秋雨と春と図書館と
図書館という場所はいい。適温に保たれていて、不必要な雑音はなくて、それでいて資料に出来る物が沢山ある。アイデアを得る場所としてそれなりに適していると僕は思っている。いや、思っていた。
「図書館ってこんなところにあるんですね、雨夜先輩。私、図書館は初めて来ましたよ」
目の前で物珍しそうに辺りを見回す春里陽菜がいなければ、僕の考えが改まる事は多分なかった。
「……一応言っておくけど、図書館では静かにね。春里さん」
「むー、見た目はこんなのですけど、私そんな子供じゃないですよ」
とは言われても、見た目は完全に中学生で、服装もそれっぽくて、おまけにそんな子供っぽく頬をふくらませていたら説得力がまるでない。周りの目も、僕達の事を兄妹と見ている、気がする。
「まあ、別に横にいるのはいいけど。でも出来るだけ集中させてよ」
むくれた彼女を尻目に、新刊コーナーの中から適当な本を一冊抜き取る。今度コミカライズも決まった流行りのライトノベルだ。特に読みたかったわけではないけど、どんなメディアにおいても、流行りを追いかけるのは重要だと僕は思っている。それに、流行りものから新たな着想を得ることだってある。流行りものを馬鹿にして目すら通さない人間もいるけど、流行るには何かしらの理由があるのだから、一概に馬鹿にする方が馬鹿らしい。
空いた椅子に適当に座り、早速ページを開く。内容は一見ただの異世界転生ものに見えるけど、でも文章の雰囲気からして何かがおかしいな……文章に集中したいのに、さっきから視界の端で彼女がちょろちょろとアピールをしてくる。うん、ちょっと邪魔くさい。
「春里さん、あのさ」
「雨夜先輩、暇です」
彼女は動きを止めると、僕の耳に吐息と声を流し込んできた。心地の良い吐息に、全身がゾクソクと震える。だけど、読書に心地の良さは不要だ。僕は持っていた本の背表紙で、彼女の頭を軽く小突いた。
「痛いです」
「邪魔しないって約束だろ? それに、そんな両手で大袈裟に押さえるほど強く叩いてないよ。この調子だとあと2時間はかかるから、本でも読んでなさい」
こういうやり取りをしていると、余計に兄妹のようだ。彼女は僕の一言に不満そうにしていたけど、諦めたのか僕の向かいで同じように読書を始めた。
……ようやく読み終わった。まさか異世界転生に見せかけたミステリーとは、いつの間にか、着想を得るとか、そういう考えを忘れて完全にのめり込んでいた。
時計を確認すると、もう3時間は経っているな。そろそろ帰って、原稿を描く作業をしないと。
「春里さん、そろそろ帰るよ……」
彼女は、椅子に持たれて、眠っていた。遠目から見れば人形が寝ているようにも見えるけど、口元からはだらしなくよだれが垂れている。
「無理して着いてこなくても良かったのに……」
僕はため息をつくと、彼女のよだれを、起こさないように指で拭う。それから、彼女が手に持っていた恋愛小説を、そっと棚の中に戻す。
次からは、本は出来るだけ借りて、自宅で読むことにしたほうが、集中できるかもしれない。頭の中でそんな事を考えながら、僕は彼女の身体を優しく揺すった。