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折れるようなものではないだろう

「折れているわ」


 しゃがみこみ、感染者のその損傷の具合を調べていた、枯木が言った。

 俺はまだ、心臓の鼓動を落ち着かせるのに、必死だ。


「気管支もひどいものだけれど、首の骨が折れているわね」


 首の骨は、もともとたくさんあって重なっているタイプで、折れるようなものではないだろう。

 ………という言い分もあったが、触診する枯木は、淡々と言った。


「………動かないのか?」


「そうね―――脳からの信号で動いているという点では、私たちと同じよ」


 この女の触診が正しいのか、疑いたかった。

 既に何らかのエキスパートであることは分かっているのだが、どこまでこの状況を知っているのか、わかったものではない。


「―――一応の危機は脱したかもしれないけれど、時間がないわ、行きましょう」


「行くってどこに」


「三年三組よ、そこに仲間がいるわ」


 いや、それよりこの曲がった鉄パイプみたいな首をした感染者を、治す手立てをと言いたかったが、聞きたかったが。

 俺が、やったことだ。

 信じがたいことに俺がやったことであるし。


 しかし追い詰められているのは、俺たちも同じ。

 そうだ、危機に瀕しているのは俺たちの側だった、忘れていたが。

 この広い学校で、俺たち五人は孤立無援でさまよっているのだった。

 何とかしなければ。


「三年三組に―――な、仲間?」


 枯木は、俺が悩んでいる間に既に歩き出していた。

 半藤は、俺を奇異の眼で見ていて、大きく目を見開き、疑うような表情であったものの、すぐに枯木の後ろに駆け寄っていく。

 廊下に、砂を踏むような音が反響する。


 秋里さんも、そうだ。

 枯木からもう離れないほうがいい、彼女は。


 臼田が寄ってきた。


「骨を、折ったのか?手で握って」


 俺はとっさにこたえる。


「もろかったんだろう―――ホラ、病気だから、あの男」


 大声になりかけて、臼田は慌てて、周りを慌ただしく見た。

 俺は内心、ほっとした。


 俺がさっきまでの出来事について考えながら歩いている間にも、敵は出現する。

 枯木が二人、三人と、感染者に対して銃を使っていたらしいが、俺は散らかった足元を、眺めながら進む。

 音がしないように進む配慮では、あった。

 ぱすん、という音が聞こえたが、俺にとっては重要性が薄い。


 俺は―――人を殺した、のか?

 廊下の後方を見るのが怖かった。

 関わり、すぐに捨てたみたいにはなった次に進むという状況も、良心が咎めた。

 あの感染者が一歩も動いていないのが、指先を動かさないのが。

 まわりの人間に、その事柄について話しかけられるのも怖かった。

 ………おれは、助けたんだ、秋里さんを。

 良いことをした。

 良いことをしたのだ。





「枯木くん」


「―――な、なんだ、次からは銃を使えよ!お前を、お前の銃なら」


「前を見なさい、前を見て歩きなさいという意味。三年三組よ」


「………?さっきから、それでどうだっていうんだ、三年三組に何があるって」


 もう到着するところだったが、俺は状況の変化を、理解する。

 三年三組には入ったことがないし、上級生の教室だから生徒の名前もろくに知らないのだが―――。

 その教室の入り口付近で、首元に青いスカーフを巻き付けた男子生徒が、一人いた。

 彼はこちらに向かって、手を振っている。


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