[結末] : 回る車輪
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俺は真っ白な空間にいた。ここはどこだ。俺も・・・死んだのだろうか。体の感覚がない。
どこからか声が聞こえる。
「ルーク・・・大丈夫・・・?」
「俺の息子がその程度か?」
「ルーク様・・・勝機はいつも、逆境とともにあり・・・。いつぞやお教えしましたな。」
これは・・・幻聴か?
ーク・・・
ルーク・・・
「ルーク!」
段々と声をはっきり認識できるようになる。
「ルーク!起きろコラ!ルーク!」
聞き覚えのある声だ。
「起きろ!死ぬな!普段はあんなにスカしてるくせにもうダウンか!ルーク!」
これは・・・クレア!
体の感覚が戻る。胸に鋭い痛みを感じた。
「ゲホ!ガハッ!」
ゼイゼイと息をする。幸運にも肺や心臓に傷は付いていないらしい。
「ルーク・・・!」
クレアは屋根の上で泣きながら笑っていた。良く泣く奴だ。
「戦闘には出て来るなって言っただろ!」
クレアはもう一人が逃げ出した時のために監視を頼んでいた。
「人が心配してあげてるのに、何よそれ!」
「・・・心配されるのは貴様の方ではないか?」
馬車の上の男が愉快そうに呟く。
「まずはこの女からだ、葬儀屋!」
男が雪を圧縮し始めた。思うように動かない体を引き起こし、男の元へ走る。
「チッ、その傷でまだ動くか。」
男が残った木の欠片を俺に飛ばす。
防壁魔法!木の破片が防壁に突き刺さる。全く同じタイミングで雪の圧縮を終えた男は、クレアに氷の散弾を飛ばした!
「させるか!」
俺はさらに横飛びで防壁を創り出す。
バチチチチ!
防壁が散弾を受け止めた。
「むぅ・・・!?」
男はここで初めて異変に気付く。
「防壁が・・・三つ・・・?」
そう、既に三つの防壁が存在するのだ。先ほど・・・男の掌にスプリッターを刺した時、気付かれぬよう創っておいた。さらに回り込み、俺は
四つ目の防壁を創り出す。
「まさか・・・これは防壁ではなく・・・結界だと言うのか!?」
「なぜ俺や先代が葬儀屋と呼ばれたか知っているか・・・?」
四つの結界が男へと集結する。
「『生者の柩』、それが結界の名前だ。」
「生者の・・・柩・・・!!」
男は完全に結界で囲まれた。
「フフ、例え結界に囲まれようが、我が矢で貴様を貫くことはできるぞ!」
しかし、男の回りに浮遊する氷の散弾や木の破片は動かない。
「!?なぜだ、なぜ・・・言うことを聞かぬ?」
「生者の柩は生けるものから全てを奪う。埋葬された者に矢は必要ない。」
俺は手を広げて空に掲げる。
「そして復讐は・・・果たされる。」
ふっ、と男は微笑む。
「・・・見事だ。」
手を握りしめると同時に、周囲に浮遊していた"矢"が、その中心の男に向かって突き刺さった。
「ぐうううううッ!」
呻き声を上げ、男は馬車から転げ落ちる。
俺は男の元へ歩み寄った。
虚ろな目でこちらをら見る。
「後悔・・・したか?」
俺は男に問いかけた。
「するかよ・・・。お前は・・・満足か?」
「・・・ああ。」
「それは・・・良かったな、レッドレイクの子よ・・・、回る・・・回るのだ、全ては回る・・・。」
そう言って、男は動かなくなった。馬車の車輪はまだ回り続けていた。
「ルーク!」
走ってきたクレアが俺に抱きつく。
ふわりと、懐かしいような良い香りがした。
「おい・・・俺、一応怪我人なんだが・・・。」
「無事で良かった・・・!本当に・・・!」
クレアは横たわる男の死体を見て目を伏せたが、すぐに俺の目を見つめて言った。
「逃げよう、私と何処か遠くへ!まだ引き返せるよ・・・!」
「・・・一仕事残ってる。俺に引き返す場所なんて無いんだ。前に進むしかない。」
もう一人が潜伏する家を見て俺は答えた。
「ルーク・・・殺されちゃうよ・・・!」
「・・・クレア、すまん。必ず生きて帰る・・・それから居場所を連絡する。君一人で逃げろ。」
クレアは目を閉じた。
「いらない。」
ゆっくりと俺から離れて、優しい目線を俺に注いだ。
「自力でアンタのこと見つけるよ、私に見つけられないものなんて」
「・・・無いんだったな。」
「全部、自分の目で確かめて。」
クレアは去り際にそう言った。
遂に残る一人が潜伏しているであろう家の扉に辿り着いた。家に灯りはなく、誰もいないように静まり返っている。しかしクレアの情報だ、間違いは無いだろう。
