事件の始まり
海洋環境を研究する研究者の活躍する海洋冒険推理小説です。
「あれ~っ、所長はぁ?」事務長の吉田は内線電話の受話器を置きながら、事務員の下地朋子に眠そうな声で尋ねた。
「あ~っ、忘れてたぁ。京都に行くってメモが玄関に貼り付けてあったんだぁ。すみません!」朋子はぺこりと頭を下げて笑っていた。「え~っ、そんなぁ。また、京都かよぉ~」「今日は、調査船が八重干瀬に出る日だろ~」そう言ってから吉田は、施設長の亀本に向かって、「そうだよなぁ、亀ちゃん」
亀本は、少し困った顔をしながら、でも、口元は笑いながら「仕方ないでしょ。所長は京都大好きだから。」
「そういえば船が一隻無くなってたなぁ。昨日の夕方まであったんだけど」
「と、言うことは、所長は昨晩から船で那覇に向かったんだぁ」「う~ん、またかよぉ、ほんとに困ったもんだよなぁ、所長が、これじぁ、研究所もどうなるかわからんなぁ」
そう言って吉田は、タバコを持ってベランダの喫煙所にむかった。
亀本もそれに続き、ベランダの椅子に座ってもう陽がかなり高くなった東シナ海を見つめてタバコに火をつけた。
「事務長、この研究所は、事務長で以ってる様なもんですよ。」と、笑いながら、事務長の吉田に言った。
「バカなぁ、スタッフみんなが優秀だからだよぉ。」「それに、最近研究員も、いい研究成果出してるしね。」と、吉田は旨そうに、タバコの煙を青く澄んだ空に向って吐いた。
ここは、沖縄県宮古島市にある、海洋環境研究所である。
宮古島の独特な地形や環境を中心に、海洋環境に関する研究を、全国から選ばれた、若い研究員たちが、海洋環境の研究成果を目指して頑張っている施設なのである。
みんなの批判をたっぷりと背中にうけているのは、この研究所の所長、島崎順一である。
今年六十歳、いつも丸眼鏡をかけて(実は老眼だけど)、少しくすんだ白い麻のジャケットをいつも着ている。(それしかジャケットを持っていないらしい・・)。事務長の想像どおり愛車の白のミニで平良港に向かってぶっ飛ばしていた。平良港に着くと研究所の駐車場に駐車して、そのまま朝一番の大阪行きの飛行機に間に合うように那覇港に向かったのであるがこれゃ、また事務長に怒られるよなぁ。と思いつつも、いつもの事であった。
乗り込んだ船は、マスタングのエンジンを積んだ高速船で、この高速クルーザーなら、巡航速度25ノット約8時間で那覇に着く。GPS航法装置で位置を設定し、自動衝突予防援助装置をオンにして、後はオートパイロットに任せた。携帯を取り出し、那覇のJALに電話する。朝一番の七時四十分発の関空行きを予約した。
時計を見たら21時であった。池間島にかかる橋をくぐり外海に向かう、夜が明ける頃には着くだろう。煙草を取り出し火をつける。デッキの操舵席から見る平良港は何故か幻想的に見える。大神島を横に見ていよいよ外海である。これから満潮を迎えるし、特に問題はないが、何ヶ所かリーフがあるので、オートパイロットのデータを何度か確認しながら、後はのんびりとである。
京都が好きなのは、昨年、京都の女子大に臨時の講師として赴任したのがきっかけで女子大生と仲良くなり、交際を始めたのが理由である。しかし、友人関係以上には進展しないのだ、少し残念な気もするが、それもアリかなと最近は諦めている。
その友人の女子大生広瀬麻由子から、夜8時前にメールが届いた。「順ちゃんお願い!大変なんだよ。すぐ来て欲しい。」
何が大変なのか聞く前に、私はメモに「京都に行く。」とだけ書いて、1階の事務所のドアに貼り付けて、愛車の白いミニに乗って平良港に向かったのである。
この研究所は財団法人だが、私の個人研究所が基盤となっている。私は研究所の3階に住んでいる。
研究所は、道路側から見ると3階建てで、海側から見ると6階だ、地形を上手く利用した構造になっている。3階は私の自宅で、2階は所長室・応接室・会議室があり、1階は事務所と所員の休憩室、奥のロビーには5メートルの水槽が設置してあり、宮古島の海の生き物が飼育されている。これも研究の一部である。
ロビーの横には外のテラスに通じるドアがあり、そこはヘビースモーカーの天国・喫煙所がある。景色はタバコを吸える施設としては、多分、最高であると思う。
地下1階・2階は研究エリアで全部で10室ある。地下3階は共同研究室及び分析室、実験室となっている。1階からの通路を挟んで敷地内に職員・研究員の宿舎、食堂がある。宿舎の窓からは、東シナ海、右には伊良部島が見えている。夏には水平線に南十字星が見えて、とても環境の良い研究所なのである。私は京都で小さな環境研究所を設立し、中国の環境問題を研究していたが、私が五十歳を迎えた頃に、中国で知り合った投資家に、資本金を出すから、本格的な研究所を設立しないかと持ちかけられ、何度も調査で訪れたこの宮古島に研究所を設立したのだ。
何度も航行している航路であるから翌朝6時前に那覇港に着いた。研究所に割り与えられた場所に船を着岸させ、ロープをしっかりと結んで、管理事務所に報告し、タクシーで急いで那覇空港に向かった。早めに搭乗手続きを済ませ、ゲート前のベンチで一息つく。私は麻由子に、京都到着時間をメールしておいた。関空まで2時間のフライトである、少し寝ておかないとね。飛行機は定時に離陸し、9時35分に関西国際空港に到着した。昔は宮古から伊丹までの直行便があったのだが、赤字路線で廃止になってしまった。機内では爆睡だった様でCAに起こされるまで、全く気がつかなかった。
急ぎ足でJR乗場まで行き、十時十六分発の「関空特急はるか14号」に乗り込み自由席に座った。京都は終点であるから一時間少し寝る事にする。出発して橋を渡り終えるころには目を閉じていた。爆睡から目が覚めると西大路駅を通過するところであった。
定時に京都駅に到着し、ホームに降りると麻由子が待っていた。
「順ちゃ~ん!」麻由子は大きく手を振って私を迎えてくれた。「おぅ。」軽く右手を上げてそれに答える。
「迎えに着てくれたんやぁ。ありがとう」
改札を出て駅前のタクシー乗場に行く。
「三条までいこう。」
そう言って、麻由子を先にタクシーに乗せた
「三条烏丸の新風館!」麻由子は運転手にそう告げた。タクシーは堀川通りから五条通りに入り東に向かった。五条烏丸交差点を左折して烏丸通りに入り三条烏丸へ向かった。
「まゆちゃん、何があったの。大変だって・・。」島崎は禁煙のタクシーの中でタバコを箱から出したり入れたりしながら麻由子に尋ねた。
「うん、大変なんだぁ、敦子が居なくなったんだよぉ」三日前から連絡しても、携帯切れてるし、マンションにもいないし、敦子の仲の良かった子にも聞いたんやけど知らないって言うし。実家にも連絡したんやけど帰ってないって言うし、もう心配になって、順ちゃんに連絡したの。ごめんなぁ。」
島崎はタクシーの天井を見つめて、そして大きく息をはいて「う~ん、彼氏のとこでも行ってるんとちゃうの~」
「もうビックリやわ~、そんな事で呼んだんかぁ?、てっきり、まゆちゃんのピンチやと思って飛んで来たんやでぇ」(ほんとに、飛んで来たので、言ってる事に間違いはない)
タクシーは十五分程で三条烏丸に着いた。私は麻由子に小銭入れを渡し料金を払わせて大垣書店の前で先にタクシーを降りた。私は「スタバでもいいかぁ」と麻由子に聞いて、麻由子も「うん。」と頷いた。私は喫煙可能な三条通り側の真ん中のテーブルに座り「アイスのブラック」と言ってタバコを取り出し火をつけた。京都も喫煙者にとっては、住難い街になってきた。この近辺も全面禁煙地区に指定されてる。宮古では考えられないけどなぁ。ウィークディだからか、三条烏丸の人通りは多い。サラリーマンや学生たちがバタバタと歩いている。車も相変わらず多い、宮古島にある車が全て集まった様だ。そんな景色を見るともなしにタバコを吸っていると麻由子がアイスコーヒーを持って来てくれた。
「はい、アイスコーヒー」
「サンキュウー、まゆちゃんは何にしたの?」「私はカフェラテ!」私はアイスコーヒーを飲みながら「もう一度電話してみたら。」と言うと「うん、してみる。」麻由子は素直に携帯を出して、リダイヤルのボタンを押した。
「だめやぁ、やっぱり切れてる」敦子の携帯は相変わらず電源が入ってないようである。
「そうかぁ、じゃ仕方ないよな。今日は(4月)15日の木曜やし、今週いっぱい待って見たら?」
私は麻由子にそう言って妥協案を出した。
「そうやなぁ。」と言いながら「でも、そしたら連絡取れなくなって一週間になるしなぁ。」とも言って、心配してる事はハッキリと伝わってきた。「それに彼氏も今は、いないし、行先全く判らへん。」麻由子はふ~っと息を吐いて烏丸の通りを見つめている。
時計を見ると十二時五十分であった。
「あっ、もう一時前やん、何か食べに行こう。昨晩から何も食べてないから、お腹空いたぁわ~。」
私はそう言って、麻由子を見た。麻由子はあまり食欲はなさそうだったが、私がお腹をさすってるのを見て、「うん、食べに行こう。何食べる?」と、いつもの様に元気よく答えてくれた。
「そうやなぁ、あまり遠くは行きたくないし、この辺で食べよ。」ここは三条烏丸交差点。ここを中心に半径五百メートル内に食事をする所は山盛りある。グルメのメッカと言ってもいい。宮古島では、研究所から車で三十分は走らないと食堂はない。それも営業してるかどうかは行ってみないとわからない。それでも島の人達はあまり困らないんだからほんとにのんびりした島である。
「そうやなぁ、パスタは昨日食べたし、魚は一昨日食べたし、今日は肉系かな。」
麻由子はニコッと笑って私の顔を見た。
私は少し考えて、「う~ん、肉系かぁ。じゃトマトのハンバーグでいい?」と麻由子に聞いた。
麻由子はすぐに、「うん、いいよ、いこ~」と席を立ち、空の容器をゴミ箱に捨てに行った。「私、トマトのハンバーグ、久しぶりやわ~」(ここで解説しておくが、トマトと言う店のハンバーグで、決してトマトで出来たハンバーグではない。)
二人は烏丸通りを渡り、三条通りを東に向かって歩いて行く。
麻由子がいつもの様に自然に手を握ってくる。私もそれに答えて指を絡めラブ繋ぎをして、ゆっくり三条通りを歩いて行った。
郵便局の前に鞄のお店が出来ていた。前は陶器屋だったのだが、三条通りも変わって行く。有名な予備校の前にトマトはある。
ドアを開けて中に入り、いつもの様にカウンター左側の隅に腰掛ける。ランチ時間になれば、近所のサラリーマンで満席になるのだがランチ時間を過ぎていたので席は確保出来た。
少し、体格のいい奥さんが、注文を聞きに来た。「まゆちゃん、何にする?僕はおろしハンバーグにする。」と言うと、麻由子も「私も~、同じのでいい。」と、ニコッと笑っていた。(可愛い)
おろしハンバーグセット二つを注文すると、真上にあるTVをかなり窮屈な姿勢で見ていた。上海万博のニュースで、日頃TVをあまり見ないのだが、仕事の関係で中国の話題には敏感になっている。麻由子の方をみると、携帯を見ていて、気分はランチどころではない雰囲気である。
心配でしょうがないのであろう。敦子の事はよく知らないけど、麻由子が一回生の時、寮の部屋が一緒だったと聞いた事がある。島根県の浜田市の出身らしい。
今はどうしてあげる事もできないし、どう言って慰めたらいいか考えていた。麻由子は最後に送られてきた敦子からのメールを真剣に読んでる。
何かヒントをと必死なのであろう。
「はい、おまちどうさまぁ」と少し体格のいい奥さんが、ハンバーグセットを運んで来てくれた。(おろしである。)
いつも思うのだが、美味そうなハンバーグである。だが今の麻由子には辛いランチかも知れない。と思って麻由子をそっと見た。
「頂きま~す!」「美味しそう、久しぶりやから感激やわ~」と大きな声を出して、一口サイズに切っては口に運ぶ。「うまい!」と大きな声で言って「やっぱりハンバーグはトマトやねぇ」と少し体格のいい奥さんは、ニコニコ笑って、ありがとう、と言っていた。
きっと、この娘には悲しみと言うものや、心配と言うものは、食べる物の前では存在が無くなるではないかと納得してしまった。
「美味しいね。」と私は麻由子に言うと、麻由子はハンバーグを小さく切って、大根おろしを起用に絡めて口にはこぶ。その度に笑顔になる。
本当に食べてる時の麻由子は愛らしいし、可愛いと思う。
三十分程で食事を終えて食事の礼を言って、会計をすませ席を立った。入れ違いにサラリーマンが3人ほど入ってきた。若いサラリーマンで3人とも麻由子の方を振り返って見ていた。やはり、誰が見ても可愛いのだと満足感が体のどこかに溢れている。???
「ご馳走様でしたぁ~。」いつもの様に麻由子は食事の礼を言った。麻由子は必ず、私が支払いをした時は、しっかりと礼を言うのである。
麻由子は学生だし、社会人の私が支払いをするのは当然なのであるが・・・・。
三条通りをぶらぶらと東に向かって歩いていく。ラブつなぎである。
少し歩いて「イノダでお茶していく?」と言って麻由子をイノダに誘った。
店内に入るとタイミング良く円形カウンターに二人分の席が空いてた。すぐに案内され、私はいつものアイスコーヒーのブラックを注文する。季節に関係なく毎度アイスコーヒーのブラックである。麻由子はレギュラーホットをミルク、シロップ入りで頼んだ。イノダのスタッフは、テキパキと仕事をする。カウンターの中のスタッフの流れる様な作業を見ているうちに注文したものがカウンターに運ばれてきた。この店では無言でも自然である。この店の円形テーブルは近所のご隠居たちの憩いの場所である。好みのコーヒーを頼み、新聞を広げ、顔見知りがいれば世間話をしている。スタッフも好みを心得ていて無言の対応が素晴らしい。アットホームな、のんびり出来る数少ない場所である。少し苦味のあるアイスコーヒーブラックを少し口に含む。「あぁ~、宮古にはない味やぁ~。」私はそう言って麻由子を見た。麻由子は何か一点を凝視している。何を見てるのかと思い、麻由子の視線に目を向けて見た。
円形カウンターの麻由子の正面に座っている中年の女性が、美味しそうなロールケーキを食べていた。麻由子は視線を逸らさずにそれを見たままで無言である。
私は 麻由子に「ロールケーキ食べる?」と優しく聞いた。もちろん答えは「うん。」である。
スタッフに、ロールケーキを注文する。
すぐに、麻由子の前にロールケーキがきた。
麻由子はニッコリと笑い「ありがとう」と言ってロールケーキに集中した。美味しそうに食べる麻由子は、ほんとに可愛い。しっかりロールケーキを完食して「ごちそうさまぁ」。麻由子の別腹を満足させて、又、三条通りをラブ繋ぎ。三条通りから河原町を渡り、鴨川に出た。木屋町側から鴨川の河原に下りた。四条に向かって鴨川の河原をのんびりと歩く。久しぶりの鴨川の散歩である。麻由子に河原に少し座って休憩しようと提案する。川端通りを見ながら石畳に座って、鴨川の流れを見ていると、私の携帯が鳴った。吉田からである。
「はい、島崎です。」私は、また小言を言われると覚悟して電話に出た。
「所長、いい加減にして下さいよ。今日は海洋調査の日でしょ。みんな困ってますよ。」
やはり、小言であった。
「悪いわるい栄ちゃん。急用出来たから、明日帰るから。」そう言うと、事務長の吉田は畳み掛ける様に、「明日は何もスケジュール入ってないから、月曜日に帰ってきてください。」と、いつもとは違う優しいお言葉。
「えっ、日曜までこっちに居ていいの?ありがとう。」私は満面の笑みで答えた。
「そうじゃなくて、今日こちらに居ないなら、所長の仕事は月曜までないってことです。」なんと、キツイお言葉。でも、仕方ないか。研究所の運営は全て吉田に任せてあるのだから・・。「わかった栄ちゃん。今回は借りだから。」私は機嫌を取りながら電話を切ろうとすると、吉田が「まだ、用事があります。」と、またまたキツイお言葉。私の胸に棘を挿すように言った。「ビルが、地震計の設置場所の確認を聴いてきてますよ。」「すぐに、ビルに電話をしてください。彼は現場近くの海上に待機していますから。」「わかった。すぐに電話するからね。じゃ~。」と電話を切り、すぐにビルに電話をした。ビルは、アメリカ人の研究員で海洋生物の遺伝子学を研究している。3回コールしてビルが出た。
「やぁビル。島崎です。ごめんねぇ、急用で今日参加出来なくて。」と、ビルに丁重に謝罪した。
「かまへんよ~、それより、測定器どこに設置するねん?」と、相変わらずの関西弁である。
「ラビレンスⅠの北側に離れ岩がふたつあるやろ、その岩と岩の中心に設置して欲しい。」「わかるかなぁ~」
「わかるよ、心配ない。センサーの深さはいつもと同じでいいか?」
「オッケーそれで頼むよ。月曜には帰るから、みんなに宜しくなぁ」私はビルに指示を出して電話を切った。
麻由子は私を見て、ニコニコしながら会話を聞いていた。
「ビル?」麻由子は聞いた。
「そう、この前地震があってね、調査のために地震計の設置をするからとみんなに言っておいたのをすっかり忘れてたぁ」私は少し公私混同かもと反省をしていた。
「ごめんねえ、順ちゃん。私が無理に来させて。」麻由子は申し訳なさそうに言った。
でも、今は麻由子は私しか救いを求める相手が居ないのだ。・・そのはずである?。と思う。
「いいよ、気にしなくて。ビルがあとはしっかりとやってくれるから。」
「それに、亀ちゃんも一緒だから心配ないって。」私は麻由子に優しく、もう心配するなと言って、寺町に買い物に行こうと誘った。
四条に向かってラブつなぎ。
「寺町で何買うの?」麻由子はラブつなぎの指を少し強く握って聞いた。
「宮古にないハードディスクとかメモリーとか買って帰ろうと思うんだ。」吉田にお土産を買って帰って、少しご機嫌を取ろうという魂胆である。
「うん、行こう。私もUSBメモリ買うから」麻由子は、はしゃぎながらラブつなぎの手を大きく振って歩いてく。もう、私の鼻の下はデレデレで伸びきってる感じだ。
四条に着いて交番の横から四条通りに上がった。やはり、三条と違い四条通は行きかう人が多いなぁと思った。四条通りを阪急に向かって渡り、今度は高島屋に向かって河原町の信号を渡る。高島屋の店内を寺町まで横切ると言う方法もあるけど、デパートの中を麻由子を連れて歩くのはかなり危険である。
だから四条を烏丸に向かって南側をのんびりラブつなぎである。
「ねぇ、順ちゃん。」
「ビルって、何の研究してるの?」麻由子の突然の質問に、少しびっくりして、何でビルの事を聞くのかと少し疑問はあったが、遺伝子学と答えた。
「何でビルの事を聞くの?」
「ビルに興味でもあるの?」とモタモタと聞いてしまった。・・ジェ・・ジェラシーだ。
麻由子は笑いながら、「あのねぇ、前に順ちゃんがビルの話をしてたでしょ。とても、面白い人やなぁと思って、そんな人が順ちゃんの研究所で研究してるんやと思ったら可笑しくてぇ」麻由子はほんとに可笑しいと、笑いながら、私を見つめていた。
私は、麻由子の私を見つめる目を少し意識しながら歩き始めた。
「ビルの何を話したっけぇ~?」
あかん、関東弁になってる。私は緊張すると言語が関東弁になる習性があるのだ。
「あのね、ビルはどこの人種かって話しぃ~」
「あぁ、彼の人種の話ね」
これは、麻由子との二度目のデートの時に、何を話したらいいか分からず、繋ぎのつもりで話した内容である。
ビルが初めて研究所に面接に来たときに、事務長の吉田が、ビルに質問した内容である。
君のお父さんは、イタリア系フランス人で、お母さんはスペイン系ドイツ人で国籍はアメリカなんだが、いったいビルは何人なんだい?」こんな質問だった。
ビルは少し困った顔をして、でもすぐに「関西人!」と答えた。何でも主食は粉物らしい。
そんな話をした覚えが確かにある。
「でもビルは優秀な研究者だよ。」
「私は期待してるんだよ」
私はそう言って寺町を下がって行った。
(京都は南北を、北に行くのを上がる、南に行くのを下がると言う)
寺町を(当時は電器店街)何件かの店を覗いて、目的の品物をゲットした。
麻由子も2Gのメモリースティックを買うのに、どの色にするか散々迷った末にオレンジ色のを買った。(自分のお金で)
ほんとに電子機器は少し見ないうちに、どんどん進化していく。
田舎である宮古島に居たのでは、なかなかついてはいけないけど、最近京都に来ることが増えたのでまだましかなぁ。
電気店を出て、四条通りに戻り、新京極を三条に向かってラブつなぎ。
ロンド焼きの店の前で、麻由子はロンド焼きを2個買っている。その時、麻由子の携帯が鳴った。
麻由子は店の横に移動して「あっ、敦子だぁ~」と言って電話にでた。
ロンド焼きの代金を私が代わりに払いながら会話を聞いていた。
「どうしたん?心配してたんよぉ」
麻由子が少し泣きモードで話している。
「ごめんなぁ、心配かけてぇ。今、松江にいるねん。」敦子も泣きモードらしい。
