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天才設計士の恋愛事情  作者: 滝神淡
終末の歌
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第99話

 メルグロイは咄嗟に横へ飛んでごろんと回転。

 それから銃を構えようとしたが、できなかった。

 気持ちが揺れてしまったせいで銃を構えることにためらいが生まれたのだ。

 そうしている間に新手の女性はムラファタに距離を詰め、格闘戦を始める。

 スタン弾のピストルとアサルトライフルでは分が悪いと見て、格闘戦に持ち込んだのだろう。

 それは論理では正解なのだが、アサルトライフルを持った相手の懐に飛び込むなんて一般人ではできるはずがない。いったいどういう神経しているんだ……?!

 だがそれはそれで、悪手だった。

 ムラファタはむしろ体術が一番得意なのだ。

 喜びを露わにしてムラファタはアサルトライフルを捨てた。

 ナイフすら取り出さずに応戦する。

 飛び込んできた女性は容姿もなかなかのものだったが、体術も驚きのものだった。

 いきなり殴りかからずローキックで体勢を崩しに行く。

 そうして下に注意を向けさせたら今度は喉を目がけて手刀を繰り出す。

 普通じゃない……これは訓練を受けた兵士の動きだ。

 こんな時、万が一ムラファタが負けた時に備えて銃撃できるようにしておかねばならない。

 だがメルグロイの銃口は震えていた。

 セシオラの叫びが頭から離れない。

 カウンセリングで心を麻痺させていたはずなのに、セシオラは感情を爆発させていた。

 それがメルグロイにも伝播してきたのだ。

 手が、体が、心が、震える。

 カウンセリングで麻痺させた心に活力が蘇ってくる。

 消沈していたろうそくに業火が宿るように。

 感情が固く閉ざされた殻を破って突き出してきた。

 エミリーを撃ってしまった瞬間が鮮明に思い出される。

 涙が溢れてくる。

 彼女はなぜ、撃たれる瞬間静かになったのか?

 あれは諦めだったのか?

 失望だったのか?

 そこで、あることに気付いた。

 慌ててポケットから紙を取り出す。

 歌詞だ。

『わたしは歌になる

 たとえこの身が滅びても

 あなたの傍で寄り添い続ける

 一緒にあの星へ行こう』

 これは……

 これは……!

『受け入れ』……だったのか……?

 諦めでもなく、失望でもなく。

 彼女はこうなることに、気付いていたのか……?!

 たとえ死んだとしても、俺と一緒に地球へ行こうとして、この歌詞を……

 俺は、なんてことをしてしまったんだ……!

 目の前では飛び込んできた女性が善戦していたが、遂にムラファタに掴まれてしまう。

 こうなってはもう駄目だ、奴に組み付かれたらあと十秒もしない内に殺されてしまうだろう。

 メルグロイは心の中で叫んだ。

 エミリー、エミリー、エミリー!

 俺は……俺はっ……!

 銃口の震えが止まる。

 だがその射線は、女性ではなくムラファタを向いていた。

「あっ……あああああああああああああああああっ!」

 恐らく、人生最大の集中力だった。

 一瞬だけだが、全てのものが止まって見えた。

 ムラファタと女性は密着しており、数センチ間違えば女性の方に当たっていただろう。

 だがメルグロイの放った弾丸は正確にムラファタの頭を射抜いていた。


 メルグロイは荒い息を吐く。

 やった。やってしまった。

 地球軍を裏切ってしまった。

 後先考えずにやってしまった気がする。

 せっかく手元まで来ていた『人生のやり直し』も棒に振ってしまった。

 でも地球軍が許せなくなったのだ。

〈コンクレイヴ・システム〉にお知らせが入る。

 地球との通信が始まるようだ。

 どさくさに紛れてグウェニーとロッサの二人組、そしてベータ班の生き残りがブリッジへ突入していった。

 さすがにもう通信をジャックするのは難しいと思うが。

 動かなくなったムラファタの下から女性が這い出して来る。

 その女性は乱れた髪に手櫛を通すとメルグロイに不審な目を向けてきた。

「助けてくれてありがとうと言えば良いの? テロリストさん?」

 かなり警戒されているようだ。

 メルグロイは銃口を下に向けて起き上がる。

「国がやってるんだから、テロじゃない」

「……あなた、国の所属であることをここで言って良いの?」

 そういえば、ここで万が一捕まった時は正規兵であることを喋ってはいけないんだった。

「……そうだった。じゃあ、テロリストだ」

「呆れた。てきとうなのね」

「今の俺の立ち位置が微妙だからかもしれない」

 地球軍を裏切ってしまったので、国の後ろ盾を失ってしまったのだ。今の俺は何なんだ?

 だがこれで女性の警戒も少し和らいだようだ。

 その時、メルグロイが何気なく視線を移した先で、レンブラがこちらに銃口を向けているのが見えた。

 あ、ヤバイ……そう思ったが、今からでは先に撃つこともできないし回避することもできない。ハハ、俺みたいに裏切った奴って、昔見た漫画では死んでたな……

 でも、これでエミリーの下へ行けるじゃないか。

 そう思い、体の力を抜いた。

 だが次の瞬間、レンブラが銃撃を受けて倒れたのだった。

 死んだと思っていたセシオラが体を起こし、撃ったのだった。

 メルグロイは不思議そうに確認する。

「セシオラ……大丈夫なのか?」

 セシオラは思いのほかしっかりと立ち上がった。

「分からないけど……奇跡が起こったのかも」

 すると女性がセシオラの方へ駆けていって抱きしめた。

「セシオラ!」

 どうやらこの女性もセシオラと知り合いのようだ。

 メルグロイは緊張が解けて、大きく息をついた。

 束の間の休息を得たように静かな空気が流れる。

 それから〈コンクレイヴ・システム〉の画面を出してみた。

 ちょうど地球への回答を【アイギス】側が伝えるところだった。

 そこに出てきたのは総司令ではなく、七星だった。

 七星は演壇に音を立てて両手をつき、よく通る声で言い放った。


『親愛なる地球へ。本日、この時をもって、【アイギス】は独立を宣言し、【アイギス国】として地球へ宣戦布告する!』


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