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片翼のドラグーン  作者: 八月 あやの
第一章 国境、燃ゆる
4/136

第3話 たいせつなきみのため

あらすじにも書きましたが、アルファポリス様にも登録させて頂きました。

アクセス増えるといいなあ……。

1/25追記:戦闘シーンをちょっと修正しました。本筋にはまったく影響ありませんのでスルーして下されば幸いです。

3/8追記:徴兵→兵員募集に修正しました。

 ルシエル・ヴァン・クローネルが、自身の小隊を率いてレドナに到着したのは、《擬竜兵( ドラグーン)》によるレドナ強襲の、わずか三日前のことだった。

 レドナは二重の壁に周囲を囲まれ、出入りは四方に設けられた門から行う。もちろん何の問題もなく門をパスして市街地に入ると、行き交う市民たちから囁き声が漏れた。

「騎士様だ」

「それも魔法騎士様だよ」

「ここんとこ、騎士様が多く来なさるねえ……」

 こうした畏敬混じりの囁きはもう慣れたものだったので、ルシエルはもちろん隊員たちも、さして反応することなく馬を進め、目的地に向かう。

 一般市街区を通り抜け、中心市街区への門を潜ると、その中でも中心部にある市庁舎に辿り着いたところで、彼らは馬を降りた。馬を厩番の手に委ね、市庁舎の正面入口ホールに足を踏み入れると、受付をしている職員に声を掛ける。

「失礼。僕は中央魔法騎士団第二大隊所属、第一二一魔法騎士小隊隊長、ルシエル・ヴァン・クローネル。階級は二級魔法騎士です。騎士団長閣下の命によりレドナ防衛の任に就くことになり、たった今到着したところなのですが、市長のヴァーム卿とは父が懇意でして。一言ご挨拶をと思ったのですが、お目通りは叶いますか」

「は、はい! 少々お待ちくださいませ!」

 受付の職員は文字通り飛び上がらんばかりの様子で、手元の魔動機器で市長に連絡を取る。職員が慌てるのも道理で、この国で名前に“ヴァン”が付くのは貴族の証だ。それに二級魔法騎士といえば、魔法騎士団の中でも数少ないエリート中のエリートである。ファルレアン王国騎士団の階級は、通常の騎士団・魔法騎士団共通で上から特級、一級、二級、三級、四級、五級の六階級があり、その下に従騎士エスクワイアと呼ばれる、いわば騎士見習いが存在する。もっとも、従騎士エスクワイアは基本的に騎士学校の生徒がそう呼ばれるのだが。そして騎士団・魔法騎士団とも、六階級の内四・五級の騎士が総数のおよそ六割を占め(五級は学校を卒業後、研修期間中の新米なので、大多数は四級だ)、残り四割の中でも三級(魔法)騎士がその八割以上を占めるのだから、二級以上の騎士がいかに少ないか分かるだろう。

 ともかく、つつがなく市長に挨拶を済ませると、ルシエルは市庁舎を辞し、部下たちを率いてレドナ駐屯地に向かった。本来ならそのまま駐屯地に向かっても規定上問題はないのだが、ルシエルには貴族という立場があるため、そちらの兼ね合いで市長にも顔を繋いでおくことが必要となるのだ。貴族同士の横の繋がりというのは、案外馬鹿にできない。特にルシエルの場合、実父であり後ろ盾でもある伯爵が、レドナを擁するオルグレン辺境伯領の主である辺境伯と知己であり、同じ派閥に属してもいる。必然、その部下であるレドナ市長とも面識があるわけだ。また、こうして顔を繋いでおくことで、万一街中で面倒事に巻き込まれた時などに便宜を図って貰えるという面もある。

 駐屯地に到着すると、手早く引継ぎや宛がわれる宿舎の確認などを済ませ、隊長であるルシエルと、その補佐官的役割を果たしている三級魔法騎士のシャーロット・フォルトナーが、上官からの呼び出しに応じて指定の部屋に向かった。

 ドアをノックし、入室の許可を得て室内に足を踏み入れる。

「――失礼します。中央魔法騎士団所属、ルシエル・ヴァン・クローネル二級魔法騎士、及びシャーロット・フォルトナー三級魔法騎士、只今出頭致しました。並びに、中央魔法騎士団第二大隊所属第一二一魔法騎士小隊、問題なく着任しましたことをご報告します」

「ああ、ご苦労」

 上官はひらひらと手を振り、報告を受け取った。黒髪黒目で彫りの深い整った顔立ちの、まだ若い男だ。ダークグレイを基調とした詰襟の魔法騎士団の制服に身を固めてはいるが、襟元は見苦しくならない程度に緩められている。

 ジェラルド・ヴァン・カルヴァート。それが彼の名だ。カルヴァート侯爵家の次男にして、一級魔法騎士――まさに、天が二物も三物も与えたような男である。まあ、先ほどのフランクに過ぎる応答でも分かる通り、四角四面な上官ではないのだが。正直なところ、魔法騎士大隊を預かる大隊長に見えるかと問われれば、やや疑問符が付く。彼もまた本来は中央魔法騎士団所属であるのだが、今回は騎士団長の命に応じ、自らが指揮する第二大隊の半数ごと派遣された形だった。残りの半数は中央の防衛のため残されている。その他にも、東方・南方・北方の各騎士団及び魔法騎士団から、それぞれ隊が派遣されていた。

 ここレドナは国の西端に当たり、本来は西方を担当する西方騎士団及び魔法騎士団の管轄内だが、西の隣国・レクレウスと戦争中の現在、西方騎士団・魔法騎士団だけではさすがに人員不足だ。だが各領主が抱える私兵は領地防衛のため動かせない。そこで騎士団は状況に応じて、西方以外の各方面から隊を引き抜いて応援に当たらせており、今回は彼らにも順番が回って来たということである。ちなみに上官であるジェラルドよりルシエルたちの到着が遅れたのは、直前まで別の任務が入っていたからだ。