「えっ、松江って、島根県の松江ぇ?」
麻由子は今度はしっかりと強く尋ねた。
「そう、お父さんの事が心配で、こっちに来たんやけど、お父さんどこにいるのかわからへんのぉ。」
麻由子はびっくりした様子で、「お父さんどうしたん?何かあったん?敦子は大丈夫なん?」
麻由子はかなり心配してる様子で、敦子に何度も質問している。
「わからへんけど、おかしい気がするんよ。お父さんこんな事初めてやし、お母さんもオロオロしてるし、警察に届けに行くって言ってたぁ。」
「もう一週間も連絡ないし。」敦子もどうしたらいいかわからないようだ。
「敦子も連絡とれなっかったけど、何でなん?」麻由子は敦子を責める様に聞いた。
「うん、ごめんなぁ。お父さんに関係ある施設に行ってて、お父さんの事いろいろ聞いてたんやけど、その施設では携帯の電波が入らなかったんよぉ」
「今日、松江市内に戻ってきて、実家に連絡したら、麻由子が心配してるって、お母さんから聞いて連絡したの。ごめんなぁ。」敦子は今にも泣き出しそうな感じで話をしているらしい。麻由子も「うん、うん。」とうなずき、連絡がついて安心したらしい。
「それで、これからどうするの?」と麻由子は、敦子に聞いた。
「お父さん一週間前に京大の友人と松江で会ってから、行方が分からなくなったらしいねん。」と、父親と関係ある施設で聞いたとその内容を麻由子に話していた。
「だから、もう少し松江で調べてみようと思ってるねん。」敦子はしっかりした口調で話している。
「大丈夫なん?一人で。」麻由子は心配して聞いた。
「何かわからんけど、胸騒ぎするし、もう少し調べてみる。」
敦子は一人娘でよく一緒に父親と出かけていたと聞いたことがある。敦子が大学で京都に来てからも、父親は母校の京大へ時々出張に来ていたらしい。その時は必ず一緒に食事をするらしく麻由子も何度か一緒に食事をしたことがあると言っていた。
「わかったぁ敦っちゃん。」
「気をつけてねぇ。携帯切らんといてねぇ。」麻由子はそう告げて電話を切った。
麻由子は不安な顔をして私を見ていた。私の手を強く握り、今にも泣きそうな顔をして、でも、何も言わずに、私の顔を見て私の言葉を待っているようであった。
「どうしたん?敦子、大丈夫やったん?」
私は落ち着いた声で、優しく麻由子に聞いた。麻由子はそれでも何も言わずに私を見ている。私は路地に麻由子を連れて入り、そっと抱いた。麻由子は微かな声で泣いていた。
小さな肩が少し震えていた。
私は麻由子の頭を優しく撫でながら、ただ抱いているだけであった。
私は、そんなに心配なのかと聞いた。
麻由子は首を振りながら、「順ちゃんがいるから安心してる。」「でも、敦子何か変やった。」と、麻由子は何か思い出すような顔をしてそう言った。
「何が変なん?」私の胸に埋めていた顔を、両肩を持って私の胸から離し、両肩をもったまま麻由子に聞いた。
「いつもの敦子やないねん。」「何か隠してる感じがするし、お父さんの事も何かある。お父さん何んかの事件に巻き込まれたんと違うかなぁ。」
麻由子はそう言うと、顔をまた私の胸に埋めた。
たぶん、路地にいる私たちを見て横を通る人たちも、新京極を通る人たちも、中年のオッサンが援交の女子大生を泣かしてると思っているやろなぁ。と思いながら麻由子が気の済むまでこのままでいいかと思っていた。
すると、麻由子はハッと何か閃いた様子で、私の胸から顔をあげて、「私、松江に行くから。」と言って私から一歩離れた。
それはかなり強い決意のようで、私は少し驚いた。私は「松江に行ってどうするの?」と聞くと、麻由子はわからないけど、でも行くと言って新京極を三条に向かって歩きはじめた。私はその後をついて行きながら、麻由子の今の気持ちを考えてみた。でも一人で行かせて敦子に会えればいいけど、やはり一人で行かせるのは心配で、麻由子の家族にも心配をかけるし、どうしたらいいのかわからないまま、「まゆちゃん、どうしても松江に行くの?」と聞いた。麻由子は私の二歩先を歩いている。急に振り向いて、そのまま後ろ向きに歩きながら「うん、行く。でないと気がすまない。」「学校も来週まで休みやし、行ってみる。」
「行ってどうなるかわからへんけど、何もしないより、京都にこのままいるより気分が落ち着くし。」麻由子は一気にそう話すと、また、前に向き直って歩き始めた。
私は少し考え「わかった。私も行くよ。」
私は麻由子にそう言うと携帯電話出して研究所に電話をした。一回のコールで事務員の朋子が出た。
「あっ、島崎です。事務長はいるかなぁ?」と事務長の吉田を呼んでもらった。
「はい、吉田ですが。」
「あっ栄ちゃん、島崎です。これから松江に行くから。」「えっ、松江って島根県の松江ですか?」
「うん、そう。島根大に用事が出来て、打ち合わせに行くつもりなんだぁ」
事務長の吉田は、突然の私の電話に理解が出来ずに唸っていた。
「何の打ち合わせですか?」吉田は唸りながら聞いた。
「キトサンの研究の新しい成果が出たらしく、今後の環境問題でどう応用が出来るか、その打ち合わせ。」と、言って日曜には帰るが、変更になったらまた連絡するから、と伝えて電話を切ろうとすると、ビルが測定器の設置を無事に済ませたと言って、シブシブ了解して電話を切った。
私は麻由子の顔を見て、「一応日曜まで時間あるし、これからすぐに行こう。」
麻由子は涙目になって「うん、ありがとう順ちゃん。でも、ごめんねぇ。我がままばかり言って。でも、ほんとに心配やし、ごめんねぇ。」と、今度はしっかり涙を流して、泣きながら、私の胸に顔を埋めてきた。
あぁ、これが昼間の新京極じゃなければ、もっとムードがあったのに。と、思いながら周りをを気にしながら、麻由子の涙を拭いてやった。再びラブ繋ぎで、三条を越えて御池通りまで歩いて、麻由子に「じゃ、まゆちゃん、マンションに帰って必要な物を用意して、四時に八条口新幹線の改札口で待ってるからねぇ」
と言ってタクシーを止めて麻由子を乗せた。
麻由子は、出町柳駅の近くの女性専用マンションに住んでいる。麻由子の乗ったタクシーを見送って、私もタクシーを止めて京都駅と告げた。
車内から携帯電話でレンタカー会社に連絡して、広島駅から松江までのレンタカーの予約をした。
それが終わると、松江の東急ホテルに連絡して、今夜から日曜までの予約を、到着が深夜になると付け加えて電話を切った。
時計を見たら3時前であった。京都駅は団体客が何組かいて、少しざわついていたが、その集団を掻き分けて、みどりの窓口に行き、三人ほど待って、広島までの「のぞみグリーン」を2枚買った。四時十三分発である。私は携帯を出して麻由子に四時十三分発である事を伝え四時までに八条口のいつものコーヒーショップに来るようにと言って電話を切った。
私は八条口の東にあるコーヒーショップに入り、アイスコーヒーを注文した。このコーヒーショップは、数少ない喫煙可能なお店である。京都駅を利用するときは、時々使っている。
煙草を取り出し火をつけ、アイスコーヒーを飲みながら、先程の麻由子と敦子の会話を思い出している。「お父さんが事件に巻き込まれた?」これは、何か嫌な感じがする。
もし、麻由子に危険が少しでもあると判断したら、すぐに連れて帰ろうと思った。
でも敦子の父親が行方不明になってから一週間、敦子に連絡が取れなくなって三日、そして今日敦子からの連絡。父親が松江で京大の研究者と会ってから行方が分からないということ。その研究者が誰なのか、敦子の父親はどんな研究をしてたんだろう。敦子が訪ねた施設はどこなんだろう。松江にそんな施設があるなんて聞いた事がない。大きな施設は原発しかないと思うが・・次から次えと疑問が湧いてくる。三本目の煙草に火をつけて、どこを見るともなしにボ~ッとそんな事を考えていたら、テーブルの横に麻由子が立っていた。
麻由子は私の向かいに座りアイスティーを注文した。スニーカーにジーパン、薄いグレーのティシャツに白のジャケットである。
トミーのキャップを深めにかぶって、黒のプラダのカバンを自分の横に置いて「待ったぁ」とニッコリ笑ってご機嫌である。
私が一緒に行くのが余程嬉しいらしい。
そういえば、二人だけで旅に出るのは初めてだ。私はこれからのスケジュールを説明し、深夜になるけど今日中に松江に着くのはこれが一番早いからと伝えた。それに車の方が便利だからとも伝えると、麻由子は「うん、うん。」とニッコリ笑って肯いている。
麻由子は私の顔を覗き込むように「初めてやねぇ。」と言って、ストローをくわえ又ニッコリと笑った。「えっ、何が・・」と聞き直すと、「お・と・ま・り」と今度は満面の笑みで私を見つめている。
「ああっ」と言葉にもならない返事をしてしまった、今これしか言えない私は、駄目な男だなぁと思ってしまった。時計を見ると四時である麻由子を促してレシートを持ってレジに行く。外に出ると「ご馳走様~」といつものセリフである。改札口の前で麻由子に切符を渡し改札する。改札を通った麻由子から切符を受け取り、ホームに向かう。どんな場合でも切符は私がいつも管理している。それが二人のルールでもあった。環境学会で出かけた横浜で、麻由子が切符を失くしたことがあって、それからのルールである。ホームに上がると麻由子は水を買いに行った。広島までは一時間半の行程だ。8号車は私たち以外に3組の客であった。
私は席に着くと「少し眠るから」と言って広島の手前で起こす様に言って目を閉じて眠りについた。昨晩からバタバタといろいろあったから少し疲れたようで、すぐに睡魔が襲ってきた。六十手前のおじさんだから仕方ないよな、なんて思いながらうとうととしていたら、麻由子が「今福山過ぎたよぉ」と私の体を揺すりながら起こしてくれた。
麻由子に水をもらい一口飲んで大きくあくびをして「もうじきだね。」と言って、短い時間だったけど良く寝たようだ。これからの行程を考えたら少しでも寝てないと、この睡眠は大事だと思った。
定時に広島駅に着いて、すぐに駅前のレンタカー会社に行き手続きを済ませ、車は松江で返すと伝え契約し、ナビを松江にセットして広島駅を六時過ぎに出発した」。
広島から松江まで中国地方を横断である。4時間程かかる行程であるが、麻由子は二人の夜のドライブが余程嬉しいらしく、鼻歌でかなりご機嫌である。ラジオから流れる音楽に合わせて首を動かしながら、流れる景色を窓から眺め、私が話す通過する町の歴史や観光案内を楽しそうに聞いていた。暫くは敦子のことを忘れてくれそうである。
私も麻由子に通過する町や夜景を説明しながら運転しているのでまったく疲れないし眠くなかった。
これが二人の初めての旅だと言うこともあるのかもしれない。麻由子とは知り合ってから半年が過ぎた。未だにキスもしてないし、そんな雰囲気にもなったことがない。なんとなく付き合い始め、麻由子が私の事をどう思っているのかも聞いた事もないし、思ってもいなかった。確かに三十七も離れ親子のようでもあるし、しかし、友人以上の感情はある気はする。私はだが・・・
広島から三次に向かい、五十四号線で出雲に進路を変える中国山地を抜ける山道である。昔、釣に行くのに良く通った道である。当時は若く元気であったが今はアラ還でもあるし体力も落ちてるから昔の様な軽快な運転は望めないのは仕方ない事だと思っている。9時過ぎに9号線に出た。山陰道である。右折して松江に向かう。
暫くすると左側に宍道湖が見えてきた。月の明かりで湖面がキラキラと輝いている。麻由子は初めて見る宍道湖を黙って見ていた。
「宍道湖はね、大国主尊が狩をした伝説があるんだよ。」「狩?」」そう、宍は猪の古い言い方で、宍が良く通る道と言う事で宍道湖なんだよ」「ふ~ん、面白いね。」
「でも奇麗やね、宍道湖。」と私は麻由子に問いかけると、麻由子は運転席の私を見て、「何かロマンチック。」「この宍道湖の側にある出雲大社に全国から神様が集まるんやろ。神秘的やね、それに歴史も感じるし。」そう言って、又宍道湖を眺めている。何か良く分からんけど感激はしているらしい。
「あと三十分ぐらいで松江に着くからね。」と言って麻由子を見た。麻由子は「うん。」と答えて私を見て、また窓の外を見ている。
少しづつ通過する道路にビルや人家が増えてきた。玉造温泉を過ぎればもう松江である。
県立美術館を左に見て暫く走り左折すればJR松江駅である。ホテルはその松江駅の前にあった。駐車場に車を停めて、麻由子のプラダのカバンを持ってホテルのロビーに向かった。地方都市のホテルだから、そんなに大きくないけど、清潔さは保持されているホテルの様だ。フロントで手続きを終え、8階の部屋に向かった。エレベーターを降り左側に進み一番奥の部屋であった。ツインの部屋はそれ程広くはないけど、寝るだけであれば充分であった。麻由子は窓のカーテンを開けて「うわ~川が見えるぅ。」と言って喜んでいる。
私はカバンをテーブルに置き、時計を見た、十一時前であった。「お腹空いたね。何か食べに行く。」麻由子は、そんなに食欲ないと言って、近くのコンビニのおにぎりでいいと、笑いながら言った。
「じゃ、何か買ってくるよ。部屋でのんびりしててよ。」と、私はドアに向かった。麻由子は「私も行く~。」と私を追いかけてきて私の腕をつかんで甘えた声で「私も行く」とニッコリと笑った。私は笑みを浮かべ軽くうなずき麻由子と一緒に廊下に出た。エレベーターに向かう私に麻由子はそっと手を繋いできた。
外は少し肌寒く、車も人もかなり少なく、駅前なのにとても静かであった。駅前にはタクシーが何台か客待ちをしていて、車の外に出て煙草を吸っていた。私達はホテルの前を渡り、地元のデパートの裏へと歩いて行き、NTTの横にあるコンビニに入った。全国展開しているコンビニであるから中は京都と同じである。私は山陰中央新報と言う地方紙を買い、コーラと水を買った。麻由子はおにぎりを何個か買って、プリンとアイスラテを買っていた。私はやはり少し何か食べておいた方がいいと思い、小さな地元の弁当を追加した。麻由子は満足そうに私の財布から支払いをしている。
私はレジ袋を受け取り先に外に出た。
麻由子が出てきて、手を繋ぎのんびりとホテルに帰って行った。ホテルの駐車場で車の中に荷物を入れて、水を持って麻由子に「少し散歩しようか」と言って手をとり、くにびき大橋に向かった。橋の真ん中で遠くに見える宍道湖を眺めながら、「あの宍道湖につながっている塩水湖があっちにあるんだよ。」と宍道湖とは反対の方を指差して麻由子に言った。
麻由子は橋の欄干に肘をついて、その手に顎を乗せ、月明かりでキラキラ輝いてる宍道湖を見ながら「ふ~ん」と興味なさそうに生返事をしている。麻由子は満足したのか、振り向いて「寒くなったから帰ろう」と私の手を取り自分の指を私の指に絡ませ大きく振りながら歩き始めた。麻由子は頭を私の肩に摺り寄せて体を寄せてくる。私は手を強く握り「早くかえろ~」と麻由子の手を引き走り始めた。麻由子は「いゃ~ん」と言いながら笑みを浮かべて一緒に走った。
車から荷物を取り、部屋に戻った。十一時半であった。私は麻由子にお風呂に入りなさいと言った。だが麻由子は「順ちゃん先に入ってよ。私時間かかるから」と私に先に入るように勧めた。私は了解して先に入る事にした。ジャケットとズボンをハンガーに掛けてシャツも脱ぎこれもハンガーに掛けた。靴下と浴衣を持ってバスルームに入った。
頭を洗い体を洗って靴下と下着を洗濯した。それをハンガーに掛けてドライヤーで髪を乾かしそれが終わると浴衣を着て下着と靴下を持ってバスルームを出た。「あぁさっぱりした。これで良く寝れそうだぁ」と言いながらクローゼットの中に洗濯物を干して、窓側の椅子に座って地方紙を読んでいた麻由子に「まゆも入りなさい」と言うと「はい」と答え地方紙を置きながら、先に食べてていいからね」と言って服を脱ぎ始めた。
「おいおい、ここで脱がないでよ、浴衣を持ってバスルームで脱ぎなさい。」(あかん、関東弁や)少し強めに言うと仕方なさそうに「は~い、順ちゃんやし別にいいのに~」と笑いながら、分かった、分かったと言って、浴衣を持ってバスルームに入って行った。
私はテレビをつけて深夜のニュースを見ながら弁当を食べた。冷たくてそんなに特徴があるわけではないけど、余程お腹が空いていたのか、あっと言う間に完食してしまった。
ニュースはあまり興味のある内容ではなかったし、疲れもあったのかボーッと見ていた。
コーラを開けて喉を潤して一息ついた。テレビの音に混じって麻由子のシャワーの音が聞えてくる。麻由子もやはり疲れているのだろうなぁ、と思いながらリモコンでチャンネルを変えるが関西の若手芸人の番組ばかりで見るものは何も無かった。私はテレビを消して地方紙に目を落とした。煙草に火をつけて新聞を読む。地方紙はいつ見ても面白い。都会でのニュースと違い、地域に密着したユニークな記事がたくさん掲載されている。広告も面白いし、こんな店があるんだとか、こんな商品があるんだとか思いながら最後のページを読んでいると麻由子がバスルームから浴衣に着替えて出てきた。
髪をタオルで拭きながら「あぁさっぱりした、なんか疲れ取れるわ~」と言いながら私の飲みかけのコーラを一気に飲んだ。ふ~っとため息をついてベッドに座って私を見た。
私は麻由子に何か食べる?と聞いたが麻由子は「明日の朝、美味しい物を食べるから」と言って冷蔵庫からラテを出してきて呑み始めた。「もう十二時回ったから寝ようか」麻由子にそう言って最後の煙草に火をつけた。麻由子はうんと頷き、ラテを呑んで、歯を磨くと言ってバスルームに向かった。歯を磨きながら部屋に入ってきて、「順ちゃん、下着洗ったんだぁ」と言ってクローゼットの中を見てた。「明日下着を買うから、取り合えずは、明日は洗ったのを履くよ。」と説明した。「そうかぁ、着替え無かったんだね、私は着替え持ってきたけど」「ごめんね、気がつかなくて」麻由子は申し訳なさそうに言った。「気にすんなよ、こんなのいつもの事だよ。中国なら十日は着替えなしやで~」と言うと、「そんなん、私耐えれへんわ~」と笑いながら口を濯ぎにバスルームに行き、交代して私も歯を磨きにバスルームに行った。歯を磨き終えて「あぁさっぱりした。さぁ寝ようか。」と言って、麻由子にベッドは窓側か壁側かどちらにすると聞いた。麻由子は少し考えながら「順ちゃんの横。」と答えた。「えっ」と言って少し間があいて、ベッドは二つあるんだから、別々の方が良く寝れるよ。と言ったんだが、麻由子は私の横を譲らず、窓側のベッドにすべり込んで、右手でベッドをポンポンと叩いて、ここに来てと無言で言ってる。私は仕方なく麻由子の右側に布団を少し上げて滑り込んだ。少し間を空けて横になった。麻由子はすぐに私の胸に顔を埋め、体をピッタリとつけてきて、「おやすみ」と言って目を瞑った。私は電気を消して、おやすみと答え、さぁこれで寝れるのか心配になってきた。私は目だけをそっと麻由子に向けた。小さく寝息をたてて、疲れたのだろうもう寝ている。私も明日の事があるので、ここは冷静に寝る事にした。*
明け方に何度か目が覚めたが、それでもしっかり寝たらしい。窓のカーテンの隙間から朝陽が差し込んでいる。時計を見ると六時半である。横を見ると麻由子が普段見ない安心した顔で寝ている。夢ではなく現実に麻由子が横に寝てるんやと、チョピリ嬉しくなった。
そっとベッドを出ようと右に少しずれていくと、麻由子の手が私の左の肘を掴み「どこに行くん」と目を開けないまま聞いた。「うんトイレ、まだ六時半やし、ゆっくり寝てて」そう言ってトイレに立った。トイレを済ませ、窓の横の椅子に座り煙草に火をつけた。軽く吸い、冷たくなってる茶碗に残っているお茶を飲んでカーテンを少し開いて外を見た。もう通勤の人達が動いている。煙草を消してまたベッドに潜り込むと麻由子は待ってた様に私にくっつき頭を私の胸に乗せて「離れたらイヤ」と小声で甘えて言った。私はピクンとアンテナに血が流れて行くのを感じたが、ここは理性でカバーした。ふ~~危ない。
理性を取り戻すための二度寝は起きたら八時半であった。二時間寝たみたいだ。麻由子はまだ私にひっついて寝ている。私は起きる事にして、麻由子からそっと離れてベッドを出た。ベッドに座って背伸びをしていたら「おはよう」と麻由子の声がした。振り向いて、おはようと麻由子を見ると浴衣がはだけて胸の膨らみが見えていた。私はすぐ立ち上がり、窓の側の椅子に座り煙草に火をつけた。
「いい天気だなぁ」すっかり陽が昇って通勤ラッシュが始まっていた。
「ねぇ順ちゃん」と麻由子は横になったままで「今日敦子に会って納得出来たら、その後出雲に連れて行って欲しい」麻由子はそう言ってベッドから起きて座ってる私の後ろから抱き付いてきた。麻由子の無防備の胸が私の背中に弾力良く当たっている。これはマズイと、私は消え行く意識を必死で取り戻しながら、「いいけど、まだ敦子に会えるかわからないやろ、朝ごはん食べたらもう一度敦子に連絡してみたら」私はそう言って危なくなっている体を必死で隠しながらシャワーに行くと言ってバスルームに向かった。熱めのシャワーを浴びて邪念を払い、歯を磨いて髪を乾かし冷静さを取り戻してバスルームを出た。
