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クルーウェル・ワーカーズ  作者: 七篠敏明
8/16

[暗雲] : 二人目の葬儀屋

◇◇◇◇◇

・・・あの夏の奇妙な出会いから、クレアは各地を飛び回って(彼女に関してはこれが比喩に聞こえない)情報収集をする傍ら、経過報告と銘打っては隠れ家に顔を出し、ジェンキンスの手料理を心ゆくまで堪能した後、ルークに口喧嘩を心ゆくまで吹っかけて帰っていった。


そんなある日、日課のロードワークから帰ったときのことだ。


割りかけの蒔が夕日を受けて赤く赤く光っている。辺りはしんと静まりかえり、風ひとつ吹いていない。住み慣れた隠れ家の近くでも、こんな日はじわりと心細くなる。


家の扉に手をかけようとすると、家の中から戸が開かれた。ジェンキンスが出迎えてくれたのかと思ったが、意外にも扉を開けたのはクレアだった。


「なんだクレア、また来てたのか。エリートも暇なんだな。」


いつものように軽口を叩くが、クレアは反応を示さなかった。様子がおかしい。いつもの気の強い明るさは身を潜め、顔を青くしている。


「ルーク!アルバートさんが・・・アルバートさんが・・・!」


クレアはかなり狼狽している。ルークは慌てて室内に入った。


そこには脂汗をかいたジェンキンスが横になっていた。左足を露出しているが、赤く腫れ上がっている。


「ジェンキンス!どうしたんだ!?」

「ルーク様、申し訳ありません・・・年には・・・勝てませんな・・・。」


ジェンキンスの足の様子を見る。


「毒か?」

「・・・グリズルの唾液ですよ。牙を足に刺してしまうとは、不覚を取りました・・・。」


その時の状況を思い出す。ジェンキンスがグリズルの頭上から剣を突き立てたその時、グリズルの露出した牙がジェンキンスの左足を傷付けたのだろう。唾液には猛毒が含まれている。


「私を助けてくれた時だよね・・・私のせいだ」

クレアは泣きそうになっている。

「お気になされるな、私のミスです。それにクレア様は、ルーク様が戻られるまでハンドヒールを掛け続けてくれたではありませんか。」


「ただの見様見真似だよ・・・効果があるかどうか・・・。」

「すまないクレア、ありがとう。」

ルークが振り返って心からの感謝を伝えると、クレアは照れて赤い顔を背けた。

「私の素人魔法より、早く医者に見せたほうがいいんじゃない?」

「・・・無駄でした。」

心配そうなクレアに、ジェンキンスは沈痛な面持ちで答える。

「一度毒が回ると、快復の術はないと医者には言われました。今までは何とか薬で誤魔化していましたが・・・。」


「どうして黙っていたんだ?」

「ルーク様にご心配をおかけしたくなかったので・・・つい・・・。」


部屋に重苦しい沈黙が訪れる。ルークは正直困惑していた。育ての親であり、自分の中では無敵の老人ジェンキンスが見せる、初めての弱さだった。


「ちょっと」


クレアが急にルークの手を引いて外に連れ出しす。クレアの白く細い指は痛いほど強くルークの腕を握りしめていた。


日が沈み、外気はすうっと冷え始めていた。クレアが閉めた扉に背をつけて静かに話し始める。

「アンタ、アルバートさんがどうやってこの生活を続けるためのお金を作ってるか、知ってる?」


「いや・・・」


それは昔から疑問だったのだが、ジェンキンスは決して答えず、時たま家を留守にしていた。


「私は最初、スポンサーか蓄えでもあるのかと思ってた。・・・クライアントの素性を詮索するのは規定違反なんだけどさ、」

クレアは続け難そうに言い淀んだ。


「続けてくれ。」

「・・・クルーウェル・ワーカーズって知ってるよね、暗殺ギルド。そこの仕事を・・・請け負ってるみたいなの・・・。」

クレアは潤んだ瞳を下に向けてそう話した。

「ジェンキンスが昔所属してたギルドだな・・・古巣に戻ったって訳か・・・。」

知らなかった。胃の奥からどろりとした罪悪感がこみ上げる。

「もっと悪いことにね、既に引き受け済みの仕事が何件かあるみたい。」

「キャンセルしてもらう他ないな。安静にさせないと・・・命が危ない。」

しかしクレアは辛そうな顔で続けた。

「キャンセルなんてあのギルドには通用しないわ。請負人が生きている限り、どんな理由があろうと仕事の放棄は裏切りと取られる。報復として殺されるかも・・・。」

「そんな・・・」

「それにね、アルバートさんが仕事を続けるのにはもう一つ理由があって」

クレアはルークの目をまっすぐ見つめて言った。

「アンタのお父さんとお母さんを殺した二人、ギルドから正式に暗殺依頼が出てるの。」

これも初めて知る事実だった。

「アルバートさんが引き受けることで経費はギルド持ち、つまり私たち商会への情報料も捻出できるってわけ。」

しばらく思巡してから、ルークは答えた。

「・・・クレア、ありがとう。俺、何も知らなかった。知らないまま、ただジェンキンスに甘えてた。」

「・・・私には、教えてあげることしかできないから。」

「十分だ。」


ルークは室内へと戻った。


「ジェンキンス、話はクレアから聞いた。」


「・・・・・・。」

ジェンキンスは何も答えない。


「俺がジェンキンスの跡を引き継ぐ。暗殺の仕事を俺にやらせてくれ。」


ジェンキンスが驚いた表情に変わる。


「しかし・・・それは」


「不満か?俺に一番向いている仕事だと思うぜ。育ての親は誰でもない、ジェンキンスだからな。」


長い沈黙が訪れる。ジェンキンスは目に涙を溜めていた。


「ルーク様・・・私が不甲斐ないばっかりに・・・」

ジェンキンスは無念そうに呻いた後、愛用のナイフをルークに差し出した。スプリッターという俗称のアサシンナイフらしい。

「決して無理はしないで頂きたい・・・!何があっても生きて戻るのです・・・!」


こうしてルークは二代目葬儀屋となった。自分の追っている仇と同じ殺人者に身を落とすことに抵抗が無かった訳ではないが、これまで何も知らずジェンキンスに手を汚させ続けてきたことへの罪滅ぼしでもあった。


その後、外にクレアを呼びに行ったが、そこにはもう彼女の姿は無く、季節外れの雪がちらついていた。


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