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片翼のドラグーン  作者: 八月 あやの
第一章 国境、燃ゆる
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第8話 夜を越えて

 大きく翼を広げて風を切る天馬ペガサスの鞍上で、ブラッドは大きく息をついた。

「ふぃー、危ねえ危ねえ……」

 最後は危うく撃墜されるところだったが、何とか躱しきれた。これでひとまずは、この首も物理的に繋がっていられるだろう。よいしょ、と片腕に抱えた《擬竜兵( ドラグーン)》の少年の身体を抱え直し、ふとその首に絡み付く銀の鎖に気付く。

「ああ、忘れるところだった。取らないとさすがに死んじまうか……しかし、こりゃあ……」

 ブラッドは《擬竜兵( ドラグーン)》の少年の首にがっちりと食い込む鎖を見やる。これは研究所の方で開発された、《擬竜兵( ドラグーン)》制圧のためのマジックアイテムだ。何と総ミスリル製という、地味に贅沢な一品である。普段は認識票ドックタグのチェーンとして偽装しているが、キーワードを唱えると発動し、首を締め上げて呼吸と脳への血流を絞り貧血状態にして意識を失わせるという、なかなかにえげつないコンセプトのアイテムだった。《擬竜兵( ドラグーン)》は桁外れの回復力を持ち魔法抵抗も高いが、ベースは所詮人間であり、つまり人体の弱点などもそのまま持ち越してしまっているのだ。例えば首を刎ねられれば普通に死ぬ(ただし斬られ方によっては助かるところが恐ろしいが)。

 もちろん、当の《擬竜兵( ドラグーン)》たちはまさかタグの鎖がマジックアイテムだとは知る由もない。何しろ《擬竜兵( ドラグーン)》の戦闘力は圧倒的であり、万が一上官の命令を聞かず勝手に動くようになったら手に負えなくなる。その辺りを考えての、一種の安全装置だった。

 それがレドナでの大暴走の際に働かなかったのは、このアイテムの発動条件が“至近距離でキーワードを唱えること”だったからだ。何しろ鎖は細く、さほど複雑な術式が込められなかった。ゆえにどうしても、発動条件がある程度厳しくなってしまう。そしてレドナのケースでは、稼働試験という目的もあり、《擬竜兵( ドラグーン)》だけを先んじて市街に投入したため、キーワードを知る人間が近くにいなかった。そもそも、事前の検査では彼らの状態は安定しており、あれだけ大暴走するという事態そのものが想定外だったのだ。予定では、ある程度暴れさせ、重要施設を制圧させたら、《擬竜兵( ドラグーン)》は早々に呼び戻す手筈だった。それがあの大暴走。一度暴走が始まってしまえば、もはや近付く術はなかった。

 結果、《擬竜兵( ドラグーン)》四人の内三人を失うという損害を被ったわけだが、今回やっと、このマジックアイテムは本来の役目を果たした。しかし。

(こいつ、二本も鎖着けてんじゃねえか……よく死んでねえな、おい)

 アルヴィーは自分の分に加えて、戦死した仲間のタグも別の鎖に通して首に掛けていた。つまり、制圧用アイテムが二倍だ。当然、発動した際に締め上げる力も二倍となる。一本で《擬竜兵( ドラグーン)》一人を制圧するように設計されているのだから、倍の力で首を絞められれば、《擬竜兵( ドラグーン)》といえども下手をすれば命が危うかったかもしれない。

 だが今、アルヴィーの首から右肩、腕にかけてを、柘榴石ガーネットのような澄んだ暗紅色の鱗が覆っていた。それが彼の命を鎖の力から守っている。

「……《ウルニアスの鎖よ、安息を与えよ》」

 解除のためのキーワードを唱えると、発動が止まり、鎖はただのチェーンに戻る。しゃらん、と涼しげな音を立てて緩むが、アルヴィーの意識は戻らなかった。だが、首まで侵食していた鱗が、鎖の発動停止と共に徐々に右腕まで退いていき、最終的には右腕も異形ではあるがまだ人のそれに近い、通常の状態に戻る。ブラッドは息を呑んでそれを見つめた。

(無意識で力を解放してたのか……? だが、こうしてちゃんと元に戻る辺り、それなりに安定はしてるらしいな。――とりあえず、分析は後だ)

 彼は片手で手綱を操り、レドナから少し離れたところで大きく旋回させて針路を変える。追跡されることを考え、当初はわざと合流予定ポイントとは別の方向に逃げ、ある程度飛んで追跡がないことを確認した上で、本来の目的地に向かうのだ。もっとも、後続の隊員が引き続き後方の警戒を行うのだが。

 しかし――と、ブラッドはレドナの方角を一瞥する。《擬竜兵( ドラグーン)》をこうして奪還できたのは喜ばしいことだが、それと引き換えに、彼は二人の部下を失った。アルヴィーを連れ出すため、予めレドナ駐屯地に潜入させていた部下たちは、首尾良く駐屯地の騎士に成り済ましアルヴィーを連れ出すことに成功したが、その際の魔法騎士たちとの戦闘で脱出の機会を逸したのだ。彼ら情報部特殊工作部隊所属の隊員たちは、敵中に取り残され救出が望めない場合、情報漏洩を防ぐため自決することを教育されている。おそらくは、もう生きていまい。

 ブラッドは苦い顔になったが、これも必要な犠牲だと割り切る。軍部、ひいては祖国にとってまず優先されるべきは、何といっても《擬竜兵( ドラグーン)》の奪還だ。

 ベテランの隊員二人を失ったのはやはり痛いが、これも祖国のためだ。もとより情報部に所属するからには、二人もその覚悟はしていただろう。任務が終われば存分に悼むことにして、まずは作戦の遂行を優先させなければならない。

 二騎の天馬ペガサスは森の上空すれすれを飛び、合流予定ポイントに急いだ。

 そこは、レドナから数ケイルほど北に行ったところにある、森の中の空き地だ。もちろん最初から空き地だったわけではなく、魔法を使って急ピッチで木々を切り倒し開いた土地である。そこにはすでにギズレ辺境伯配下の魔法士たちが待機し、《エレメントジャマー》を稼働させているはずだった。

 やがてポイント付近に到達したブラッドたちは、天馬ペガサスを空き地に向けて降下させる。天馬ペガサスは合図に従って旋回しながら降下し、地面に足を下ろすとしばらく四本の足で歩いてから、手綱を引かれて止まった。先着していた部下たちが駆け寄って来る。

「隊長、ご無事で」

「ああ、何とかな。ただ、潜入させた二人はとうとう脱出できなかったが……」

「祖国のためなれば、あの二人も覚悟はできていたでしょう。――それで隊長、その少年が……?」

「ああ、《擬竜兵( ドラグーン)》だ。魔法士の方に一旦預けて、魔物の召喚を済ませちまおう。もうすぐ夜になるが、ファルレアンの騎士団も、おそらくすぐに追って来る。その前に魔物を召喚させて、騎士団とぶつけられれば儲けものだ」

 そしてそのゴタゴタに紛れて魔法士を始末し、《擬竜兵( ドラグーン)》と魔動機器、そして召喚用の術具を回収して撤収する――口には出さなかったその段取りを、だが部下たちも理解している。敬礼して、部下たちはアルヴィーを抱え、魔法士たちのところへと引き渡しに行った。

 ――ギズレ辺境伯配下の魔法士たちは、初めて見る敵軍の生きた戦略兵器《擬竜兵( ドラグーン)》を、興奮と畏怖がない交ぜになった面持ちで迎えた。

「これが《擬竜兵( ドラグーン)》か……確かに、凄まじいほどの魔力を内包しておるのう」

「たった四人でレドナのあの堅い防御を打ち破るとは……しかもまだ、二十歳にもなっておらんような子供ではないか」

「だが、これだけの魔力があれば、魔物の召喚も容易かろうぞ」

「準備はとうにできておる。後はこの少年の魔力で、陣を発動さ(はしら)せるだけじゃ」

 隊員たちの立会いの下、魔法士たちはてきぱきと最後の仕上げを進めていく。すでに地面には巨大な召喚陣が描かれ、術式を安定させるための術具や触媒などの類もすべてセッティングされていた。アルヴィーは、召喚陣の傍らの魔法で作られた石柱に鎖で磔の状態にされ、魔力の供給源とされる。要するに魔石の代わりだ。