麻由子は乱れていた浴衣を直して窓から外を見ていた。「まゆちゃんもシャワー行ったら~」と麻由子にシャワーを薦めた。
「うん」と麻由子はバスルームに向かった。
私は着替えてドアの下に差し込まれていた朝刊を取り窓の側にある椅子に座って煙草を吸いながら読んでいた。暫くして麻由子がシャワーを終えて出てきた。バスタオルを巻いただけの姿である。「おいおいそんな格好で出てくるなよ」(関東弁)「だって~浴衣邪魔くさいんやもん、順ちゃんやからいいやん」かなり挑発的である。理解に苦しむセリフを言って鏡の前に座り髪を梳かしている。このままいたら目の前で着替えを始めてしまうかも知れないと思い「じゃロビーのラウンジでコーヒー飲んでるから、着替えたら来て」と言って部屋を出た。初日からこれじゃこの先大変やぁと思いながら、麻由子は私の事をどう思ってるのか、知りたい気持ちにもなっている。1階のラウンジでアイスコーヒーを頼みロビーに置いてあった松江の観光案内を煙草を吸いながら読んでいた。松江は仕事で何度も来ているが観光は、ほとんどした事がない。島根大学や島根原発、県庁で仕事が終わればそのまますぐに帰ってたのだ。そんな事を思い出して観光案内を読んでいたら麻由子が降りてきた。カーキ色のアーミータイプのズボンに黒地に銀色のスカルが印刷されてるティシャツ、白のジャケットに今日は薄いブルーフレームの眼鏡をかけてる。麻由子は眼鏡もかなり似合ってる、実に可愛い。「お待ちどうさま~」麻由子はかなりご機嫌で、ご飯食べに行こうと誘う。私はフロントに鍵を預け朝食の美味しい店を尋ねて麻由子を連れて駐車場の車に向かい、一畑ホテルの裏にある食堂に向かった。徳さん食堂と書かれた看板のある店に入った。二組ほど先客がいたがのんびりとした田舎の食堂と言った感じの店であった。
メニューを見ていたが、先客の食べていた定食が美味そうであったので、同じものを注文した。
注文して暫くして定食が運ばれてきた。輝いてふっくらとしているご飯にシジミ汁、アジの干物それと美味そうなキュウリのぬか漬けそれだけであるけど、とても豪華に見えた。シジミ汁はコクがあってシジミの旨みがしっかりと出ていて、アジの干物も自宅で手作りだと女将さんが自慢をしていたがほんとに絶品であった。麻由子は満面の笑みで美味しいを連発してかなり満足している。これで400円は安い。
麻由子は骨だけ残して完食である。偶然出会った美味しい朝食に二人とも満足して店を出た。私は麻由子を食後のコーヒーに誘い一畑ホテルに向かった。1階のロビーのラウンジで私はアイスコーヒーを麻由子はカフェラテを頼んだ。運ばれてきたアイスコーヒーを飲みながら「まゆちゃん、敦子に電話したら」と言った。麻由子は「うん」と言って携帯電話を持って外に出た。私はガラス越しに電話をしている麻由子を見ながら目の前の宍道湖の風景を見ていた。暫くして麻由子が戻ってきた。麻由子は私の前に座るとニッコリ笑って「明日松江で会うことになったぁ」と 「えっ今日は会えないの」と聞くと麻由子は敦子との会話を説明し、「今浜田市の実家に居るんだって、お母さんがかなり心配してて今日警察に届けに行くらしんだよ」と一気に敦子との電話の内容を話してくれた。「明日ホテルまで来るって」と麻由子は敦子との約束を私に話した。
「今日ヒマになっちゃったぁ」と私に訴える様に顔を覗きこんできた。暫く間があって、「分かった出雲に行くんやろ」「えっ連れて行ってくれるの」だんだんと麻由子の顔が笑顔に変わっていく。「いいよ、今から行けばお昼前には着けるから」「ほんとぉ」麻由子は満面の笑みで私に確認して「やったぁ~」と大きな声を上げてバンザイをした。
近くでお茶をしていた人達やフロントの人達が笑顔で見ていた。
車に乗り9号線にでた。出雲まで一時間ぐらいだと思う、麻由子にそう言うと、昨晩は暗い時に見た景色が今はまた違う感じで目に入ってくるのを楽しそうに見ていた。先ず出雲大社に行こうねと麻由子に言って私も今はのんびりと運転している。麻由子は初めての出雲にワクワクしている様で、鼻歌を歌いながらニコニコと景色と私の横顔を交互に見ている。(幸せやなぁ。)
宍道湖から離れると周囲は急に牧歌的な景色に変わっていく。ほんとにのんびりしていて、日頃の疲れが癒される様だ。(毎日そんなに忙しいのか、と言われそうだが。)
これで青い海でも見えたら宮古島の様でもある。私は麻由子に、明日敦子に会ったら京都に帰るからねと伝えると、「うん、わかってる」と少し残念そうに口を膨らませていたが
敦子に会って話を聞けば納得するからと言って、今度はニッコリ笑って了解した。9号線を大鳥の交差点にあるイズミヤを右折して、国道431号線に入り、あとは一本道である。
地下3階の共同研究室でビルは施設長の亀本と地震計のチェックをしていた。「亀チャン、モンダイナイナァ。」ビルは相変わらずの関西弁であった。「オーケー、じゃ自動設定にして作業終わるよ」と亀本はビルに言ってから、上で煙草を吸うからと言って階段で一階のテラスに向かった。一階のテラスでは事務長の吉田が煙草を吸っていた。亀本がテラスに入ると、吉田は「どううまく行ってる」と聞いてきた。亀本は問題ないと答え亀本も煙草に火をつけた。「それはそうと、所長は何してるんですかねぇ」と亀本は吉田に聞いた。吉田は青く澄んだ空を見上げながら「分からないねぇ、何してるんだか。島根大に行くと連絡あったけどどうだか。多分、まゆちゃんと出雲大社でも行ってるのと違うかなぁ」(するどい)と諦めた口調で亀本に答えた。「出雲大社ですかぁ、いいなぁ私は行った事がないですよ」と言うと何となく二人は笑っていた。そこにビルがテラスに入ってきた。煙草に火をつけて「何笑ッテル?」と不思議そうな顔をして二人に尋ねた。所長の話だよ。と亀本が答えてニッコリと笑った。ビルは真面目な顔をして「所長ハ嫁サン貰ッタ方ガイイト思ウネンケド。所長ハアア見エテモ、カナリ寂シガリ屋ヤサカイ」ビルは二人の顔を交互に見て少しため息をついた。三人は暫く黙って煙草を吸って、それぞれの席に戻って行った。事務所で書類の整理をしている亀本に設備係りのトミー(富田くん)が笑顔で「亀さ~ん」と呼びながら事務所に入ってきた。トミーは亀本の席まで行き、「亀さん、明日の土曜日ダイビングの予約が入ったよ」と笑顔で報告している。ここでは、週末に限定して研究費を捻り出すために観光客相手にダイビングやシュノーケリング、たまにフィッシングのツアーなどをしている。前浜にあるホテルや平良港にあるホテルと協定して島の観光協会にも許可を取っている。
「そうかぁ、所長も居ないし、久しぶりに潜るかぁ」と亀本は事務長の吉田を見て、「事務長も行かない?」と吉田に聞いた。「そうだね、久しぶりに行ってみるかぁ」と答え、事務の女性達にも行かないかと聞いた。二人ともすぐに行くと答え、事務員の朋子が研究員にも聞いてくると言って下の研究室に降りて行った。トミーはエアーボンベや潜水用具など準備すると言って下の船着場に降りて行った。この研究所は船着場の崖の前に建っていて、一階の玄関及び事務所などがあるフロアは実際は4階なのである。海から見ると、研究所は地上6階地下2階の建造物なのである。しかし玄関のある道路から見ると3階建ての建物なのである。
だからトミーは準備をしに下に行ったのである。吉田と亀本は、テラスで煙草を吸い、準備をしているトミーを見ながら雑談をしていた。朋子がテラスに入って来て、ビルと研ちゃん、由美ちゃんとみつちゃんが行くと吉田と亀本に伝えて事務所に戻った。
「へぇ~、スタッフ側が9名かぁ、久々の大パーティーですね」と亀本。「多い方が楽しくていいじゃない、船は1隻でいいの?」と吉田は聞いた。ブルーアンカーは二十人乗りだから問題無いと言って亀本は船の準備をすると言って下に降りて行った。
吉田はテラスから目の前の青い海を見ながら、今は所長の心配はしないでいようと思った
。
大きな鳥居を横に見ながら車を出雲大社の駐車場に走らせていた。すぐに大きな駐車場に着いて車をそこに停めた。なんと無料である。太っ腹と麻由子がビックリしていた。土産屋の横を通り大社の中に、大きな日の丸がたなびいている。たぶん下に下ろせばかなり大きい気がする。麻由子はふ~んと感心して手を繋いできた。境内に入ると直ぐに神楽殿がある。本殿の様な威厳があり、途轍もない大きさの注連縄がある。長さが十三メートル、胴回りが八メートル、五トンあるそうで日本一だそうだ。出雲大社は何もかもが大きい。
その注連縄の〆の子に硬貨がたくさん突き刺さっている。何時からの風習なのかはわからないが、なかなかうまく刺さらない。十円玉は駄目だと言われた。とうえん(遠縁)なのだそうだ。中々面白い、麻由子もへぇ~と関心していたが、硬貨を刺そうと必死に奮闘している。何度も何度も上を向いて〆の子の底に向かって硬貨を投げては落ちてくる硬貨を拾い、また投げる。麻由子は「エイ」と掛声をかけては繰り返し、私は飽きてしまい、境内を見回していたら、「刺さったぁ」と麻由子の大きな声がして、私の袖を引っ張り、「あそこ~あそこに刺さったぁ」と指を指すがかなりの数が刺さっているので全くわからない。私が分からないでいると、「あそこやんかぁ」と必死である。私はわかったからと言って承認してあげる事にして、ここは円く治めた。超ご機嫌の麻由子を連れて本殿に向かった。さすがに出雲大社の本殿である。威厳があり神秘性も漂わせている。皇室も立ち入れない厳格な格式が歴史を感じさせる。何度も訪れているがその度に新鮮で新たな感動を覚える。麻由子もさすがに本殿での礼拝は神妙に手を合わせている。「まゆちゃん、縁結びの神様に何のお願い?」と少し意地悪な質問をした。麻由子はニッコリ笑い、でも真面目な顔をして「御礼参り」と言って私の手を取り歩き始めた。どう言う意味かなと考えながら境内を歩いていると、大きな柱を3本結わえたレプリカが展示してあった。
説明書には、平成十二年の調査で発掘された中古の神殿に使われた柱だと書いてある。神殿の高さは十六丈(48メートル)だそうで飛んでもない高さである。上古の神殿は三十二丈(96メートル)だと言う。
建築学的には信じられないと思うが、それが事実の様に思ってしまうぐらい出雲大社は凄いのである。麻由子は私の説明に頭の上に?マークをたくさん作って、全く興味がなさそうに「おみくじした~い」と私の手を引きおみくじ売り場に連れて行った。麻由子がおみくじを買ってるのを見ながら、さっきの麻由子のお礼参りと言う言葉をまだ考えている。
「大吉、大吉」と麻由子ははしゃいで駆け寄って来た。「ねぇ、大吉」とおみくじを私の顔の前に突き出して得意満面である。
私が良かったねと言ったら満足して近くの枝に結びに駆けて行った。無邪気やぁ、それに可愛いし、自然に顔がニヤけてくる。余計にさっきの麻由子の言葉が蘇える。でも、あの屈託の無い麻由子の姿を見ていたらどうでもいい気がしてきた。このままでいいと思った。満足した麻由子と再び境内を散策した。
「ねぇ、順ちゃん。神様はあの本殿に集まるの?」と麻由子は質問をしてきた。私は少し考えて「聞いた話で確かかどうかは分からないけど、あの本殿の真後ろに、素鵞社と言う神社があって、そこに集まるんだと聞いた事があるよ。重文なんだって。」「へ~っ、何でも良く知ってるんやね」麻由子は感心した様に頷く。「で、誰を祭ってるの?」と難しい事を聞いてきた。「スサノウノミコト」と私は答え出口に向かって歩いて行った。立ち止まって考えていた麻由子は小走りに走って来て私の左腕にしがみつき指を絡めてきた。
「お腹空いたぁ」麻由子は私の肩に頭をつけて甘えた声でおねだりをしてきた。「出雲蕎麦食べに行こう」と麻由子の手を引いて駐車場に向かった。麻由子は鼻歌を唄いながらラブ繋ぎの手を前後に振りながら、時々私の顔を見たりして、この小旅行を楽しんでいる。
駐車場を出て正面の路地に入って行く。奥の交差点に店があり、その店の裏の駐車場に車を停めた。歩いて表の入り口に二人で並んで歩いて行く。表に薄い緑の暖簾がかかっていている、古そうな小さな店である。昭和初期の開店らしい。中に入ると壁に色紙がたくさん飾ってあり、麻由子は感心しながら、「有名人がたくさん来てるんだね」と言いながら席に着いた。麻由子はメニューを眺めながら何にするか迷ってる。
私はとろろ蕎麦にした。麻由子は迷った末に三色蕎麦に決めた。出雲割子蕎麦は十割で殻も一緒に挽くため黒い粒々が口の中で面白い食感を感じる。麻由子は少し甘めな出汁が気にいった様で、美味しいを連発していた。
蕎麦湯を飲みながら、これからどうする?と麻由子に聞いた。「この辺にまだ観光するとこある」と麻由子は聞いたが、私はあまり詳しくないので少し考えて、確か近くに出雲のお国の墓があるはずだと言うと、「えっ出雲のお国~、行きた~い」と私が食事代の支払いを待ちきれずに、先に表に出て「先に車のとこいく~」と店を出て行った。
店を出て駐車場に行くと、麻由子は鼻歌を唄いながら車の周りをスキップしていた。
車を走らせて数分で目的地に着いた。階段の下にある狭い駐車場に車を停めて階段を上った。階段を上がり終えると小ぢんまりした墓地があった。お国の墓は直ぐ見つかった。古惚けた石が置いてあるだけの質素な墓であった。お国の墓である事を説明している碑が無ければ分からないかも知れない。
麻由子は両手を合わせお参りをしている。墓の周りにはお国を演じた女優の記念碑が奉納されていた。麻由子は参拝を終わると「何か歴史を感じるなぁ」とお国の墓を見つめていた。さぁ行こうかぁと麻由子に声をかけて、私は階段を下りて行った。
車の横で煙草を吸っていたら麻由子が下りてきた。私は煙草を携帯灰皿に処理して、「帰りは宍道湖の北側を通って帰るね」と、時間があるから違う道で帰る事を伝えると、「お任せ~」と腕を後ろで組んで、少し前屈みになりながら私を見つめて言った。車を発進させ、表の大鳥居の方に向けた。
大鳥居の前を過ぎると右手に古い旅館が見える。「あの右手の旅館、竹内まりあの実家だよ」とプチ情報。「ほんとに順ちゃんは何でも知ってるんやね」と笑いながら、私の左頬を人差指でツンツンしてきた。
暫く走ると旧大社駅跡が左手に見えてきた。私はハンドルを左に切って、旧駅舎の駐車場に車を停めて、中を見学して記念写真を撮った。「この駅舎は重文なんだよ。展示されてる蒸気機関車はD51と言うんだよ」と観光ガイドをしっかりと務めた。麻由子は機関車は初めて見た様で凄いね、と興奮気味であった。再び車を走らせ国道431号線を東に向った。景色は9号線とはまた違った牧歌的な景色が続いた。しばらく田舎の風景を見ながら走っていると左に松江フォーゲルパークが見えてきた。麻由子はあれ何?と聞いたので神戸空港の近くに同じのあるやろと教えてあげた。「あぁ、フクロウとかミミズクとかが居る野鳥園かぁ。前に順ちゃんと行ったとこやんねぇ」麻由子は昨年神戸の花鳥園に行った事を思い出していた。
松江フォーゲルパークを過ぎて暫く走ると、今度は右側にイングリッシュガーデンが見えてきた。ここは昔ティファニー美術館があった場所で、前回島根大に仕事で来た時に訪れた事があった。土地契約問題で松江市とトラブルがあって閉館したらしい。麻由子に説明すると「ティファニー?」と不思議そうに建物を車の流れに合わせて見ていたが、あまり興味が無いようである。オーナーは名古屋の人らしいよ、と付け加えた。麻由子はふ~んと順ちゃんほんとに何でも知ってるね、と笑いながら、また頬をツンツンしてきた。
そろそろ松江市内に入る。しんじ湖温泉のホテルが左側に見え始めた。「まゆちやん、もうじき市内に入るよ」と麻由子に言うと一畑ホテルが見えてきた。一畑ホテルが見えたと言うと「やったぁ、宍道湖一周完走」と両手を挙げてバンザイをした。
時計を見たら四時前であった。「松江城に行こうかぁ」と言って、私は431号線宍道湖大橋北詰の交差点を左折し松江城に向った。
「ねぇ順ちゃん」と麻由子が神妙な顔をして「お腹すいた」と甘えて言ったので「じゃ何か食べに行く」と言うと、「ううん、そんなに空いてるんじゃなくて、何か食べたい」とニッコリと笑いながら私を見た。「じゃコンビニでも行く」と聞くと、そんなんはいや、何か他の」と言うので、何が食べたいのと聞いて左右の店を探しながら少し考えて車を殿町の交差点で右折し、細い道に入り山陰中央ビルの交差点を右折し小さな橋を渡って突き当たりを右折、元の431号線に出て「確かこの辺やったと思うんやけどなぁ」と言って右折して車を停めた。肉屋の前である。「え~っ肉屋さん」と麻由子は納得いかない声で何で肉屋なんと文句を言いたそうであった。そうやけど、ここコロッケ屋さんなんやぁと言って「待ってて買って来るから」と車を降りると、麻由子は「いや~ん、私も行く~」とキャキャ言いながら満面の笑みで車を降りて両手を大きく振りながら私を追って来た。二人で店に入ると何人か客がいてコロッケを買っていた。ガラスケースに並んでいるコロッケや揚げ物を麻由子は大喜びで品定めをしている。私は小さな声で「ここのコロッケは絶品やでぇ」と言うと麻由子は、うんうんと頷きコロッケ3個とメンチカツを2個買った。(私のお金で)
買い物を済ませ車に戻り、再び松江城に向った。早速麻由子は「食べていい」と聞いたが「いいよ」と言う前に一口ガブリと口にほうばった。「美味しい~、順ちゃんメチャ美味しい」と私の口にコロッケを一口大に分けて入れてくれた。「うん、やはりここのコロッケはうまい」と言ってる間に二個目を口に入れていた。かなり気にいったみたいだ。麻由子はコロッケが大好きで、ドライブに行った観光地や繁華街で必ずコロッケを探す。これで私の点数も少しは上がったかなと・・。
松江城の駐車場に車を停め、三個目のコロッケをお持ちになり城の周辺を散策した。「順ちゃんも食べる」と聞いたが、私はいらないと言うと「調子悪いの?、疲れてるの?」と心配そうに聞いてきた。「そんなこと無いよ今はいらない、まゆちゃんが食べて」と言うと、パクッと三個目をお食べになった。
「う~、満足。美味しかった。順ちゃんなんであのコロッケ屋さん知ってるの?」と麻由子はカバンから濡れテッシュを出して口の周りと手を拭きながら聞いた。
以前島根大に来た時に大学の研究員に聞いて買いに来た事があるんだと言うと、「そうなんやぁ」と納得していた。「メンチカツはどうするの?」と聞くとお夜食になさるそうだ。松江城の堀を舟で周遊する事も出来るそうだがもう遅いから無理だからと言って駐車場に戻った。「まゆちゃん、今夜何食べたい?」と聞くと「松江らしいものが食べたい」と言って私にお任せらしい。私は携帯を取り出し、電話帳を開き一軒の店を選択して電話をした。「今夜はまだ席はあいてますか?」と聞いて、二人分なら空いてると言われ6時に行くと予約して電話を切った。私は麻由子に指でオーケーのサインをして席が取れたと伝えた。「順ちゃんはどこの町でもお店知ってるんやね」と感心していた。
車に乗り宍道大橋南を左折してホテルに戻った。車をホテルの駐車場に停めて部屋に戻ったら5時過ぎであった。
麻由子は部屋に入って化粧直しを始めたので、私はトイレに行き、窓際の椅子に座り煙草を吸った。麻由子は鼻歌交じりに念入りの化粧直しである。この化粧でいつも遅刻する、いわくつきの行動である。三十分もかかってしまった。「行くよ」と麻由子を急かしホテル玄関でタクシーに乗り「川京」と告げた。
タクシーはホテルを出て右折し松江駅の前を通り、次の大きな通りを右折して大江大橋を渡って一筋目を右折して停車した十分程度であったか直ぐに着いた。川京の看板が上がっている。麻由子が支払いを(私の財布から)済ませるのを待って一緒に引き戸を開け中に入った。十人程度で満席になる小さなカウンターだけの店である。既に八席程埋まっていてエル字のカウンターの直角の位置に二席空きがあった。麻由子を左側に座らせ私も席に着いた。先客の人達は少し前に来た様で、料理が次々と運ばれて行く。女性客は出された料理に歓声を上げながらビールや焼酎のカクテルなどを食べたり飲んだりしていた。カウンターの中から女将さんが、来店の挨拶をして、お酒は何にするかと聞いた。私は李白の冷やを二つと言って、麻由子に何が食べたいかと聞いた。麻由子は店の雰囲気がかなり気にいった様で、「順ちゃんに任せる」とニッコリ笑った。私はお酒の用意をしている女将さんに「鰻のタタキ、鱸の奉書焼き、手長海老の唐揚げ、それとシジミの酒蒸しと伝えた。
