第112話
【黒炎】が【光翼】の展開を始めるのを見て、七星は全ての通信を切った。
少し寂しくて、これで良いんだと安堵して。
ブリッジに残った友人に礼を述べた。
「ゲンナ、最後まで付き合ってくれて悪いな。ありがとう」
ゲンナは歯を見せて大きく笑った。
「なんの、気にすることはない。お前一人だけ逝かせるわけにもいかんさ」
「俺一人で死ぬには寂し過ぎた。恩に着るよ。返す機会は無いがな」
そんな軽口で七星は苦笑する。ゲンナまで死ぬことはなかったから、脱出艇へ行けと言ったんだが、こいつは最後までここに残ると言ってきかなかった。まったく、良い友人を持ったもんだ。
床でのたくっている総司令が怒りの声をあげた。
「七星、貴様……私を騙したな! 地球は【アイギス】の上層部を素直に受け入れるはずがないと言うから貴様に全てを任せたのだ。それなのに、それなのに……これはいったいどういうことだ!」
七星は肩を竦める。ああそういえば、この人も残ってくれたんだっけ。強制だけど。
「その部分については嘘をついてはいないでしょう。でも、生き残り達に必要なのはあなたじゃない。彼ら自身が今後の【アイギス】を作り上げていく流れを作ってやらなければ、ここで生き残らせてもすぐに破綻してしまう。与えられただけでは、自分で何かを成さなければ、発展は無いのです」
七星は悪の象徴になる必要があった。
だから総司令を唆したのだ。
このままでは【アイギス】が全滅させられてしまう、と言っても総司令は大した関心を示さなかった。
そこで七星はもっと深い説明をした。
地球軍がどう考えるかを。
そして総司令が地球軍に戻った時に邪魔者扱いされてしまうだろうことを。
地位を保ったまま総司令が地球軍に帰るには、誰かに罪を集中させるしかない、その罪は私が被りましょう、と。
そうして総司令の保身をちらつかせたら、話に乗ってきたのだ。
七星は地球の思惑を最初から見抜いていた。
地球はまだ国家で分かれていて覇権を握ろうとする者達の微妙な駆け引きが続いていたが、宇宙に軍隊を送る際には一応の連合艦隊を組織していた。
【アイギス】を見捨ててからも宇宙艦の建造は続けていたし宇宙戦闘機の建造もしていた。
これは当初、【アイギス】が陥落した後に〈コズミックモンスター〉から防衛を行うためのものだった。
しかし【アイギス】は予想に反し持ちこたえ、計画が狂ってしまった。
『【アイギス】の尊い犠牲を乗り越え地球艦隊が劇的な勝利』というシナリオが実現すれば世界中の国民が感動し、各国代表の支持率も急上昇、安定政権が出来上がるという算段だったのだが。
大国の中枢にいる者達は焦った。
このままでは地球艦隊ではなく、【アイギス】が英雄になってしまう。
巣の破壊を達成して帰ってきた【アイギス】の者達には大きな報奨と重要なポストを用意してやらなければ国民に示しがつかなくなる。
それどころか、『【アイギス】が頑張っていた時に地球は何をやっていたんだ!』と批判が政権に向けられることも避けられない。
そうして地球側は新たなシナリオを作った。
巣の破壊をする前から地球側では準備が始まっていた。
大国同士がロビーで会合を進め、様々な握手を交わしていた。
『もしこのまま【アイギス】の者達が生き残っても、現在人口をそのまま受け入れるのは難しいのではないか?』『その通りだ、我が国も財政が……』『彼らは独自の文化を形成してしまった。地球に帰ってきても衝突が起きる可能性がある』『それは脅威ですな!』『ええ、ええ、脅威ですとも!』『脅威には対処が必要ですなあ!』
まず最初に、【アイギス】の権力者たちをどう迎え入れるかが問題だった。
それぞれの故郷の国に単純に帰らせて褒美でも与えておけば静かになるか……
だが、【アイギス】は力を持ち過ぎた。
もしかしたら素直に従うのを良しとしない可能性もある。
場合によっては英雄として大統領に当選してしまう可能性もゼロではない。
我々の権力がおびやかされるかもしれない……
それは大いに困る。
それなら、排除してしまった方が良い。
口実は何でも良い、反逆者にでも仕立て上げてしまうのが手っ取り早い。