 ジェラルドはマホガニーの高級そうなデスクに資料を取っ散らかしていたが、その内の一枚を取り上げてちらつかせた。

レクレウス(むこう)に潜り込ませてた諜報部隊からの報告だ。ここ何年か、アチラさんでどうもきな臭い気配がしててな。西方騎将閣下が直々に命じて探りを入れさせてたそうなんだが、この間、その諜報部隊がとんでもないネタを掘り当てて来た」

「とんでもない……とは?」

「まあ見てみろ。――吐き気がするからな」

 にやりと笑いながら、ジェラルドはその資料をルシエルに寄越す。その文面に目を走らせ、さすがのルシエルも眉を寄せた。常に冷静沈着、ほとんど感情を顔に出さないため、その端正な容貌もあって“氷の貴公子”などと異名を取る彼にして、この内容は眉をひそめさせるに充分なものだった。

「竜の細胞を人間に移植……正気ですか、レクレウスの軍部は?」

「一応大真面目に研究してたらしいな。――さすがに被験者の素性までは調べられなかったらしいが、その狂気の沙汰の特殊部隊……《擬竜兵( ドラグーン)》がそろそろお披露目ってのは事実らしい。大方、稼動試験も兼ねての初陣ってことだろうよ」

「その舞台にこのレドナが選ばれる、と?」

「向こうにとっても、レドナ(ここ)は落としときたいだろうからな。――だが正直、ちょっとばかり情報が駄々漏れなきらいはあるが」

「レクレウス側がわざと漏らした……ということですか? 虎の子の特殊部隊の情報を?」

「隠そうと思えばもっと本腰入れて隠すだろ。――俺が思うに、これは騎士団を釣る餌だな。そいつらで騎士団に手痛い損害を与えてやろうって腹だろう」

 こともなげにジェラルドは言い切った。

「その《擬竜兵( ドラグーン)》がどれほどのシロモノなのかは定かじゃないが、ここに書かれてる報告だけでもかなり強力なのは間違いなさそうだ。そんな連中にここで好き放題暴れられたんじゃ敵わん。ここは魔法騎士を多めに動員してでも、そいつらを早々に殲滅しないとまずいってのが騎将閣下おえらがたの思惑だろう。例え相手の誘いに乗る形になるとしてもな」

「殲滅ですか。鹵獲ろかくではなく」

「鹵獲ってのは、こっちに余裕があってこそできることだ。相手の性能が掴みきれてない以上、危ない橋は渡れん。死体でもそれなりの分析はできるからな。殲滅を前提に行動しろ。――確証はないが、こいつらはヤバイぞ。俺の勘がそう言ってる」

 自分のこめかみを軽くつつくジェラルドの顔に笑みはない。してみるとこれは、冗談抜きの真面目な忠告なのだろう。

 ルシエルは資料をデスクに戻した。内容はすでに頭に叩き込んである。

「了解しました。敵勢力の殲滅を念頭に、全力で任務に当たります」

「ああ、そうしてくれ」

 手を振る上官に敬礼し、ルシエルとシャーロットは部屋を後にした。すれ違う騎士たちが、二人の姿を目にして思わず視線で追ってしまう。ルシエルは正真正銘の貴族だが、シャーロットの方も制服を着てさえ貴族令嬢といっても通るほどの気品ある美少女だった。栗色の髪を、左右一房ずつだけ残して一つに結い上げ、薄い紫色の瞳は優しげだ。体格も小柄かつ華奢で、可憐な深窓の令嬢にしか見えないが、彼女の内面が見た目にそぐわずシビアで理性的であり、必要とあらばどこまでも冷徹になれることを、ルシエルは知っている。

「それにしても、多いですね……」

 シャーロットが呟きを漏らす。建物内を行き来する騎士の数は、駐屯地の規模に比しても多かった。ルシエルたちは先ほどのジェラルドの指揮下に入る形になるのだが、それにしてもあちこちから騎士たちが集められているようだ。それだけ、レクレウス軍のレドナ侵攻が現実味を帯びているのだろう。

 そしてルシエルも、その迎撃の一翼を担い部下を率いる以上、旅の疲れをゆっくり癒すというわけにもいかなかった。

「シャーロット、悪いけど部屋に戻ったら、小隊全員を集めてくれ。情報共有を徹底する。でないと、今度の任務は危なそうだ」

「はい、分かりました」

 シャーロットが頷く。

 一旦宛がわれた部屋に戻ると、ルシエルは一つ息をついた。このレドナはファルレアン王国の中でも国境に近い。すなわち、かつて後にして来たあの村――親友のアルヴィーがいるあの名もなき辺境の小村も、近いということだった。

(……懐かしいな……アル、元気にしてるかな)

 ルシエルにとっての光であり、太陽。アルヴィーはそんな存在だった。継父の暴力を、ただ甘んじて受けるしかできなかった弱い自分をいつも庇ってくれた、家族同然の幼馴染。彼は常に自分を守り、あの男に立ち向かってくれた。巻き添えを食って殴られても、彼がルシエルを置いて一人で逃げたことは、ただの一度もなかった。

 母が実はファルレアンの下級貴族の娘であったこと、そして自分が母と別の貴族との短い逢瀬で生まれた子だということが判明し、彼との別れを余儀なくされたあの日。アルヴィーの、聞く者の胸を締め付けるような悲痛な慟哭を聞きながら、ルシエルは誓ったのだ。いつか必ず、彼と彼の母を、自分たちをいつも守ってくれたあの優しい人たちを、迎えに行こうと。そして、今度は自分が彼らを守ろうと。

 ファルレアン王国に移ってもうすぐ八年。努力を積み重ね、自らの力で足場を築くその間、多くの人間がルシエルに近付いて来たが、ルシエルの心は動かなかった。

 彼の心はもう、ただ一人のものだったのだから。

(こうして実績を積み重ねていけば、それなりの地位と権力が手に入る。――そうすれば、人を二人保護下に置くくらいはどうということもない)