女将さんは了解して、料理は少し待ってくださいね、と言いながらお酒と突き出しを置いてくれた。グラスを持ち麻由子と乾杯をした。やはり李白の冷やは美味い。と麻由子を見ると呑まないで私の顔を見てる。笑顔が消え拗ねてる様にも見える。どうしたと聞くと、「私は罠に填められたぁ、順ちゃんコロッケ食べへんかったん分かったわぁ。」と口惜しそうに私を見て詰り始めた。
「鰻のタタキってなに~?」とキツイ声で地団太を踏んでいる。私は笑いながら李白を呑んでいると、女将さんが「貴方の横の方が今食べてるでしょ」と笑いながら麻由子に説明してくれた。それを食べてる女性たちは、美味しいよ、と言って笑顔で麻由子に油を注いでくれた。「いや~ん、お腹空かして来る」と立ち上がるのを制して、時間はたっぷりあるからゆっくり食べたらいいやん、となだめるのに大変であったが、女将さんや他の客達は大きな声を出して、微笑ましく笑っている。麻由子は冷静さを取り戻し李白を呑みながら、みんなが食べてるのを観察している。
私は李白をお変わりして、三杯目を呑んでる時に、鰻のタタキが運ばれてきた。女将さんは「はい、お待ちどう様」とニッコリ笑って麻由子の前に置いてくれた。
「わ~い、やったぁ」麻由子は大喜びでジッと感激して見てる。「食べてごらん」私は麻由子を促して食べるように薦めた。麻由子は少しだけ摘んで、そっと口に運んだ。「ウマイ!」「メチャ美味い」続けて何口か食べて李白で口を洗う。周りのお客も良かったねぇとニコニコしてワイワイと盛り上がっている。次に鱸の奉書焼き、そして手長海老の唐揚げ、最後にシジミの酒蒸しが運ばれるともう大変である。キャ~キャ~言っては食べて、食べてそして李白で洗う、を繰り返している。厨房の奥からご主人が「そんなにうまいか」とぶっきら棒に麻由子に聞いた。「うん、美味しい~」と麻由子。「どこの娘だぁ、関西か」麻由子は「京都~」ともう止められない。アクセル全開である。周りに居たお客は「えっ京都~、いいなぁ、憧れるよぉ」ともう皆でワイワイ大盛り上がりである。ご主人はカウンターから出てきて、入り口を開け、暖簾を仕舞ってしまい、「今日はもう閉店、客は入れないから楽しくやりましょう」と店を閉めてしまった。女将さんは珍しいとか初めてだとかニコニコしていた。
この店のご主人は、かなりの変人で、めったに客と会話をする事はないらしい。
それからは、東京から来た女性達や横浜から来ていた親子、米子から来た若夫婦、それぞれが話題を提供しながら会話が弾む。ご主人も昔話をしたり、女将との馴れ初めを話したり、もうもう大変であった。私が宮古島から来た事を話したらもう絶叫で、それに追い討ちをかける様に麻由子が「このおじさん恋人やねん」と言った時が最大のボルテージであった。最後に、皆で記念写真を撮って9時にお開きとなった。それぞれタクシーを呼んでホテルに帰って行った。私も麻由子を連れてタクシーに乗りホテルへと帰った。
麻由子はタクシーの中で楽しかった、の連発である。
ホテルに着いて部屋に入っても麻由子はご機嫌であった。私はジャケットや、靴下を脱いで窓際の椅子に座り一息ついた。
麻由子もトイレから出てきてベッドに足を投げ出して座り、「楽しかったねぇ」とまだ余韻を楽しんでいる。私は久しぶりにたくさん日本酒を呑んで、まったりとしている。麻由子はむくっと起きて「お風呂入る」と言って服を脱ぎ始めブラも外して下着だけになった。(うすいグレーのヒモパンであった)その下着姿を見て、「あっ下着買うの忘れたぁ」と私は言って、仕方ない明日買うかと下着姿の麻由子に笑って言った。
「ほんまやぁ、すっかり忘れてたねぇ」麻由子もニッコリ笑って、お風呂入ってくると言ってバスルームに行った。私は上の空で「あぁ」と言って煙草に火をつけたが、もう一ヶ所火が付いてる場所があるのに気がついたが、大きく深呼吸して消火した。私は明日麻由子が敦子に会って話をすれば、この魅力的な旅も終わりだと考えていた。チョッピリ寂しい気もしている。私は麻由子の事をどう考えているんだろう。麻由子は「恋人」と言うがあまりにも歳が離れている。テレビをつけてニュースを見ていたら睡魔に襲われ少し寝ていた様である。麻由子がバスルームから出てきた。バスタオル一枚である。「順ちゃんも入ったらぁ」と鏡の前に座り、髪を梳かしている。うん、と私は言ってバスルームに向かった。私は湯舟の中で座り、温いシャワーを頭から浴びた。心地良い酔いと、麻由子への思いとで身体がリラックスしていてシャワーが気持ち良かった。
お酒はやはり楽しく呑むと薬になるらしい。体調も良いし気分も良好である。しっかりと身体を温め湯舟から出たら、浴衣を持って来てない事を気が付いた。下着は洗ってしまったし、私は麻由子を呼んだ、何度か呼んだが返事がない。私はそっとドアを開けて部屋を確認すると、麻由子は寝ていた。私はバスタオルを巻いて部屋に入り、浴衣を取ってまたバスルームに戻った。浴衣に着替えて部屋に戻り、下着を干して麻由子を見るとぐっすりと寝ていて小さく寝息が聞える。やはり疲れもあるし、お酒も呑んだから眠たかったのだろうと思った。私は静かに歩き窓側の椅子に座り煙草に火をつけ、大きく煙をはいた。少し首を回し首筋を解したりして、水を少し飲み、空いているベットで寝ることにした。
何時だろう良く寝た。微かな音で目が覚めたのだが、部屋の中で鳴っている。その音を探しにベットから出て、麻由子のショルダーを開けて中を見ると、麻由子の携帯が鳴っていた。私は携帯を取り出すと麻由子を起こし、携帯を手渡した。麻由子はまだ目が覚めてない様で状況が理解できてないようである。私は椅子に座り煙草に火をつけていると、携帯と格闘していた麻由子がやっとボタンを押して電話に出た。「あっ敦子~、おはよう」電話は敦子だったようだ。私は時計を見た、8時過ぎであった。カーテンを開けると陽が差し込んできた。外はもう通勤が始まっている。麻由子は分かったと言って電話を切った。「順ちゃん、おはよ」麻由子は目をこすりながら半分布団に入って座って私に朝の挨拶をした。私もおはようと言い麻由子を見たが、麻由子の上半身は何も付けてない。しっかりと割と大きな形の良い胸が全開である。
アカン、たぶん下も何も着てないことは簡単に想像できる。私は朝から元気のいい一部に冷静になれと脳中枢にある指令所から指示を出し続けるのであった。
昨晩シャワーをしてそのまま寝たようである。私は麻由子に背を向けたまま、「まゆちゃん、何か着た方がいいよ」と言ったが、麻由子は「いやぁ、もう少しこのままでいるぅ~」とベッドに潜り込んだ。
私は「好きにしなさい」と言って煙草を消しシャワーをしてくると言ってバスルームに向った。「早く準備をしなさいよ」と言うと、「は~い」と麻由子は機嫌よく返事をしていた。少し温めにして湯舟に座り、頭からシャワーを浴びて先程の麻由子の上半身の姿を消し去ることに集中した。ふ~っと息を抜き心の落ち着きを取り戻したその時、バスルームのドアが開き麻由子が入ってきた。「順ちゃん、私も入る~」と言ってバスルームのカーテンを開けて湯舟に入ってきた。私の後ろに座り足を広げて私を挟む様に前に投げ出し、後ろから抱き付いてきた。「おいおい、駄目だよ、じゃ私は出るから」と言ってシャワーを止め様とすると、「いやぁ~一緒に入る」と言いながら、頭からシャワーを浴びて「あぁ気持ちいい~」と言ってピッタリと私の背中に胸を押し付けてくる。私はこれはマズイと思い、挟まれている身体を起こし、そのままの状態で立ち上がり、シャワーヘッドを広角にして麻由子にしっかりお湯が当たる様にしてやり、下を向くと私の一部はとても元気で、どうしょうと考えている油断が、まずかった。麻由子は、後ろから私の腰を持って「えぃ」と向きを変えられてしまったのである。クルリと意図も簡単に私の身体は麻由子の方を向いてしまった。座っている麻由子の顔の辺りに私の元気のいいモノが露になってしまった。「いや~ん、立ってるぅ」麻由子は満面の笑みで私の元気のいいモノを手で触り、口にもって行こうとしたので、私は慌てて「駄目」と言って湯舟を出た。バスタオルと浴衣を持って急いでバスルームを出て行った。バスルームを出ると、頬を2,3度叩いて我に返り身体を拭いて急いで着替えた。
シャワーを浴びている麻由子に「ラウンジでコーヒー飲んでるから、用意出来たら来なさい」と言って煙草と財布を持ち、部屋を出て行った。ドアを閉める時に「は~い」と言う返事が聞えた様な気がする。私はもうそれどころではなく、あたふたと廊下をエレベーターに向って歩いていった。ロビーでは何人かの宿泊者がチェックアウトの手続きをしていた。私はラウンジに行き、アイスコーヒーを頼んだ。冷たいアイスコーヒーを一口飲み、少し冷静になった。
危ないとこだった。理性がなければ、今頃私の元気のいいモノは麻由子の思いのままにされていたと思うと、残念な気持ちも少しはあった。やはり麻由子は私の事を恋人と思っているのだろうか。そんな事を考えながらフロントに行って時刻表を借り席に戻った。ページを捲りながら、敦子が10時半に来るなら昼から京都に帰れるなと考えて、お昼過ぎの岡山行きの列車を調べてみた。13時01分発の特急やくも18号があった。岡山に15時38分着だ。岡山から、16時03分発ののぞみ180号に乗り継げば、17時07分に京都に着ける。麻由子が敦子と会っている間に松江駅で切符を買えばいいなと考えて、煙草に火をつけ時計を見ると10時過ぎであった。
やっと麻由子がやって来た。今日はオレンジのTシャツに金色のティアラがプリントされている、それと黒の細身のズボンである。眼鏡の奥から光ってる大きな瞳が印象的だ。
「おはよ」と言って私の向かいに座った。
ホットコーヒーを頼み、「何で放っていったん。洗ってあげたのに~」少し膨れた顔をして言った。「常識やろ、僕達はそんな関係じゃないやろ」私は少し苦笑いをしながら行った。「ウソ~、私は恋人やと思ってたのに~
違うの?」と先ほどより膨れていた。
「えっ、僕達はキスもしてないんやでぇ」
私は1時過ぎの列車に乗るからと話題を変えて、その列車で京都に帰るからと麻由子に伝えた。麻由子はまだ不満そうな顔であったが、「うん」と返事をして、運ばれてきた」コーヒーを飲んだ。
私は麻由子に、敦子と二人だけの方が話しやすいだろ。と言って、部屋に戻っているからと鍵を麻由子から受け取り、12時半過ぎにはホテルを出るからね。と言って私は麻由子を残して部屋に戻った。
麻由子はわかったと言って手を振っている。少し機嫌が治ったようだ。
部屋に戻り、室内を整理しゴミを集めてゴミ箱に。麻由子の荷物を整理して、窓側の椅子に座り煙草に火をつけた。「恋人なんやぁ」と独り言を言って、ニッコリと笑っている私がいた。少し寝ようと椅子に座ったまま足をベッドに置いて目を閉じた。
4月17日土曜日、宮古島は快晴であった。
風もないし、海も凪であった。4月の中旬水温も上がり始め絶好のダイビング日和である。研究所の前の桟橋では、亀本が若い研究員とエアボンベやジャケット、その他の荷物を舟に積み込んでいた。女性達は船室の掃除や整理をしている。吉田は何もする事がなく、みんなの作業を見守りながら研究所の壁にもたれて煙草を吸っていた。
今回のメンバーは、事務長の吉田、施設長の亀本、設備の冨田、事務の朋子、安子。それと研究員の研ちゃんとビル、由美子と美津子である。スタッフ全員で9名、それと今トミーが迎えに行ってるゲストが6名で総員15名である。船は55フィート、台湾にも行けるブルーアンカーである。
研究所には船が3隻ある。今日ダイビングに行く「ブルーアンカー」と、木曜から無断で所長が使用して那覇港に停泊している高速クルーザー「ドラゴン」それに外洋調査船「八重干瀬」である。あと二人乗りの水上バイクが4隻ある。
亀本、トミーはインストラクターで、ビル、研ちゃん、由美子に美津子もマスターダイバーである。もちろん、朋子も安子も国際ライセンスを持っている。吉田も宮古島の研究所の事務長に就任した時に宮古島でライセンスを取得している。私は大学時代二十歳の時から潜っている。当時はライセンスは無かったし、特別な趣味でもあった。私はライセンスなどいらないと言っていたが、麻由子と付き合い始めて還暦前に麻由子と一緒に京都で取得したのである。
今回のゲストは万全なサポートが約束されているわけで、楽しいダイビングが出来ると思う。
研ちゃんが、のんびりとみんなの作業を見ていた吉田の所へ来て横に座り「いい天気ですねぇ」と少しまぶしそうに吉田に言って煙草に火をつけた。
「だよねぇ、今日はのんびり出来そうだ」と笑いながら答えた。「所長もいないしのんびりだ」と久しぶりに楽しそうである。
研ちゃんは「所長また京都に行ったんですって」と吉田に言った。吉田は「あぁ」と頷き
苦笑いした。「そう言えば昨日京大の友人から京大の教授が行方不明になってるとメールがきてましたよ。警察に届けを出して捜索してるんですって」と研ちゃんが言うと、吉田は、そうなんだと言って、何か問題でもあったのかと聞き返した。「何でも松江に行くと言って大学を出たらしいんですよね。松江って島根県でしたよね」。えっと吉田は少しビックリした顔をして、所長の顔を浮かべた。
「偶然だと思うけど、所長今松江にいるんだよね」と小さな声で言った。研ちゃんも、凄い偶然ですよね。と声を落として答えた。
「研ちゃん、この事はみんなには内緒な。みんなそんな話大好きだから」と笑いながら言うと、研ちゃんは、笑いながら指で丸を作りオーケーサインをした。
トミーがゲストを連れて桟橋に着いた。吉田と研ちゃんは、トミーに手を振り、一緒にいるゲスト達は軽く会釈をして、笑顔で歩いている。奇麗な海とか、大きな船とかキャキャ言いながら桟橋の方へ歩いて行った。トミーのエスコートはさすがである。吉田もニコニコしてそれを見ている。
横に座っていた研ちゃんが「そうだぁ、事務長に聞きたい事があるんですが」と少し遠慮ぎみに口を開いた。「なんだい、聞きたい事って」吉田は笑顔で答えて、研ちゃんの顔を見た。「所長って、刑務所に行った事があるんですって?」と吉田に聞いた。
「あぁ、そうだよ懲役三年」と即座に吉田は答えた。
「やはりそうなんですか。あの温厚な所長が刑務所なんて、何の罪なんですか?」吉田は笑いながら、「う~ん、罪名は詐欺なんだけど、ある事件に巻き込まれて最後に自分で責任を取って罪を一人で被ったらしいんだ」
「事件の当事者達は家庭があり、子供も幼く、それを守るために単独犯だと頑なに言いはって、罰を一人で受けたらしいんだよ」「私もびっくりしたんだが、所長の意志は固く弁護士も解任して何も反論しなかったんだよね。京都拘置所に面会に行った時に、所長はかなり痩せていてね痛ましい程だった。」と吉田は言った。
「当時、所長には婚約者が居たんだけど、逮捕されて一週間後に弁護士を通じて婚約解消を伝えて来たらしいんだ。その時に所長は全ての気力や意欲を失くしたらしいんだ。それで弁護士を解任し完全に無抵抗になったみたいだよ。」と吉田は一気に話した。
「そうなんですかぁ。じゃ、無罪とかの可能性もあったんですよね」と研ちゃんが聞くと「うん、無罪かどうかはわからないけど、所長が真実を話していたら、起訴猶予とか不起訴とか、仮に判決を受けたとしても、執行猶予にはなると未だに思ってるよ。」
「出所した時、私は何も聞かなかったけど、あの繊細な所長が三年もの間刑務所にいたのは、想像出来ないくらい辛かったと思うよ」と吉田は話を続けた。
「婚約者の事も私は頭に来て、冷たい女だと所長に怒ったんだけど、所長は笑いながら、二つのタイプがあって、待てる女性と、待てない女性があると、どちらも正論でどちらも誤りではないと。彼女は待てなくて犯罪者とは一緒には暮らせないと自分を守っただけだなんだ、だから恨む事も嘆く事もないんだと言って悟った様な言い方するんだよね。私は口惜しくて納得いかなかったけど所長の事を考えてそれ以上、何も言わなかったんだけど所長は三年間相当苦しんだと思うんだ」そんな答え方が出来る様になるまではね。と吉田は思い出す様に研ちゃんに話した。だから、再婚も恋愛もしないんだと言って、かなり寂しい生活をしてると思うよ。話終えると、研ちゃんは「凄い人生ですよね、だから地味な研究も忍耐強く出来るんでしょうね」と関心して「やはり、尊敬できます」と研ちゃんが言うと、「同感だね、私も所長の事は尊敬してるよ、それに、スタッフ全員所長を尊敬してるしね」と笑って研ちゃんを見て、二人でまた笑った。
トミーが出発しますよ~と呼びに来た。二人は腰を上げて「さぁ、今日は楽しもうぜ。」と大きな声で言うと、「はい」と大きな声で研ちゃんは答え、二人で小走りにブルーアンカーに向かった。
ブルーアンカーは総勢15人を乗せて研究所の桟橋を出発した。左に来間島が見えてくる正面にはその来間島と宮古島を繋ぐ来間大橋が見えてきた。この橋は宮古島道だが、建設当時は農道であった。1995年3月に完成し、1690メートルで農道では日本一の橋である。橋の下にはパイプラインが併設されていて、水や電気を宮古島から来間島に供給している。
来間大橋の下をくぐり、右手に前浜が見えてくる。前浜の横にはリゾートホテルがあり、前浜の白いビーチと併せて宮古島の観光スポットになっている。トミーが大きく手を振っている。前浜にあるホテルのビーチに昔の仲間がいたのだ。トミーはこのホテルのマリンレジャー担当であった。ブルーアンカーはこの島では知られている。前浜のビーチを過ぎて平良港を右手に見ながら池間大橋に向かって行く。平良港には、所長の白のBMWミニクーパーが停まっている。やはり、船で那覇港に向かったんだとみんなは顔を見合わせて無言で笑っている。
池間大橋が目前に見えてきた。池間大橋の宮古島側に白い風力発電用の風車が見える。2機あったのだが、数年前の台風で1機は根元から折れてしまい、残りの1本も羽が無くなっている。観光客は面白い灯台ですねと必ず言うのが、当たり前になっているのが可笑しい。池間大橋の中央を慎重にくぐり、右手に大神島を見ながら、本日のポイント八重干瀬に向かう。
八重干瀬は(現地ではヤビジと言う)南北17キロ、東西7キロの広大な珊瑚礁である。
旧暦の三月三日の大潮では、島の様な珊瑚礁が現れるのでも有名である。ダイビングスポットとしては、国内でも上位に入る素晴らしいポイントである。亀本はデッキの上の繰舵席で軽快に船を操っている。デッキからの景色は最高である。海の色が青色のグラデーションに変わるのが一目で見ることが出来るし、波の上を渡って来る風を存分に感じ、毎回違った感覚を感じる。亀本はスロットルを押してスピードを上げていく。風が強く身体に当たり始め、白波が立ち、水しぶきが飛んで来る。
下のフロアに居てクルージングを楽しんでた6人のゲストに上のデッキに上がる様に吉田は薦め、トミーを呼んでゲストを迎えに来させた。6人のゲストはデッキへの梯子を登って行き、操舵席の前の長椅子に座った。下のフロアとの景色や臨場感の違いに歓声を上げている。由美子と美津子は舳先の安定している場所に陣取り波しぶきを受けながらワイワイ騒いでいる。皆楽しそうである。吉田は船尾の椅子に座り流れて行く、スクリューで作る白い波と泡を見ながら、所長も一緒なら良かったのにと思いながら煙草を吸っていた。
周囲の海原を見渡し時計を見て40分程経っている。そろそろかなと思っていると、トミーがデッキから降りてきた。「事務長、亀さんが今日のポイントはエメラルドガーデンとホワイトシティーに行くそうです。」と報告に来た。「そう、今日は6人だし、人数も多いから良いかもね」と答えると、またデッキに上がって行った。吉田は煙草を消し、もう一度周囲を見渡した。島影も船影もないけど
何となくもう時機だと思っていた。
トミーがまた下りてきた。「事務長、もう着きますエメラルド」と言って、腰にウェイトベルトを巻き始めた。マスクを着けて、フインを装着しロープの端を持って船尾のデッキから足を外に出して準備を完了した時に、上のデッキからビルが下りてきて、トミーのアシストの準備をしている。トミーは上の操舵席にいる亀本に「亀さんオーケー」と大きな声で合図を送った。ビルもロープを持って準備している。船は微速になり、前進、後進を繰り返している。亀本の腕の見せ所である。何度かそれを繰り返し亀本は「トミーここだぁ行け~」と大声で指示を出したと同時にトミーは海に飛び込み、そのまま海底に向かって行った。ビルがロープをどんどんと送り込んでる。トミーは海底の岩に固定している船を固定するためのアンカーロープの輪に持って行った船のロープを通して来るのである。
(基本的には珊瑚礁では、アンカーは珊瑚の保護のために打たない)