反逆者としてまとめて始末してしまった方が良いだろう……
下手に残しておくと、恨みで後で蜂起しかねない、一般市民も含め徹底的にやろうではないか。
『この際【アイギス】そのものも破壊してはどうか』『あれはいわば負の遺産だ、〈コズミックモンスター〉に火星圏を奪われたという大敗の象徴でもあり、最後には逆転したという勝利の象徴でもある……我々にとって都合のよくない歴史しか詰まっていない』『いや、だが破壊してしまうとまた宇宙に進出するのに莫大な予算がかかってしまう。それは避けねば』『ええ、ええ、支持率に響きます。それなら、我々が悪から取り返した、ということにでもしましょう』『それは良いな。占領したら名前も変えよう。徹底的に【アイギス】と〈コズミックモンスター〉の記憶を国民から薄れさせるのだ。国が混乱しては困るから、な』
そうして巣の破壊から【アイギス】殲滅作戦が作られた。
第一段階は人質。
【アイギス】の者達の家族を集めて監禁し銃を突きつけ降伏を迫る。
第二段階は仕立て上げ。
【アイギス】の連中を逆賊に仕立て上げるためにスパイを送り込む。
地球からの大量の増員は、全てスパイとする。
一部のエリート兵士、身寄りの無い者、収監されていて減刑を望む者……そういった者達に報酬を提示し、集めて訓練した。
巣の破壊までは純粋に補充人員として振る舞い、喜びを分かち合う仲間として【アイギス】の連中に認識させる。
そしてその後、密命を開始させるのだ。
人質を見せて降伏を迫った後、回答期限が来たら通信を行う。
スパイたちは一斉に攻撃開始、ブリッジに侵入し通信をジャック、【アイギス】人のフリをして宣戦布告を地球へ行う。
この映像が世界中に流れ、【アイギス】は敵として国民に認知される。
第三段階は殲滅戦。
人質作戦とスパイたちの一斉攻撃で既に【アイギス】は戦意を喪失しているはずだ。
ここへ更に地球艦隊で総攻撃をかける。
さすがにこの十年で何があったかは聴取する必要があるため、少人数は生かして捕虜とするが、それ以外は全滅させる。
念には念を、と三段構えにした、完璧な作戦だった。
七星はブリッジの正面を見つめる。
【光翼】の展開が終わったようだ。
全てを消し去る死の光、それが回転を始める。
ジェシカは今どんな顔をしているだろうか。最期に見たい気もしたが……でもここで素の俺と会話したら、また決心を鈍らせてしまう。それだけは駄目だ。
七星の計画は、地球が巣の破壊作戦を提案してきた時から始まっていた。
地球の作戦は【アイギス】を守る部隊を一切残さず、全軍で巣に侵攻しろという内容だった。
こんなことは普通ではない。
留守中の【アイギス】をどうするつもりなのかは容易に想像がついた。
そして、地球からの増援は人員だけ。
なぜ地球艦隊は来ないのか……それも予想がついた。
地球は、この十年間を無かったことにしたいのだ。
このまま素直に巣を破壊して【アイギス】に帰れば、【アイギス】の住人は全滅してしまう。
どうやって最悪の事態を回避するかと考える日々が始まった。
地球からの増援が来ると、謎のコンテナが持ち込まれた。
弟にコンテナを調べさせると、中身は銃器だった。
最悪の予想は確信へと変わる。
【アイギス】のみんなを守るにはどうすれば良いのか。
七星は考え抜いた。
巣の破壊作戦で長期間留守にすれば【アイギス】は占領されるはず。
地球艦隊はこちらの十倍以上の戦力。
そして銃を持ち込んだ地球の増援部隊。
更には地球に残された家族という人質。
あまりにも絶望的だった。
どれだけ考えてもこれを解決する論理が見いだせない。
頭を掻きむしり、机を叩き、のたうち回り。
それでも駄目だった。
ある時、一睡もせず迎えた朝に考えが変わった。
【アイギス】の者を全員無事に帰すのは不可能だ。
だから、最小限の犠牲で最大人数を帰そう。
ここで自分の命は最初に諦めた。
地球に行きたい者は行き、【アイギス】に残りたい者は残る……そうした選択を、可能な限り多くの者にさせてやるにはどうしたら良いか。
地球に行きたい者がすんなり行くためには、戦いを痛みわけにすることが必要だ。
単純に脱出艇を向かわせても撃墜されてしまうだろう。