 現在、戦況はファルレアン王国側が有利だ。順当に行けば、こちらの勝利は動かない。反面、敗戦国となるレクレウス王国の国民は、一段低い立場に置かれることとなるだろう。だが、アルヴィーたちがそんな扱いを受けることを、ルシエルは許せなかった。

 だから、一つでも多くの実績が、力を示す指標が欲しい。それが、彼を守る力となるから。

 そして、自国の勝利を覆されるわけにもいかなかった。ルシエルの、貴族や魔法騎士という立場は、ファルレアン国内でしか通用しないものだから。

《擬竜兵( ドラグーン)》……資料を見る限り、相当手強そうな相手だ。――でも、だからこそ放ってはおけない)

 最も自分の望みに近い形で動いている現在の戦況を、引っ繰り返されるわけにはいかないのだ。


(――必ず、倒す)


 自国を勝利に導くために。そして、大切な人を守る力を得るために。

 ルシエルは心を決めた。


 ……そう、決めていたのに。



 着任から三日、諜報部隊が掴んで来た情報通りに、レドナへの侵攻が始まり、ルシエル率いる第一二一魔法騎士小隊にも出撃命令が下った。

 そして、ついに発見した敵勢力――《擬竜兵( ドラグーン)》と接敵し、危ういところで逸らされた致死の光芒の先に、彼は見たのだ。


「……アル……?」


 求めてやまなかった、誰よりも大切で守りたかったその人が、異形の右腕を携え、敵として立つその姿を。



 ◇◇◇◇◇



 向かって来る光芒に、第一二一魔法騎士小隊の面々は一瞬死を覚悟した。

「――ユフィオ! 防御は……!」

「間に合いませ……うわぁっ! は、阻め、《四錐障壁( オベリスクシールド)》――!」

 小隊内で最も防御魔法に長ける四級魔法騎士、ユフィオ・メイスンは、悲鳴をあげながらも反射的に、間に合わないと分かっている魔法障壁を展開する。だが当たれば間違いなく彼らの命を消し去っていたはずの光芒は、彼らの脇を掠め、後方の建物を貫いた。炸裂したエネルギーが建物を爆砕して大小の瓦礫を飛び散らせるが、それは魔法障壁に弾かれて事なきを得る。

「……た、助かっ、た……?」

「あっぶねぇ……向こうの狙いが甘くて助かったぜ」

 大剣使いである三級魔法騎士、カイル・イーガンが、目立つ赤毛を掻き上げながら大きく息をつく。

「いえ。――彼、寸前で逸らしました」

 シャーロットは腰に取り付けた小型の魔法式収納庫ストレージから、自身の背丈を超す長さのバルディッシュを取り出しながら、彼の言葉を訂正した。彼女は特に身体強化魔法を得意とし、大振りな戦斧を自在に操る。そしてその身体強化魔法の恩恵は、知覚にも及ぶのだ。魔法で強化された彼女の視力は、敵である《擬竜兵( ドラグーン)》が、完全に自分たちを捉えていたはずの攻撃を、寸前で強引に逸らしたのをはっきりと目撃していた。

「どういうことだ?」

「さあ。ですが、有難いことは事実です。このまま畳み掛けましょう」

 シャーロットがバルディッシュを構える。

 他の面々も自身の得物を構えるが、ユフィオは自分の魔法式収納庫ストレージからポーションの類を取り出した。

「僕らより先に、当たった小隊がいます。何人かは状態が酷い……ここじゃそんなに高度な治療はできないけど、ポーションだけでも飲ませておけば、大分違うはずです」

 ユフィオの視線の先には、倒れ伏した騎士たちがいる。中には酷い火傷を負った騎士もいた。ここレドナに集められたのは、魔法騎士団ばかりではない。魔法の素養が低い、もしくは素養を持たない一般の騎士団も同じく招集されているのだ。彼らには魔石で稼働する武器や防御障壁を張れる魔動機器が配備されているはずだったが、この分ではものの役に立たず、《擬竜兵( ドラグーン)》の攻撃をまともに食らったのだろう。自分たちも一歩間違えればああなっていたのかもしれないと、ユフィオはぞっとした。

「そうですね。最初は向こうの出方を見ることになりますから、その間にユフィオさんは彼らの治療を」

「はい!」

 治療といっても、ポーションを飲ませる程度ならさほど時間は掛からない。ユフィオは一応自分の杖も持ち、周囲に注意を払いながら倒れた騎士たちに近付いて行った。

 その時、突然隊長であるルシエルが剣を構えもせずに歩を進め始めたのだ。

「――隊長!?」

 面食らう隊員たちを余所に、彼は警戒する素振りさえなく《擬竜兵( ドラグーン)》に近付いて行くと、互いの顔が視認できる程度の距離で足を止めた。手にしたその剣が、《擬竜兵( ドラグーン)》に向けられる。だが、剣の間合いではない。部下たちが戸惑いと共に見守る中、ルシエルはどこか悲痛にも聞こえる静かな声で、その名を呼んだ。


「アル……アルヴィー。――本当に、君なのか?」


 隊員たちの間に、衝撃が走った。

「まさか……知り合いなのか?」

「そういや、隊長って元々は、レクレウスの辺境の村で育ったって話じゃ……」

 落胤とはいえ、辺境の村、それも他国から貴族の家に引き取られ、騎士団で小隊を率いるまでに上り詰めた少年は、ある意味有名人だった。元々の才能に加え、常に努力を怠ることなく、類稀なる実力を見せ付け続ける天才少年。だがその心は何事にも動くことはなく、“氷の貴公子”などという異名を奉られるほどだ。