 すべての準備が整うと、魔法士の中でもリーダー格らしい年配の魔法士が、杖を地面に打ち付けた。


「では――召喚を始めよ!」


 その声を合図に、召喚陣の周囲に等間隔に立った魔法士たちが、一斉に手にした杖を地面に突き立て、呪文の詠唱を始めた。術式が正常に稼働し始めた証に、召喚陣が淡い光を放ち始める。その輝きは見る間に強くなっていった。

「お、おおお……! 素晴らしいぞ、かように早くも、発動に足る魔力が集まっておるとは……!」

「……っく、う……!」

 興奮に声を上ずらせる魔法士とは対照的に、アルヴィーは外から強引に魔力を奪われる不快感に顔を歪ませる。そしてそれが刺激となり、彼はゆるゆると意識を取り戻した。

「……何だ、ここ……」

 反射的に動かそうとした手は纏めて鎖に戒められており、そこで意識が完全に覚醒する。

「何だこれ……っ、うああっ……!」

 暴れようとした瞬間、それまでにも増して魔力を吸い取られ、アルヴィーは思わず呻いた。彼の眼前で、巨大な陣はますます光を強める。

「ははははっ……これだけの魔力があれば、いくらでも魔物を召喚できるわい……! さあ来い、魔物どもよ! そして望むがまま、世を蹂躙して回るのじゃ!!」

 魔法士が狂笑し、再び杖を地に突き立てる。そして詠唱が完成し、召喚陣が一際眩く輝いた。


 ――オオオオオォォォォォォ……!


 響き渡る咆哮。召喚陣から、溢れんばかりの勢いで魔物たちが出現する。ゴブリン、魔狼デモンウルフ巨猿ヒュージコング、コボルトやオーク、そして。

「お、おおお……! ベヒモス! それにサイクロプスじゃと!」

 最後に召喚陣から出て来たのは、四足の巨大な獣、ベヒモス。それに続くのは単眼の巨人サイクロプスだ。どちらも十メイルを超える大きさがある。

「……うそ、だろ」

 アルヴィーは呆然と、それを見上げる。故郷を失ったあの日が、脳裏にまざまざと蘇った。


 ――まさか。

 村を襲い、母や村人たちを蹂躙していったあの魔物たちは――!


 愕然としたアルヴィーの耳に、その時、魔法士のしわがれた歓喜の声が聞こえた。

「はは……ははははは! 素晴らしい! あの時よりも遥かに大量の魔物ではないか! これならば、あの辺境の小村どころではない、王都まで進撃できるわっ……!」

 その瞬間――アルヴィーの中で何かが弾けた。


「ふざっ……けんなああああ!!」


 絶叫。怒りのままに振るった右腕が、鎖を易々と引き千切った。

「なっ……!?」

 瞠目する魔法士たちの視線を一身に浴びながら、地面に下り立ったアルヴィーは右腕を伸ばす。パキ、ピキン、と硬質な甲高い音を立てながら、その右腕を覆っていく澄んだ暗紅色の鱗。爪は鋭く伸び、右肩には袖を突き破って五枚の翅状の魔力集積器官マナ・コレクタが形成される。

 人とはあまりにも異質な《擬竜兵( ドラグーン)》の戦闘形態に、魔法士たちは声もなく魅入られたようにその姿を見つめた。

「……おい、そこのジジイ」

「ひっ……!?」

 アルヴィーはさっきからうるさかったあの老魔法士にほんの一瞬で肉薄し、異形の右手でその皺だらけの首を掴む。

「さっき言ってたのはどういうことだ。――九ヶ月前にレクレウスに流れて来た魔物、あれもおまえらの仕業か!?」

 炎のように苛烈に燃え上がる、赤みがかった琥珀の双眸に、魔法士は震え上がった。がくがくと頷く。

「そ、そうじゃ、ほ、本当はこのオルグレン領に放つはずの魔物が、手違いでギズレ辺境伯の領内に……! だ、だが、魔物をレクレウス領内に流したのは、レクレウス側の手引きじゃ!」

「……何だと?」

「ギズレ辺境伯にレクレウス軍の人間が近付いて来て、手を組んでおったんじゃ! せ、精霊除けの魔動機器を我々に提供し、魔物の召喚を試せと……! 魔物をレクレウスへ誘導したのは、そのレクレウス軍の人間じゃ!」

「デタラメ言ってんじゃねえよ……!!」

「う、嘘ではない!」

 必死にそう言い募る魔法士の表情には、確かに嘘の気配はなかった。

 さらに問い詰めようと、アルヴィーが口を開きかけた、その時。視界の端で、何かが光った。

「――ぐはっ……!」

 横合いから殺到してきた魔力弾が、魔法士の身体に直撃し、鮮血を弾けさせた。アルヴィーの右腕にも流れ弾が当たるが、当たった側から弾かれて掠り傷さえ残らない。

 だが魔法士は、一瞬にして血塗れになって息絶えた。だらりと脱力したその身体は、呆然としたアルヴィーの右手が緩むとどさりと地面に落下し、自らが流した血溜まりの中に沈んだ。

「うわあっ、何を……!」

「ぎゃああああっ」

 魔力弾は召喚を終えて退避した魔法士たちにも襲い掛かり、一人また一人と物言わぬ骸に変えていく。あまりの光景に立ち竦んだアルヴィーに、その時声が飛んだ。

「《ウルニアスの鎖よ、戒めろ》!」

「ぐっ……!」

 再び認識票ドックタグの鎖が発動し、首を締め上げてくる。だがそれから彼を守るように、深紅の鱗がさっと首筋まで広がり、遠慮なく締め付けてくる鎖と拮抗して軋むような音を立てた。

 それでも息が詰まってよろめいたアルヴィーの耳に、聞こえてくる声があった。


「――やれやれ、これで片が付く。早くこの《擬竜兵( ドラグーン)》を本国に――」

「後は魔物がファルレアン国内を引っ掻き回してくれれば、我が国の勝利は――」

「ついでに騎士団とかち合って潰してくれれば、楽でいい――」


 その瞬間、霞みかけていた意識が引き戻される。

(――ルシィ――!)

 魔物に襲われ噛み殺された村人、ベヒモスに蹴り上げられた母――そして、踏み躙られて何もなくなった故郷の村。それらの記憶が、爆発するように溢れ出す。

 その中に親友ルシエルの姿を見た刹那、アルヴィーの視界が紅く染まった。


「……あ゛あ゛あああああぁぁぁぁぁっ!!」


 それは、咆哮。

 首を締め上げられているとは思えない声量で吼えたアルヴィーは、鋭い爪と鱗が耳障りな不協和音を奏でるのも構わず右手で鎖を掴み、そして強引に引き千切った!

「な……っ、ミスリルの鎖を引き千切っただと……!?」

 驚愕に目を見開くレクレウス軍情報部隊員たちの眼前で、アルヴィーは右腕を振り上げる。

「っ、退避―――ッ!!」

 隊員たちが地面に突っ込むように身を伏せ――そして一瞬の後、アルヴィーの放った《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》が魔物の群れを一直線に薙ぎ払い、爆炎を巻き起こした。

「ギャアアアアアアッ!!」

「ウオオオオオオン!!」

 魔物たちが一瞬で燃え尽き、あるいは火達磨となって絶叫する。《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》は魔物の群れを通り越してその向こうの木々まで薙ぎ倒し、超高温の光芒に炙られた木々は一瞬で水分を飛ばされて、爆発するような勢いで燃え上がり始めた。

「……ブオオオオオオオオン!!」

「ガアアアアアアアアア!!」

 だが、最後に召喚されたベヒモスとサイクロプスは、立っていた位置もあり、他の魔物たちとは違って《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》の直撃を免れていた。それでも余波による炎が二体の足元も舐めたが、ベヒモスはその分厚く強靭な皮膚で耐え切り、サイクロプスは何と簡易な魔法障壁を発動させている。そして、攻撃を放ったアルヴィーに対して、最大級の警戒を込めて咆哮した。

