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天才設計士の恋愛事情  作者: 滝神淡
コスト低減コンペ
16/121

第14話

 愛佳はすこぶる上機嫌だ。

「まさかね、電志にモテ期が来るなんて思わなかったよ。電志もそう思うでしょ?」

「何のことを言っているんだ?」

「ねぇねぇ、聞きたい? 聞きたい? 良い話があるんだよっ」

 身を乗り出す愛佳に電志は奇妙な動物を見るような目を向ける。

「ああ」

「でも教えな~い」

「メンドクサッ」

「電志、ボクはメンドクサイ女じゃないんだよっ! そのメンドクサイって言うの禁止!」

「『メンドクサイ女』だと意味が違うだろうが。早く具体的な設計始めるぞ」

「えー……ちょっと待ってよ。本当に良い話なんだよ。聞きたくないの?」

「だから何だよ?」

「でも教えな~い」

「…………前回手伝った課題、俺の提出物からコピー&ペーストした箇所があるだろう。それを部長にバラしても良いんだな? 自分でやってないことがバレたら〇点だぞ」

「うあっそそそれはあああぅあぅあぅ……教えるよ、教えるから許してぇ……」

 調子に乗りすぎたようだ。

 簡単にイライナのことを教えて設計に入る。

 設計のフェーズ1は〈要件定義〉だ。

 これはコスト低減コンペで既に要件が提示されているため、その内容を列挙すれば良い。

 この作業は済ませてあった。

 次のフェーズ2は〈概要設計〉。

 その名の通り概要が伝われば良い。

 このフェーズは主に内部の〈DDCF〉や研究部門の〈DRS〉、それからパイロットチームの〈DPCF〉などにイメージが伝えられれば良い。

 形やスペックが主な情報だ。

 更に進めばフェーズ3の〈詳細設計〉。

 これは開発部門の〈DDS〉に具体的な開発指示ができるよう細かな所の値まで記入した専門知識満載の設計書を作成する。

 最も作業工程で重いフェーズだ。


 二人で作業分担してフェーズ2を開始。

 電志は主に外形と【光翼】部分、愛佳は主に内部とコクピット周りが担当になった。

 夕方までに外形は描きあげた。

 そこで【光翼】を考え始めた時、躓く。

「あー……確かに【光翼】をどうするか悩むな。〈DRS〉の言った通りだ」

 電志は頭の後ろで手を組んで呟いた。

 その画面を隣から愛佳が覗き込む。

「あ、もう形になったの?」

「うん。見てくれだけだったら資料のを真似するだけだからさ」

「翼が長過ぎるんだよ、切っちゃえば?」

「やっぱそうだよなぁ。【光翼】の内蔵部分って寸法いくつだったっけ?」

「【光翼】の仕様は……あった、これこれ」

「サンキュー。エンジンの選定はここの厚み決めたら出すか」

 しばしばフェーズ2とフェーズ3は完全に区切れない時がある。

 フェーズ2の段階でいいかげんな作業をしていると、フェーズ3でやっぱりうまくいかない時があるのだ。

 エンジンなどはフェーズ2でこれを使おうと思っていても、いざフェーズ3に入ると寸法が合わなくて搭載できない、という事態が起こったりする。

 フェーズ2の段階でフェーズ3も意識して設計することが重要だ。

 愛佳の軽口は相変わらずだったが、二人の作業は何となく息が合っていた。

 電志は電志で愛佳の様子をそれとなく気にしているし、愛佳は愛佳で電志の進行状況を逐一確認した。

 あっという間に時間が過ぎていくが、走り出した、という気持ちだった。


 コンペの期限までは瞬く間に過ぎていく。


 シャバンはエリシアの機嫌をうかがいながら、イライナを昼食でなだめる。

 そのお陰かぎりぎりのところでイライナは心を保っているようだった。

「シャバン、わたし出撃したらちゃんと帰ってこれるかな?」

「そうだね……僕を目印に帰ってきたら良いんじゃないの? いや電志さんの方が良いか」

「慣れている分シャバンの方が良いよ。嬉しい?」

「ああ嬉しいよ」

 常に不安を口にしつつも、訓練での成績は安定してきたらしい。

 そして電志がいない隙を狙って毎日愛佳の所へ通った。

 愛佳と過ごす時間は至福だった。彼女は会話を楽しむ方法をよく心得ている。

 そんな彼女があんな仏頂面の男と一日の大半を過ごしているのかと思うと音が出るほど歯軋りした。絶対助け出してあげなければならない。僕の手で!