そうすると船は、安定して停泊出来るのである。水深は5~6メートル、場所によっては10メートルもある。直ぐにトミーは上がって来た。手にロープの端を持っている。そのロープをビルに渡し、ビルは急いで引張って船の上にロープの輪を作って行く。
トミーは船に上がり、フインを取って、ベルトを外し、ビルと一緒にロープを手早く引いていく。引き上げたロープを隅に丁寧に収納しロープを固定した。ブルーアンカーはピタリと八重干瀬に停泊した。すると今まで波で良く見えなかった海の中が水族館の様に澄んで見えて来た。下のフロアに降りてきたゲスト達は絶叫に近い歓声をあげ、八重干瀬の美しさに驚いていた。エンジンを停止し亀本や他のスタッフが下に降りてきた。「亀さん、さすがだね」と吉田が言うと「毎度の事ですから」と笑いながら謙遜している。
6人のゲストはまだ海底を覗いている。みなライセンスを持っているから初めてのダイブではないのだろうが、八重干瀬は初めてだから珊瑚礁のスケールにビックリしているのだと思う。
亀本を先頭にスタッフ達が機材の準備を始めた。朋子、安子、由美子、美津子は自分の準備を先に始め、研ちゃんとビルがゲストのスーツを着る手助けをしている。順番にジャケットにエアボンベを取り付け、エアの確認をして、マスク、シュノーケルを着け、ウエイトベルトを装着し船尾に集合してフインを足に取り付け準備完了。女性スタッフはそれぞれ準備出来た者から海に飛び込んで行く。ジャケットに少しエアを入れて浮いて待っている。
亀本とトミーは短パンにTシャツでボンベを背負って先に下で待ってるからと言って海に飛び込み海中に消えていった。女性スタッフも海中に消えて行き、海中にセットしたガイドロープの途中で待っている。ビルと研ちゃんは6人のゲストを次々とガイドロープの途中に待機してる女性スタッフに引継ぎ研ちゃんが最後の一人を連れて潜って行くと、ビルが吉田に準備オーケーですから、事務長も来てください。と言って海中に消えた。
吉田は足を前後に大きく広げジャイアントスタイルで海に飛び込み、一気に海底へと向かった。水深は10メートルぐらいで、珊瑚礁の間にある砂地で全員待機しているのが見える。吉田が到着してから、亀本は指で合図を出し、ポイントに向かって泳いで行く。
スタッフはそれぞれゲストの横に寄り添い亀本の後に付いていく。何時見てもこのポイント、エメラルドガーデンは、名前の通り太陽の光でエメラルドの様に美しく透明度が高くそれに魚もたくさんいて、モンガラカワハギやフタイロハナダイ、ナンヨウハギなどが群で泳いでいて圧巻である。ほんとに素敵だと吉田は思いながら、今日は楽しもうと思っていた。
私は良く寝た様である。大きな欠伸をして時計を見た。12時である。「あっ、もうこんな時間、切符買うの忘れたぁ」周りを見渡したが麻由子はいない。まだ帰って来てないのだろうか?まだ敦子と話をしてるのだろうか。そう思いながら麻由子に電話をした。私はえっと思った。麻由子の携帯がドライブモードになっている。
どう言う事?私は慌てて1階のラウンジに向かった。
ラウンジには何組か客がいたが、麻由子は居なかった。奥にあるレストランにも行って見たが、そこにも麻由子の姿は無かった。
「外に出て行ったのかなぁ?」と考えながらフロントにいき、麻由子の事を尋ねた。女性のスタッフは、「お待ちください」と言ってフロントの奥にある事務所を覗きこみ、上司を呼んだ。呼ばれて出てきた男性のスタッフは「島崎様ですね」と確認し、そうだと答えると、「伝言を預かっております」と封筒を渡してくれた。私はそれを受け取り、フロントを離れ、封筒の中のメモを読んだ。
「順ちゃん、敦子と一緒にお父さんに会いに行ってくるね。部屋に戻って順ちゃんに伝え様と思ったんだけど、良く寝てたから起こさないでメモをフロントに預けておきました。心配しないでね、12時までには帰るから。麻由子」私はメモを読み終えて、敦子の父親に会いに行ったのか。それに12時までに帰ると書いてあるし、暫くここで待っていようとラウンジに行きアイスコーヒーを頼んだ。煙草に火をつけながら、何でドライブモードなんだろうと考えてみるが意味が良くわからない。知らない町での運転はしないと思うし、間違えて設定ボタンを押したのだろうかと頭の中で整理をしていたら、12時半になっていた。
もう一度麻由子に電話してみる。やはり、ドライブモードである。おかしい、何かあったのだろうか。私は部屋に戻り麻由子の荷物を調べた。財布やカバンもある、ジャケットもクローゼットに掛けたままだ。鍵は私が持っているから部屋に入るのは無理だし、でも全く連絡が無いのは何故だ?麻由子の性格からして、連絡が無いのは絶対におかしい。
財布があるのだから遠くに行ったとは考えられない。ましてや敦子も一緒なのだから。
私は寝込んでしまった事を悔やんでならなかった。
麻由子に何かあったら私の責任だと、イライラしながら考えた。椅子に座り、メモ用紙を取り、今までの敦子の情報を纏めてみた。
①敦子が4日前から連絡が取れない。
②敦子から連絡があって、敦子の父親が一間前から行方不明。敦子は松江にいると言っていた。行方を聞きに何処かの施設にも行ったらしい。
③父親は京大の友人と松江で会ってる。
④昨日、浜田市の実家にいると連絡が取れて今日会う事を約束している。
⑤今朝敦子から連絡があり、今日の10時半にホテルで会う約束をしている。
そして、敦子は麻由子を連れて父親に会うと言ってホテルを出た。
全く原因が分からない。それに敦子の父親がどんな理由で姿を消さなければならないのか
、京大の友人の教授がそれにどう関係しているのか。敦子は何を知ったのか、何故一人で父親を探しているのか。すべてが謎だらけである。
時計を見たら15時半であった。このホテルは土曜まで宿泊予定にしてあるから問題はないし、レンタカーも、日曜日までの契約である。問題はこれからどうするかである。
麻由子は何処に行ったのか、何か事件にでも巻き込まれたのか。私はかなり動揺しているのがわかる。責任を感じている。連絡が全く無いのは異常なのである。
私は、「そうだぁ」と、麻由子の携帯は電源が入ったままだ。GPSだと閃いた。
前に麻由子とお互いの位置を知らせる事を設定しようと、お互いの携帯電話にGPS機能を設定し、そのまま設定は継続しているはずである。直ぐに携帯電話会社の役員をしている友人に電話をした。事情を話し、相手の応答を確認なしで位置を特定して欲しいと伝えると、5分後に私の携帯に麻由子の位置を送信すると協力してくれた。通常は相手の承諾が必要で、承諾が無ければ位置は確認出来ないのだが、緊急性を伝えて特例を認めてもらったのだ。
暫くすると私の携帯に地図が表記された。境港である。私は携帯電話会社の友人に確認出来たと告げ、礼を言って電話を切った。私は、麻由子のショルダーを持って急いで駐車場に行き車のナビの電源を入れた。携帯に表記されている場所を打ち込んでナビのスタートスイッチを押してナビの指示通りに車を走らせた。
40分程度かかるとナビは表示している。私はかなり動揺し焦っているのか、珍しく車の中で運転しながら煙草を吸っている。こんな事は初めてである。緊張しているのか、煙草を持つ指が震えている。麻由子の無事な姿を見るまでは、きっと収まらないと思った。
まるで公道レースの様に車を走らせ、カーブはドリフトで抜けて行く。中海の道路をアクセルベタ踏みであった。信号も上手くすり抜け江島大橋に25分で着いた。ナビでは、かなり近くなっている。大手のスポーツメーカーの工場を左折して運河に出た。ナビは目的地近くと告げている。車のスピードを落としながら周囲の建物を探る様に車を進める。古いビルの前でナビは目的地到着と告げた。
車を運河沿いに停め、エンジンを切った。目の前に古びた2階建ての事務所の様な建物が見える。私は車を降りてトランクを開けた。工具入れからスパナと軍手を取り、ゆっくりとトランクを閉める。軍手をはめて事務所の前に行きドアのノブを回してみる。鍵がかかっていた。建物の右側に路地がある。私は慎重に少し緊張しながら路地を建物の裏手へと回る。裏口があった。ドアのノブをそっと回す、やはり鍵がかかっている。木製の合板ドアで雨風でかなり傷んでいる様だ。私はドアを斜めに押したり引いたりしてみた。鍵の部分が腐っていて取れた。(器物破損)マズイと思ったが仕方ないと思い、そっとドアを開ける。暗い廊下が見えている。スパナをしっかりと持ち直しゆっくりと廊下を進んでいく。(不法侵入)表側の部屋に出た。事務所の跡らしく机や椅子が雑然と並んでいる。
右手にコンクリート製の階段があった。部屋の床を目を凝らして見回すと、足跡がたくさん残っているのが確認できた。足跡は二階に行く階段に続いていた。私はそっと足音をさせない様に階段を一歩ずつ慎重に登っていく。二階には部屋が3室あった。
先ず手前の部屋のドアを開けてみる。何もない部屋であった。続いて次のドアを開ける、椅子とテーブルがあるだけであった。この建物ではなかったのかと思いながら奥のドアを開ける。鍵がかかっていた。おかしい、この部屋だけ鍵がかかってる。私はドアに耳を当て中の様子を窺った。何も音がしない、何もないのか。私は携帯を出して麻由子の番号をリダイアルしながら、ドアに耳を当てた。微かにバイブの音がして切れた。やはりここに居ると確信して、階段まで戻り、この建物に誰も居ない事を確かめて奥の部屋まで戻り、体重をかけてドアに体当たりをした。ドアは二度の体当たりで開いた。部屋に入ると隅に麻由子が縛られ横になっていた。私は急いで駆け寄り麻由子の口に貼られたガムテープを外し、息があるか確かめた。
弱いけど確かに息をしている。生きてたぁ。
安堵感と緊張が交錯して足が震えている。直ぐに我に返り手と足のロープを外して声をかけた。「まゆ、まゆ「身体を揺すっても目が覚めない。薬を嗅がされているのだろう。
私は麻由子を背負い部屋を出て階段に向かった。階段の上から下の部屋の様子を確認し、安全を確認してから、ゆっくりと慎重に下りて裏口へまわり外に出た。
路地を歩き、表通りまで行き、左右を確認する。車の通行もない、誰もいない。それを確認して、車のキーを車のドアに向けてドア解除のスイッチを押す。ドアは開きもう一度左右を確認して、道路を麻由子を背負ったまま車まで走る。リアのドアを開け、麻由子を押し込むと運転席に乗り込みエンジンを駆けて、取り合えずは人がたくさん居そうな場所まで車を走らせた。何処をどう走ったのか良くわからないけど偶然にも9号線に出た。
暫く走ると大きな駐車場のあるコンビニがあったので車をそこの駐車場の一番奥に停めた。
その瞬間、力が抜けて脱力感を感じた。
ふ~っと息を吐き軍手を外し、煙草に火をつける。
麻由子を無事に救出出来た事と、愛する女性を守れた事の安堵感が一気に襲ってきた。私はコンビニに行きハンドタオルと水を買ってきた。ハンドタオルを水で濡らし麻由子の汚れていた顔や手を優しく拭いてあげた。麻由子は気がつき薄目を開けたが、まだ焦点が合って無い様で、また目を瞑った。私はまたハンドタオルで顔を拭き、ハンドタオルをもう一度冷たく濡らし、麻由子のおでこに乗せてあげた。麻由子は再び目を開け何か私に言いたそうであった。「順ちゃん」と今にも消えそうな小さな声で私の名を呼んでいる。
私は涙が出るかと思うぐらい安堵感と麻由子の無事が嬉しくて「うん、うん」と、それしか言えない状態であった。麻由子は、何か言いたそうで、虚ろな目をして必死に話そうとしている。私はこれ以上無いと言う優しい顔と声で「どうしたぁ、どこか痛いの?何か欲しいの?」と聞いた。私は耳を麻由子の口に近づけ聞き取れない声を聞こうと神経を耳に集中した。麻由子は微かな声で言った。「順ちゃん、おしっこ!」「はぁ~いぃ」
私は声が上ずって語尾がかなり上がってしまった。私は真剣に怒ったが、そこは大人、冷静に「取り合えづ歩ける?」と聞いたが、頭を横に振って甘えておられる。
「ふふっ」とニッコリ笑っている麻由子を負ぶって、車のドアをロックしコンビニに入った。「すいませ~ん」と店員に声をかけて、「トイレ借りま~す」店員は「どぉ~ぞ」と許可をもらい、足が悪いので介護で一緒に入ります、と言って麻由子を背負ったままトイレに入った。麻由子に終わったら、ドアを叩いて知らせてね。と言ってトイレを出た。
丁度店内には他の客は居なかった。私はナゲットとコーラを買った。
トイレから麻由子の「終わったぁ~」と元気のいい声がした。麻由子を背負って、手を洗わせ、ペーパータオルを取ってやって手を拭かせた。「エィ!」と麻由子は使い終わったペーパータオルを丸めて、ゴミ箱に投げ入れた。「いいかぁ」と麻由子に聞いてコンビニを出た。車まで麻由子を背負って歩いていると、麻由子が顔を私の首筋に押し付けてきたり、腕をマフラーの様に私の首に巻きつけ、安心しきっているのが背中から伝わってくるのがわかる。車の後部座席にドアを開けて座らせると、前がいいと自分で後部座席から助手席に這う様にして移った。
麻由子にシートベルトをしてやった。「大丈夫かぁ」と聞くと、麻由子は薬の効力がかなり薄れてきた様でかなりしっかりしてきている。「話はホテルに帰ってから聞くから」と言って、少し寝なさいと言って、頭を優しく二度さすってやった。
麻由子は「うんこもしたからスッキリしたぁ~」と言ってニッコリ笑い「お腹すいたぁ」と言ったので、私はナゲットとコーラを渡してやると、一気に食べてしまった。コーラで口の中のナゲットを流し込み「ふぅ、少し落ち着いた」、「寝るぅ」と言って目を閉じた。
そんな麻由子を見ていて、私はほんとに安心して、誰もいなければ涙を出していたかも知れなかった。車をゆっくりと動かし、松江に向かって走らせた。途中何も考えずに運転していたら40分ぐらいで松江駅の近くに来ていた。空は薄暗くなり、時計を見ると7時であった。車をホテルの駐車場に停めて、麻由子を起こした。麻由子は大きく欠伸をして「あぁ、スッキリしたぁ、もう歩けると思う」とドアを開け車を降りた。少しまだふらついている様だが、何とか歩ける様である。
私は麻由子のショルダーを持って、麻由子の腰に手を回し、支えながらホテルに入った。
麻由子をロビーで待たせ、フロントに行き鍵を受け取り、また、麻由子を支えながら部屋に向かった。部屋に入りドアを閉めたとたんに、麻由子は私に抱きつきワンワンと大きな声で、大きな粒の涙をいっぱい出して泣いた。
抱きしめてやると、身体が震えていた。我慢していたものが一気に噴出したのだ。泣きながら「順ちゃんが絶対助けに来てくれるって信じてたぁ。だから、我慢できたぁ」と言ってまた大きな声で泣き始めた。私は強く抱きしめて頭を撫でてやった。今の私にはそれしか出来なかった。
暫く泣いた麻由子は少し落ち着いたのか、泣き声が小さくなり、身体の震えも止まった。
すると麻由子は急に私の肩を手で押して少し離れ、私の顔を見て「鼻かむぅ」と言ってテーブルに置いてあるティッシュを何枚か掴み一気に「ブ~ン、ブブ~ッ」と大きな音を出して鼻を噛んで、「あぁすっとしたぁ」とティッシュをゴミ箱に捨てて、また私の胸に顔を埋め、頬をスリスリして甘えている。
「順ちゃん、ありがとう。」麻由子は私の胸に顔を埋めたままで小さな声で言った。私は頭を撫でながら「うん」とだけ言った。麻由子は「ごめんね、巻き込んで。でも命の恩人
、さすがはまゆの恋人やわぁ」とまた甘えた声で私の顔を見て言った。
私は麻由子を椅子に座らせて、私もベッドに座った。そして麻由子を見ながら「まゆちゃん、携帯ドライブモードにしてたやろ、私にピンチを知らせようとしたんやろ」とニヤリと笑って聞くと「やっぱりわかってくれたんやぁ」
麻由子は完全に頭の中身が元に戻った様だ。
「私の携帯はドライブモードにするとバイブになるから相手に気付かれないと思ったんだぁ、それにいつもしない設定をすれば、順ちゃんは絶対納得する回答を探すだろうと思ったの」その通りである。私は必ず納得できる事しか受け入れない。「正解やねぇ」
そう言うと立ち上がりベッドに座っていた私の所へ駆け寄り抱きついてきた。私は麻由子を受け止めたが、そのままベッドに後ろ向きに倒れてしまった。麻由子が私の上に乗っている状態になって、麻由子は私を見つめそして、そっとキスをしてきた。私はビックリしたが、優しく麻由子の頭の後ろを撫でながら
麻由子のキスを受け入れた。(初めてだぁ)
暫くベッドで抱き合っていたが、私は麻由子を放し、窓の椅子に座った。煙草に火をつけて麻由子を見た。麻由子は横になったまま、次の展開を期待してた様で少し口元が膨れている。そんな麻由子を無視して、ゆっくりと落ち着いた声で「まゆ、それでどうなってるの~、これって犯罪だよ。略取誘拐罪。警察に届けないといけないんだよ。」「分かってるぅ?」麻由子は真面目な顔に戻り、「うんわかってる。私も犯罪やと思ってる。でも何か変やねん、聞いてくれる?」と敦子と会ってからの事を話し始めた。
「時間通り、10時半に敦子が来たの。敦子は近くにお父さんが来てるから一緒に行こうって言うから、じゃお財布とジャケットを部屋に取りに行くって言ったの。敦子は財布もジャケットも要らないよって言ったけど、順ちゃんに言わないといけないと思って、敦子にジャケットだけ取りに行かせてって言って強引に部屋に戻ったの。部屋の呼び鈴鳴らしたけど応答が無かったから寝てるんだと思って、エレベーターホールまで戻って備え付けてあったメモ用紙にメッセージを書いてフロントに預けたの。敦子にはジャケツと汚れてて落ちなかったから置いてきたって言って怪しまれない様にしたんだけど、どうかは分からなかった。敦子は私が一人で来てると思ってたから。」私は呼び鈴で起きなかった事を恥じた。「それからどうしたの?」
私は麻由子に続きを話す様に促した。
「駐車場で待ってた車に行ったら、黒いワゴン車で、黒いスーツを着た男の人が3人待ってたの。
運転席と助手席にも男の人が居て敦子と男の人が三列シートの一番奥に座って、私は真中のシートに男の人に挟まれて座らされたの。
少し怖い気がしたけど敦子も一緒だしと思ったから・・」「それはマズイやろぅ」と
私は言って「それでどうしたの?」と話を続けさせた。「うん、それでね、私は敦子に何処に行くの?って聞いたの。敦子は直ぐ近くだからと言ったんだけど、声が上ずってたし、少しオドオドしてた様にも思うんだぁ。
「この人達は誰?とも聞いたけど、お父さんの知り合いとだけしか言わないの。私が前に座っている人の会話を聞いていたら、後ろから布で顔を抑えられたの。敦子はごめんねって言った様にも思うんだけど気がついたら順ちゃんの顔があったぁ」私はう~んと唸り、やはり警察に届けた方が良いかも知れないねと言って、他に気が付いた事は無いの?と麻由子に聞いた。麻由子は考えながら暫くして
「そう言えば、前に座っていた二人の会話が少しおかしいと思ったの」「おかしいって何がおかしかったの?」と麻由子にその理由を聞いた。「確か、ハングル語だった気がするんだぁ」ハングル?私は聞き直し、ほんとかともう一度念をおして麻由子に聞いた。「うん間違い無いと思うよ。実家のお母さんは、韓流ファンで、実家に居る時、しょっちゅう韓国のDVD見てたから、あのイントネーションは間違い無いと思うよ」麻由子は自信有りげに私にハッキリと言った。もし、それが事実ならこれはかなりマズイ状態である。もう今頃、麻由子が居なくなった事に気付いているだろう、捜索を含め何か行動を起こすだろうと思った。
今の状況では警察に行ってもどうしようもないだろう。表立っては事件は起きていない事になる。確かに麻由子は誘拐されたが、証拠がない。あの拉致されていた事務所も後始末されているだろうし、目撃者も居ないのだ。麻由子には怪我もないし、縛られていたロープも確か柔らかい素材であったし、きつく縛られてもいなかっいた。だから証拠は現在何も無いのだ。でも今は動けない。誘拐も簡単に実行出来る連中である。夜は絶対に動く事は出来ない。このホテルも危ない、でもどうする事も出来ない。麻由子をこれ以上危険に晒す事は出来ない。私は考えた、そして状況を分析した。煙草の火を消し部屋の電話を取った。フロントに電話し、部屋は空いてないかと聞くとキャンセルがあり、一部屋空いていると言う。私はフロントに頼み、鍵を部屋まで持って来て貰う事にした。暫くするとホテルのスタッフが鍵を持って来た。書類にサインをして鍵を受け取る。ホテルのスタッフには仕事をするので・・と言っておいた。同時に新しい部屋に移った事は内緒にして欲しいとお願いした。私は麻由子に部屋を移るからと言って支度をさせた。私と麻由子は急いで部屋を移った。偶然にも斜め右の部屋であった。部屋に入って麻由子が落ち着くのを待って、私は食事も食べに出る事が出来ないからコンビニで何か買って来ると言って、何かリクエストは無いかと聞いた。
