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天才設計士の恋愛事情  作者: 滝神淡
終末の歌
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第108話

 セシオラは目をぱちぱちさせてブリッジの向こうを見詰めていた。

 一機の黒い機体がブリッジと向かい合わせになり、静かな威圧を放っている。

 そしてそれに乗っていたのは、脱出艇に押し込められたハズのジェシカだったのだ。

 ジェシカは、もう終わりにしましょう、と言った。

 それは、勝負がついたことを意味していた。

 七星はそれまで勝利の快楽に酔った顔をしていたのだが、彼女の顔を見た途端、怒りに震える敗者の表情へ変貌してしまった。

「ジェシカ……これはいったいどういうことだ?」

 七星はバーグとの会話を中断し、ジェシカへと向き直る。

 ジェシカは冷徹な表情だった。

『ホシさん、あなたの負けよ。もうやめて』

 事務的に告げる彼女は心を押し殺しているように見えた。

 だから、セシオラはやりきれない気持ちになった。

 七星とジェシカの絆はこんな形を望んでいない。

 今でも強く結びついている。

 きっと立場がなくなれば二人はまたいつものように、緩やかな掛け合いをしながら微妙な距離感で寄り添い続けるだろう。

 それなのに……それなのに、どうして敵にならないといけないのか。

 残酷だ。七星さんは裏切られたという気持ちでいっぱいだろうし、ジェシカさんは辛さに耐えながら望まない言葉を発している。

 七星は拳を固く握った後、それを緩めた。

 落ち着こうとするように平気そうな態度を装う。

「ジェシー……流石だな。まさか【黒炎】を奪取するなんて。いったいどんな魔法を使ったんだ?」

『電志くんが、新型機を作っておいたのよ。対【黒炎】専用の機体を』

「こうなることを予想して……?」

『そうね』

「電志のやつ……実に設計士らしい戦い方だな。見上げた根性だ。だが……なぜ俺の邪魔をする……! どいつもこいつも、地球にどれだけのことをされたと思っているんだ!」

 七星が徐々に語気を強めていく。

 平気そうに装っていてもすぐにその装いは剥がれた。

 刑事ドラマで犯人が最後に見せる姿だった。

 セシオラは徐々に熱が冷めていくのを感じた。

 ついさっきまで、この人についていけば良いんじゃないのかと思っていたのに、それはやめておいた方が良いんじゃないのかと逆転していく。

『全面衝突を避けるためには、仕方ないでしょう』

「地球が言っていることは全部嘘だ! 俺達が武装解除した途端に総攻撃を仕掛けてくるぞ!」

『地球には言質をとったわ』

 ジェシカはあくまで事務的に言った。

「だから嘘だって! ジェシカ、お前は騙されてるんだよ!」

『あなたは疲れているのよ。一度拳を振り上げてしまったから引っ込みがつかないんでしょう? 大丈夫、政治的解決を図るから』

「このままじゃ【アイギス】の者達は皆殺しになっちまうんだ、やるしかないんだよ!」

『ホシさんは何年間か刑務所に入らなければならないと思うけど、でも、罪を償えばまた出て来れるから。だから』

「ジェシー、俺の声が聴こえないのか!」

 七星は演壇を叩いた。

 どこまでも噛み合わない会話。

 それはあまりにも悲しいやり取りだった。

 ジェシカにはもうどんな言葉も届かない。

 答えを最初から決めている人間にはどんな説得をしても通じない。

 完全に詰み、だ。

 憐れだ、とセシオラは思った。七星さんはこんなに負けのオーラをまとった人だっただろうか。求心力を失うって、こういうことなんだろうか。

 ふと七星の後ろの方に目をやると、グウェニーとロッサがこそこそと出口へ向かって行くところだった。まあ、あの二人は最初から逃げるつもりだっただろうから。ネズミが危機を察知して逃げるようなものだ。

 ブリッジ内にいる者達もざわつき始めている。

 このままじゃヤバイんじゃないか、と。

 総司令グランザル・タボフが立ち上がって怒声を発した。

「おい、これはいったいどういうことだ! 七星、お前が必ず勝てると言うからっ」

 言葉の途中で銃声。

 総司令はスタン弾を受け、倒れて痙攣した。

 撃ったのは七星。

「少し黙ってて下さいね」

 銃を構えたまま吐き捨てるように言う。

 それから何かの一線を超えたように不気味な笑みを浮かべ、ジェシカに向かって言葉を放った。

「分かった。もうこんな問答はやめだ……ここで刺し違えてでも、俺はやる。ジェシー、お前は俺を討てるのか?」

 その言葉にジェシカは初めて感情を表した。

 ビクッとなり、視線がさまよう。

『…………ホシさん、この【黒炎】の【光翼】はそのブリッジを容易に消去できるわ』

「おいおい、覚悟ができてないのか?」

『できてる、けど……』

 そこに動揺を見て取り、七星は狂気の笑みを浮かべた。

「やれよ、やってみろよ……! でなければ俺は地球そのものを滅ぼすぞ! これから撃ち出される【アイギス】の主砲は『電磁爆弾』だ、地球艦隊の七割が死滅する。残った艦隊なら俺達の戦力でも充分に倒せるだろう。皆殺しにされるのは俺らじゃない、地球の奴らだ!」

 どうせジェシカには手を下すことができないだろうという、絆の悪用。

 酷いものだった。

 もう七星は、戻れないところまで行ってしまったのだろう。

『お願いだからそれだけはやめて! 他に方法は無いの?!』

「発射だ!」

 七星が命じると、オペレーターの一人が躊躇する。

 本当にやるのか、という顔をしていた。

『やめて、だめ!』

「いいからやれ、死にたいのか?!」

 オペレーターは急かされると震える手つきで操作した。

 画面上に『Fire!!』の文字が躍る。

 ずっと蚊帳の外だったバーグが画面の向こうで周囲に何やら指示を出し始めた。

 ジェシカが愕然として苦しそうに声を出す。

『撃ったらもう戻れないじゃない……!』

「ああ、もう戻れないんだよ……!」

 七星が厳しい口調で言い放つ。

 引き金が引かれてしまった。

 これは避けられない運命だったのか。

 現実感が無かった。

【アイギス】は遥か遠くに位置し、主砲が放たれたのが見えるわけでもない。

 音も聴こえない。

 だから、しばらくの間は何も起こらなかった。

 そして、その時は突然訪れた。

 とある大画面には敵艦隊の分布が輝点で示されている。

 望遠鏡や電波などあらゆる手段で収集した情報を基に映像化したものだ。

 そこに表示されていた無数の輝点が、オセロの終盤で一気にひっくり返すように。

 白かった輝点が赤くなり、『撃沈』を示す爆発マークに変わり、最後に消失していく。

 いたるところで輝点が赤に染まっていった。

 バーグと繋いでいた通信が途切れた。


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