「くそっ、こりゃちっとばかし読みを誤ったか……!」

 魔物の大半をあっさり焼き尽くした《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》の威力に顔を引きつらせながら、ブラッドはとにかく手近にある術具を掻き集め、手信号で部下たちに退避を命じる。もはやアルヴィーの確保どころではない。いかに祖国のためとはいえ、炎の海の中で怒れる《擬竜兵( ドラグーン)》と十メイル級の魔物二体の争いに割って入るような蛮勇は、さすがの彼も持ち合わせていなかった。

「急げ、退避だ! ひとまず友軍のところまで退くぞっ!」

「うわっ、火が――!」

 レクレウス軍情報部特殊工作部隊は、巻き添えを食わないよう可及的速やかに現場を離れようとするが、渦巻く炎が次々に退路を断ち、中には炎に巻かれて倒れる者もいる。ブラッドを始め数人だけが、身体強化の魔法を用いてやっと炎熱地獄から脱出できたほどだ。

 だから、さすがに気付かなかった。

 炎による上昇気流に乗って空高く舞い上がっていく、蒼い三つの目を持った小鳥の存在に。



 ◇◇◇◇◇



「――座標捉えました! レドナの北六ケイルの森林地帯! これより転移準備に入ります!」

 片眼鏡モノクル型の魔動端末デバイスに映し出された座標を、セリオは叫ぶように報告すると、手にした長杖スタッフを地面に突き立てた。全開で魔力を叩き込む。地面に浮かび上がった魔法陣は、いつも彼が使うそれとは比べ物にならないほど巨大だった。

「転移先座標、目標地点の南東二百メイルに設定! 敵性反応……目標地点付近に確認!――いや、大半が消失ロスト! ただし大型二体がなお健在……! 隊長!」

「構うな! 推し通れ!」

 使い魔(ファミリア)からの情報を読み、探知したが早いか消えた敵性反応に戸惑ったセリオだったが、ジェラルドの指示にすぐに平静を取り戻す。

「了解! 転移準備完了!」

「よし! 総員、転移陣に入れ! 一気に飛ばすぞ!」

 ジェラルドの声が飛び、急遽編成された《擬竜兵( ドラグーン)》奪還部隊は魔法陣に飛び込む。レドナの防衛にも人員を確保しなければならなかったので、奪還部隊に選ばれたのは戦闘力の高い魔法騎士が三十名ほどだ。その一員として自身の小隊を率い真っ先に陣に飛び込んだルシエルは、北の空を見上げて唇を噛み締める。

(アル、すぐに行くから――!)

「……行きます! 導け、《転移ムーブ》――!」

 セリオの転移魔法が発動し、陣が眩く輝く。魔法陣の上に立つ奪還部隊約三十人を、転移魔法は正確に、設定された地点に送り届けた。

 眩い光が消え、騎士たちが目を開けた時にはもう、辺りの景色はがらりと変わっていた。森のすぐ傍だ。本来であれば日も落ち闇に沈んでいるはずだったが、今、木々の間からは明々(あかあか)と燃える炎が見て取れ、さらにそちらの方から、ゴブリンやオーク、魔狼デモンウルフ巨猿ヒュージコングといった魔物たちが満身創痍、命からがらといった様子で逃げて来る。騎士たちもさすがに戸惑ったが、そこは日々訓練を積むエリート集団。次々に魔法で明かりを射ち出して視界を確保、うろたえることなく冷静に、魔物たちに止めを刺して狩っていく。

「おいおい、いきなり何だ? 大暴走スタンピードでも起きたのか?」

 ジェラルドが《オプシディア》で魔狼デモンウルフを真っ二つに捌きながらぼやいた。大暴走スタンピードというのは、魔物多発地帯といわれる場所で魔物が大繁殖し、その地域で養える限度を超えるために、住処や餌にあぶれた魔物が大量に流出する現象だ。ファルレアン王国では、《魔の大森林》で十年に一度ほどの割合で起こる。

「でもここ、ふっつーに国の西端っすよ! 場所違わねっすか!?」

 こちらは大剣を器用に振るい、巨猿ヒュージコングを串刺しにして魔法で燃やしながら、カイルが応じる。彼は身体強化魔法と炎の魔法に長け、剣を振り回せない場所では魔法で対処していた。

「よくやったね、《スニーク》。――目標地点、あの燃えてる辺りです! とにかく、早く火を消さないと――」

「よし、水か氷の魔法が使える奴は先に行け!」

「あ、ちょっと待ってください! ひとまずこれ……マナポーションです、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 使い魔(ファミリア)を安全な上空に避難させたセリオは、ジェラルドの指示に従って先行しようとしたが、ユフィオが気を利かせてマナポーションを差し出してきたので、有難く受け取ることにした。転移で大分魔力を使ったので、多少なりとも回復させておきたい。

「クローネル、おまえも行け」

「はい! 第一二一魔法騎士小隊、《擬竜兵( ドラグーン)》の奪還に先行します!」

 ルシエルは小隊を率い、魔物が流れて来る方向へと逆行して進む。途中、襲ってくる魔物は斬り捨て、炎を目印に森を駆けた。

 そして――目的地の少し手前で、驚愕の余り足を止める。

「これは……!」

 炎に巻かれた木々の向こうに、ぽっかりと空き地がある。そこに黒々とわだかまる巨躯――間違いなく、ベヒモスとサイクロプスだった。両方とも、目測ながら十メイルを軽々と超える大きさだ。幸いこちらには背を向ける形だったので、まだ気付かれてはいないが。

「十メイル級のベヒモスとサイクロプス!? そんな魔物がこの辺りにいるなんて話、聞いたことがありませんよ!?」

「……いや、種は分かった」

 ルシエルたちに遅れることわずか、やはり先行隊としてこちらに来たセリオが、シャーロットの疑問に答えるように地面の巨大な魔法陣の痕跡を指し示す。

「あれは召喚陣だ。――多分、《魔の大森林》辺りから召喚してきたんだと思う。あの辺りなら、十メイル級がゴロゴロしててもおかしくない」

「《魔の大森林》から召喚!? そんな無茶な……そんな長距離転移技術、どこの国も持ってないはずだ! それにもしできたとしても、人間の魔力じゃ起動に足りるはずない!」

 クロリッドが信じ難いというように目を見開く。魔法士の常識としては、考えられない無理難題だった。

 だが、セリオはあっさりと、

「確か、百年くらい前に滅んだクレメンタイン帝国は、今の技術よりも数段優れた魔法技術を持ってたはずだ。国が滅亡した時にいくらか技術が流出したらしいし、あり得なくはない。魔力にしたって、魔法士を複数動員するか、莫大な魔力を貯蔵した魔石辺りを使えば起動くらいはできるだろうし」

「これもレクレウス軍の攻撃なんでしょうか……」

 シャーロットが眉を寄せた時。


「――いた! アル!」


 炎の向こうに目を凝らしていたルシエルは、捜し求めていた親友の姿を見つけた。二体の巨大な魔物のその向こうに。

「ここを頼む!」

 自身の補佐であるシャーロットにそう言い置き、ルシエルは《イグネイア》を励起(れいき)、水の魔法を纏わせる。

「押し流せ――《水渦ヴォーテクス》!」

 振るった剣から渦巻く水が迸り、炎の中に一筋の道を作る。ルシエルはためらわず、そこに飛び込んで行った。

「た、隊長!」

「あーあ、隊長、あの《擬竜兵( ドラグーン)》のことになると冷静さが吹っ飛ぶから……しょうがないな、道を作るよ! 凍て付け、《氷結回廊アイシクルコリドー》!」

 クロリッドも魔法を放ち、ルシエルがこじ開けた道を押し広げる。地面が凍り付き炎の中に道ができるが、辺りの火勢の強さに早くも湯気を上げ始めた。

「急ぎなよ、この火力じゃこれもそう持たない!」

「行きましょう、隊長を一人にしておくわけにはいきません」

 シャーロットがバルディッシュを振るい、近くの燃え盛る木を伐り倒しながら氷の道を駆ける。第一二一魔法騎士小隊の面々、そしてセリオや他の魔法騎士たちもそれに続いた。

「――アル!!」

 炎の壁を抜けたルシエルは、二体の魔物の横を回り込んでアルヴィーの方に向かう。

(おかしい……ベヒモスもサイクロプスも、なぜ動かない?)