 そんな彼が、傍目にも分かるほど動揺し、通常なら絶対にしない不用意な行動に出たことに、隊員たちは驚きを隠せなかった。

 そして《擬竜兵( ドラグーン)》の少年も、呻くような声を絞り出し、ルシエルに答えたのだ。


「ルシィ……何で戦場こんなとこなんかに……!」


「……決まり、だね」

 攻撃魔法を得意とする四級魔法騎士のクロリッド・ソルアが、自分の魔法式収納庫ストレージから長杖スタッフを取り出す。彼の思念に応じ、彼の眼鏡に座標が表示された。この眼鏡は魔法の補助のための魔動端末デバイスも兼ねており、遠隔発動する魔法の最適な発動座標を割り出すのだ。彼は石突きの部分を金属で強化した、それ自体武器として使える杖を、《擬竜兵( ドラグーン)》の少年に向けた。

「――戒めろ! 《地鋭縛針ガイアジェイル》!」

 少年の足元に一瞬魔法陣が輝き、次の瞬間地面が鋭く尖った数多の針となってランダムに伸びると、空間を埋め尽くす。対象をその間隙に捕らえ、四肢を貫いて完全に動きを止めるための、捕縛用とはいえ攻撃的きわまる魔法だ。だがそれは、少年が飛び退きながら傍らの少女を突き飛ばし、右腕を一振りしたことで不発に終わる。その異形の右腕は、完全に硬化し、魔法で強化もされているはずの大地の針を、いともたやすく薙ぎ払い粉砕したのだ。

「うわあ……硬いにも程があるよ。反則でしょ、あの右腕……」

 クロリッドが顔を引きつらせた。何しろ、そこそこ高レベルの魔物でも、身動きも許さず完全に捕らえていたはずの一撃だったのだから。

「クロリッド!?」

 咎めるように振り返ったルシエルを、カイルがたしなめた。

「別に問題ないでしょ、隊長?――あいつは敵なんだから。そこに転がってる連中だって、そいつの仕業だろ?」

「…………!」

 息を呑んでとっさに声が出ないルシエルの代わりとでもいうように、《擬竜兵( ドラグーン)》の少年――アルヴィーがどこか悲しげな笑みをひらめかせる。

「……そうだな。俺たちは敵同士だ、ルシィ」

「そこの騎士たちも……君が、倒したのか」

「重力でへばってるのは俺、火傷してるのがもう一人。――だけど、できるだけ人死には出したくない。治療に手出しはしないよ」

「っ、だったら! 投降してくれ、アル!」

「投降はしない」

 ルシエルの懇願を、アルヴィーはきっぱりと退けた。

「どうして!」

「……この国の貴族がレクレウスに流した魔物が俺の村を襲って、お袋も村のみんなも死んだ。――この国は、俺にとっては仇の国だ。だから、投降はしない」

 彼の瞳が、炎のように燃え上がったように見えた。

「……そんな……まさか。小母おばさんが……?」

 ルシエルが喘ぐように呟く。

 アルヴィーの母・イゼラは、幼い頃のルシエルにとってはもう一人の母のような存在だった。いつも明るくサバサバしていて、アルヴィー共々自分たち親子を守ってくれた、大らかで優しい人。その人がもうこの世にいないという事実は、アルヴィーが敵軍の兵士となっていた事実ともあいまって、ルシエルを打ちのめした。

「お袋だけじゃないんだ。村のみんなも、半分以上あれで死んだ。――あそこはもう、村じゃなくなった。何にも残らなかったんだ。全部、あの魔物どもにめちゃくちゃに踏み潰されて。まだ、一年にもならない」

「そんな……」

 ルシエルは愕然とアルヴィーを見た。あれほど会いたかった、守りたいと願った彼は、自分が手をこまねいている間にすべてを失い、拭い去れない翳りを纏い、そしてその身すら異形のものに作り変えられてしまったのだ。

 ――間に合わなかった。

 こみ上げる思いに、きつく奥歯を噛み締める。

「隊長。――指示を」

 そんなルシエルに、シャーロットがどこまでも冷静な声を掛けた。

「わたしたちは、国を守るのが役目です。そのために戦ってこその騎士。――違いますか」

 彼女の薄紫の瞳に、温度はない。ルシエルの悲嘆も、アルヴィーの過去も、国を守る騎士としての役目には関係のないものだから。為すべきことのためならば、どこまでも公平に、冷徹に振る舞える。それがシャーロットという少女だった。

 振り返るルシエルの視界に入るのは、自身が率いる部下たち。自分は彼らの命運に、責任を持たなければならない。いかにアルヴィーのためでも、それを放り出すわけにはいかないのだ。

 それが、自分の選んだ道なのだから。

 剣の柄を握り締め、再び前に向き直る。持ち上げられた剣は、何百回何千回と身体に叩き込み、慣れ親しんだ構えに。


「……総員、戦闘態勢。目標、敵――《擬竜兵( ドラグーン)》! もう一人の《擬竜兵( ドラグーン)》に警戒しつつ、全力で当たれ!」

「了解!」


 小隊は素早く隊列を組み換えた。騎士たちにポーションを飲ませ終えたユフィオ、攻撃魔法の使い手クロリッド、そして同じく攻撃魔法を得意とする三級魔法騎士ジーン・マクレディ、そして魔法銃士マギガンナーである四級魔法騎士、ユナ・ルグルを後衛に下げ、その他のメンバーが前に出る。ユフィオを《擬竜兵( ドラグーン)》にやられたと思しき騎士たちの看護兼護衛に、ユナをもう一人の《擬竜兵( ドラグーン)》の少女への警戒要員として置き、残りでアルヴィーに相対する作戦だった。六対一の形になるが、卑怯とは思わない。それだけの戦力が必要な相手――否、むしろ不足なくらいだと、事前の作戦会議で彼らは理解していた。

 魔法騎士団の一個小隊を前にしたアルヴィーは、しかし焦りの色は微塵もなく、その異形の右腕をたわめる。パキリ、と硬質な音。ただでさえ人としてはあまりに異質な形をしていた腕が、さらに変形を始めた。息を呑む魔法騎士たちの眼前で、彼の右腕の鱗のような部分が手を覆い隠すように長く鋭く伸び、暗紅色の刃となる。

 未だ左腕を抱えて呻くもう一人の《擬竜兵( ドラグーン)》の少女を一瞥し、アルヴィーは彼女を庇うように前に進み出た。


「……対人で使うの、ほとんど初めてなんだ。ちゃんと受けてくれよ、ルシィ」


 同時に地を蹴り、そしてほぼ一瞬でトップスピード。身体に巻き付けるように引いた刃と化した右腕を、左下から右上へと、力任せに斬り上げる!