 愛佳はちょくちょくシャバンとの会話を楽しみつつも、設計には手を抜かなかった。

「現状の防御力想定もさ、被弾試験とか始めたら微妙に問題出そうで嫌なんだよね」

「そうだな。この形状だと想定していたものと違う結果が出るってことは充分ある。そうすると、ここで頑張って合わせてももうちょい装甲に厚みを出さなきゃってなった時やり直しなんだよな」

 電志は愛佳の出した内部空間イメージ図を眺めながら、全体の仕様を修正していく。

 会話しながらの試行錯誤。

 気付いたら終業時刻。

 学生とはいえ、その後もしばらく残って設計を進めた。

 フェーズ3まで進み、徐々にゴールが見えてくる。

 疲れも出始めた。

 しかし、ゴールが見えてくるとモチベーションも上がる。

 疲れすらもスパイスに思えてくるほどだった。

 まるで部活で文化祭を目指しているみたいだ。

 文系なので汗を飛ばすことこそないものの、代わりにディベートを頻繁に行い熱い議論を交わした。

 あれはああした方が良い、これはこうした方が良いと。

 そうして二人で全翼機を作り上げていく。


 ある日の帰り道。

 愛佳は思い切り伸びをした。

「んー全翼機、完成が楽しみだね……!」

「こんな時間まで悪いな」

「んーん、ボクも楽しんでるから良いよ!」

「そりゃ助かる。だがもう疲れも出てきただろう? ここからも苦しいけど大丈夫か?」

 電志の試すような問いに、挑戦的な笑みで拳を突き出す愛佳。

「望むところ……!」

 電志は差し出された拳を見てしばらく呆気にとられていた。

 やがて仏頂面はニヒルな笑みに変わっていく。

 そして電志も拳を出し、愛佳のそれと軽く合わせた。

「パイロットのために……!」

「パイロットのために!」

 電志班の結束を示すような、拳の絆。

 未知の機体を、希望を、実現するために。


 それからは走り出した二人三脚が見事に噛み合ったみたいにペースが加速していった。

〈DDS〉や〈DRS〉と密に連絡をとり、着実に設計を進めていく。

 電志も愛佳も、大変ではあったが笑顔が絶えなかった。

 新しい試みという挑戦、完成させたいという目標がモチベーションをぐいぐい押し上げていく。

 心臓破りの坂を二人三脚で駆け上っていくようだった。

 息切れして疲れがピークに達していても、気力を振り絞る。

 もう少し、あと少し。

 坂の頂上へ、上るのだ。


 そうして設計は完成を迎えた。

「できたーあああぁ! 今までで最高の機体じゃあないかい?!」

「完成! ああ最高だ、すぐ部長にレビューしてもらおう! きっと度肝を抜くぞ!」

 フェーズの完了時にレビューという工程がある。

 これは成果物を責任者にプレゼン形式で発表し、承認をもらうものだ。

 ここで様々な指摘をしてもらい、その点を修正した上で承認となるケースが通常。

 不十分な点が多ければ承認はもらえず、要再レビューとなる。

 電志はプレゼンでコストダウンがどれだけできたか、というだけでなく設計した機体の性能について熱心に語った。

 はっきり言えば最新の機体をも凌駕している。

 このコストでこれだけの性能が出せたことを重点的に考慮してほしいと訴えた。

 初めての全翼機に部長は目を丸くしていた。

 レビューは文句無しで承認がもらえた。

 これならいけるのではないか。

 それ程手応えのある出来栄えだった。


 コンペは締め切られ、審査に入った。

 審査をするのは〈DDCF〉や〈DPCF〉などを束ねる宇宙機統括部、通称〈DUS〉である。

 審査結果は〈DDCF〉部長に伝えられ、その部長から部員達へ発表された。