 ルシエルのことなどお構いなしに、その場から動くどころか見向きすらしない二体の巨大な魔物に、ルシエルは訝しく思いながらもアルヴィーのもとへと急ぐ。

 そして――気付いた。


(あれは……アル、なのか……!?)


 そこにいたのは、戦闘形態となったアルヴィーだ。だが、“どこか違う”と感じて、ルシエルは知らず足を止めた。

 炎による熱風に黒髪をわずかになびかせ、そこに立っている彼は、かすかに微笑わらっていた。彼など拳の一振り、牙の一突きで殺せてしまいそうな、巨大な魔物たちの前で。

 むしろ委縮しているように見えたのは、魔物たちの方だった。自身と比べれば実にちっぽけな、ただの人間一人を相手に、まるで絶対的な強者が目の前にいるかのような警戒と畏怖を滲ませて、二体はそこに立っている――否、動けないのだ。

 と――“アルヴィー”がルシエルの方を見やる。そこで初めて、ルシエルは違和感の正体に気付いた。


 ……眼、が。


「……おまえは誰だ」

 《イグネイア》を構え、ルシエルは誰何すいかする。

 こちらを向いた“アルヴィー”の瞳は、炯々(けいけい)と黄金色に輝いていた。途端に凄まじい威圧感を感じ、全身から冷や汗が噴き出すのを自覚する。

「――隊長!」

「来るな! そこで止まれ!」

 駆け寄って来る部下たちを振り向きもせず制し、ルシエルはそれでもその威圧を乗り越えアルヴィーの姿をした“何か”を睨む。と、“それ”は口を開いた。

『……ほう。人の身でわたしを睨めるか。豪胆なのか、それとも鈍いのか。そこの魔物どもは動けなくなったというのに』

 アルヴィーの身体を使っているせいだろう、声は彼のものだが、それを発した者は彼ではあり得ない。ならばこれは、誰なのか。

「おまえは誰だ。アルはどうした」

『主殿か? あのままでは怒りに呑まれて正気を失いかねなかったので、わたしが少々出しゃばる形になった。が……おまえが来たならば主殿の頭も冷えよう。欠片は欠片らしく、そろそろ裡に戻るとするさ』

「欠片……?」

『わたしはこれでも、主殿を気に入っている。人の身で竜を従えてくれようというその魂の強さをな。――さて、戻る前に周りの始末くらいはしておいてやるとするか。主殿は“中”からやり方を見ているがいい』

 アルヴィーの身体を借りた“それ”は、何かを招くように差し伸べた手を一振りする。次の瞬間、森を焼く炎が渦巻き、木々や下草から引き剥がされるように寄り集まって、アルヴィーのもとに殺到してきた。炎に巻かれるように見えた彼に、ルシエルが思わず駆け寄りかけたが、その中に立つアルヴィーは平然としている。常人ならばとうに焼け死んでいてもおかしくない猛火は、しかしまるでアルヴィーを守るようにその周囲を巡り、そして彼が右肩に負う魔力集積器官マナ・コレクタに吸い込まれていった。火の粉のような朱金の光を散らしながら、五枚の翅は貪欲に炎を吸い込んでいき、柘榴石に似た翼は内部から発光するように紅く輝いた。

 やがて炎をすべて吸い込みきった翼は、最後に一際美しい朱金の光の粒子を撒き散らし、元の澄んだ暗紅色に戻る。その幻想的な光景に、魔法騎士たちは魅入られたように動けなかった。

「ほ……炎を、吸い込んだ……?」

『わたしは火竜アルマヴルカン。今は魂の一欠片とはいえ、火を操り炎を喰らうのは息をすると同等に容易いことよ。――では、後は好きにするがいい、主殿』

 そう言うと、目を閉じたアルヴィーの身体がぐらりと傾ぐ。反射的にルシエルは駆け寄り、危ういところで抱き留めた。

「アル! 大丈夫!?」

 呼びかけると、アルヴィーの瞼が小さく震える。そしてその下から現れた瞳は、本来の赤みがかった琥珀色をしていた。

「……ル、シィ」

「良かった……今度は本物のアルだね」

「ほんもの、……っ!?」

 ぼんやり呟いた彼は、はっとしたようにルシエルを見た。

「ルシィ……“見た”のか、あいつを……?」

「“あいつ”?」

 ルシエルが問うた時、咆哮が轟く。ベヒモスとサイクロプスが、アルヴィーの身体を借りた“それ”の気配が消えたのを感じ取って、解放されたとばかりに再び獰猛さを剥き出しに暴れようとしているのだ。

「隊長! 魔物が! 危険です、離れてください!!」

「分かってる! アル、ひとまず離れて――」

 ルシエルがそう言いかけるが、その時アルヴィーがはっと頭上を仰ぎ見る。サイクロプスが手近な燃え残りの木を引っこ抜き、棍棒よろしく二人目掛けて振り下ろしてきたのだ。

「ルシィ、掴まれ!」

 アルヴィーはルシエルを左腕で掻っ攫うように担ぐと、地を蹴る。爆発と見紛う勢いで地面が弾け、二人は弾丸のように後ろに跳んでいた。間一髪、その鼻先へ炸裂するサイクロプスの一撃。ルシエルを抱えて全力で飛び退いたアルヴィーは、地面に両足と右手を食い込ませ、魔物の爪痕のような三本の筋を残しながら、何とか炭化した立木にぶつかる寸前でブレーキを掛けた。

「あっぶねえ……動かないと思ったら、あいつが睨み利かせてたのか」

「アル、“あいつ”って? あのアルマヴルカンとか名乗ったあれのこと?」

「話は後だ。――あの魔物は、俺の魔力を使って召喚された。だから俺が始末を付ける!」

 そう言うなり、アルヴィーはルシエルをその場に残し、今度は前方へと駆け出す。まずはベヒモスに挑むつもりのようだ。ルシエルは《イグネイア》に魔力を込め、部下たちに指示を飛ばす。

「ベヒモスの足を止めろ! 少しの間でいい、魔法でベヒモスの足を封じるんだ! 僕はサイクロプスを何とか足止めする!」

「わたしもサイクロプスに回ります! ベヒモスほど外皮は厚くないはずなので、手傷くらいは!」

「我々もサイクロプスを抑えよう。生半可な物理攻撃は、ベヒモスには意味がない」

「じゃあ僕はこっちで。タイミングを合わせて仕掛けよう」

 ルシエルとシャーロットがサイクロプスの方に駆けて行き、ディラーク、カイル、ユナがそれに倣う。セリオはベヒモスの抑えに回ることにして杖を構えた。

「左前足に魔法を集中。全力で叩き込もう。――今だ! 戒めろ、《晶結鎖牢アダマントジェイル》!」

「了解! 戒めろ、《地鋭縛針ガイアジェイル》!」

「捕らえよ、《鋼鉄縛蔓アイアンヴァイン》!」

「阻め、《四方障壁スクウェアシールド》!」

 セリオの魔法を皮切りに、クロリッド、ジーン、ユフィオが次々に放った魔法が、ベヒモスの左前足ただ一点に集中した。硬質の輝きを持つ結晶の鎖が、鋭く尖った数多の地の針が、地面を突き破った鋼の蔓が、そして突如出現した四枚の魔法障壁が、巨木のような前足を絡め取る。しかしベヒモスの強靭な皮膚と膂力の前では、わずかな足止めがせいぜいだろう。現にベヒモスは苛立たしげに咆哮、前足の動きを阻む魔法をことごとく踏み潰しに掛かる――だがその寸前の一瞬に、アルヴィーが走り込んだ。

「とっとと沈め! 《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》!!」

 ベヒモスの顎の下に滑り込み、アルヴィーが右手を打ち振る。放たれた光芒が刃となり、ベヒモスの首をあっさりと焼き切った。ボン、と爆発するように小さく炎が弾け、傷口は一瞬にして炭化。巨大な首がそのまま落ちてきたので、周囲にいた魔法騎士たちは慌てて飛び退いた。