麻由子は首を振って「ないよ、順ちゃんに任せる」と言ってベッドに横になった。
私は鍵を取り、私が出たらチェーンロックをしておきなさい。と言って部屋を出た。
廊下に出ると、チェーンをかける音がした。
私はホテルを出ると松江駅に行き、駅の横にあるベンチに座り携帯を取り出した。時計を見ると9時であった。何回かコールして吉田は出た。「もしもし、栄ちゃん?」吉田は騒がしい雑音の奥から聞き取り難そうに応答している。「栄ちゃん、悪いけど静かな場所に移動してもらえない」と言って静かな場所に移動して貰った。「もしもし、所長どうしましたぁ?今「ぶんみゃ」でスタッフと食事してたんですよ、どうもすみません」と言いながら、どうしましたぁ。と言って笑っている。
「麻由子さんと喧嘩でもしましたかぁ?」と聞いたので、そんな事は無いよと答え、話があると声を落として言った。
吉田は私が普通ではない事に気付き、直ぐに真面目に話し始め「どうしました、何かありましたか」と尋ねた。私はゆっくりと順序良く、京都に行ったこと、松江に来たこと、そして今日あった事件のことを詳しく話した。
「それって、かなりマズイんじゃないですかぁ」とかなり慌てていた。私も「だろう、兎に角今夜がヤマだと思うんだよ。夜は動けないから明日朝に移動するよ。だから、携帯切らないでよね」と言って私は吉田への電話を切った。私はコンビニに行き適当に食料や飲み物を買い、念願の下着を買った。麻由子のためにプリンも買っておいた。ホテルに戻り部屋の前に着くと、携帯から麻由子に電話をした。「部屋の前にいるからドア開けてぇ」と言って電話を切った、同時にドアが開き麻由子の笑顔がそこにあった。麻由子はコンビニの袋を受け取りテーブルに置いて、鍵を閉めている私の後ろから抱き付いて来た。麻由子は、抱きついたままで「順ちゃん、おかしな事に巻き込んでごめんねぇ」と泣きそうな声で申し訳なさそうに言った。「何言ってんの~、まゆは恋人なんやろぅ、好きな女の事心配やないのんは、アホやろぅ」私は笑って言った。麻由子は「うん」と言って少し明るくなった。
私は「兎に角、今夜だけは乗り切らないとね」
私は麻由子に、今の内に食べておこうと行って、椅子に座り、今はお腹をいっぱいにする事に専念した。
お腹を満腹にして、麻由子をベッドに寝かせ、椅子をドアの前に持って行き、私は部屋のガードを始めた頃、宮古島では緊急の会議が始っていた。
吉田はタクシーで研究所に向かっていた。
タクシーの中で吉田は事態の収拾をどうすれば良いのか考えていた。同乗している亀本とビルに無言で問いかけている。
三人は黙っていた、後ろに続く2台のタクシーの中も同じである。皆、所長や麻由子の事を考えているのである。15分で研究所に着いた。
研究所に着くと、皆2階の応接室に入った。
この部屋は研究所で唯一部屋の中で煙草が吸えるからである。皆それぞれ椅子に座り黙っている。吉田が煙草を消して話始めた。
皆、吉田の話に耳を傾け集中している。
「先程、所長から連絡があって、事件に巻き込まれたそうだ」と言って、吉田は所長から聞いた事件の内容を話し始めた。「それで、所長は無事なんですよね、麻由子さんも無事なんですよね。事務長」亀本は吉田が話し終えると直ぐに尋ねた。皆同じ考えの様である。それぞれ頷き、吉田にその答えを求めている。「あぁ、今は無事だ。でも、所長の話では今夜がヤマだと言っているし、私もそう思うんだが・・」皆それぞれ意見を言い合い雑然としている。「ノースコリア」とビルが言った。それを聞いて皆、会話を止めた。吉田は煙草に火をつけ、ふ~っと一気に吐いた。
研ちゃんが京大の教授は松本って言って、プルトニウムの濃縮技術の研究をしてるって聞いたよ。」と先日の京大の友人からのメールの内容を話した。「それってかなりヤバイんじゃない」とトミーが大きな声で言うと、研ちゃんが「確かに大変な事に巻き込まれていると思うけど。所長は危険な事はしないでしょうね」と吉田に聞いた。「たぶん。一人だったら何をするかわからないけど、今回麻由子ちゃんが一緒だから無茶な行動はしないと思うよ」と答えた。吉田は「所長の話から想像すると、麻由子ちゃんの友達の父親は島根大の関係者か島根原発の関係者だと思う。その京大の教授が核の研究をしているなら間違いないと思う」するとビルが「じゃノースコリアは核の何かを奪いに来たのか?」と聞くと吉田と研ちゃんはそろって頷いた。
皆またざわざわと話始めた。吉田は暫く考えて「兎に角、今は所長をどうするか考えてみよう」と皆を見渡し言った。すると由美子が「事務長、警察に話したらどうですか?」と思いついた様に言った。美津子も同意する、朋子も安子も同意して、警察に話そうと言った。他の研究員も、その方が良いんじゃないかと言っている。亀本も「事務長、警察に友達が居ますから話してみましょうか」と言って吉田を見た。吉田は少し考えて、「いや駄目だよ。所長が言ってたけど、証拠があれば所長がとっくに警察に電話してるよ。現実には誘拐された事実は無いんだと言ってたし、ただの誘拐じゃないとも言ってた。下手に騒げば麻由子ちゃんの友達やその子の父親、京大の教授にも被害が及ぶかも知れないから様子を見てると言ってるんだ。それにこんな事件を起こす連中だから、もう、とっくに誘拐の証拠なんかは処分してると思うよ。麻由子ちゃんの友達やその父親、その友人などの事は家族が警察に届けを出さないと意味がないからね。それに今日研ちゃんが言ってたけど京大の教授は大学から捜索願いを警察にもう出してるだろ。日本の警察は事件性が無ければ行方不明だけで捜査はしないと思うよ。麻由子ちゃんの件も、所長が普通の考えじゃなかったから行動して救出できたんだよね。出なければ麻由子ちゃんはどうなっていたかわからないよ。あの連中も動揺してると思うんだよね。誘拐し監禁した人間がいなくなったんだからね、ビックリしてると思う。必ず麻由子ちゃんを探し出して、もう一度誘拐するはずだと所長も言ってたからね」「うわ~それじゃどうすればいいんだよ~」と亀本が皆を代表する様に言った。吉田は「先ずは所長達を救出する事が最大の優先順位だ。そして体勢をを整えて、警察に報告するか決めたら良いと思うんだが・・・」と力強く皆に言うと、朋子に一番早い大阪行きは何時か調べてくれと言って指示を出すと大阪出身の研究員の真田が「伊丹から出雲まで飛行機があるけど本数が少ないし、どうかなぁ」と朋子に併せて調べてくれる様に頼んだ。暫くして朋子が事務所から戻って来た。
「事務長、早く着く乗継便を探しても夕方にしか出雲には着きません」と申し訳なさそうに報告した。やはり宮古島は田舎である、航空会社も赤字路線で便数を減らしていて、急な時にはどうしようも無いのである。だから所長も船で那覇まで行ったのである。
「困ったなぁ、どうしようもないな」吉田は煙草を吸いながら迷っていた。せめて昼には松江に着かないと問題である。救出の意味がないし、我々が行く意味もない。吉田は「皆も何かプランないか考えてくれ」と困り切った顔をして言った。全員無言で考えている。トミーが「所長みたいに船で那覇まで行くしかないでしょ」と言うと、朋子が「そうなんだけど、那覇で予約取れるのが、8時20分発の関空行きで、関空10時05分着なの。出雲行きは伊丹からしかないのよぉ。それも11時20分発で間に合わないと思うんだ。
その後の便だと夕方になっちゃう。」と落ち込んだ顔をして話した。「う~ん、例え那覇まで船で行ってもむりかぁ」亀本は口惜しそうに吉田を見た。その時ビルが時計を見ながら「事務長、少し費用かかってもいいかぁ」と聞いた。「お金で済むなら幾ら掛かっても構わんよ」とビルに言った。「電話して来るから」と言って応接室を出て行った。亀本とトミーは顔を合わせ応接室から出て行くビルの背中を見ていた。暫く沈黙が続き、皆それぞれ所長の事を考えていた。
ビルが電話を終えて応接室に帰って来た。
「事務長、私が大阪でお世話になっていた会社の社長に電話して、伊丹空港にある個人の航空会社に連絡してもらい、ヘリを貸して貰える様に頼んだら、有料で正式にチャーターするのなら問題ないが、今パイロットが全て仕事が入ってるから無理だと言われたんだけど、私が操縦すると言ったらオーケーになったよ」と一気に話した。ビルはヘリコプターの国際ライセンスを持っている。
「ヘリで行けば、那覇8時20分発のに乗れば、関空に10時05分着だから、準備に一時間掛かっても昼には松江に行けるよ」と両手を挙げてバンザイをした。皆感嘆の声を出して、行ける行けると笑顔で喜んでいる。
吉田は「よし、それで行く。亀ちゃん、トミー船の準備。朋子那覇からの飛行機予約。」と力強く指示を出した。朋子は「事務長、チケット何枚?」と聞いた。吉田は「ビルと私の2枚だ」と言うと、研ちゃんが「事務長、私も行きます。京大の事も調べたいから」と言うと、由美子と美津子が顔を見合わせ「私達も行きます」と言った。「麻由子さんの事もあるし、女性がいた方が良いでしょ。それに研ちゃんと京大調べます。大学院に友達が居ますし、女性の方が聞き易いと思うし」と言って、一人では心配だから二人でいきますとも付け加えた。吉田は危険だぞ、と制したが、絶対行くと聞かなかった。吉田は「分かった、じゃ頼む。直ぐに部屋に帰って支度をしなさいと言って、船の準備が出来たら直ぐに出発すると支持を出した。皆それぞれ了解して部屋に戻って行った。応接室には吉田と朋子、安子が残った。吉田は二人に帰りなさいと言ったが、出発するまで居ると言い、今夜は研究所に停まると言って、二人は自宅に電話をしていた。
吉田は部屋に戻って支度をして来ると言って研究所の敷地にある自室に戻った。
三十分後に皆準備をして再び応接室に集まった。吉田は皆に今回の事で迷惑をかける事の侘びを言い、それぞれに、役割の指示を出した。「私とビルが関空から松江に行き所長と麻由子ちゃんを救出する。研ちゃんは由美子と美津子で京大を調査してくれ。研ちゃん達の調査の結果が重要になるからね。亀ちゃんとトミーは那覇港に着いたら港に停泊している、所長が使った船で待機していて欲しい。無事に救出が済んだら、皆で船で宮古に帰るから。他の者は研究所で待機。皆ご苦労だが所長のピンチだぁ協力をお願いする」と言って「亀ちゃん、じゃ行こうかぁ」と全員席を立ち桟橋に向かった。
桟橋を歩きなが亀本が吉田に「所長は昔、逮捕された時以来の大ピンチですね」と言った。
吉田は「そうかもね、でも無事でいて欲しいよ。所長はやっと素敵な女性と巡り合ったんだから、幸せになって欲しいからね」と桟橋の奥に広がる海を見ながらそう言うと時計を見た。11時過ぎであった。
吉田は携帯を取り出し電話をした。「所長、変わりはありませんか?これから船で那覇まで行って昼過ぎには松江に行きますから、それまで部屋で待機していてください。詳しい事は明日の朝にまた連絡します。それでは気をつけて」吉田はそう言って電話を切った。皆を乗せたブルーアンカーは来間大橋をくぐるところであった。
ドアの前で監視をして、まだそんなに時間が経っていないのに少し疲れを感じる。緊張はそんなに長くは続かないものだと思った。
後ろを振り返り、麻由子の様子を確認する。
ベッドで良く寝ている。私は窓の側に行き外の様子を確認していると携帯のバイブが振動した。吉田からの電話であった。私は低い声で電話の対応をした。明日の昼までに松江に行くと吉田は言っている。今那覇に向かって船で移動しているとの事だ。吉田が、松江に到着するまで部屋から動かないで欲しいとの事だが、ほんとに昼までに松江に来れるのか?とも思ったが、指示に従う事にした。
電話を終えて時計を見たら11時であった。
私はドアの前に戻り、また椅子に座ってドアの監視を続けた。床に置いていた灰皿を取り
煙草に火をつけた。今のところ何もない。私の考え過ぎであったのか。現実にテレビや映画の様に過激な攻撃や襲撃の様な事は起こるはずはないのであろうか。しかし、白日に誘拐をしているし、油断は出来ないのかも知れない。朝まで何もなければ、私の考え過ぎであると実証出来るのであるが、それが証明されるまでは警戒し慎重な対応は必要であると思っている。
先程の吉田からの電話の内容を思い出してみた。昼までに松江に来ると言っていたが、現実的に難しいと思う。京都に行くのなら可能性はあるとは思うが、松江である、電車でも数時間はかかる。飛行機?出雲か米子空港だが、上手く乗継が出来るのか?でも吉田が行くと言っているのであれば方法を確立しているのであろう。私は吉田を信じる事にして、もう考えるのは止めた。
気を抜いたらお腹が空いてきた。私はテーブルに置いてあった麻由子のお夜食であるメンチカツを取り、ペットボトルのお茶と一緒にドアの前の椅子まで持って行き空腹を満たした。お茶を飲んでいると麻由子が起きた。私は身体を捻り麻由子を見た。麻由子は私の方を見てニッコリ笑って、何か言いたそうにしている。私はベッドまで行き、麻由子の側に行き、指を口に当てて「シーッ」と無言で言った。麻由子は小さく頷き私を見て私に腕を差し出してきた。私は、「どうしたぁ」と聞えないぐらいの声で麻由子の顔に私の顔を近づけた。
麻由子は「私のメンチカツ食べたやろ」と言って、私の首に腕を回し引き寄せキスをしてきた。「メンチカツの味がする」と麻由子は恨めしそうに私を見てニッコリ笑い「美味しかった?」と聞く。私は「美味しかった」と優しくそれに答え、「寝なさい」と言って麻由子の腕を外し、ベッドを離れてドアの前の椅子に戻った。椅子に座りまた廊下の様子に集中した。
何事も起こらず、私は時計を見た。午前二時であった。大きく欠伸をして眠気を払っていると、廊下に人の気配が感じられた。神経を廊下に集中する。確かに人が歩く音がする。
目を閉じ、その足音に聴覚を集中させる。複数の足音である。慎重に音を立てない様に歩いている様な気がする。私の心臓はドキドキと鼓動が早くなり、その音が廊下に聞えるのではないかとヒヤヒヤしていると、足音が斜め前で止まった。先程まで私たちが居た部屋の前である。小さく鍵を開ける音がした。ドアが開かれ足音は部屋に入って行く。暫くして廊下に人が出て来た様な気がした。部屋に誰も居ない事に気がついたのであろう、少し慌てた様な足音で非常口の方へ廊下を歩いて行き、そして足音は消えた。やはり部屋を移って正解であった。そして、彼らにとって強行手段は簡単に実行出来る連中である事も、ハッキリとした。かなり注意しなければならない。
吉田が来たら警察に届けを出しに行こうと思った。ホテルのフロントには部屋を移った事は言わない様に依頼しているので、この部屋が特定される事はない。でも、安全では無い事も事実である。吉田が来るまでは、動く事は無理であると思った。私は椅子をドアのノブに斜めに立てかけ、しっかりと固定して窓側の椅子に座った。最後の煙草に火をつけ、お茶を渋めに入れて飲んだ。麻由子は良く寝ている。私も眠たくなったが、渋いお茶をもう一度飲んで眠気を覚ました。事件の背景や事実だけを考えて、今回の事件を振り返ってみる。どうしても、外国人の関与が、理解出来ないでいた。やはり情報が少な過ぎる。
そして、何時間が過ぎた。時計を見ると朝の5時であった。窓のカーテンを少し開けて外を見ると、暗いが景色の輪郭は見えてきている、夜明けはもう直だ。あと2時間はこのまま様子を見る事にした。クローゼットにかけてあるジャケットから新しい煙草を取り、火をつけ、椅子に座って渋いお茶を飲んだ。吉田も心配してるだろうから、もう少ししたら電話をしてみようと思った。
朝の6時、目の前に沖縄本島那覇港が見えている。無事に予定通り到着しそうである。
ビルが研ちゃんと一緒に船室から出てきた。
「事務長、おはよう」と朝の挨拶をして「もう着きますね」と港の方を見ていた。良く寝たかと二人に尋ねて、ぐっすり寝ましたと返事があって、吉田は「さすがに神経が図太いね」と笑っていた。ビルと研ちゃんは、苦笑いしながら、頭を掻いている。
吉田は研ちゃんを呼んでカードを渡した。「経費がかかると思うから法人カードを渡しとくよ」と研ちゃんにカードを渡した。
「暗証番号は研究所の電話番号だから」と言って「必要があれば一度に300万は出せるからね」と付け加え、無駄遣いはするなよ、と釘を刺しておいて、笑った。
研ちゃんは、カードを受け取ると「ヒェ~」と声をあげて「このカードプラチナだよぉ」とビックリして、凄いを連発していた。
トミーが上の操舵席から降りてきた。「おはよう」と皆に声をかけて「缶コーヒー貰います」と言ってホットボックスから缶コーヒーを2缶取り、上の操舵席に戻った。そしてトミーは上から「あと10分で着きますからと言った。
ブルーアンカーは那覇港に入った。浄化センター近くにある契約している漁港に入る。
所長が乗って来た研究所の高速船が停泊している。亀田はその横にブルーアンカーを並べて停泊した。6時半に那覇に着いた。
吉田は亀田とトミーに「ご苦労様」と癒しの礼をして、二人はここで、次の行動まで待機して於いて欲しいと言い、予約しておいたタクシーに分譲して乗り那覇空港に向かった。
那覇空港に7時過ぎに着いた。由美子と美津子は先に3階の全日空カウンターに行き、チケットを受け取って来ると言ってエスカレーターで3階に向かった。我々もエスカレーターで3階に向かう。3階に着いて吉田は携帯を出し電話をした。「今那覇空港だよ。8時20分発だから、10時過ぎに関空に着くから予定通りだから」と言って、「どう、何もなかった?」と聞いた。「わかった、それじゃ予定通りに昼まで部屋に居てください」と電話を切った。吉田はビルと研ちゃんに、やはり夜中に来たらしい、でも今の所は問題は無いようだ。」と伝えると、「ヤバッ」と研ちゃんは言って「良く部屋を変えるなんて思いついたなぁ」と感心していた。兎に角、今は大丈夫だけども油断は出来ないと吉田は二人に話した。由美子と美津子がチケットを取って戻って来た。時間はまだゆっくりである。吉田は朝食を食べようと皆を4階のレストラン街に誘った。
飛行機は予定通り離陸した。吉田は、ビルに「ヘリは予定通り問題ないね」と尋ねた。
ビルも「大丈夫、関空に着いたら係りの人が案内してくれるよ。舞洲ヘリポートから関空まで迎えに来てくれて、関空で私と操縦交代する事になってるよ。帰りは伊丹空港にヘリを返す事で社長と話出来てるから」ビルはそう言うと機内に備え付けの地図を熱心に見ていた。吉田は「どう、早く着けそう?」とビルに聞いた。「山が多いから、ある程度高度を取らないと駄目だけど、何とか一時間で行くよ、私の腕を信じなさい」とビルは自分の腕を二度叩いた。皆、その言葉を聞いて苦笑し、配られ飲み物を飲んだ。
私は少し、うとうととしていたらしい。時計を見ると7時であった。カーテンを少し開けて外を見た。快晴である、私は大きく伸びをして、お茶を入れて飲んだ。苦いが頭が冴えてくる気がした。携帯が鳴った(バイブ)吉田であった。「もしもし、あっ、栄ちゃん。何とか無事に朝を向かえたよ」と吉田に言った。「それは良かった、安心したよ。こちらは今那覇空港だよ。10時05分関空着で行くから。着いて正確な事が分かったら連絡するから、兎に角、昼まではホテルにいてよね、必ず行くから」と言って電話を切った。
また、窓から外の様子を窺いながら、煙草に火をつけて椅子に座った。
後ろから麻由子が「おはよう」と言って、私を見ていた。「起きたの?良く寝たぁ?」と聞くと、「うん、順ちゃんいるからぐっすりと安心して寝たよ」と言って両手を広げて差し出し“来て”の合図である。私は側に行って優しく、今回は私の方からキスをした。
今回は少し長めで濃厚であった。アカン、血液が特定場所に輸送されて行く。限界で麻由子から離れた。「電話だったの?」と麻由子は聞いた。「あぁ、吉田事務長からだ」
「10時に関空に着くと言ってた。昼までに松江に行くから、それまでホテルに居て欲しいそうだ」「え~っ、そうなん。でも10時に関空やろぉ、松江に来るって言っても、早くても3時か4時になるんと違う?」「こっちに来る飛行機もそんなに無いし、上手く乗継出来ても、昼までには来れへんよぉ」
「そうだよなぁ。どんなに早くても3時にはなると思うんだけどね」と私は吉田の計画が理解出来ないでいた。煙草に火をつけ少し考えてみた。問題は誰と来るかだ。もしビルが一緒なら・・・「わかったぁ」少し大きな声で私は言って、部屋の電話を取りフロントに電話をした。私は松江市内の詳しい地図を部屋に持って来て欲しいと伝え、朝食のルームサービスを頼んだ。「なかなかやるじゃない、栄ちゃん」と言ってニャリと笑い麻由子を見た。
「順ちゃんキモイ」麻由子は笑いながらシャワーして来ると言ってバスルームに行った。
麻由子は昨日の服装のままで着替えてなかった。三十分程して、ドアのチャイムが鳴った。私はドアの覗き穴から外の確認をした。