 緊張の一瞬。

 愛佳や電志、シャバンやエリシアなどは固唾を呑んで見守った。


 コンペの優勝は、サントス班だった。


 大きな拍手にエリシア達が包まれる。

 電志も愛佳も拍手を送った。

 発表が終わるとエリシアが電志のもとを訪れる。

「電志、私の勝ちね」

「ああ、そうだな。おめでとう」

 素直な賛辞を送る電志に愛佳は首を傾げた。悔しくないのだろうか。

 エリシアも何だか拍子抜けしたらしい。

 目をしばたたかせた。

「そ……そう? まあ、あなたも早く設計思想を改めなさいな。そうでないなら、私が部長になるまでに倒してみせることね」

 そんなエリシアに、電志は視線を合わせて、言った。

「エリシア、こんなこと(、、、、、)を本当に続けるつもりなのか?」

「…………パイロットは消耗品だと気付いたんだもの。設計にも非情さは必要だわ。私は全てを割り切った。電志、あなたもいい加減割り切りなさい」

 颯爽と去っていくエリシア。

 豪華なドレスも、魔導士風の杖も、艶やかな髪も、毅然と揺れていた。

 そこには絶対の自信、それから信念が見えた。

 シャバンもその後をついていった。

 その背中を見送ると、愛佳は口を尖らせた。

「電志、悔しくはないのかい? 負けたんだよ? それに、ボクに一日言いなりになってその後一生ボクの下僕になっちゃうんだよ?」

「約束していない部分の条件は俺は果たさないからな。一日言いなりだけ有効だ。悔しいのはあるけど、勝負は勝負だからな。相手を称えられるくらいの余裕は持たないといけない」

 電志の言っていることは理屈では理解できるけど、感情が納得できない。

 愛佳は感情の方が大事だ。

 ぶすくれてコンペの結果を画面で見ていく。

 するとすぐに不満が見付かった。コンペに出品された機体のカタログにはコストダウン率が何%としか書かれていないではないか。

「電志、あんなに熱心にプレゼンしたのに性能は全然考慮されていないじゃあないか。単純にコストダウンの率で順位が決まっているよ」

「どれ……はぁ、確かに。部長も〈DUS〉も、分かってないな。どこが一番重要なのか」

「…………やっぱりウチも性能を下げれば優勝狙えたんじゃない? エリシアさんの所はコストダウン率二六%でウチは一八%でしょ? 性能下げれば充分いけたような気がするよ」

 ぶちぶち零す愛佳に電志は肩を竦めた。

「良いのさ別に。少なくともウチの班だって数機の導入はこれでできる。これでパイロット達に良い機体が届けられるじゃないか」

 あっけらかんとして話す電志に、愛佳はちょっとムッとしてしまった。

 エリシアと勝負をすることになった段階から、思っていたのだ。

 本当はエリシアの設計思想の方が正しいのではないか、と。

 でも電志はそんなことはないって感じで、その意識の差は少しずつ不満を溜めていった。

 それが今ここで、噴出を迎えたのだった。

「ねえ電志、生還率って言うけどさ。生きて帰ってくるだけじゃあ駄目なんじゃない? やっぱり戦果を上げてこそ評価されると思うんだよボクは」

 真っ向からの対立。

 最近まで何となく電志についてきたが、ここは対立せずにはいられない。納得できる言葉が欲しい。

 これはむしろ納得させてくれという願いみたいなものだった。

 すると電志はきょとんとした表情を見せた。

「え? 戦果なら上げてるぞ(、、、、、、、、、)? 生還率と戦果は密接に結び付いているんだが……?」

 分からないの? と言いたげだ。

 何だか愛佳の意識とは決定的にズレがあるようだった。

 愛佳も『え?』と固まってしまう。

 このズレは一体なんだ?