「――《イグネイア》!!」

 ルシエルが愛剣のを呼ぶのと、刃同士が噛み合うのと、どちらが早かったか――。

 ――ギィン!

「くっ……!」

 技巧も何もない、ただ力押しの一撃。それだけで、ルシエルは大きく後方に吹っ飛ばされた。それでも、何とか体勢を崩さず着地したのは、これまでの修練の賜物だろう。そして手にした愛剣も、あれだけの一撃を受け止めつつも折れていない。

 魔剣《イグネイア》。それが、この剣のだ。

 しかしあの威力では、魔剣といえども発動が遅れていれば折られていた。びりびりと痺れる手に、ルシエルは気を引き締める。

 一方、魔法騎士団の面々も、ただそれを眺めていたわけではない。

「――はぁぁぁっ!」

 攻防の間に距離を詰めていたシャーロットがバルディッシュを振り抜く。身体強化魔法に遠心力も利用した、少女とは思えない威力の一撃を、アルヴィーは真っ向から受け止めた。ガァン、と轟音。だがアルヴィーの“剣”には傷一つ入らず、片手でシャーロットの渾身の押し込みを止めている。

 しかしシャーロットの真の狙いは自分が仕留めることではない。彼女がアルヴィーの動きを止めている間、カイルともう一人の前衛、三級魔法騎士ディラーク・バートレットが二人掛かりで横合いからアルヴィーに迫っていた。カイルの大剣が首を、ディラークの大槍が胴を狙ってそれぞれはしる。

「ちっ……!」

 アルヴィーはシャーロットの斧を押し返し、後ろに跳ぶ。だが躱しきれず、左の首筋と右脇腹から鮮血が噴き出した。

 しかし――常人ならば重傷どころか致命傷になりうるそれも、アルヴィーたち《擬竜兵( ドラグーン)》にとってはさほど問題にはならない。竜の細胞を取り込んだ彼らは、その凄まじい自己治癒力もまた自らのものとしているのだ。

 負傷は一瞬で、あっという間にその傷は塞がり、跡形もなくなってしまった。さすがに血痕はどうしようもないが、それは別に戦闘には影響しない。

「は……とんだバケモンだな、おい……」

 カイルが引きつった顔で呟いた。その背後から、


「貫け! 《雷槍サンダースピア》!」

「撃ち抜け! 《氷弾アイシクルバレット》!」


 クロリッドとジーンの攻撃魔法が投射され、アルヴィーに殺到する。対してアルヴィーはただ、右腕を翳しただけだった。

「……《竜の障壁(ドラグ・シールド)》」

 次の瞬間、二つの魔法がアルヴィーの眼前で弾け、スパークと氷の欠片を撒き散らす。だがアルヴィーの身体にそれが到達することはなかった。二人の魔法はアルヴィーではなく、彼の張った不可視の魔法障壁に着弾したのだ。

 攻撃をことごとく跳ね返され、魔法騎士たちは慄然とアルヴィーを見やる。ブリーフィングである程度はその力を理解したつもりだったが、実際戦ってみると《擬竜兵( ドラグーン)》の性能は想定以上だ。身体強化魔法のそれを上回る膂力、多少深い傷でも一瞬で治癒する回復力、そして魔法も通じない。その上まだ彼には、あの右腕から放つ光芒がある。膨大な熱量を持つあの光は、当たれば人間など容易く焼き尽くしてしまうだろう。

「あの光を放たれたら終わり、ですかね……ユフィオさん、止められますか?」

「すみません、無理です……! 威力もそうですけど、到達までの時間が短過ぎます」

「ですねぇ」

 希望の欠片もない返答だったが、あまり期待はしていなかったので、シャーロットも別段咎め立てはしない。結界もそうだが、魔法は発動までに多少の時間が必要だ。ほぼ一瞬で目標に届いてしまうあの光芒は、防御魔法とは相性が悪過ぎた。

「そうだ、魔力切れとか狙えねーか?」

 カイルが名案とばかりに表情を明るくするが、

「無理だね。ただでさえ馬鹿みたいな魔力持ってる上に、あの右肩のデッカイ突起、あれで周りの浮遊魔力をバカスカ取り込んでチャージしてる」

 クロリッドは言われるまでもなくその可能性に気付き、魔動端末デバイスで調べていたようだ。そしてその結果に、面白くもなさそうに吐き捨てる。

「ったく、ホント反則にも程があるよね、アレ」

「……もう終わりか?」

 アルヴィーが静かに呟き、《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》を放つべく右腕を持ち上げた時。


「――斬り裂け。《風刃エアブレイド》」


 鋭く風が鳴り、アルヴィーの左肩を不可視の刃が抉っていく。無論、ものの数秒で塞がってしまったが、アルヴィーはその攻撃の主を見て、何とも言えぬ複雑な表情を浮かべる。

「……ルシィ」

 魔法を放ったのはルシエルだ。その手には魔剣《イグネイア》が握られ、切っ先がアルヴィーに向けられている。

「ねえ、アル。――僕はずっと思ってた。いつかあの村に、君と小母さんを迎えに行こうって」

 そのために鍛錬を重ね、実績を積み、騎士団で小隊長にまで伸し上がった。貴族出身という後ろ盾があったとはいえ、十七歳で二級魔法騎士、小隊長というのはかなり早い昇進だ。

