それはたぶん、寝起きの時に近い倦怠感
視界がぼやけるな、と最初はそう思った。
風景が光で白く霞む。
気が付けば、いつもかけているメガネがない。
はああ、そういうことか、そりゃあ見えないわけだ。
落としたのだろうか?
メガネメガネ………と、床に両手を当て、箒で掃くようにばたつかせる。
やっていて、急に恥ずかしくなり、笑みがこぼれる。
実際にやるやつがいるとはな………これ。
いや、やる人間がいるからからこそ、ネタになるのか。
ん。
見つからない―――指先の感触を頼りに、床を探す―――ない、いや、あった。
見つかった。
マイメガネか、と感触で判断し、それをかける。
慣れた動作のはずだが、手が泥のように重いのだ。
嫌に倦怠い。
動きが緩慢い。
指が墨を塗りたくったような灰色に見える。
なんだ、小学生のころ、習字の授業でこんなことをやったような………くそ、なんだっていうんだ。
「ィえなィ………!」
見えない、と言おうとしたのだが、口が上手く回らなかった。
顎が重いのか、わからないが―――。
なんだか口がだらしなく開いていて、唇から今、唾液が滑り落ちる―――まあいいか。
やはり視界も腕も、調子が悪いのはもう、確かなようだが理由がわからない。
とにかく、ここはさっきから叫び声がきゃーきゃーと反響し、響いて落ち着かない。
移動だ。
今いる場所が教室だということはわかる。
二年二組の教室―――俺が毎日通っている教室だとは思うのだが、確証はない。
だが、さあて、どちらが廊下だ?
ていうか、レンズの右側、亀裂が入ってるじゃないか。
畜生、度数が合わなかったのか。
いやしかし感覚、感触から察して、確かに俺のメガネ………だと思うのだが。
だとしても、ここまで見えないものなのか。
メガネを、外した。
それでも視界は大して変わらない。
うん?
やっぱり何か変だ。
「………ァネ………!」
メガネ、メガネなんだよ、メガネが変だ。
変といえば全体的に、何か―――目に見えるもの全体が、世界全体がおかしいのだが。
世の中が腐敗している、腐っている。
それは政治が悪い政治家が悪い―――だとか、そういう意味ではなく、何か、視覚的に見える範囲でおかしい。
まぶしいのか、真っ白でよく見えない。
明度のコントロールが効かない―――なんだろう、光彩だったか?
目のどこかの部分が病気なのだろうか。
なんか思考を、同じ思考が繰り返されて―――頭も働かないのか?
まあ頭が一番重いのだが。
しかも、なんかしっくりこない、ぼやける。
それは―――それはたぶん、寝起きの時の感覚に近い。
倦怠い。
おかしいな、自分はわりと、風邪をひかないタイプだと自負していたんだが。
………メガネは、いいや、置いておこう。
―――まあ、いいや。
教室で自分の席を探そう。
――――がしゃん。
割れる音がした。
何かが割れる音。
さっきから周囲が騒がしいような気もする、たくさんの走り回る足音だの、何かが落ちる音が、複雑に絡み合って聞こえる。
時折、叫び声。
その声も遠く―――聞こえづらい。
「――――な―――ソ、ケ!」
何か聞こえる。
女子生徒が二人――――いる、視界はぼやけるが。
「そこから動くな!」
喚き声をあげる女子。
………なんだって?
そこから動くなと言ったのか、この女子は。
音がやたらと部屋に反響しているのか、聞きづらい。
ううむ、耳も調子が悪いのか。
やはり身体全体が、体調自体が悪いようだな。