「電志……分かるように説明してよ。お願いだよ」

 愛佳の真剣な目に電志は頭を掻いた。

 真剣な頼みには真剣に応えるのが彼だ。

「…………分かった」

 それから、と愛佳は付け足す。

 さっきのエリシアと電志の会話で、やはり決定的に過去に何かあると悟った。

 だから。

「あの……さ。エリシアさんが設計に非情さを求めたきっかけを、一日言いなりだから教えてって言ったら……卑怯かな?」

「倉朋って本当に変なところで律儀だよな」

「分別があると言ってくれたまえっ! だから……その……本気で聞きたいんだよ」

「…………本気、だな。分かった」


 エリシアが珍しく喫茶店に誘うので、シャバンはついてきていた。

「私にはね、今の設計に目覚めたきっかけがあるのよ」

 過去を思い出すような口調に、シャバンは神妙な態度を作った。

「きっかけ、ですか」

 誰しもきっかけはあるものだ。それを話してくれるのであれば心を許している証拠。耳を傾けてみよう。

 エリシアはコーヒーを少しずつ含みながら語る。

 エリシアには親友がいた。

 いや、想い人と言って良い。

 付き合ってこそいなかったものの、その男子クローゼとは互いに気持ちが通じ合っていた。

 そしてその微妙な距離感に互いに満足していて、何となく付き合うんだろうなと思いながらも一歩踏み出せないでいた。

 クローゼは〈DPCF〉に入った。

 最初から志願していた。〈コズミックモンスター〉をぶちのめすと息巻いていた。

〈DDCF〉に入ったエリシアは、最初は生還率を重視していた。

 だがどんなに良い機体を設計しても、すぐに犠牲者が出た。

 こんなことしても墜とされる時は墜とされる、無駄なんじゃないかと泣いた。

 そんなエリシアをクローゼは無駄じゃないよと励ましてくれた。

 担当が替わり、エリシアはクローゼの機体を設計することになった。クローゼだけは死なせたくない。

 必死に設計に取り組んだ。

 しかしある日、先輩に怒られた。

 一年生のエリシアは部長にレビューしてもらう前に先輩に確認してもらう必要があったのだが、その時の話だ。

 先輩が言うには、これは部長の前にウチの班として承認できないとのこと。予算は無限じゃないんだ、もっと安いのを作りなさい。パイロットなんて消耗品なんだから、君が気に病むことは無いんだ。墜ちたらパイロット(、、、、、、、、、)のせいなのさ(、、、、、、)

 エリシアは悩んだが、了解した。そうしないと承認が得られないのなら。きっとクローゼなら大丈夫。彼は一年生の中ではエースパイロットだったはずだ。大丈夫。絶対大丈夫。

 しかし、その機体でクローゼは帰らぬ人となった。

 エリシアが作った機体で、クローゼは死んだのだ。

 クローゼの最期の言葉が忘れられない。

『済まない。せっかくお前達が良い機体作ってくれたってのに……パイロットがヘマしたらどんな機体でも墜ちるよな……』

 エリシアは泣いて泣いて、悟った。

 どんなに頑張った機体でも人は死ぬし、そうでない機体でも死ぬ。どっちだって、変わらないんだ。パイロットは消耗品と言った先輩は、正しかったんだ。心を殺せ! 割り切れ! どうせ人はいつか死ぬ。速いか遅いかだけ。

「…………完全に割り切ってからは快進撃だったわ。見る見る内に戦果が上がっていった。火星圏には〈コズミックモンスター〉の巣があるでしょ? コンペの機体でそこを叩けば全てが終わる。もし悲しむとしたら、その後で良いのよ。そのために皆散っていったんだから」

 締め括ったエリシアにはもの悲しさが浮かんでいた。

 割り切らなければならない無念さもあった。

 大切な人を失った辛さもあった。

 シャバンは悟った。強さとはこういうことだ。やはり割り切った人間は強い。電志のような甘い考えでは駄目なのだ。エリシアにはそれだけの体験がある。それだけの体験をしていれば非情さもよく分かっているし、自分も非情になるべきなのが分かる。生きて帰ってくるなどと理想論をいくら吐いてみたところで現実は変わらない。そんな夢物語より現実的に戦果を上げる方が大事だ。戦果を上げた方が、結果的に死ぬ者も少なくて済むのだ。

「エリシアさんは必ず部長になります。僕が支えますよ。正しい設計で〈DDCF〉を統一しましょう」

 そして愛佳を引き抜き、電志を追放するのだ。間違った設計は排除されなければならない。

 シャバンは心の中で牙を剥いた。


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