 すべては、アルヴィーとその母を保護下に置き、守れるだけの力を手に入れるため――だった、のだ。

「だけど……僕は、間に合わなかったんだね」

 守りたかった人たちにはもう、この手は届かない。


「悔しいよ、アル。――君たちを、守りたかった」


 ルシエルの魔力を吸い上げ、《イグネイア》の刃が淡く輝く。

 《イグネイア》は、使用者が魔力を注ぐことでその強度と鋭さが跳ね上がる剣だ。加えて、魔法補助の機能もある。ルシエルは一通りの元素系攻撃魔法と身体強化魔法、その他いくつかの補助魔法が使えるが、《イグネイア》を介することでその威力は向上し、また剣身に魔法を纏わせたり、魔法の刃として飛ばすこともできるのだ。

 ルシエルは《イグネイア》に先ほど放った魔法《風刃( エアブレイド)》を纏わせる。飛躍的に切れ味の跳ね上がった剣を構え、彼は対峙するかつての親友を見据えた。


『僕たち、大人になっても、ずっと一緒だよね』

『当たり前だろ!』


 二人、手を繋いで並んで歩いていた頃には、もう戻れないのだ。


「……一つだけ、訊いていいかい」

「何だ?」

「君はここで、人を――騎士でも一般市民でも、殺した?」

 ルシエルの問いに、アルヴィーは困惑したように言い淀んだが、それでも答えを返す。

「……メリエを止めきれなかったって点では、俺も手を下したようなもんだな。けど、俺の意思で殺した人間は、まだいない。――誰彼構わず薙ぎ払うんじゃ、俺の村を襲った魔物と変わらない。そうだろ? 兵士としちゃ失格かもしれないけど、それだけはどうしても譲れなかった」

「そう。――良かった」

 ルシエルはこんな時だというのに、微笑む。その身は異形と化しても、彼の本質は変わっていない。あの頃の、優しい彼のままだ。

「だったらせめて、僕が君を止めてみせるよ」

 自分の太陽であった優しい彼が、これ以上手を汚すことのないように。

 そのアイスブルーの瞳に、すでに迷いがないことを見て取ったのだろう。アルヴィーも、心を決めたように微笑わらう。

「なら――俺は戦うだけだな」

 禍々しく変化した腕を携え、アルヴィーは地を蹴る。ルシエルもそれに倣った。アルヴィーが右腕を振り翳し、ルシエルが《イグネイア》を鋭く振り抜く。


 二振りの剣が、それぞれの思いを乗せて再びぶつかり合った――。



 ◇◇◇◇◇



 アルヴィーは、決して剣の達人ではない。

 何しろ、ほんの九ヶ月前までは、一村人として暮らしていたのだ。父と同じく狩人として生きるべく、父の遺した弓や罠を使って森で獣や小型の魔物を狩るのがせいぜいで、本格的な戦闘訓練を始めたのは軍の兵員募集に応じて練兵学校に入ってからである。

 それに対してルシエルの剣技は、非常に洗練されていた。実父である貴族に引き取られ、およそ八年。その間、弛まぬ努力を積み重ねてきたのだろう。それができる親友であることを、誰よりアルヴィーが知っているから。

「……っ!」

 流れるように繰り出される剣閃を、アルヴィーは時折刃に身を掠らせながら躱す。《擬竜兵( ドラグーン)》となって得た、常人離れした身体能力と動体視力のなせる業だ。しかしそれでも、剣に纏わり付く風の刃が、アルヴィーの身を鋭く斬り裂いていく。致命傷には程遠いとはいえ、その痛みは確実に意識の集中を乱していた。いかに異常なまでの自己治癒力を持つといっても、痛みは人並みに感じるのだ。先ほど騎士二人にやられた傷も、実は一瞬意識が飛びそうなほどに痛かった。

(全然反撃できねえとか……っ! ルシィがこんなに強くなってるなんて)

 幼い頃はいつも、アルヴィーがルシエルを守る側だった。例え巻き添えでルシエルの継父に殴られようと、ルシエルを庇うことを止めようとは思わなかった。

 なぜなら、ルシエルもまたアルヴィーの家族であり、守るべき大切な存在だったからだ。

 アルヴィーの父は家族を守るため、魔物と戦って命を落とした。だからアルヴィーも、どれほど力の差があろうと、家族ルシエルを守ることを諦めたりしなかった。

 大切な存在は命を懸けてでも守るものだと――父が自らの命で、そう示したのだから。


(なのに……何で俺、今ルシィと戦ってんだ?)


 生きなければいけないと、思っていた。

 何があっても死ねないと、そう思っていた。


 けれどそれは――今まさに刃を交わし合っている、ルシエルともう一度会うためで。


 ドクン――。

 身の裡で、高鳴る鼓動。戦っているのは、剣を向け合っているのは守るべきだった親友にして家族であるのに、そんな彼とこうして刃を噛み合わせることに、胸が躍って仕方ない。

 その不自然さに、アルヴィーはようやく気付いた。

(何で……っ!)

 斜め下から斬り上げてくる一撃。右手の刃で滑らせる。避けるだけで精一杯だったルシエルの攻撃が、だんだんとクリアに見えてくる。右腕が導かれるように動いた。突き込まれる剣先を右手で弾く。甲高い音を立てて擦れ合う二つの刃。小さく火花すら散るが、ルシエルの剣が纏う風に呑み込まれる。ピシッ、と鋭いかすかな音と共に頬に一筋赤い線が走るが、その傷はできた側から塞がっていった。

 身体が熱を孕み、心が高揚する。その熱さは、右腕から伝わってくるようだった。

 ――ドクン。

 ――ズクン。

 右腕がわずかに疼く。心臓の鼓動と疼きが共鳴するように、アルヴィーの内側を揺さぶる。

(……まさか……っ!)

 熱に浮かされた心を、ひやりと刺すものがあった。


 まるで戦いの空気に酔ったように、軍規も命令も無視して手当たり次第に攻撃し、破壊と殺戮を撒き散らしていった他の《擬竜兵( ドラグーン)》たち。彼らは心から、その力を振るい街を蹂躙することを楽しんでいる様子だった。

 それが、この腕の――彼らを《擬竜兵( ドラグーン)》たらしめる、竜の細胞のもたらすものだったとしたら?


(――暴走……!?)