トラップが仕掛けられてないことを確認して、俺は扉に手を掛ける。鍵はかけられていなかった。ガタンと音を立てて扉が開く。雪が家の中に舞い込んだ。
部屋の中も沈黙と暗黒が支配していた。目が慣れてくる。よく整頓された、物の少ない家だ。視界の隅に違和感があった。奥のテーブルに黒い影がある。それは気配もなく椅子に座っていた。
「ノックくらい、するもんだよ。」
女の声だった。
俺は瞬時に投げナイフを投擲する。風を切って女の体が存在するであろう場所に投げた。しかしそれが命中する音は聞こえてこない。
カッ
女はテーブルにナイフを突き刺していた。
「・・・少し話しよう。それからでも遅くない。」
女はテーブルのランプに火を灯した。一瞬目が眩んだが、すぐに相手を睨む。金髪の、綺麗な女性だった。母が生きていればちょうどこのくらいの年齢だろうか。
「外は寒かったでしょ、暖かいもの淹れるよ。・・・と言っても白湯しかないんだけどさ、貧乏でね。」
女はポットを魔法で熱し始めた。
「お前の仲間を殺した。今、そこでだ。」
「・・・夫だよ。」
女はまるで男の姿が見えているように目を細めた。
「私も夫も、この日が来ることは分かってた。夫はね、あなたに殺されるなら本望だ、なんて言ってたのよ・・・。本当・・・馬鹿だよ・・・男は皆あぁなのかね。」
俺は予想外の展開に虚を突かれていた。
「お前は・・・俺の両親を殺した。その復讐に来た。」
「ええ、知ってるよ、ルーク・レッドレイクさん。あなたのご両親も良く、ね。」
「なぜ・・・二人を殺した?なぜだ!?」
「それはね・・・」
「ルーク、あなたと同じなの。」
「同じ・・・?」
「私たち夫婦はね、通称"ファミリー"と呼ばれる武装ギルド、カーネルファミリーに所属していた・・・。私たちだけじゃない、私の一族も夫の一族も、代々"ファミリー"の構成員だったの。」
そのギルドはクレアが情報を盗んだ組織だ。
「"ファミリー"はね、何十年も、何百年も前から、ある暗殺ギルドと抗争を続けているの。」
「まさか・・・。」
「そう、クルーウェル・ワーカーズ。あなたと、葬儀屋アルバート、それに」
「あなたのご両親も、その一員だった。」
「嘘だ!」
あの二人が暗殺者だったなんて、俺には信じられない。
「・・・本当のことよ。疑うならあなたのガールフレンドに聞いてみるといいわ。商会は全てを知っているはずよ。」
俺はすっかり、女の話に飲み込まれていた。
「もっとも、あなたが生まれる頃には二人とも組織を抜けようとしていたのだけれど、ね。」
「じゃあ・・・まさか・・・二人を殺した理由って・・・。」
「復讐・・・。私も夫も、あなたのご両親に親を殺されてるの。」
衝撃が走った。そうか。俺が殺したあの男は俺であり、俺はあの男なのだ。全ては・・・同じなのだ。
「あなた、祖父母はいらっしゃる?」
「いや・・・。」
「もしかしたら・・・あなたの祖父母も、私たちの両親か、"ファミリー"の人間が手に掛けたのかもしれない。」
なんという因果だろう。この世は憎しみに満ちていて。回る、回る・・・全ては・・・回る。
「・・・世の中全てが嫌になった、そんな顔してるわね・・・。私たちもそうだった。殺したあなたのご両親に、私たちの息子と同じくらいの子供がいると知った時、こんな私たちでも罪悪感で気が狂いそうだったわ。だから"ファミリー"から逃げて隠れたの。子供に同じ道を辿って欲しくなかったから。」
父と母も同じ気持ちだったのだろうか。俺を血みどろの抗争に巻き込みたくなかったのだろうか。そうだとしても、ジェンキンスは二人の死が許せなかったのだろう。まだ猛々しい暗殺ギルドの血が流れていたのだ。
女は白湯の入ったカップを二つ持ってきた。湯気がもうもうと上がる。片方のカップから白湯を啜り、もう片方をテーブルに刺さっていたナイフといっしょに俺に差し出した。
「あなたには・・・私を殺す権利がある。選びなさい。後悔の・・・無いように。」
しばらく、沈黙があった。
それから・・・俺は・・・・・・。
◇◇◇◇◇
〜月日は流れ〜
俺は、遠く離れた山で、丸太を組んだ家に身を潜めていた。ラークチェアに座り、白湯を啜る。最近、口髭を伸ばし始めた。自分でも父に似てきたと思う。
すると、誰か来たようだ。
俺にはなんとなくそれが誰だか見当が付いている。俺が出迎える前に、来訪者が扉を開け放つ。
「よう、来たか」
俺はニヤリと来訪者に語りかけた。
了