「うわ、マジで……? ベヒモスの首あっさり落とすとか……」

「ベヒモスの外皮って確か、攻城級の魔法でやっとまともにダメージが通るくらいだよね……?」

 予想以上にあっさりと決着した戦いに、クロリッドとユフィオが呆然と呻き、ジーンは「嘘でしょ……」と呟いた。その眼前で、巨体が地響きを立ててくずおれる。その下から転がるように脱出したアルヴィーは、跳ね起きてサイクロプスの方を見た。

 サイクロプスには、残りの魔法騎士たちが総出で当たっていた。ルシエルの風魔法、ユナの魔法の弾丸が単眼を狙い、シャーロットやカイル、ディラークがヒットアンドアウェイで大木のような足に攻撃を加える。もちろん他の魔法騎士たちも、各々が自身の最も得意とする魔法や攻撃を、サイクロプスに向けて振るっていた。だがサイクロプスはその巨躯に相応しいタフさを持ち、なおかつ個体によっては簡単な魔法すら操るのだ。現に目を狙った攻撃は魔法障壁で弾かれ、足を狙った物理攻撃も、ベヒモスほどではないがやはり厚い外皮に阻まれて決定打とはなっていない。

「やっぱり堅い――きゃあ!?」

 何度目かの攻撃を敢行したシャーロットがバルディッシュを振るった瞬間、サイクロプスが苛立たしげに足を蹴り上げた。カウンターを食らった形になり、彼女の小柄な身体が吹っ飛ばされる。何とかバルディッシュで防御し、直接身体に蹴りを食らうことは免れたものの、撥ね飛ばされた彼女はこのまま行けば、ちょうど背後にあった石柱にまともに衝突する形になる。

(これは――まずいっ……!)

 この勢いでぶつかれば、身体強化していても大ダメージは免れない。せめて命だけは守るべく、彼女は全力で魔力を全身に巡らせる――!

 ……だが。

 相応の衝撃を覚悟した彼女の身体は、石ではない何かに受け止められた。

「――おい、大丈夫か!?」

「は、え――?」

 一瞬事態を呑み込めずに、間の抜けた声をあげた彼女は、そこでやっと把握する。シャーロットを受け止めたのは、石柱ではなく人の――アルヴィーの身体だった。シャーロットが石柱に叩き付けられるその寸前、滑り込んだアルヴィーが彼女を受け止めたのだ。もちろんそれなりの衝撃はあったが、直接石柱に叩き付けられるのに比べればそれは格段に軽い。全力で身体強化していたことも功を奏し、大した怪我もなくシャーロットは絶体絶命の危機から生還した。その代わり、その運動エネルギーをまともに食らう形になったアルヴィーには、相当の負荷が掛かったはずだ。現に二人がぶつかった石柱は、真ん中からへし折られている。

「あ、あなたは……」

「そこにいろ! 絶対あれに近寄るなよ!」

 だがさすがに《擬竜兵( ドラグーン)》というところか、彼は大して堪えた様子も見せずに、サイクロプスに向かって行く。

「――全員、そいつから離れろぉっ!!」

 アルヴィーの叫びに、素早く反応したのはやはりルシエルだった。

「全員下がれ!!」

 魔法騎士たちは指示に従って飛び離れ、アルヴィーだけが逆に、サイクロプスの眼前に躍り出る。その身を叩き潰そうと振り上げられる巨岩のごとき拳――それを見据えながら、アルヴィーは魔法を発動させた。


「圧し潰せ――《重力陣グラビティサークル》!!」


 刹那――通常の数倍もの重力が、アルヴィーとサイクロプスを襲った。

「グオオオオオオオオッ!?」

 純粋な質量は、もちろんサイクロプスが圧倒的に上。その分、受けた影響は顕著けんちょだった。自身の体重を支えきれず、サイクロプスの膝が折れる。四つん這いになって何とか耐えるサイクロプス――そこでアルヴィーは魔法の発動を止めた。持ち前の身体強度で高重力にも耐えきった彼は、右腕をさらに変形させて《竜爪( ドラグ・クロー)》を形成、サイクロプスに駆け寄り地を蹴ると、その勢いに乗って渾身の右ストレート!


「おおおああああぁぁぁっ!!」


 咆哮と共に、サイクロプスの単眼に突き込まれる《竜爪( ドラグ・クロー)》。サイクロプスがとっさに展開させた魔法障壁と一瞬せめぎ合い――そして突き破る!

「ギャアアアアアアアアッ!!」

 唯一の目に《竜爪( ドラグ・クロー)》が突き刺さり、サイクロプスは絶叫した。だがその苦しみは、すぐに終わることになる。


「終わりだ――《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》っ!!」


 アルヴィーの叫びと共に、《竜爪( ドラグ・クロー)》を介しサイクロプスの頭蓋内で放たれた《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》が、サイクロプスの頭部の後ろ半分を爆砕させた!

「ガ……」

 さすがに脳をほとんど吹き飛ばされては、いくら強靭さを誇る魔物とはいえ、生きてはいられなかった。そのまま地に沈み、しばしの痙攣を経て動かなくなる。魔法騎士たちは呆然と、その光景を眺めた。

「嘘だろ……ベヒモスとサイクロプスを、ほとんど一撃で……」

「俺たちでも、てんで歯が立たなかったっていうのに」

「むしろあいつの方が、化け物じみてんじゃねえか……」

 低く囁かれるそんな会話に、辛くも飛び退いてサイクロプスの下敷きを免れたアルヴィーは、腕を通常のそれに戻し、ただ瞳を鋭く細めた。

(……化け物じみてる、か)

 確かに、そう言いたくもなるだろう。彼らが何十年鍛錬しても決して得られないほどの力を、アルヴィーはすでに持ってしまっているのだ。

 そして、自身にこんな力を与えた祖国の軍こそが、アルヴィーから故郷を奪った一因でもあったのだという。

(……結局、ルシィやあいつの言う通りだった)

 アルヴィーは最初から、軍部の掌の上で踊らされていたに過ぎなかった。そして都合の良い情報だけを教えられて敵国ファルレアンへの復讐心を煽られ、レドナの街を襲い、ついにはルシエルと刃さえ交えた――。

 自分の浅はかさに立ち竦んだ時、ルシエルが駆け寄って来た。

「アル! 怪我はない!? 一人でサイクロプスを相手取るなんて、無茶も程々に――」

 まくし立てたルシエルの言葉は、唐突に途切れる。アルヴィーが、泣き出しそうに顔を歪めたことで。

「……アル?」

「なあ、ルシィ。俺らの村を襲った魔物も、召喚されたやつだったって……ギズレって貴族が、レクレウスの軍部と組んでたって。そんで魔動機器と魔物の召喚を試した時に、手違いで自分の領地に来た魔物を、軍の手引きでレクレウスに流して、それが村を襲ったって。――あいつの言う通りだった。俺が教えられてた情報は、軍部の都合のいいように捻じ曲げられてたもんだった。俺は、馬鹿みたいにその手の上で踊らされてただけだ」

 左手でぎゅ、と自身の右腕を掴み、アルヴィーは悲痛な声を絞り出す。

「分かんねーよ、ルシィ。俺は何を信じればいいのか、もう分かんねーよっ……!」

 父も母も、もういない。祖国はアルヴィーから母と故郷を奪う一端を担い、研究所で優しかったシアは指揮所の人間を皆殺しにして姿を消したという。僚友はすべて狂乱の果てに命を落とし、そしてルシエルは敵国の魔法騎士。

 もはや誰を、何を信じて立てば良いのか、アルヴィーには分からなかった。自分が立っていた大地が粉々に崩れ落ちるような感覚。彼はそこで、右も左も分からない子供のように立ち竦むしかない。どれほど強大な力があっても、自分の足元すら覚束ない、ただの化け物紛いの何か。

 親友の震える声に、ルシエルの胸の奥がきゅう、と絞られるように痛む。親を、人としての普通の生を、そして自らが依って立つ場所すらも失った彼を、ルシエルはただ見つめることしかできない。