かといってこちらが勝ちすぎても腹いせに撃墜されてしまうだろう。
脱出艇を受け入れてもらうためには痛みわけにする必要がある。
だがどうやって痛みわけだと認識させるか。
単純な被害の規模では釣り合わないのが目に見えている。
それなら、地球艦隊の敗北と釣り合うほどの価値ある悪役を演出するしかない。
『こいつさえ倒せばあの組織は終わりだ』と思わせるほどの、強力な独裁者を。
計画は練りに練った。
そして電志たちに極秘任務として声をかけた。
一番の難関が人質の救出だ。
【アイギス】艦隊から地球は離れすぎている。
大気圏突入だけでなく、いかに敵に悟らせないで近付けるかが肝だった。
だから電磁爆弾を使った。
地球艦隊を戦闘継続不可能にし、なおかつ混乱で時間を稼ぐためだ。
電磁爆弾の存在は【アイギス】を出発する前には知っていた。
弟に協力してもらい、電志やジェシカにはてきとうな作り話が伝わるようにした……俺を倒すように仕向けるために。
人質救出の大役はシゼリオに任せた。
シゼリオには作戦の全てを話し、納得してもらった。
しかしシゼリオにも一個だけ嘘をついた。シゼリオが迅速に作戦を成功させれば、俺も死なずに済むと言っておいた。
全員が無事帰還するために協力してくれと言い、シゼリオはそれなら分かりました、と同意してくれた。
「悪かったなシゼリオ。でもそう言わないとお前は首を縦に振らなかっただろう」
七星は地球にいるシゼリオを思い、遠い目をした。
巨大なボーリングマシンとなった【黒炎】が動き始めた。
シゼリオは各機に命令を出す。
五機の内三機は大国の代表の所在地を狙う。
残りは人質の集められている場所に向かうのと、再度宇宙へ打ち上げるための施設の確保。
大国の迎撃機がもう昇ってきて、空中戦になっていた。
流石に対応が早い。
だが、【黒炎】の装備が次々とミサイルを打ち落とし、敵機も撃墜していく。
七星の設計は完璧だった。
全てが想定され尽くした兵装、そして装備位置。
敵機がまるで台本通りのように動き、撃墜されていく。
今でも間違いなく七星は天才設計士なのだと驚嘆させられた。
そんな彼を救うため、シゼリオは気合を声という形にする。
「間に合え、間に合え……! 七星さんが時間を稼いでいる間に作戦を成功させるんだ!」
各機に搭載されたサイバー攻撃プログラムが人質の集められている場所を割り出す。
また、大国の放送局を一時的に乗っ取る。
人質の集められている場所の監視カメラの映像を、放送局とネットを使い拡散させる。
監視カメラの先では門番と言い争う人たちの姿が映っていた。
それが全世界へ拡散されていく。
シゼリオ機の担当は人質の救出。
迎撃部隊を全て撃墜し、人質の集められている場所へ急降下していった。
雲を突き抜け、地上の街並みが見える。
「間に合え、間に合え……!」
一分でも早く、一秒でも早く。
操縦桿を強く握り締め、集中した。
人質の集められている施設は郊外にあった。
進路を調整、高度を確認。
施設上空でドローン部隊を散布。
わらわらとドローンたちが施設に侵入、驚いた門番達を倒し、制圧していく。
【黒炎】には周辺の戦車やミサイルポッドから攻撃が浴びせられた。
同時に複数個所からの攻撃を受け、コックピットが激しく揺れる。
だがシゼリオの闘志は微塵も揺るがなかった。
「間に合え、間に合ええええぇっ!」
反撃で敵戦力を無力化していき、一分もしない内に静かになった。
鱗片式追加装甲は三枚が小破しただけだった。
ドローンから信号が送られてくる。
人質の救出に成功。
「やった! 各機の状況はどうか!」
シゼリオが隊員達に尋ねると、続々と報告が上がってくる。
大国の代表の所在地には大きな穴が開いた。
戦艦を発射する大型の打ち上げ設備も確保した。
作戦は成功だった。
シゼリオは急いでグローリーへ向けて通信を試みる。
成功を伝えなければ。
「七星さん、やりましたよ……! 僕達は、やりました……!」
だが繋がらない。
「どうしたんだ。機械の調子が悪いのか……? 困った、こんな大事な時に……」
シゼリオは悪戦苦闘するが、通信が繋がることはなかった。