 そんな言葉が、頭をよぎった。


「…………っ!」

 反射的に飛びすさり、ルシエルから距離を取る。それを再び詰めようとする彼の眼前の地面に、威力を絞った《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》を撃ち込んだ。地面が弾け、ルシエルは魔剣に纏わせた風で飛び散る破片を払いつつ後方に跳ぶ。

「隊長!」

「問題ない! 来るな!」

 部下たちにそう叫び返して、ルシエルがアルヴィーに向き直る。

「どうしたの。戦うんじゃなかったの、アル」

「来るな、ルシィ」

 再び歩み寄って来ようとするルシエルに、アルヴィーは右腕を向ける。だがその腕は、小さく震えていた。そのことに、アルヴィーは内心舌打ちする。

(ついさっきまで、何ともなかったのに……!)

 親友ルシエルと殺し合うことへの恐れか、それとも暴走の前兆なのか、それは分からない。だが、自分自身の一部が自らの意思とは無関係に震え出すことに、アルヴィーの心がざわりと波立つ。

「来ないでくれ……!」

 どこか懇願の色すら混じったその声に、ルシエルも異常に気付いたらしい。

「アル、どうかしたの」

「ルシィ、来るな! 今の俺は、どっかおかしい……! 俺だけじゃない、他の《擬竜兵( やつら)》も!」

 アルヴィーが他三人の《擬竜兵( ドラグーン)》たちと行動を共にしていたのは、ほんの短い間だ。竜の細胞に適応し、容体が落ち着いてから訓練を受け、適切な“調整”を済ませてからサーズマルラでの合流になったため、それは仕方ないことだった。だが、その短い付き合いの間でも、それぞれの性格くらいは大体掴める。アルヴィーの目から見て、他の三人はそれほど戦いに溺れるタイプとは見えなかった。メリエは軍務を離れればごく普通の少女であったし、マクセルやエルネスとて自らの力から来る多少の優越感はあるものの、人として憚られるような異常などは持ち合わせていなかったはずなのだ。

 しかし、レドナへの攻撃を始めてからのメリエは、明らかに様子がおかしかった。騎士も民間人も構うことなく攻撃し、人間が火達磨になるのを笑って楽しむなど、およそまともな人間の思考ではない。また、地上に下りる前に上から見た様子や、一般街区の方からも断続的に聞こえる爆音からして、そちらに向かった二人もメリエ同様暴走していると考えていいだろう。

 そして――今自分もまた、あれほど会いたいと願い、守るべき相手と決めていた親友と刃を交わし合うことに、確かに胸躍らせていたのだ。

(今までの討伐演習じゃ、こんなことなかったのに……!)

 それとも、演習のたびに少しずつ、自分たちは狂い始めていたのだろうか。レクレウスでの実戦演習は、いずれも魔物を相手にしたものだった。さすがに国内で、人間を相手に演習などというわけにはいかなかったのだ。軍で対応しきれない強力な魔物の討伐も兼ね、《擬竜兵( ドラグーン)》たちは各地に派遣されてその圧倒的な力で魔物たちを倒していた。

(演習の時は、大体《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》一発で終わってたからか。こんなに長く戦い続けたことなんて、演習じゃ一度もなかった……そのせいなのか?)

 戦っている最中には感じなかった息苦しさが、アルヴィーの胸を締め上げる。不安と疑念が呼吸を乱し、冷たい汗が熱を持つ身体を濡らしていく。

「アル、どうしたんだ! 一体何が――」

「ここに来るまでは、こんなじゃなかった! こんな――何もかもめちゃくちゃにして楽しむような、そんな奴らじゃなかった……!」

 そう叫んだ時、遠い爆音がアルヴィーの耳に届く。この街のどこかでまた、残る二人の《擬竜兵( ドラグーン)》のどちらかが、人々を蹂躙しているのかもしれない。そう考え、アルヴィーの表情は悲痛に歪む。

「……そこに転がってる騎士も連れて、今すぐここから離れてくれ。このままじゃ俺も、もしかしたら……」

 今はまだ、戦いに高揚する程度で済んでいる。だがこれ以上戦い続ければどうなるか……アルヴィー自身にも、分からなかった。もしかすると、狂気に呑まれて他ならぬルシエルをこの手で殺すかもしれない――そう考えて、胸を氷の刃で貫かれたように慄然とした。


(――嫌だ。それだけは、絶対に嫌だ……!)


 例え敵国の騎士となっていても、今の自分より戦いに長けていても。

 アルヴィーにとってルシエルは変わることなく、守るべき親友であり、家族であるのだから。

 ようやく掴んだ自身の本来の心を、見失わないようにしっかりと握り締める。

 これだけは絶対に失ってはならない、アルヴィーが人であるために必要なものだ。


『おれが守ってやる! とーさんみたいにな!』


 あの言葉を、違えはしない。


 アルヴィーはふと、異形と化した右腕を見る。その瞬間、天啓のように閃いた考えがあった。

(この腕なら……《擬竜兵おれ》だって、きっと殺せる)

 死ぬのは怖い。だが、この手でルシエルを殺めることは、それ以上に恐ろしく、耐えられないことだった。そんなことになったら、どの道自分はきっと生きていけない。

 それに――。

(……約束は、守った)

 こんな形ではあったけれど、いつか必ず会いに行くと彼に誓った言葉は、確かに果たせたから。

 この手で家族ルシエルを殺すくらいなら――いっそ。

 ルシエルに向けていた右手を引き、自身の首元に持って行く。力を込めて一気に刃を引けるよう、左手を右手に添えて。もう、手は震えなかった。

「! アル、待って――」

 アルヴィーの思惑に気付いたのだろう、ルシエルが焦ったように一歩踏み出した時。


「……あは」


 その声は、聞こえた。

 聞く者の全身を総毛立たせるような、狂気に塗り潰された笑い声が。


「――――!!」

 アルヴィーは弾かれたようにその場を飛び離れ、声の主を見る。

「……メリエ!」

 アルヴィーの後方でうずくまっていたメリエが、いつの間にか身を起こしていた。その左腕と肩の魔力集積器官マナ・コレクタは不気味に蠢き、アルヴィーの右腕よりもさらに禍々しくおぞましい形を成そうとしている。両目は見開かれて血走り、少女らしさなど欠片もない形相となっていた。