 その時だった。


「――その話、詳しく聞かせて貰おうか。アルヴィー・ロイ」


 背後からの声に、アルヴィーはのろのろと振り返った。ルシエルがその名を呼ぶ。

「……カルヴァート大隊長」

「ファルレアンの貴族が敵国の軍部と手を結んでたとは、また聞き捨てならない話だ。その話、洗い浚いこっちに吐け」

 《オプシディア》の漆黒の刃からまだ魔物の血を滴らせながら、森から出て来たジェラルドは凄絶に笑う。

「どうせもう、おまえにレクレウスへの義理はないだろう。それとも、国民を裏切って自分の故郷を潰す片棒を担いだ国に、まだ義理立てする気か?」

「…………!」

 アルヴィーは唇を噛み締める。ジェラルドの言葉は正しい。祖国といえど、今さらレクレウス王国に忠誠心など抱けなかった。だが、ファルレアンの貴族が魔物を召喚させた事実も消えない。かの国への敵意も、まだこの身の裡にくすぶっている。

 俯いたアルヴィーに、剣の血を拭って鞘に納めながら、ジェラルドは言葉を継ぐ。

「確かにギズレ辺境伯が魔物を召喚させて、その結果おまえの故郷が蹂躙された事実は消えないが――少なくともこの国は、それを正当に裁く。そのために、証言や証拠は多いほどいい。真実を明るみに出したいなら、おまえが知ってることをすべて話せ」

「……敵国の騎士の言うことを、信用しろって……?」

 アルヴィーが絞り出した言葉を、ジェラルドは鼻で笑った。

「ふん。自覚がないのか」

「……え?」

 顔を上げるアルヴィーに、ジェラルドは何を今さら、という顔で、


「何を信じればいいか分からない――そう言った側から、おまえが縋ってるのは誰だ。それが答えだろう」


「――――!」

 アルヴィーは目を見開いた。


「……俺、は」


 小さい頃から、実の兄弟のように育ってきた“家族”。

 命を懸けても守りたい、大切な存在。

 敵として対峙し、刃を交わし、それでもどうしても“敵”として見ることができない、無二の親友――。


(……そうか。俺は――ルシィのことだけは、ずっと信じてるんだ)


 この心の真ん中で、ずっと。

 そう理解した瞬間、目の前が開けた気がした。


「――で? その上でおまえはどうする?」

 尋ねるジェラルドを、アルヴィーは見返す。発した声は、自分でも驚くほどに落ち着いていた。

「俺は――もう、レクレウスには戻らない。戻れるとも思ってないし……大事な奴は、ここにいる」

 国を、軍を、騎士団を。何を信じられなくとも、傍らに立つ親友だけは信じられるから。

 それを支えに、自分はまだ立っていられる。

「アル……」

「それに――俺は、自分の目で確かめたかった。何が正しくて、何が間違ってたのか」

 その真実は、アルヴィーが今まで信じていたものを粉々に突き崩すものだったけれど。それでも、知ったことを悔やみはしない。

 何よりも、それを知らずに逝ってしまった者たちのために。

「だから、俺が聞いたことが本当なら、それを証明したい。そのために必要だっていうなら、話くらいいくらでもしてやるよ」

「言ったな。言質は取ったぜ」

 ジェラルドはニヤリとして、パトリシアを呼ぶ。

「パトリシア、聴取は任せた。俺はレドナに戻り次第、王都に一報を入れて親父殿に繋ぎを取る。調書を届けるための飛竜ワイバーンの手配も要るしな」

「はい」

「カルヴァート大隊長! こっちに魔法士が! まだ息がある者がいます!」

「あ……それ多分ギズレって奴のとこのだ」

「よし、すぐに治療に掛かれ! 絶対に死なせるなよ、そいつには色々喋って貰わなきゃならんからな!」

 あの時情報部の者たちに撃たれた魔法士の内、辛うじて生き残っていた者がいたらしい。あの猛火と魔物が暴れる中、よく生き延びていたものだ。どうやら他の魔法士の骸に隠れたことで、それ以上撃たれることもなく、炎や魔物からも逃れたものと思われる。

 聴取はレドナに戻ってからということで、慌ただしく動き始める騎士たちを眺めていると、目の前に誰かが立った。

「先ほどはどうも。助かりました」

「えと、確かルシィの隊の――」

「はい。シャーロット・フォルトナーと申します。お見知りおきを」

 そう会釈したのは、さっきアルヴィーが助けた少女騎士だ。あのバルディッシュはどこかに仕舞ったのか、今は持っていない。こうして見れば、つくづくあんな重量武器を振り回しているなど信じられない、小柄で華奢な少女である。

 思わずまじまじ見つめてしまうと、「何か?」と首を傾げられた。

「いや……こんなちっこくて細いのに、あんなデカイ武器振り回すとか、冗談みたいだよな……」

「そうですか? 結構爽快ですよ、あれで魔物ぶった斬る時なんか。あの手応えが何ともいえません」

「……そうなのか」

 どうしようこの子見掛けによらずヤバイ子なんだろうか、と思った時、シャーロットがにっこりと、

「あとわたし、あなたより一歳とはいえ年上なので、そこのところお忘れなく。今回は不問に付しますが、“ちっこい”は褒め言葉にはなりませんよ。では」

「は……ええ!?」

 彼女が自分より年上という事実に驚いている間に、彼女はさっさと仲間たちのところに行ってしまう。ぽかんと見送っていると、肩に手を置かれた。振り向くと、淡い笑みを浮かべたルシエルが立っている。

「彼女、同年代より小柄なのちょっと気にしてるから、そこは触れないであげて。――さ、アル。戻ろう、レドナへ」

「……おう」

 故郷でも、祖国でもない街。だが、今“戻る”場所は、確かにそこだ。

 そこに、ルシエルがいるから。

 促されるままに歩き出しながら、アルヴィーは言葉を紡ぐ。離れてからの八年間が、一気に噴き出してきたような気がした。

「なあ、ルシィ。俺、話したいことが一杯あるんだ――」



 ◇◇◇◇◇



 レドナに派遣した魔法士から任務完了の連絡を受け、計画が予定通り進んでいると思い込んでいたダリウス・ヴァン・ギズレ辺境伯のもとに、騎士団の捜査の手が入ったのは事件翌日のことだった。

「な、何だ貴様らは! 儂を誰だと――」

「ギズレ辺境伯閣下。貴殿の背信は、もはや陛下もご存知のところです。貴族の誇りがあるならば、潔く罪を認められよ」

 激昂するダリウスにそう告げて書面を掲げたのは、燃えるような赤毛にエメラルドの瞳の、三十代半ばほどの女性騎士だった。一級騎士、グラディス・ヴァン・アークランド。中央騎士団に所属し、大隊を率いる彼女は、女王アレクサンドラの命を受けギズレ辺境伯を捕縛、然る後に主がいなくなるギズレ領の一時守備の任務に就くために、選りすぐった部下を引き連れ飛竜ワイバーンを駆って強行軍でギズレ領まで先行して来たのだった。何しろ時間との勝負だ。証拠を始末されないために急ぐ必要があった。

 レドナのジェラルド・ヴァン・カルヴァートからの一報を受け、急ぎ大臣たちを集めて行われた会議で、アレクサンドラはダリウスを“黒”と断じた。彼女は風精霊の力を借りてギズレ辺境伯領一帯を調べ、“精霊が立ち入れない”ことを確認したのだ。つまり、精霊を阻む“何か”がギズレ領にあるということに他ならない。そしてレドナのジェラルドからも、アルヴィーや辺境伯配下という魔法士に対しての尋問の結果が追って届いた。そこには、ダリウスがレクレウス軍情報部特殊工作部隊と手を結び、国内を混乱に陥れようとしたその企みが、余すことなく記されていた。

 これをもって、アレクサンドラを筆頭とする国の首脳部は、ダリウスに反逆罪を適用し、その身柄を拘束するためにグラディス率いる一隊をギズレ領に派遣したのだった。

 書面を見せられ、ダリウスの顔がさっと青ざめる。それでも彼は居丈高に、

「こ、こんなものは捏造だ! でっち上げだ!」

「捏造かどうかはこれから確かめさせていただきます。――捜索を!」

「はっ!」

 グラディスはダリウスを拘束し、部下たちに城内を捜索させる。成果は程なく届けられた。ダリウスその人の自室から、国内では生産されていない型の魔動機器が出て来たのだ。秘匿していたそれを暴かれ、彼の顔がますます青ざめた。

