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天才設計士の恋愛事情  作者: 滝神淡
終末の歌
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第102話

 こいつは同類だな、同族だな、なんて気付いてしまうことがたまにある。

 メルグロイはジェシカの動きを見てピンときたのだ。

 それを指を立てながら突きつけた。

「まず一つ、あんたは俺の同僚、レンブラを倒した。だがそれは落ち着いて狙い済まして撃ったわけじゃない、走りながら撃って、だ。走りながら撃って相手に当てるのは俺達でも難しい。一般人ではまず無理だ。あんた達はまるっきり素人というわけじゃないのかもしれないが、対人戦の訓練をしているとは思えない。ということは素人とさほど変わらない。素人とさほど変わらないレベルの者が走りながら標的に当てるなんてちょっと考えられないな」

「たまたまよ」

 ジェシカはあくまでシラをきろうとする。

 もう一本指を立ててメルグロイは迫った。

「もう一つ。俺の同僚、ムラファタに対しては武器の不利を解消するためにあんたは近接先頭に持ち込んだ。だがこれは普通じゃない。アサルトライフルを持った相手の懐に飛び込むなんて、常人には絶対にできない。これができるのは……それを見慣れた者(、、、、、、、、)だけだ(、、、)……! あんた、昔訓練を受けたことがあるだろう? それともあれか? 十年前既に何かの命令をもらって宇宙に上がってきたのか? こんな事態(、、、、、)になった時に邪魔するために」

 ジェシカは口を強く引き結んだ。

 どこまでが当たっているのかは分からない。

 だが最低限、訓練を受けたことがあるのだけは正解だと確信した。

 やはり同類だ。

 寂しげに靴音が響く。

 他の者は何も言わない。

 ジェシカはようやく、という感じで口を開いた。

「……地球からのメッセージにはね、わたしの子供が映っていたのよ。それが全て」

 それ以上の言葉が無くとも、メルグロイには分かった。そうか……そういうことか。

 地球からのメッセージに映っていたのは人質だ。

【アイギス】に親族がいる者達を一箇所に集めてある。

 それだけで【アイギス】の大人達には伝わったはずだ。

 下手なことをすれば人質がどうなるか分からないぞ、と。まあ保険みたいなものだ。地球艦隊だけでも大丈夫だと思われていたが、権力者は器の小さい者ばかりだからな、心配で心配でしょうがないんだ。そんな人質作戦が、こんなところで効果を発揮するとはね。子供が人質となりゃ親は手を出せないわな。

 きっとジェシカは分かっている。

 分かっていて、戦わないことを選んだ……選ばざるを得なかった。

 悲しいもんだな、とメルグロイは思った。

 それと同時に、自分の母星の者達につくづく酷い連中だな、とも。



 セシオラはメルグロイとジェシカのやりとりを聞いていて、考えさせられた。

 子供のためにそこまでするのか。

 確か、以前ジェシカはこれに関連することを言っていた気がする。

『子供と七星、どっちを取るか』だったか? いや違ったか? でも、結果はそうだ。子供は七星を裏切ってでも守る……そういう意思を示したはずだ。

 それは非常に力強く、これが母の顔なんだろう、と感じた。だがわたしにはイマイチその感覚が分からない。それはわたしがまだ子供だからだろうか。それともわたしには母親になる適正が無いのだろうか。

 そんなことを考えながら前を歩くジェシカたちの背中を見ていた。

 すると、途中で通路の横道に見覚えのある休憩所を見付けた。

 強烈にそこへ行きたくなる。

 まあ、自分がいなくなってもメルグロイがいるから良いだろう。

 そう考えてセシオラは道を外れることにした。

「先に行ってて」

「どうした?」

 メルグロイが怪訝そうな顔をする。

「ちょっと、寄り道」

「……まあ、良いけど」

 これで許しを得た。

 セシオラは一人になると、休憩所へ歩いていった。

 中へ入ると、何度も見た光景が視界を満たす。

 どこかの海が投影されていて、かすかに波の音が聴こえる。

 そして、七星とお喋りしたベンチがある。

 初めて七星と出会った場所だ。

 セシオラは自動販売機でココアを買った。

 ココアを手にベンチに向かう。

 とても静かだ。

 いや、いつも人が少なく静かではあったのだが、今は状況が状況だからか一段階上の静けさを感じる。

 人のいない山奥のように。

 ベンチに腰を下ろし、ピストルを置いた。

 ココアを一口飲む。

 温かく、優しい甘さが口の中に広がっていった。

 その味が、七星の言葉を思い出させた。

『辛いことがあったら、ココアを飲むと良い』

「…………辛いことがあったら、か……」

 辛いこと、辛いこと、辛いこと。

 心の中に呟きが生まれる。

 それが全身に伝わっていく。

 手が震え、唇も震えてきた。

 徐々に嗚咽が出てきて。

 いずれ泣き始めた。

 涙がぼろぼろ零れて落ちていく。

 ココアをもう一口飲むと優しさがじんわりしみて、心を緊張から解放してくれる。

 そして解放されるとまた泣いた。

 極度の緊張状態だと泣けなかったのかもしれない。

 安心した途端に涙が止まらなくなってしまった。

 辛いことがあったら、ココアを飲むと良い。

 それは本当だった。

 ここなら誰も見ていないし、来ることもないだろう。

 セシオラはココアを飲みながら泣き続けた。


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