[迎撃] : 人殺しの夜
◇◇◇◇◇
扉が静かに開き始めたと思うと、ロングソードを構えた男が扉を蹴破った。
ジェンキンスが侵入者の一歩目に合わせるように飛び出し、衝突する。
いや、違う、流れるような動きで侵入者に致命的な一撃を加えている!ロングソードを構えたまま、突入の勢いで侵入者が前に倒れこむ。
首には深々とペティナイフが突き刺さっていた。
「クソッ!」
カンテラを持ち、後ろに控えていた男が一歩引いて間合いを取った。カンテラから漏れる光が魔法陣を描き、物理魔法(注1)による反撃を試みている。
しかしジェンキンスは一人目を屠った不安定な体勢のまま、次の攻撃に入っていた。利き手に持ったナイフを、ダーツを投げるように鋭く最小限の動きで放った!
ナイフが両目の間に突き刺さり、男は力なく倒れる。魔法陣は火が風に吹かれたように揺らめいて消えた。
一瞬の出来事であった。しかし、ルークには一生忘れることのできない初めての「人殺しの夜」だった。
「ルーク様、ルーク様」
いつの間にかジェンキンスがルークを呼んでいる。
「お騒がせしました、急な来客がありましてな。」
・・・
母は、父の屍に折り重なるようにして絶命していた。両親を襲った犯人は、ルークの家に侵入した二人とは別の二人組だったようだ。ツーマンセルの2チーム体制(注2)。おそらくプロの仕事だ。
残る二人は結局捕まらなかった。
葬儀は三日後、大雪の降る日に行われた。
何人もの知らない大人がルークに同情と、暴漢への怒りを口にした。ルークは両親がもはやこの世にいないという実感のないまま、ジェンキンスの側にずっと立っていた。
「・・・お母上が自らを犠牲になさらなければ、四人に囲まれ、私もルーク様も無事では済まなかったでしょう。」
ジェンキンスが参列者の列を捌きながら言った。
「ルーク様、実はお母上がお亡くなりになったときには目撃者がいました。暴漢に殺されたその瞬間です。」
不意に目眩がする。
「暴漢に痛めつけられて尚、息子・・・ルーク様は見逃してくれと叫び続けたそうです。暴漢に切り刻まれながらです。」
あの優しい母を、力強い父を奪った犯人への怒りと悔しさから、ルークの目に涙が溢れた。
「幼いルーク様にこのような話をするのは酷です。・・・しかし・・・話しておかねばならぬのです。怒りを劣化させないために。」
ジェンキンスはルークの手を握った。
「この年老いたジェンキンスめの代わりに、ルーク様、あなたがご両親の仇を取ってくだされ。それがご両親に出来る唯一の弔い・・・!」
ルークはジェンキンスの、皺だらけながら大きな手を強く握り返した。
執事になった経緯は分からないが、元腕利きの暗殺者、それがジェンキンスの正体だった。昔はクルーウェル・ワーカーズという暗殺ギルドに所属していたとルークに語った。街を離れたルークは、それから数年間、ジェンキンスに暗殺術を叩き込まれることになる。
(注1): 物理魔法と聞くと、どこか矛盾しているように聞こえるが、ニュートン力学的なエネルギーを発生させる魔法の総称程度に考えて問題ない。本文中の魔術師は高周波による物体破壊を得意としている。
(注2): 少数精鋭チームによるヒット&アウェイ戦術でよく用いられる編成。片方が囮または大火力による戦闘を担当し、もう片方がサポート、奇襲、情報収集を担当する。全滅を避け、確実に戦況を報告する目的もある。