「馬鹿な……! なぜ騎士団が出張って来る! 魔法士からは問題ないと連絡が……!」

「魔法士からの連絡は、貴殿を欺くためレドナのカルヴァート一級魔法騎士が入れさせたものです。魔法士はすでにレドナで尋問を受け、すべてを自供しました。召喚された魔物もその場で倒されたそうなので、実際の人的被害は貴殿の配下の魔法士たちとレクレウスの諜報員くらいですね」

 思わず口走ってしまったダリウスの言葉にグラディスは注釈を入れ、部下に命じて魔動機器の稼働を停止させる。機器が動作停止したことを確認し、接収するよう部下に指示を出していると、その場に風が吹いた。

「風……? 城内に?」

 グラディスが呟いたその時、風が彼女たちの眼前で渦巻く。そしてその中に、人影が現れた。

『――大儀でした、アークランド一級騎士』

 風の中に立ちグラディスをねぎらうその人物は、間違いなく女王アレクサンドラその人だ。ただしその姿は半分透き通り、風の渦の中にいながら、その長い金髪もドレスの裾もわずかに揺れ動くのみ。

 彼女は風精霊に力を借りることで、意識だけを遠方に飛ばし、虚像を形作ってこの場に“存在”しているのだ。高位元素魔法士ハイエレメンタラーならではの魔法だった。

「はっ、勿体無いお言葉にございます、女王陛下」

 グラディスはその場に跪き、ダリウスは呆然と虚像のアレクサンドラを見やる。そんな彼に、アレクサンドラは温度のないペリドットグリーンの双眸を向けた。

『その魔動機器が停まった瞬間、風の精霊たちがギズレ領に入れるようになったと、わたしに教えてくれたわ。まさかその意味が分からないほど、あなたは愚鈍ではないわね?』

「……っ、小娘がァッ!!」

 ダリウスは思わず虚像の彼女に掴み掛かるが、風の渦に弾かれて撥ね飛ばされる。

『このファルレアン王国を支えるいしずえの一石たる自覚も失い、敵国と通じて国を乱そうとした罪は重いわ。すべてを明らかにし、相応しい裁きを受けなさい。――ああ、それと』

 ダリウスからグラディスに向き直り、アレクサンドラは続ける。

『このギズレ領からさほど遠くないレクレウス領内に、まだ風精霊が立ち入れない場所があるわ。おそらくその機器と同じものがあるはず。もしかしたらレクレウス軍が布陣しているかもしれないわ。攻撃への警戒と、この地の防衛をよろしく頼みます』

 そう言い置き、アレクサンドラの姿は風の渦と共に掻き消えた。恭しく頭を垂れたグラディスは、立ち上がってダリウスに告げる。

「貴殿には反逆罪が適用されます。――ご自分だけで償いきれるとは、思わないことですね」

 反逆罪は、犯罪の中でも重罪に位置付けられていた。中でも貴族がこの罪を犯した場合は、家族も連座して裁かれるほどだ。

「馬鹿な! 家族は何も知らぬのだぞ!」

「例え何も知らずとも、反逆を企てた貴族の血を繋げるわけには参りませんので。貴族ならば、当然ご存知でしょう。それを承知でこのようなことを企てておきながら、今さら何を」

「わ、儂はあの男に――レクレウス軍の間者に言われた通りにしただけだ!」

「その辺りのお話は、後ほどゆっくり聞かせていただきます」

 ダリウスの言い訳など聞く耳を持たず、グラディスは彼を連行させた。それに続いて、ダリウスの妻子も連行されていく。それを眺めていたグラディスは、ふと眉を寄せた。

「……子供の数が一人足りなくないかしら?」

「娘が一人、使用人の助けを借りて逃げたようです。何人かに足取りを追わせています」

「そう。まあ、娘一人で逃げ切れるとは思えないけれど……」

 部下の報告に眉を寄せたグラディスだったが、その件は部下に任せることにする。選りすぐって来た部下たちだ。不足なくやってくれるだろう。それに苦労知らずの貴族令嬢が、そう長く逃げおおせるはずもない。

 辺境伯一家を連行し、証拠となり得るものもすべて持ち出すと、グラディスは部下たちに王都の指示を仰ぐよう伝えた。アレクサンドラが言い置いて行った件が事実ならば、グラディスたちはこのままレドナから派遣された隊の一部及び、王都から追い付いて来る本隊と合流し、ディルを防衛するよう指示される可能性が高い。一方のダリウスはこの後、ひとまず西方騎士団の本部で取り調べが行われ、後に罪人として王都に移送、裁かれることとなる。しかしそれも証拠あってのことなので、物証が処分される前に押さえられたのはめでたいことだった。

「何とか間に合ったわね……まったく、カルヴァート家の坊やもとんだ爆弾を持ち込んでくれたものだわ」

「ですが、そのカルヴァート一級魔法騎士の一報がなければ、今回の件も明るみに出なかったわけですし……むしろ大手柄なのでは? 下手をすれば国が傾いてましたよ、今回の一件」

「そんなことは分かってるのよ!――問題はその大手柄を、あの坊やがこっちに擦り付けて来るかもしれないってことよ」

「は? 擦り付けるって、手柄を……ですか? 失敗ならまだしも……」

「あの坊やは特級に上がりたくないばっかりに、のらりくらり逃げ回ってるのよ。将軍職は権力争いが面倒臭いとか何とか……実力はとっくに特級クラスのくせに、腹立たしいったら!」

 がつん、と厚いブーツの踵を床に打ち付け、グラディスは踵を返した。

「――とにかく、もうここに当座の用はないわ。王都からの指示があり次第、動くわよ」

「はっ」

 畏まる部下たちを引き連れ、グラディスは怖々と自分たちを見やる使用人たちなど一顧だにせず、颯爽と辺境伯の居城だった場所を後にした。


 ――西方騎士団本部に連行されたダリウスは、厳しい取り調べによって程なくレクレウス軍情報部特殊工作部隊との関係を自供し、魔動機器の供与を受けたことや、その試運転で魔物を召喚し、特殊工作部隊の手引きでレクレウス側に魔物を誘導させたことを認めた。これはファルレアン国内で大々的に報じられ、やがてレクレウス側にも少しずつ漏れ聞こえていくこととなる。

 そしてすべてを自供した“元”辺境伯は、王都に移送後反逆罪により処刑。同日、彼の妻子も毒杯をあおることとなり、ギズレ家は断絶した。

 ……唯一逃げ延びた娘が結局見つからなかったことなど、国民たちの記憶の中からはすぐに忘れ去られた。



 ◇◇◇◇◇



 《擬竜兵( ドラグーン)》のレドナ侵攻から、思いがけず国が傾きかねない事件が掘り起こされてしまったりしたが、その後は何とかつつがなく任務を終え、中央から赴いていた人員は後を交代の隊や西方騎士団の騎士たちに引き継いで、次の任務に移ることとなった。

 そしてそれは、唯一生き残った《擬竜兵( ドラグーン)》であるアルヴィーが、王都へ護送されるということでもある。

「…………」

 右腕を封印具で固められ、手枷をされて護送のための馬車に乗る寸前、ふと遠く西の空を見上げたアルヴィーに、ルシエルが尋ねた。

「アル? どうかした?」

「ん……ちょっとな。――村はどの辺だっけって思っただけだ。多分、もう戻れないとは思うけどさ」

「……大丈夫だよ。きっといつかは……」

 アルヴィーの亡命が認められ、騎士団に入っていくつか手柄を立てれば――真にファルレアンの国民と認められれば、辺境の村落跡を訪れるくらいはできるようになるだろう。それがいつになるのかは、ルシエルにも分からないが。