メイドさんが朝食を運んで来たらしい。
チェーンを外し、ドアを開けて朝食がのったワゴンを中に入れて地図を受け取った。
メイドさんは食事が終わったらワゴンを廊下に出すか、若しくは部屋に置いていても構わないと言って戻って行った。
私はワゴンをテーブルの横まで押して行き、椅子に座って地図を開いた。地図には、このホテルの位置が印されていた。煙草に火をつけ、地図を詳しく目で探った。このホテルに近くて広い空地がある場所。私はある場所を見つめ、ここならいけるかも、と思った。
距離を測っていたら、バスルームのドアが開き麻由子が出てきた。長めのシャワーは、やはり疲れていたんだと思った。ショックも残っていただろうし、気分を落ち着かせるには長めのシャワーは効果的だと思う。
「あぁ、さっぱりしたぁ。汗掻いてそのまま寝たから、ほんとにスッキリしたぁ」と弾んだ声で言いながら、バスタオルで髪を拭きながら私の側まで来た。私は地図を見ながら、それは良かったね、と言いながら顔を上げて麻由子を見た。“うっ。”麻由子は裸であった。何も着けていない、スッポンポンなのである。私は驚いたが、もう抵抗するのは止める事にした。私は意識しながら、冷静な声で
「朝食来てるし、温かいうちに食べよ」と言って、テーブルの上を片付けた。麻由子はテーブルの上に朝食を並べ終えて、バスローブを着て椅子に座った。私はコーヒーをカップに入れて、麻由子のためにミルクを多めに入れてあげた。私はアイスコーヒーである。麻由子はトーストにジャムをたっぷりとぬって
私に渡してくれた。麻由子はミルクのたっぷり入ったコーヒーを飲み、「やっぱり、朝はミルクたっぷりがいいねぇ」と何時に無くにこやかである。私は機嫌がいいねって麻由子に聞くと、「だってぇ、初めてやん、部屋で二人で朝食するの」と少しハニカミながら、若い女の子らしい表情をした。私も笑顔でトーストを食べた。
食べ終わったテーブルの上を麻由子はテキパキと片付け、ワゴンに載せる。麻由子がコーヒー残ってるけど飲む?って聞いたのでブラックでと頼んだ。私は地図を見ていた。麻由子はワゴンをドアの方に押して行き、私の前に座った。「順ちゃん、何してるの?」と不思議そうに聞いた。「地図を見てる」と答える。広い空き地を探してるんだよ。と言うと麻由子は笑いながら首を傾げ「空き地で何するん?」と聞いたので、京都に帰る準備をしてるとだけ答えてナイショと地図を閉じた。
「いや~ん、教えてよぉ」と麻由子は甘えた声で聞きたがったが、私はニヤニヤしながら「だ~めぇ」と答えた。時計を見たら8時半であった。あと3時間くらいだなぁ、と思い
麻由子に携帯の電源切ってるねと確認した。
麻由子は、うんと答え、ショルダーから携帯を出して、私に見せた。私が考えるくらいだから、当然あの連中もGPSで麻由子を探すくらい簡単な事だと思っている。だから電源を切らせているのである。このホテルはチェックアウトが12時であるから、それまでは部屋に居る事にした。私は携帯を取り、レンタカー会社に電話をし、12時過ぎにホテルに取りに来て欲しいと伝え、鍵はフロントに預けて於くと言って電話を切った。「まゆちゃん
荷物はそれだけだね」とプラダのバックを指指して聞いた。あと、京都で買った電気屋の紙袋があると麻由子は言った。
部屋の中をもう一度確認して、麻由子に少し休んでおこうよとベッドに横になる様に薦めた。麻由子は「もう寝たくない」と言ったがベッドの上でゴロゴロしている。その度にバスローブがはだけ、肌が見えている。
次に吉田から連絡があるまでには、まだ時間があると思い、シャワーをして来ると言ってバスルームに向かった。
湯舟に座り、足を伸ばして頭から温めのシャワーを浴びて、力を抜き緊張を解す。昨日からの、いろんな事が頭の中を駆け巡る。危ない事件に巻き込まれ、何とか無事でいる事を安堵し、そして吉田が救出に来てくれる事を感謝し、暫くシャワーを浴びて動かないでいた。目を瞑り、壁に頭をつけて、一瞬寝ていた様であった。私は力を振り絞り立ち上がって身体を洗い、新しい下着を着けてバスルームを出た。バスタオルで頭を拭きながら部屋を見ると、麻由子がバスローブを脱いでベッドに入っていた。麻由子は両手を差し出して「来て」の合図である。私は覚悟を決めて麻由子の側に横になった。布団の上に左を下にして側臥位で麻由子を見つめ、大丈夫か、と聞いた。麻由子は、心配かけてごめんと謝り私に布団の中からしがみ付いてきた。
布団一枚が国境であった。確かにこの国境の下には麻由子の素晴らしい若い身体がある事はしっかりと伝わって来る。女性の経験はかなりあるはずであるが、このドキドキ感は久し振りであった。老練な私は無意識に身体をコントロールが出来る。余分な血流を押さえ冷静にさせている。麻由子と長いキスを交わし、優しく首筋にキスをしていく。麻由子は仰け反り、微かに声を出している。私は麻由子を放し、布団に身体を滑り込ませた。
布団の中には、やはり裸の麻由子がいた。
私は麻由子をもう一度引き寄せ身体を密着させる。麻由子の膨よかな形の良い乳房が私の身体に食い込んでくる。麻由子は布団に潜り私の下着を取り去ると、また、私に身体を密着させてきた。しかし、老練な大人の私は、ここでもまだ冷静さを維持していた。
麻由子は身体をくねらせ、私を求めている、麻由子の身体は準備が完了している事を温もりを通じて知らせてくる。やはり、私も男である、麻由子の若い勢いには少し身体の一部が反応し始めている。麻由子の腕が布団の中で私の下半身に伸びてくる。私の一部を触りながら、先程より大きく喘ぎ始めてきた。
お互い我慢の限界を超え、私の右の指が麻由子の下半身に少し触れた時、・・私の携帯が鳴った(バイブ)。私は麻由子を放し、ベッドから飛び起き、テーブルに置いていた携帯を取った。やはり吉田である。私はベッドの上で唇を噛んで、私を恨めしそうに睨んでいる麻由子に電話を手で押さえ「吉田から」と言うと同時に枕が「バカァ」と言う言葉と同時に飛んできた。枕を避けながら、私は脚を少し開き、左手で携帯を耳に当て、右手を腰に当てて電話に出た。「所長、今関空です。今からそちらに向かいますが、所長にお願いがあります」と言った。私は吉田の次の言葉を制して「この近くで広い空き地を探しておくんだろ」と自信たっぷりに言った。吉田は唸りながら「さすがですねぇ、ビルと二人で向かいます。予定では11時半頃になると思いますが、近く迄来たらもう一度連絡しますから、何処の場所なのか指示してください」と言って電話を切った。
私が電話を終わると、また枕が飛んで来た。
私の下着も飛んで来た。麻由子は投げながら「も~ぅ、いややぁ、アホゥ、バカァ。も~ぅ、も~ぅ」と牛さんになっていた。そんな麻由子を完全に無視して、電話をテーブルに置き、そして投げつけられた私の下着を着けて再び麻由子を見ると、仰向けになり、「もう、もう、キライ」と言いながら足で空中をキックしていた。私の顔を見ては、空中をキックして、両手でベッドを叩き、ベッドの上で大暴れをしているが、今はそんな我侭な麻由子を無事に京都に連れて帰る事に専念しなければならない。麻由子との大事な行為は、暫くはお預けである。私はゆっくりと服を着た。
関空に定時に到着し、吉田達一行は到着ロビーに出た。ビルは迎えに来た伊藤航業の社長と挨拶をして打ち合わせをしている。吉田は研ちゃんと由美子、美津子に京大での調査の指示を出している。ビルは打ち合わせを終り駐機場へ行こうと吉田を呼んだ。吉田は三人に気をつける様に注意をして、ビル達の後を付いて行った。研ちゃん達は、はるかの乗場に急いだ。
空港の外れにあるホバーリング地に、ヘリは駐機してあった。白の機体に黒で龍が描かれていた。ベル407である。最高速度260キロ、一時間で松江に到着する。ビルは書類に、帰りは3時半で伊丹に着陸する条件を確認してサインをした。ビルは右の操縦席に座り、吉田は左に座った。インカムヘッドホンを装着し、シートベルトをして、吉田はビルにオーケーのサインを出した。ビルはスターターを可動させると、ゆっくりとローターが回転を始めた。ビルは各器機のゲージを確認しコレクティブスティックを引き上げ、ラダーを微妙に踏みホバーリングする、そのままでさらにコレクティブスティックを引き上げ地上からある程度高度が取れた位置で、サイクリックススティックを前に倒し、各スティックのバランスを取りながら飛行を開始していった。大阪湾を北西に進路を取り、豊中から六甲山に向かい、中国山地を縫って飛行をして行った。ビルは「少し揺れるけど、500メートルの高度で飛行して最短距離でいくからね」と言って、「所長驚くかなぁ」と笑って吉田の顔をチラッと見た。吉田は笑みを浮かべて「もうバレてる」と、ビルに言うと「えっ、バレてるって、事務長が話したんやろぉ?」と、ビックリして聞いて来た。
「所長の感だよ。さすがに驚いたよ私も」と
吉田が言うと、ビルは「怖い!」と肩を竦めて笑ってた。飛行は順調であった。
麻由子は、ベッドでゴロゴロして、やっと諦めたのか「吉田さん、何て~」とやや不満顔で聞いて来た。「予定通りに行くからと言ってた」と答えて、そろそろ帰る準備をしないとねと言って、確認のためにもう一度地図を見た。麻由子は洗ってくると言ってバスルームに行った。何を洗うのかは想像できるが、今は考えないでおこうと思った。
私はロビーや駐車場が気になっていたが、麻由子を一人にするわけにもいかないし、連れて行くのも危険だから、今は安全を祈るだけであった。バスルームからは、鼻歌が聞え、機嫌が良くなっているのか、麻由子はほんとに素直な自然児だなぁと感心してしまった。そんな性格の麻由子が大好きである。
私は部屋の電話から、11時半にチェックアウトするからと伝え、タクシーを予約した。
時計を見たら11時過ぎであった。シャワーを終えた麻由子が裸のまま出てきて、黒地に薄色グレーストライプのビキニ下着を着け髪の毛をドライヤーで乾かしている。もう麻由子は私の前では裸でいても全く気にならない様子である。私は服を着て椅子に座って、そんな麻由子を優しい眼差しで見つめていた。
支度を終えた麻由子に、これから危険なことがあるかも知れないからと言って、安全が確保出来るまで、私の指示に従ってね。と言って、麻由子に最後に忘れ物は無い様にと言った。分かったと麻由子は言って、私の側に来て、私の手を取り、私を椅子から立たせ、私の胸に顔を埋めた。今日の麻由子の服装は、黒のジーンズに黒の半袖シャツ、白のジャケットである。ほんとに女性と言う生物はどんんな時でも微妙にお洒落をするものだと感心してしまった。そんな麻由子を優しく強く抱き、「必ず安全に連れて帰るからねぇ」とまた強く抱いた。
麻由子から離れ、窓のカーテンを少し開けると、日曜なのか人通りが少なく、派手なシャツを着た若者たちが雑談をしながら歩いて行く。時間になり、私は麻由子の手をしっかり握って、空いてる手で麻由子のプラダのカバンと電気屋の紙袋を持って、「さあ、京都に帰るよ」と言ってドアを少し開け廊下の様子を確かめ、安全を確認して急いで廊下にでた
廊下には和服のご婦人が三人先に歩いていて我々もその後に続いた。エレベーターホールで、三人の和服の中年女性の後ろに並んでエレベーターを待った。ドアが開き三人の和服の中年女性は乗り込み、私達も後に続いた。中に入ると私達は振り返りドアの方に方向を変えてロビーに着くのを待った。後ろから中年女性の視線をビーム光線の様に浴びながらグッと耐えていた。どおせ、この壮年の男は援助交際の女子大生を連れて、泊まりに来たんだと絶対に思ってる。暫くの沈黙の後、エレベーターのドアが開き1階のロビーに着いた。私は急いで麻由子の手を引きカウンターに向かった。ロビーにはそれらしい人物は見当らなかった。カウンターで私が手続きをしている間、麻由子は私にピッタリと寄り添い
背中をカウンターにもたれてホテルのドアを見張っている様に指示した。精算を終えて、地図を開き、この美術館の正面は、かなり広いですよね。と地図を指してホテルマンに尋ねた。「はい、正面入り口は広くなっておりますよ、美術館からの宍道湖の夕陽がとても奇麗です」と言って観光を薦めてくれた。確認が取れた。私は地図を返し、礼を言ってタクシーは?と聞いた。ホテルマンは表に到着して待機しておりますと言って玄関を手で示してくれた。私は再度ホテルマンに礼を言って、麻由子の手を引き、急ぎ足で玄関の方に向かった。タクシーはドアを開けて待っていた。私は麻由子を先に乗せ、私も続いて乗った。運転手に「近くで悪いけどチップ弾むから急いで行って欲しいだけど」と言って県立美術館に行く様に告げた。タクシーが走り出すと、私は携帯を出して吉田に電話をした。「あっ、栄ちゃん。今何処?」エンジンの音で声が聞き取り難い。「どの辺まで来てるんだ?」吉田は大きな声で「松江市内に入りました。宍道湖が見えてます」と現在地を私に報告した。私は宍道湖の北西角、橋の袂に美術館がある。そこの正面玄関の広いスペースで待ってる。分かるかぁ?と言うと、吉田は「確認出来ました、直ちに向かいます」と応えた。私は「その正面玄関に、直ぐに飛んで来い」と指示を出し、吉田は「了解」と言って電話を切った。タクシーの運転手は、これから何が始まるのかと驚きながら県立美術館の正面玄関にタクシーを停めた。私は一万円をポケットから出し、運転手に手渡し「チップ込みね」と言ってドアから外に出て、麻由子が降りるのを待った。そのまま麻由子の手を引き奥の方の広めの場所まで走った。
その時上空から白い龍のヘリコプターが舞い降りてきた。ヘリコプターは私達の直ぐ近くに着陸した。麻由子は口を少し開けビックリして立ち竦んでいる。吉田が降りて来て、後ろのドアを開け手招きをしている。
私は麻由子の頭を押さえ、体を低くさせて小走りにヘリコプターに近づき、吉田の誘導で乗り込んだ。吉田はドアを閉めて、自分も乗り込み座席から振り返り、シートベルトと言って、ビルに「行け~」と親指を立てて上下に振った。私は麻由子にシートベルトをしてやり、私もベルトをロックした。私は直ぐにインカム付きのヘッドホンをして、ビルの肩を叩き、指を操縦席に突き出し、旋廻しろと指を回した。ビルは美術館の上空を旋廻し、少しづつ高度を上げてゆく。表の通りに黒い車が2台停まっている。黒いスーツを着た二人の男が立っていてこちらを見上げていた。
「やはり来ていたか」と独り言を言った。作戦は成功したと思い、我に返り吉田に紙袋を渡した。「お土産ぇ」・・「所長!」と大きな声でお怒りになられた。横でビルが大笑いしている。私は真面目な顔になり、二人に改めて感謝してる、「ありがとう」と礼を言った。さぞビックリしたであろうと麻由子を見た。麻由子は窓に顔を密着させる様に外の景色を見ている。下には松江市内と宍道湖が遠く離れて行くのが見える。取り合えず、麻由子の事はほって置いて、二人に「さぁ、京都に帰ろう」と笑って言った。私はビルに「疲れたら代わるからね」と言った。ビルは驚いて「え~っ、これ車じゃないよぉ」と笑いながら言うと、吉田が「所長はヘリ飛ばせる」と言うと、ビルは「やっぱり、所長は変人だぁ」と言って三人で笑った。麻由子は三人の会話など無関心で、生まれて初めてのヘリコプターの飛行に興奮して、景色に満足している様である。山間部に入り正面に大山が見えて来る。ビルが「所長、大山の近くを飛行する?」と聞いた。「そうだなぁ、どおせ帰り道だから寄って行こう」と言って賛成した。
私はビルに麻由子のヘッドホンを取り、このラインをBGMにする様に指示し、麻由子にヘッドホンをする様に指示した。
麻由子はヘッドホンから流れてくる音楽に体を動かし、迫って来る大山を見つめていた。
吉田は改めて麻由子ちゃんは大丈夫?と私に聞いた。私は麻由子を指差して、「これだもの、心配したら損するよ」と言って笑った。
ビルは「所長、まゆちゃんと結婚したら」と真剣に言うと、吉田は「それはどうかなぁ、友達か恋人ならわかるけど。結婚は難しいかも知れないね」と真面目に答えた。私は二人の話を聞いて「そうだねぇ、結婚はむずかしいね」とハッキリ言った。
麻由子は全く飽きないのか、離陸してから外の景色を見る事を止めようとしない。
だが、それは突然訪れた。麻由子は急に私の方を振り向き、普通に「ねぇ順ちゃん、おしっこ」と爆弾発言をされた。しばし、沈黙が続き、吉田が躊躇しながらも毅然として「麻由子ちゃん、あと一時間ぐらい我慢出来ないかなぁ」と代表して言ってくれた。麻由子は即答で「無理」と一言。また、しばし沈黙。その時ビルが「あっ、あそこにヘリポートがありますよ」と牧場の横を指差した。確かに、牧場にある施設の横に、大きく白でHのマークがハッキリと見える。「ビル、あそこに降りてよ」と言うと「ラジャー」そう言うとヘリコプターは左に旋廻し徐々に高度を下げていき、ヘリポートの上でホバーリングをして、ゆっくりと着陸した。私は麻由子を促しヘリコプターを頭を下げながら、降りて建物へ向かった。吉田も後に続き、ビルはローターが完全に止まるまで待って行くと言って操縦席に座っていた。私は建物に近づくと、そこは観光牧場の建物であった。中に入るとたくさんの観光客がいて、食事や買い物をしていた。大きな窓からは牧場が見えていて、牛が放牧されていて、観光客が見学しているのが窓越しに見えている。私は麻由子にトイレに行く様に言って、吉田にこの施設の管理者にヘリを着陸させた理由と料金を支払う様に指示して、私は喫茶コーナーでアイスコーヒーを皆の分を注文した。しかし、観光地であるから禁煙であるのが辛い。ビルがやって来て、私の前に座った。丁度アイスコーヒーが運ばれて来た。私とビルは、先に飲んで待つ事にした。
麻由子が笑顔で帰って来た。「あぁ、スッキリしたぁ」とご機嫌である。麻由子は私の横に座り、アイスコーヒーを飲みながら「順ちゃん、あそこに、新鮮搾りたて牛乳で作った絶品ソフトクリームって書いてある」と喫茶コーナーのカウンターの横の張り紙を指差して言った。私は、ビルと買いに行って来なさい。と小銭入れをビルに渡した。「ビル頼むな、姫の好きな物を買って差し上げろ」と笑って言うと「私もソフト欲しい」とビルがウインクをして、「まゆちゃん、行こう」と一緒にソフトクリームを買いに行った。一人でアイスコーヒーを飲んでいると、吉田が帰って来た。私は「どうだったぁ」と尋ねると「うん、問題ない。イベント用のポートらしく普段は使用してないらしい。駐機代として2万程渡しておいたよ」と言って、アイスコーヒーを飲み始めた。私は「ありがとう」と言って、麻由子とビルはソフトクリームを買いに行ってる。と言った。吉田はそうなんだ、と言ってニッコリ笑った。ビルがニコニコして、ソフトを舐めている麻由子を連れて帰って来た。麻由子は私を見て「順ちゃん、メチャ美味しい」もう麻由子は大満足であった。皆席に着いて、この施設や大山の話を暫くして、そろそろ行きますかぁ、と吉田は言って立ち上がった。ビルは吉田に続いて歩いて行く。私は麻由子がアイスコーヒーを飲み終わるのを待って一緒にヘリコプターに向かった。ヘリポートに着くと周囲の囲いの側に観光客が何組かいて、ヘリコプターを見ていた。その横を通り過ぎる時に、その中の一人の若い女性が「乗るんですかぁ」と聞いてきた。私は笑顔を作りながら無言で通り過ぎると、後ろにいた麻由子が、少し高めの声で「自家用ですの」と言いながらついて来る。それを聞いた観光客達は「へ~っ、自家用なんだって」と驚きながらワイワイ言っているのが聞えてきた。私は麻由子を振り向いて見たら、麻由子は私の横に来て「おほほっ」と甲高く笑ってヘリコプターに向かった。私は、えっ!と一瞬違う麻由子を見た気がしたが、頭を振って我に返り、急いでヘリコプターに向かった。
搭乗すると、麻由子はニッコリ笑い、私に「遅いわよ」と言ってビルに「出~発」と大きな明るい声で言った。ビルは笑いながら「ラジャー!」と言ってホバーリングを始めた。
私達は雑談をしながら、今後の行動をどうするか京都で話合いをしよう、と意見を一致させた。一時間程で福知山市の上空を通過した。
ビルは「所長、後三十分ぐらいで京都に着きますよ何処に降りますか?」と聞いた。
北の方にある国際会議場の進入道路の入口で降ろしてくれと私はビルに指示を出した。
暫く飛行を続けると下に国際会議場が見えて来た。ビルは高度なテクニックでヘリコプターを進入道路を少し入った場所にホバーリングをしながら高度を下げて着陸すると同時に私と麻由子は手際よく降りてドアを閉めて、親指で上を何度も指して行く様に指示した。
