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天才設計士の恋愛事情  作者: 滝神淡
終末の歌
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第111話

 ジェシカはあと一つのボタンを押すのをためらっていた。

 このボタンを押せば【光翼】が展開される。

 しかし指が震えてなかなか押すことができない。

 今までの思い出を【光翼】で切り刻まなければならない……それが強力な抵抗となっているのだ。

 通信では地球艦隊ががなりたてている。

『やれ、我々はこのまま手ぶらで帰るわけにはいかないんだ! 七星さえ討てばお前の望みは全て聞く! 帰れば勲章も授与されるだろう! 宇宙人の安全も保障する! 今しかチャンスはない、やれ、やるんだ! このままじゃ地球は終わりだ!』

 彼らがおとなしく退却していれば……わたしが地球の味方をせずに済むのなら……

 行き場の無い怒りと悲しみで息が詰まる。

 本当は地球の味方などしたくない。

 でも自分の行動を自分の意思だけでは決められないのだ。きっと、多くの人がそうだ。自分のことを自分だけでは決められなくなっていく……大人になればなるほど、そうなんだ。

 一思いにボタンを押してしまえばこれ以上苦しまずに済む。

 これ以上時間はかけられない。

 だが押した時の特大の苦しみが怖い。

 それを見て七星が更なる挑発をしてきた。

『ジェシカ、子供が地球にいるから縛られているのなら、子供がいなくなれば自由になるのか? 【黒炎】の部隊がもう、大気圏突入を果たしたところだ。お前は子供と再会したいんだろう? その機会を永遠に失っても……良いのか?』

 我が子との再会。

 それが、最後の決心を後押しした。

 そうだ。子供のためだ。そのためならどんなことでもしてみせる。火の中にでも水の中にでも飛び込んでいく。この命も捧げると決めて、宇宙まで来たんだ……!

「わたしは、わたしは……」

 鉄の扉を開くように、じりじりと震える手を動かす。

「ホシさんを最初は目の敵にしていて、その後仲直りして、パイロットと設計士のコンビが凄く互いを高め合って、引退した後は〈DUS〉で一緒の仕事をして……寄り添って生きるのが当たり前になっていた。それが永遠に続けば良いと、どこかで思っていた……!」

 目の端に涙を溜めながら。

「永遠に続くのなら、巣の破壊なんてしない方が良かったのかな……ずっと戦い続けていれば、こんなことにならなかったのかな……狭い世界で小さな痛みをずっと抱いていた方が良かったのかな……ホシさん、しがらみも立場も、余計なものが何も無い世界が欲しいよおっ……!」

 ボタンを、押した。


【黒炎】の特別な【光翼】が展開されていく。

 通常機では【光翼】は一対だ。

 しかし【黒炎】では二対。

 更に四つのアームが胴体から突き出てくる。

 四つのアームからもそれぞれ【光翼】が出現。

 この四つの【光翼】は横ではなく、クワガタムシの角を十字に合わせたように、機体先端の前方へと伸びていった。

 機体が回転を始める。

 風車のように。

 コックピットは回転せず、胴体だけがぐるぐると。

 高速回転の域に達すると、【黒炎】は【光翼】のドリルに変貌した。

 これが巣の破壊を敢行した時の、【黒炎】の真の姿だった。

 超重防御突撃機は、本当に突撃する仕様になっているのである。

 機体ごと突撃し、標的に大穴を空け、食い破る。

 そのための機体であり、圧倒的な防御力も標的に辿り着くためのものだった。

 大出力の推進装置が吼える。

 振動と共に前進。

 高速回転する【光翼】が視界を遮る。

 ブリッジの様子がコマ送りのように見える。

 ジェシカはただただ七星の姿を見詰める。

 一筋の涙が頬を伝っていった。



 脱出艇の窓辺に張り付き、セシオラは寂しい気分になった。

【黒炎】が【光翼】を展開、そのまま旗艦【グローリー】へと突き進んでいく。

 あんなに強い絆で結ばれた二人。それなのに、一方がもう一方を討たなければならないなんて。

 七星と出会った時を思い出す。泣いているわたしを宥めようとして色々話してくれた。そんな七星に一目惚れしたのだ。最初にくれたココアが温かくて、その時にかけてくれた言葉は今でも覚えている。

『辛くなった時はココアだ。ホットが良い。一人になってボーッとしているといくらか落ち着く』

 その時に相談したことも覚えている。

 ネルハに嫌われなければならないから、大切な人に嫌われなければならないのは辛いということを相談した。その時、七星さんも辛いなと言っていたのだ。

 それから、わざと嫌われる悪役になるという方法がある、と。

『俺を嫌いになってくれれば大切な人は何度も傷つかないで済む』

 いつまでもはっきりしないでいると、相手が長く傷つくことになってしまう。その考え方は新鮮で、わたしの背中を押してくれた。

「……あれ?」

 唐突に声を漏らしてしまう。

 何か引っかかりを覚えた。

『俺を嫌いになってくれれば大切な人は何度も傷つかないで済む』

 わざと嫌われる(、、、、、、、)……

 悪役(、、)……

 引っかかりは最初、魚の小骨みたいな存在感だったが、すぐに太い針くらいの無視できないものになった。

 嫌な胸騒ぎ。

 何か、まずいことをしてしまったような。

 取り返しのつかないことをしてしまったような。

 おかしい。

 おかしいんだ。

 なぜ七星さんは暴君になってしまったんだ……?

 まさか、まさか……

 そんな、まさか……

 相談した時のことを何とか思い出そうとする。

 他にも何か、ヒントが無かったか。


 そういえば……

 最初にぶつかった時、七星さんはココアをわたしにくれた。


 でも……なぜ七星さんは既にココアを持っていたんだ?


 背筋が凍る。

 もしかして、あのココアは七星さんが自分用に買ったのではないか?

『辛くなった時はココアだ』

『俺を嫌いになってくれれば大切な人は何度も傷つかないで済む』

 二つの言葉が繋がる。

 直感が告げる。

 いけない……!

 セシオラは顔を上げ、届くはずの無い【黒炎】に向けて叫んだ。

「ダメ、ジェシカさん、ダメエエエェ―――――っ!」

 周囲の人がなんだどうしたとセシオラを振り返る。

 セシオラは時間よ止まれと思った。

 だが時間は止まらない。

【黒炎】は【グローリー】のブリッジを穿ち、そのまま船体を貫通。

 大穴の空いた艦艇はそのまま墓標となった。


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