年生が無事帰ってきたら、デートするそうだよ。こんな鬼畜仏頂面なのに意外とやるもんだね」
「おい誰が鬼畜だ」「ちょっと電志、私の話は終わってませんわ! だいたいあなたは……」
電志が首を捻って抗議するが、エリシアに顔を両側から掴まれて向き直させられてしまう。この二人も意外と仲が良いのかもしれない。
シャバンは無難な言葉を探した。
「無事に帰ってくると良いですね」
「今回の機体は良い感じだからね。大丈夫じゃないかな」
愛佳の言葉は割と余裕だ。しかしその余裕も戦果を見ればなくなるだろう。今回サントス班は五十機も増加したのだ。戦果もかつてないほど出るだろう。
そしてサントス班と電志班の差を見せ付けられた彼女は……シャバンの期待は膨らむ。
エリシアがようやく落ち着いたのか、椅子をサントス班から持ってこいと命令してきた。
シャバンは快く頷く顔を作り、椅子を持ってきた。
エリシアは電志の隣でふんぞりかえって椅子に座り、電志と愛佳がまたデートスポットの検索を始める。
少しするとエリシアも口を出し始め、三人でああだこうだ悩み始めた。実に楽しそうで、不思議な光景だ。何だこの組み合わせは。
それからシャバンは、イライナのことをちらと思い出した。僕も彼女が帰ってきたらデートに連れて行ってあげた方がいいのだろうか。
ぴりぴり緊張しながら結果を待つのを想像していたが、思いのほか楽しい空気になってしまった。こんな時は、案外全てうまくいくのではという気持ちに、なった。
黒い海のような宇宙。
眺めているだけならば星の輝きを存分に堪能できるだろう。
しかし戦闘機乗りは不安になることがある。
目に映る範囲に味方がいない時、黒い海は助けの来ない絶望の闇に見えてしまうのだ。
しかも、敵が目の前に迫っているとなっては。
戦場にて、シュタリーは後悔していた。
「やばいよ、やばいよ、やばいよぉ、ああっ!」
目の前には〈コズミックモンスター〉の巨体。
WVが機体を鷲掴みにしている。
もうどんなに操縦しても逃げられない。
やたらめったら操縦桿を振り回すのをやめ、脱出を試みた。
「あああああああああ脱出、脱出、え、ちょっ……脱出のボタンない、ない、どうして?!」
コックピット内の画面をいくら操作しても緊急脱出ボタンが見付からない。
焦る。
画面を更に操作する。
焦りが増す。
画面を乱暴に叩く。
「どうして、脱出ボタンは普通はここにっあるはずなのにっ……何で! ああっ!」
バキバキと嫌な音がして機体の翼がもがれる。
機体後部も滅茶苦茶にされ、コックピット周辺だけが残った。
「いやああああっやだっやだああぁ! こんな、こんなことなら!」
イライナと乗り換えなんて、しなければ良かった。
出撃してしばらくは問題無かった。しかしちょっとの被弾をしただけで旋回に異常が出て敵に捕まってしまった。いくら何でも脆すぎる。噂では集中防御方式により重要箇所の防御力は足りていると聞いたが〈DPCF〉からすれば繊細な戦闘機に重要でない箇所など無い。そこが〈DDCF〉には分かっていないのだ。ただ一人、電志を除いて……
その頃、〈DDCF〉では電志が頭を悩ませながらデートの計画を立てていた。
「ああくそ、どうしたら良いか分からねえ」
戦場ではシュタリーが泣き叫ぶ。
WVが大口を開ける。
「誰か助けて! チームのメンバー誰か近くにいないのぉ?! 助けてよぉ誰か! お願いわたしどうしても帰らなきゃいけないの、お願いだからぁっ! 誰かあああ!」
〈DDCF〉で電志が悩み続ける。
だが微笑も浮かべていた。
「まあ気取らなくて良いや。メインはカラオケだな。ああでも俺殆ど唄えないな。シュタリーは何を唄うんだろうな」
シュタリーは心の糸が切れた。
コックピットが異音を立てて崩れていく。
WVの口に全てが閉ざされていく。
ただただ俯いて、体を丸めて最期を迎えようとしていた。
「あ……電志、さん……わたし、帰れな……デート行けなくて」
ごめんなさい……