同時にヘリコプターは斜め右に旋廻しながら上昇して行った。幸いな事に周囲には人は居なかった。私は麻由子の手を引き、プラダのカバンを持って地下鉄の乗場に走った。地下鉄は直ぐに来た。電車に乗り込み椅子に座ると少し安心した気分になった。電車を烏丸で降りて東西線に乗り換える。ホームで待っている間にホテルに電話をして空室の確認をした。ツイン3室とダブル一室の空室は運良くあり、予約して直ぐに行くと伝え電話を切って、東西線で市役所前で降りた。改札口を通り、地下で繋がっているホテルの地下玄関に向かった。
エスカレーターで1階のフロントに行き、予約した島崎だと伝えた。ホテルマンが、宿泊手続きをするために、16階のエグゼクティブフロントに案内してくれた。ラウンジのソファに座ってウエルカムティーを飲みながら宿泊手続きをした。後ほど5名来るからと皆の名前を宿泊カードに記載しておいた。手続きが終えると部屋に案内された。東山側のジュニアスイートである。鴨川が下に見えている。私と麻由子の部屋はホテル側の都合でこの部屋になった。それとこのフロアには、シングルが無かったので研ちゃんの部屋もツインにしておいた。麻由子はプラダのカバンをテーブルの上に置き、椅子に座って、ボ~ッとしている。
かなり疲れたのであろう。私は京都に帰って来たね、と優しく麻由子に言った。麻由子は「ありがとう」と小さな声で、だけど気持ちの篭った声で言った。これからが大変だからね、と言って煙草に火をつけ、私も椅子に座った。
京都でホテルに泊まるのは、10年ぶりだと思う。麻由子も今は一人でマンションに帰すわけにはいかない。私は麻由子の家族が心配しない様に実家に電話をさせた。麻由子は部屋の電話から自宅に電話をし、暫くマンションには帰らないからと伝えた。麻由子は電話を終わるとニッコリと笑って「東京の友人達とホテルに泊まってるからって、言ったよ。それから、携帯が、今故障してるからって言っといたぁ」そう言って私の横に来て床に膝をついて、頭を私の大腿部に乗せて、右手で私の膝をさすっている。
私は「家の人、何て言ってた?」と聞くと麻由子は「はいはい」って。と頭を乗せたまま答えた。麻由子はほんとに家族から信頼されているんだなと思った。
携帯に吉田から電話である。無事、伊丹にヘリコプターを着陸させ、手続きを終えて、これからリムジンバスで京都に向かうと伝えて来た。私はご苦労様と労い、京都ホテルオークラに部屋を取っていると言い、吉田の名前でチェックインする様に伝えた。吉田は研ちゃん達には伝えておきますから、那覇にいる亀ちゃん達と、研究所の連中に連絡してくださいと言って電話を切った。私は直ぐに亀本に電話をした。無事に京都に着いた事、麻由子は無事な事、これから今後の相談を皆でする事などを話し、今回の件で心配かけた事を詫びた。会議の結論が出るまでは那覇にいて欲しいと伝え、電話を切った。続けて研究所で待機しているスタッフや研究員達に連絡した。宮本隆が電話に出た。亀本に話した内容を話し、明日から研究所は通常に戻して欲しいと伝えて電話を切った。
電話を終わると麻由子が冷蔵庫からコーラを持って来てくれた。一口飲んで息をつき、麻由子に礼を言ってコーラを麻由子に渡した。
麻由子も一口飲んで、コーラをテーブルの上に置くと、座っている私に覆いかぶさってきた。私の体を跨ぎ、首に両手を巻きつけ私の頬に自分の頬を擦り付けている。
私は好きにさせておいたが、「どうした」と聞いてみた。麻由子は何も言わず首を振るだけである。
私は少しベッドで休んだら?と言って、麻由子をベッドに連れて行った。麻由子をベッドに寝かすと時計を見た。3時過ぎであった。
麻由子に皆が来るまで一時間程あるから少し寝なさいと麻由子寝るように薦めた。
麻由子は寝たくないと言っていたが、やはり疲れているようで、暫くすると目を瞑ってしまった。
私はこれから、どうすれば良いのか考えていた。警察に連絡するのは簡単である。
彼らは、やはり只者ではなかった。あの素早い行動力、機動力は普通ではない。今回はラッキーであったと思っている。彼らは私の存在や私の行動力、コネクションを知らなかったからで、たぶん次はこの様な結果は望めないと思っている。
大学の同級生が警察や検察、それに法務省にも何人かいる。証拠が無くても、私が知り得る事実を話すだけで充分な事件になるとは思うが何か釈然としない。動機がまるでわからないのだ。それに、敦子の存在も理解出来ない。敦子の父親が、またその友人の京大の教授がどう関わっているのか?それに、ほんとに北朝鮮が関与しているのか、その事実も分からないのだ。
私は麻由子を誘拐した連中を許せないと思っている。それも自分の手で制裁を与えたいとも思っている。私は暴力が大嫌いであるから暴力的な解決は望んではいない。警察に任せたら実際に何処までの対応をしてくれるかはわからない。ましてや、北朝鮮が関与してると知れば、きっと全面的な解決は望めはしないであろう。やはり、自分の手で解決するしかないと思っている。それに今回麻由子を救出するのに多くの友人を巻き込んでしまった事がとても辛いのである。これから先は私一人で解決する事が最善であると思っている。
それには麻由子を安全な場所に移す必要がある。それに吉田やビルも危険である。当然研究所の事もわかるだろうし、皆を危険に晒す事になる。だから、早急に対処する必要があるのだ。先ずは、この事件が何故起きたのかを調べて見る必要がある。この事件の根源は何なのかを調べるのだ。勿論、北朝鮮の目的も調査する必要がある。厄介な事だが皆を守るためにも、やらなければならない。
そして、頭の中に捜査するためのコネクション描いて見た。
時計を見たら16時であった。部屋のチャイムが鳴り、覗窓で確認してからドアを開けると、吉田、ビルそれに研ちゃんと由美子、美津子がドアの前に立っていた。
私は笑顔で彼らを部屋に招き入れると、麻由子を起こした。新めて私は皆に礼を言った。
麻由子は皆に深々と一礼し、由美子や美津子と手を取り合って無事を喜んでいた。麻由子は、研究所の女性陣とはかなり仲が良いのである。由美子が「まゆちゃん、大変だったねぇ」と言われ、ニコッと笑って麻由子は「でも、必ず順ちゃんが助けに来てくれると思ってたから」と言って私をチラッと見た。
私は皆をそれぞれ座る様に薦め、応接室の椅子に座り、足りない椅子をベッドルームから持ってきた。皆が座ると私は今回の協力と救出に感謝していると伝え、再度礼を言った。
私は煙草に火をつけると、麻由子が応接室の空気清浄機のスイッチを入れに席を立った。
麻由子は皆コーヒーでいい?と聞いて、部屋の電話からラウンジに電話している。皆、それで良いと言って、「順ちゃんはアイスコーヒーね」と言って注文をした。
私は麻由子に礼を言って。話を続けた、「麻由子の話では、北朝鮮が何らかで関わっているらしい」しかし、確たる証拠が無いと言って、事件にするか、事件になるかすごく微妙なんだよ。と皆に言った。
そして、京大を調査した研ちゃんに調査報告を聞いた。「研ちゃん、京大どうやったぁ」
研ちゃんは、カバンからノートを取り出し報告を始めた。「先ず、宮川教授も松本教授のどちらも北朝鮮との関わりは、全くありません。でも、面白い話があって、松本教授の奥さんが北朝鮮三世だと言うんです。でも一度も本国へ帰った事も北の教育を受けた事も無いそうです。学校も日本の学校だったそうですから」と話し終えると、由美子がこれは偶然得た情報なんだけどと前置きして、麻由子の顔を見て話し始めた。「実は京大で調査してる時に、まゆちゃんと同じサークルの人達に会ったの。その中の一人が敦子さんのことを少し知ってると言って話してくれたんだけど、彼女、親しい友人に北朝鮮人の男性がいたそうなの」「今も付き合っているかは知らないけどって言ってた」聞き終わって、暫く沈黙が続いた。麻由子は下を向いて泣いている様である。
由美子は麻由子の側に行き、ベッドルームに誘った。後に美津子も続き三人でベッドルームに入って行った。
「う~ん、何か話がややこしくなったなぁ」
「問題は動機だよ、動機」と言って吉田は天井を仰いだ。
暫くみんな考えていた。私は煙草に火をつけて、「こりゃ~、警察に話しても笑われるだけやね」と少し笑いながら言った。
「このまま、黙って手を引くか、それとも真相を徹底的に追究するか、どちらかだと思うけどね」「みんな、どう思う?」と皆に私は聞いた。すると吉田が「どおせ所長、結論は出てるんでしょう」と笑って言った。ビルも研ちゃんも、「うん、うん」と首を縦に振って笑っている。
「いやぁ~、バレてる」私は頭を摩りながら
「麻由子を酷い目に遭わせた奴等を許せなくてね。ガツンと償いをさせたくてね」と言ってから、「でも、これから先は私一人で行動するから、皆は手を引いて欲しい」と明日直ぐに宮古島に帰る様にと言った。すると直ぐに吉田が「駄目です。所長一人にしたら、何をするか分かりませんから」とキッパリと言って、ビルを見た。ビルは「私を忘れたらアカンやろ」と大笑いして言うと、研ちゃんも
「京大の調査はどうするんです?我々に任せてください」と言って、ビルを見て二人で笑って親指を立ててお互い合図をした。ベッドルームから由美子が出てきて「そうですよ、もっと情報を集められますよ」とニッコリ笑って言った。横に美津子もピースサインをして立っていた。
私は暫く黙っていたが、「ありがとう」と素直に礼を言った。私は調査は吉田とビルと三人でするからと伝え、研ちゃんと由美子と美津子には引き続き京大及び知人関係を調べて欲しいとお願いした。
すると、ベッドルームから「私も行く~」と麻由子の声がして、応接室に走って来た。そして「私も行く」と強い意志を持った声で私に絶対行くと言って聞かなかった。
「駄目だよ、まゆちゃんは。危険過ぎるから
おとなしくこのホテルに居なさい」と私は言ったが、麻由子は「彼らの顔を知ってるのは私だけよ。私が居なければ調査は難しいんじゃない?」と真剣な目で言ってる。そして周りの吉田やビル、研ちゃん、由美子と美津子を見て同意を求めていた。
ビルは「所長、まゆちゃんの方が正しい。連れて行った方が安心なんとちがう」と私に麻由子の援護射撃を撃ってきた。吉田も「一緒の方が安心かもね」と麻由子にウインクをして笑った。
「オーケー、わかった。まゆも連れて行くけど、私の指示に従ってね」と言った。
「分かってるって、ダーリン」とニコッと笑った。ビルが「えっ、ダーリンなん?」
由美子も美津子も「えっ~」と言って笑っていた。麻由子は「順ちゃんは恋人やねん」と宣言してしまった。私は頭を掻きながら「まぁ、それは・・・いいやん」と意外な展開で麻由子との事が露呈した事で少しうろたえてしまった。麻由子は由美子や美津子と手を取り合ってキャキャ騒いでいる。私と麻由子の事で何か盛り上っているのを、私の問いかけで割って入った。「それにしても、彼らの目的は何なんだろう?、人数もわからないし」と皆に問いかけた。すると研ちゃんが「宮川教授や松本教授に関係する施設と言ったら、島根大学か島根原発だと思うんだけど」と言った。
「じゃ、島根大や島根原発で何をしてると思ってるの?」と吉田は研ちゃんに尋ねた。
「それは、わからないけど」と研ちゃんは前置きして、京大で調べた一部だけどと、言って「松本教授はウラン濃縮装置の小型化に成功したと聞きました。彼らはそれを狙っているんじゃないでしょうか」と言うと、吉田は「でも、どんなに小型化に成功しても、簡単に国外に持ち出す事は、難しいんじゃないかなぁ」吉田は続けて「空も海も難しいとおもうよ。それに新潟の定期船も、まだ入港禁止だしね」と言った。私は皆の話を聞いて「その装置の大きさが問題だよな」と言って、研ちゃんに、調べて欲しいと言った。ビルはいったいどんな方法で持ち出そうと考えてるのかと、皆に問いかけた。暫く沈黙があって、私は、そうだと思い「あるよ、装置の大きさとか、分解可能かによるけどね」と考えを言った。皆はえっと言う顔をして代表して吉田が「どんな方法ですか」と聞いた。私は「水中だよ」と笑って答えた。「たぶん、島根原発の沖合いの海中に潜んでいるはずだ」と言った。皆は「あぁっ、潜水艦」と言って、納得した様に頷いていた。吉田は「所長、でもどうやって水中にいる連中の潜水艦を見つけるんですか?」と不思議そうに聞いた。ビルも「かなり精度の良いソナーがないと無理なんと違うかなぁ」と吉田の言葉に続けて私に尋ねてきた。私は「必ず見つける。ビル、嘉手納の友人はまだ基地にいるかい?」とビルに尋ねると、ビルは「はい、まだ居てるけど、彼に何か用事なん?」ビルは驚いた顔をして聞き返してきた。私は応接室に置いてあったメモ用紙に必要な物を書き、「これが手に入るか聞いて欲しい。勿論レンタル料は払うから」とビルにメモ用紙を渡した。ビルはメモ用紙を受け取ると内容を確認した。そしてニヤリと笑い
「オーケー」と言って、携帯電話を上着から取り出し、ベットルームに行って電話をかけた。皆は何を頼んだのか知りたがったが、私は、少し待つ様に言った。麻由子はベッドルームを覗いてビルの電話に耳を澄ましている様だ。暫くしてビルがベットルームから戻って来た。ビルはニコニコしながら「オーケーだよ」と言って「最新型の持ち運びが出来る潜水艦探査器が基地にあるそうで、2台あるから、一台レンタル可能だそうだよ」とビルは電話の内容を皆に説明した。
「良くそんな装置を貸してくれたなぁ」と吉田が感心してビルに聞くと、ビルは笑っていた。吉田は「それで何時レンタルできるんだよ?」とまたビルに聞くと、ビルは「何時でもいいらしいんだが、条件があって、取りに行かないと駄目らしいんだけど」と首を竦めて私を見た。皆は、「そうだよ、誰が取りに行くんだ」とその方法を考えていた。私は皆を見回し、「そんなの亀ちゃんに決まってるやん」と言ってさらに「不測の事態に備えて那覇で待機してるんやろ」と言うと、皆、口を揃えて「あぁ」と頷き顔を見合わせて納得した。私はビルに「今夜か明日の早朝に嘉手納基地に亀ちゃんが器機を取りに行くと伝えてよ。それと、これも聞いて欲しいんだぁ、明日嘉手納から岩国に行く定期便があればそれに亀ちゃん達と器機を載せて欲しいんだけ
ど、聞いてもらえないかなぁ」と費用は払うからと付け加えビルにもう一度電話をする様に頼んだ。ビルは了解して携帯電話を持ってベッドルームに向かった。私はフロントに電話をして、詳しい道路地図の全国版を貸して欲しいと言って、部屋まで届けて欲しいと言って電話を切った。ビルが電話を終わって応接室に戻って来たのと同時に、部屋のチャイムが鳴り、ホテルのスタッフが地図を届けてくれた。私は地図を由美子から受け取りながら、ビルの答えを待った。ビルは「明日早朝に立川に行く便があるそうで、岩国を経由してもらう事が可能か調べてもらってる」と笑顔で答えた。私はビルに礼を言って、引き続き交渉をして欲しいと伝えた。そして、由美子にフロントに行って、明日の出雲か米子行きの飛行機の便を調べて欲しいと言うと、美津子と一緒にフロントに行くとドアに向うと
麻由子が「私も行く」と言って由美子と美津子の後を追った。ビルの携帯に電話が入った先程の交渉相手である。ビルは頷き礼を言って電話を切った。ビルは「明日の早朝に嘉手納基地の正門に来て欲しいそうだよ。今夜中に書類を作成して、日本人技術者二名と器機を岩国基地まで空輸するとの事でいいよね」と私に報告した。私は上出来だと礼を言って吉田に「亀ちゃんに連絡して、今夜嘉手納基地の・・誰だっけビル?」とビルに尋ねた。
「ジョージ・ハミル少佐、軍事器機開発チームの主任だよ」と言って、電話は私がするからと亀山の携帯に電話をして、詳しい内容を説明した。「今夜9時に嘉手納ロータリー北側の沖縄海邦銀行の近くにある、「GILL」と言うバーに来て欲しいそうだよ。その時に必要な書類を渡すそうだ」と言うと、吉田が電話を代われと言って携帯を受け取り、「明日岩国基地の前にレンタカーを準備しておくからそれで、器機を持って松江に来て欲しい。詳しい場所は明日連絡するから」と言って、内容を確認して電話を切った。吉田はレンタカー会社に連絡をして、車を明日9時に米軍岩国基地の正門に停めて待っていて欲しいと伝えて、大きめのライトバンの契約を完了した。そして吉田は携帯電話を出して、何処かに電話を繰り返している。何度かの電話が終わり、私に「所長、船の準備が出来たよ」と言った。境港の船舶会社に連絡が付いて、海洋調査と言って島根原発の近くに船を停泊出来る港は無いかと尋ね、その港までチャーター船を移動し待機して欲しいと伝え、了承してもらったと報告した。船の到着は明日の午後3時であると付け加えた。私は吉田を労って、何処の港?と聞いた。吉田は、かなり田舎になるが「片句」と言う小さな漁港らしいと言った。そこからなら原発まで二十分ぐらいで行けるそうだと言った。器機の受け取りの準備が出来て、その輸送方法も出来た。船も準備できたし、後は我々が移動する手段なんだが。と思っている時に、由美子が二人を連れて帰って来た。由美子の報告では関西からの米子行きは無いらしい。出雲行きであればJALが11時20分発であると言った。私は了解し「それで行こう、席を予約してよ」と由美子に伝えた。すると横から麻由子が「もう取ったぁ」と笑顔でVサインをしている。
私はあらためて、皆にありがとうと言って、
これで準備は出来た。時計を見たら6時半であった。私は「明日からどんな状況になるか分からない。だから、今夜は美味しい物でも食べてぐっすりと寝よう」と言うと、一番に麻由子が「やったぁ」と気勢を上げ、若い連中に連鎖した。各自自室に戻って荷物の整理をして、7時半にロビーで待ち合わせる事にした。私は吉田にフロントで店を探して貰って欲しいと依頼した。私の行きつけの店は日曜日は休みなのである。
各自それぞれ部屋に戻って行き、部屋には麻由子と二人になった。麻由子はこれからの食事にワクワクと心を弾ませ、かなりのご機嫌である。麻由子は座っている私の後ろから抱き付き「何を食べに行くの?」と甘えた声で聞いて来た。私は何でもいいよ、皆の食べたい物を食べに行こう、と答えた。
「私、お寿司がいい~っ」と言って、お寿司お寿司と言っては部屋の中をスキップしている。こりゃ、事件の張本人とも思えませんなぁと、あらためて、麻由子の天然に呆然とするのであった。私はまだ時間があったので、シャワーをして来ると、バスルームに行ってシャワールームのガラスドアを開け、頭からしっかりとお湯を浴びて、心を落ち着けた。
シャワーを浴びて、新しい下着に着替えて、応接室に戻ると、麻由子が洗濯物をランドリー袋に入れていた。下着は今夜お風呂で洗うと言っている。食事の後で、下着と着る物を買ってあげるから、と言うと「やったぁ」と完全に元気を取り戻している。
私は麻由子を誘って、一階のロビーに向かった。既に皆揃っていて雑談をしていた。吉田はフロントで係りの男性と話をしていた。
吉田が話を終えて我々の所に戻って来て、私に「所長、予算は?」と聞いたので、私は今回のお礼とお詫びだと言って「予算なし」と言った。吉田は「それでは、特上のお店にご案内致します」と右手を大きく入口に振ってタクシー乗場に案内すると言って先を歩き始めた。皆、ワイワイ騒いでいる。どんな店?何を食べるん?遠いの?ワイン飲みたい、日本酒がいいとか、まぁそれは好きに喋ってるのを笑顔で聞いていた。
吉田はタクシー乗場で、私に「菊の井」知ってますよね」と聞いて、知っていると答えると、「ビルと麻由子ちゃんを連れて行ってください、私は残りの彼らを連れて先に行きますから」と言って、研ちゃん、由美子、美津子をタクシーに乗せ先に出発した。私はビルに助手席に座るように薦めて、麻由子と後部座席に座り、運転手に「八坂の菊の井」と言って前のタクシーに付いて行く様に依頼した。
麻由子が「ねぇダーリン、菊の井ってミシェランで三ツ星貰った料亭と違うの?」するとビルが「えっほんと」と驚いていた。私は今日は日曜やから大きな店しかやってないねん、と言って、本来は我々が行く様な店やないかも。と言ってから、しかし今日は吉田に任せ様と言って、お腹を摩った。
10分程で高台寺近くの店に着いた。立派な店構えに、由美子と美津子は記念撮影を始めた。ビルも研ちゃんも呼ばれて仲間に入って記念撮影をしている。私は店の方にお願いして全員で撮影した。店に入り二時間半程彼等は京料理を堪能したのであった。静寂な店の外に出るとビルが、「所長、もう少しお酒が飲みたいよ」と言うと、吉田も賛成と言って私の顔を見た。麻由子も「ねぇくらまに行こうよ」と言った。由美子が、そこはお酒を呑むとこ?って聞くと、「感じのいいバー」って言うと、皆行こうと、私の返事を待っていた。私はニッコリと笑い、店の方にタクシーを呼んでもらった。近くなので5分ぐらいでバーに着いた。このバーは麻由子とのデートの場所である。私が京都に来た時は必ず行くデートコースである。
(つづく)
幼稚な表現で小説とは言えないけど、次の作品のステップになっていると思います。