「そっか……」

 それでもアルヴィーには、それで充分だったらしい。空からルシエルに視線が戻る。

「……それで、王都の――ソーマ、だっけ? そこに着いたら俺、どうなんの?」

「まず、検査だろうね。色々。それに尋問もあるだろうし……後は、特別教育……かな」

「げっ、何それ」

「基本的に、騎士団に入るには王都の騎士学校を出なきゃいけないんだけど、アルはもう入学できる年齢を過ぎてるんだよ。だから、学校で習う内容を纏めた集中講義みたいなものを受けることになるんだ。他国から来て騎士団にスカウトされた人や、一旦騎士団に入っても素行不良とかで再教育処分になった人が受けるんだけど。ああ、あと一級以上の騎士が気に入った平民を取り立てて受講させるケースもたまにあるね。一級以上の騎士は従騎士エスクワイアの任命権があるから」

「……なあ、俺いつの間に、騎士団入ることになってんの?」

「じゃあ逆に訊くけど、《下位竜( ドレイク)》並の戦闘能力の持ち主を、そのまま遊ばせておく国なんかあると思ってるの?」

「うっ……」

 呻くアルヴィーにため息をつき、ルシエルはその表情を真剣なものに変える。

「まあ、特別教育はともかく、検査はちゃんと受けて。――アルの中には“あいつ”がいるんだから」

 レドナに戻ってからの尋問の中で、アルヴィーは自身の裡に宿る《上位竜( ドラゴン)》の魂の欠片についても話していた。ルシエルはあの場で実際に見ていたからだろう、特に驚いた様子はなかったが、ジェラルドなどは「これだから《擬竜兵( ドラグーン)》は」と言わんばかりに額を押さえていた。心外だ。

 まあ、あの森で竜の魂(アルマヴルカン)の方が表に出ていた時も、アルヴィーの意識が沈むことはなかったので、この身体の主導権がアルヴィーにあるのは確かだろう。ただ、アルヴィーの意識がない時に命の危険が迫ったりすると、出張ってくれるらしい。アルヴィーが捕まった時、制圧用のアイテムからアルヴィーを守った時のように。とりあえず感謝はしておいた。

「ああ……そうだ、アル。これ」

 と、ふとルシエルが思い出したように、制服のポケットから何かを取り出した。しゃらん、と揺れたそれに、アルヴィーは目を見開く。

「それ……!」

 それはアルヴィーがあの時引き千切った認識票ドックタグだった。あの後ベヒモスやらサイクロプスやらがその場を盛大に踏み荒らしたので、もう諦めていたのだが、ルシエルが見つけて拾っておいてくれたらしい。さすがに無傷とはいかなかったようだが、ちゃんと元通りにチェーンに通され、光を弾いて揺れている。

「小さいから、運良く踏み潰されずに済んだみたい。さすがにチェーンは替えたけどね。ミスリル製の上に術式が入ってるチェーンなんて使えないから。こっちはただのチェーンだから安心して」

「うん。――ありがとな、ルシィ」

 チェーンを首に掛けて貰い、アルヴィーは微笑む。自分の分のタグと、ここレドナで散った三人の僚友のタグ。それぞれ別の鎖に通され、胸の上でしゃらりと涼しい音を立てた。

(忘れない。――忘れちゃいけないんだ。あの三人のことは)

 自分のデータを使い、あの三人が《擬竜兵( ドラグーン)》となったことを。炎の中で狂乱した姿、その最期を。そして何より、彼らが確かに存在し、この世界に生きていたことを。

「……じゃあ、もう出発らしいから。僕はこれからギズレ領の方に回らなきゃいけないけど、王都でまた」

 自分を呼ぶ声に、ルシエルがそう告げてアルヴィーに手を振る。彼は小隊長なので、自身の隊を率いなければならない。そして彼の小隊は、このまま隣のギズレ領に向かうことになっているという。護送の馬車は、また別の騎士が見張るのだそうだ。

「ああ。気を付けてな!」

 ルシエルを見送っていると、後ろから小突かれた。

「わっ! 何だよ……」

「さっさと乗れ。もうすぐ出発だ」

 しっしっと野良猫でも追い払うように手を振るジェラルドに、アルヴィーは舌を出しながら馬車に乗り込む。続くように、見張りの騎士たちも乗り込んだ。馬車の中には簡素な座席、小さな窓は格子が嵌まっているので顔どころか手も出せない。もっとも、《擬竜兵( ドラグーン)》の戦闘能力の前では紙に等しい防御力だが。ルシエル以外の騎士が見張りに付く件といい、一応害はないと認められていると思っていいのだろうか。

「……あ、そういえばさ、情報部の連中がすり替わってた騎士、どうなった?」

 ふと思い出して窓越しに尋ねると、ジェラルドは面倒臭そうにだが答えてくれた。

「ん? ああ、あいつらか。おまえらの攻撃で廃墟になってた建物に放り込まれてたところを救出されたぞ。おそらく脱出のついでに殺される手筈だったんだろうが、潜入してた連中が逃げ切れなかったんで死なずに済んだらしい。もっとも、救出直後に建物が倒壊したから、もうちょい救出が遅れてたら死んでたがな」

「そっか、助かったのか……良かった」

 祖国と戦争中の敵国の騎士とはいえ、自分を奪還する計画のために巻き添えになったようなものだ。ジェラルドの言葉に、アルヴィーはほっと息をつく。

 ジェラルドも行ってしまうと、アルヴィーは適当に座席に腰を下ろした。程なくがたん、と一揺れして馬車が動き出す。

 小さな窓の脇にもたれ、辛うじて見える外の景色を眺めていると、沿道で馬列や馬車を眺める群衆の後方に、子供を抱いた若い母親の姿を見つけた。

 それは、レドナ強襲の日、アルヴィーが瓦礫の中から助け出した母子だった。彼女は子供を抱えたまま、馬車に向けて頭を下げる。その姿はすぐに見えなくなったが、彼の目にそれは強く焼き付いた。

(無事だったんだな、あの二人……)

 あの時思い出したのは、アルヴィー自身の母。ベヒモスに蹴り殺され、言葉すらなく逝ってしまった。アルヴィーの目の前で。

 炎の中で、瓦礫の下敷きになった母に取り縋って泣く子供が、あの日の自分に重なった瞬間、アルヴィーは動いていた。

 あの母親に告げた言葉、あれは自分自身の後悔だ。何もできなかったこと、父が命に代えても守った母を守れなかったことが、あの日からずっとアルヴィーを苛む。多分これから先も、思い出すたびにあの記憶はこの胸を刺すのだろう。

 それでも、そこから救えた子供が一人いたことで、アルヴィーの心はいくらか軽くなった気がした。

 彼を乗せて、馬車は遠くファルレアン王国の王都ソーマへと進んで行く。

 ――その列を、遥か上空から眺める者があった。

(ちっ……あれだけ周りを固められちゃ、手持ちの戦力での手出しは無理だな。何とかレドナを出る前に奪還したかったんだが……)

 レクレウス軍情報部特殊工作部隊小隊長、ブラッド・ルーサムは愛馬たる天馬ペガサスの背で双眼鏡を下ろしてため息をつく。《擬竜兵( ドラグーン)》の奪還が失敗に終わり、ギズレ辺境伯への工作も当の本人が早々に捕らえられてしまったためすべてが水の泡。果ては危うく炎に巻かれかけ、結果として部下と提供した魔動機器の失い損となってしまった。

 物理的に首が飛ぶ覚悟で上官へと報告を上げたが、実のところ王都レクレガンでも、魔導研究所の研究員が皆殺しにされる大事件があったとかで軍部は上を下への大騒ぎとなっており、ブラッドたちの処分どころではないようだった。結局、ギズレ辺境伯から術具を含む長距離転移の技術を手に入れたことと、国境の領地を混乱させ何とか付け入る隙を得たということで、辛うじて首は繋がったが、早急に何かしらの手柄を挙げなければならない。

(こうなったら、多少危ない橋も渡るか……あの伝手がまだ生きてりゃいいんだが)

 胸中でそう呟くと、ブラッドは天馬の手綱を操る。天馬ペガサスは翼を翻し、国境方面に向かって飛び去って行った。


 時は二国の戦争末期、ファルレアン王国がレクレウス王国を押し切らんとする動乱の只中。

 だが、その先に二国のみならず、近隣諸国を巻き込む更なる動乱が待ち構えていることを、今はまだ誰も知らない――。


ひとまず国境編はこれにて終了です。

次回から新章に入ります。

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