第103話
脱出艇に押し込まれた電志達。
艇内は最初、わずかな人数しかいなかったが、次々人が追加されていった。
その中には怪我人や友の死を悲しんでいる者達もいて、沈痛な空気がたちこめる。
だが悲しみに涙しながらも戦闘機格納庫へ向かった者が多いようだ。
艦内で襲撃したのも地球人であり、地球への憎悪が膨れ上がったのだ。
地球艦隊を倒すことでかたき討ちとするのである。
窓の外は薄暗い。
【黒炎】も視認できないが、電志はそれがあるであろう方向に目をやっていた。
もう止められないのだろうか。
複雑な思いだ。地球に対する怒りも分かる。俺ももし、愛佳を殺されていたら戦闘機に乗せてくれと言っていただろう。だが……
このまま全面衝突をしてしまえば、もっと大きな悲劇になる。
【アイギス】の戦力は少なく、地球に勝てる見込みは限りなく低い。全滅する可能性だってあるのだ。そうしたら、俺たちはいったい何のために生き残ったんだ……?
〈コズミックモンスター〉を倒さなければ、こんなことにならなかったのだろうか。
それは難解な問いだった。
ずっと〈コズミックモンスター〉と戦い続けていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
だがそんな人生は何なのだろう。終わりの無い戦いを強いられる映画の中の出来事みたいじゃないか。それとも、地球の奴らが平和に暮らすために犠牲になれってのか……?
せっかく自由を手にしたと思ったのに、その先にあったのは血の色をした泥沼だった。
このままでは底なしの沼に沈んで行ってしまう。
どうにかならないのか。
眉根を寄せて考え込んでいると、愛佳が袖を引っ張ってきた。
「ねえ電志、この脱出艇で逃げちゃおうよ」
電志は振り返った。
どうやら愛佳の表情は一定の落ち着きを取り戻してきている。
まだ怯えているところはあるが、身の安全が確保されたことが大きいのだろう。
「逃げる、か」
今度は脱出艇の前方へ目を移す。
前方に設置されている窓からも薄暗い景色しか見えない。
だがその先には巨大なゲートがあるはずで、それが開けば自然光が入ってくるだろう。
そして、ゲートが開けばこの脱出艇が発進できる。
艇内を見回すと、特に中には見張りがいない。
【黒炎】の手前に地球生まれたちがいるのが窓から見えるだけだ。
あくまで【黒炎】にさえ近付かせなければそれで良いということだろう。
「もうこんなのは沢山だよ。戦いに巻き込まれたくない」
「まあ、逃げるのも手、だな。地球艦隊に拾ってもらうか。でも戦闘中は流れ弾とかで危険ではあるんだよな。ゲートが開くのも戦闘が【黒炎】が発進する時だろうし。【黒炎】が発進して、戦闘が始まるまでの間が狙い目か」
「でも、逃がしてくれるかな……七星さん、豹変しちゃったし……『裏切者には死を!』とか本気で言っちゃいそうだよ、あの雰囲気は」
「……あり得るな。脱出艇には武装も無いし、一斉に狙われたら瞬殺だ。なかなか厳しいな、戦闘が始まるまでの間は味方が怖く、戦闘が始まってからは流れ弾が怖い。どっちにしろ危険だ。簡単に逃げ出せないのが分かっているからここに俺達を押し込めたわけか……」
「冷静に分析している場合かい? 何とかならないの?」
「何とかって言われてもな……」
電志は腕組みしてぼやく。このままじゃ脱出艇が棺桶になってしまう。何とかしたいのは山々なんだが……
そこへ前列の席のジェシカもこちらへ身を乗り出してきた。
「電志くん、あの【黒炎】を奪うことって、できない?」
「うーん地球生まれが見張っているから、難しいんですよね……厳重じゃなけりゃ、ここにいる全員で突撃するのもアリだと思うんですけど」
「仮に人数が足りていたとしても、それは無理よ。スタン弾しかないと分かっていても、銃を向けられたらみんな竦んでしまうわ」
そうか……と電志は顎を撫でる。俺は直接銃を向けられることは無かった。だがこの中には向けられた者も、惨劇を目の当たりにした者もいるはずだ。トラウマが想起されて動けなくなってしまうだろう。それに、一般人の運動神経というのも心もとない。俺とかもそうだし。せめて〈DPCF〉のように鍛えられている奴らでないと地球生まれの警備を突破なんてできないだろう。
〈DPCF〉で一つ思い出す。そういえば、ナキの奴はここにいるのか? シゼリオは?
ここには〈DPCF〉の者も少数ではあるが、いる。
戦いを拒んだ者がパイロットの中にもいるのだ。
ちょっと待ってて下さいと言って電志は艇内をうろついた。
最後尾の座席まで人の顔をチェックして回る。
いない、いない、いない……
最後までナキとシゼリオの顔を見付けることはできなかった。
その代わり、カイゼルを見付けることができた。
カイゼルは電志の顔を見るや思い切り抱き着いてくる。
「電志! 会いたかったよおおおおおぉーう!」
それをひらりとかわし、電志は冷静な声で返した。
「あいにくお前はヒロインじゃない。それよりナキとシゼリオは見かけなかったか?」
ゴッと音を立てて額を座席の角にぶつけたカイゼルは、痛いところをさすりながら応えた。
「いたた……僕もこの際サブヒロインという扱いでも良いじゃないか。とりあえずナキもシゼリオもここにはいないよ。戦闘機格納庫じゃないの?」
そうか、と電志は視線をさまよわせ、考えをまとめる。
一つ、思いついたことがある。
電志はカイゼルを連れて愛佳達の所に戻った。
カイゼルの顔を見ると愛佳が喜びの顔になった。
「カイゼル! カイゼルじゃあないか!」
「やあやあレディ愛佳! 元気そうで何より。こんな事態だ、電志が『ママー怖いよー』とか言って震えているのを介抱してあげてたかい?」
「当たり前じゃあないか。こんな大きくなって『ママー』なんて言うんだから。そんなこと言うお前が怖いよって話だね」
「おい、記憶をねつ造するな」
電志が口を挟んだが盛大に無視された。こうして俺の悪いイメージは作られていくのか。
しかしカイゼルと話していると愛佳はすぐに笑顔を取り戻したようだった。
それが何ともホッとするような、それでいて軽くカイゼルの話術に嫉妬するような、そんな複雑な気持ちになった。
自分では愛佳の傍にいてやることはできても、笑顔を引き出すことまではできなかった。
だがカイゼルはちょっと喋っただけで笑顔を引き出してしまった。俺もこれぐらいのことができりゃ良いのかもしれないがな。そういう方面は苦手だ。
カイゼルとの再会が落ち着くと、電志はアイデアを語り始めた。
「もしかしたら、【黒炎】を奪えるかもしれない……新機体を使えば」
「新機体?」
ジェシカが興味深そうに聞き返す。
電志は頷いた。
「いざ戦いになってしまった時のために、対【黒炎】用専用機体を作っておいたんです。戦闘をやめさせるために……」
今でも電志は先に手を出さなければ戦いにはならないと信じている。
ここが、あの新機体の使いどころだ。
まずシゼリオに通話要請してみる。
繋がらない。
困った。いくら機体が用意されていても乗り手がいなければ話にならない。
祈るような気持ちでナキに通話要請してみる。
すると、繋がった。
『あれ、電志? 生きてたの?! 良かったああ!』
久しぶりに聞いたナキの溌溂とした声。
その声を聞いて確信した。
これで成功する。