「メリエ、どうした!?」

 返答は、常軌を逸した笑い声だった。


「アハ、あはハははハハハはハはは!!」


 けたたましく笑いながら、メリエが左腕を打ち振る。撃ち出された《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》が近くの建物に突き刺さり、その上層階を吹き飛ばした。

「あはハは、アはあははハハはははハっ!!」

 開いたままの唇から狂笑を撒き散らしつつ、メリエは形を成しきらない腕から《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》を連射する。そのたびに建物が爆砕され、地面が弾け飛び、致死の光が魔法騎士たちのすぐ脇の空間を貫く。

「――ルシィ! 避けろぉぉぉっ!!」

 その左腕がルシエルの方に向いたのを見た瞬間、アルヴィーは叫んでいた。とっさにメリエから距離を取ったため、腕を弾いて射線を逸らすのはとても間に合わない。アルヴィーは右腕を振り翳し、自らも《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》を放った。

 閃光。

 メリエが放ったそれよりもさらに太く強い光芒が、ルシエルに向かった致死の光を呑み込み、わずかに屈折して進路上の建物を吹き飛ばす。メリエの《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》を強引に掻き消したアルヴィーは、ルシエルたちに向けて怒鳴った。

「退け、ルシィ! ここから離れろ! 暴走だ!」

「何だって……!? どういうことなんだ、アル!」

「メリエだけじゃない、他の《擬竜兵( やつら)》も多分、暴走してる! まともな判断力が吹っ飛んでるんだ!」

 アルヴィーとて、今はまだ自我を保っていられるが、いつ他の《擬竜兵( ドラグーン)》たちのように暴走に呑み込まれるか分からない。

「俺たち《擬竜兵( ドラグーン)》は、スペック上は《下位竜( ドレイク)》と同等に設定されてる。そんな奴らが、辺り構わず本能だけで暴れ回るんだぞ! 普通の人間がどうこうできる相手じゃないんだ! 早く退け!!」

 怒鳴る間にも、《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》が至近距離を掠め、アルヴィーのすぐ近くの地面に炸裂した。反射的に、左腕で顔を庇う。そして腕を下ろした時、その腕をぐいと掴まれた。

「――ルシィ!? 何やってんだ馬鹿!」

「何って、撤退だよ。ただし、アルも一緒にね」

「はあ!?」

 呆気に取られるアルヴィーを、ルシエルは有無を言わさず引きずって走る。その手は幼い頃とは比べ物にならないほど大きく、力強くなっていた。そういえば、別れた頃はほぼ同じだった身長も、今はルシエルの方が少し高い。こんな時ながら、アルヴィーはそれに気付いた。

「ちょ――何考えてんだ! 俺は敵だぞ!」

「でも、僕を助けた」

「それは――」

「本当に敵だっていうなら、彼女の攻撃を邪魔したりしないで、放っておけば良かったんだ」

「そんなことできるか!!」

 思わず怒鳴り返し、そしてはたと気付いて顔を伏せる。やられた。

(ちくしょー! 確信犯かルシィの奴!)

 アルヴィーがもはやルシエルを敵とは思えないことを、完全に悟られてしまった。どうやらこの幼馴染は、ファルレアンで色々と“成長”したらしい。鎌掛けが上手くなるなど、しなくて良い方面にも。

「ちょ、隊長!? 何連れて来てんの!?」

 いきなり《擬竜兵( ドラグーン)》を引っ張って来た小隊長に、小隊の面々は度肝を抜かれたが、揉めている暇などない。幸い、ユフィオの応急処置のおかげで、倒れていた騎士たちもある程度は戦線復帰できる状態にまで回復している。膂力に自信のある者は動けない騎士を担ぎ上げ、そうでない者はともかくも自分の足で、第一二一魔法騎士小隊と一般騎士の生き残りたちは撤退を開始した。見た目華奢な少女であるシャーロットも、身体強化魔法を駆使して自分より体格の良い男性を軽々と担いでいる。そのシュールな絵面にアルヴィーはぎょっとしたが、彼女の一撃を思い出して遠い目になった。

(ああ……強化魔法持ちか。確かに、女の腕力じゃなかったもんなあ……)

 さすが魔法騎士、といったところか。

「――ごめんなさい、隊長。警戒はしてたけど、急過ぎて対応できなかった」

 メリエを警戒していたユナが、後方を振り返り銃を構えながら詫びる。彼女は愛用の魔法小銃ライフルを連射、後方の建物の柱を撃ち抜いた。ただでさえメリエの無差別砲撃の余波で脆くなっていた柱は、その攻撃で完全に折れ砕け、建物の半分ほどが一気に崩落する。それは撤退する彼らの後方を塞ぎ、即席のバリケードと化した。

「構わない、あれは僕も想定外だった」

 アルヴィーと共に最後尾を走りながら、ルシエルは部下を許す。実際、あれに下手に対応していれば、かえって気を引いて《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》の餌食になりかねなかったので、結果としてはそれで良かったのだ。

 瓦礫が散乱する道を、彼らは駆け抜ける。その時、なぜか背筋をゾクリと寒気が走り、アルヴィーは振り返った。


「――あははぁ」


 建物の屋根を蹴り、メリエが飛び下りてくる。左腕に、発射寸前の《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》を湛えて。


「ルシィ!!」

 とっさにルシエルを仲間たちの方に突き飛ばし、アルヴィーは《竜の障壁( ドラグ・シールド)》を展開した。そこへ、メリエの《竜の咆哮( ドラグ・ブレス)》がぶつかる。

 光が炸裂し――爆音が轟いた。


設定厨なので地図とか騎士団の編成とかせこせこ作ってます。

でもみてみん様にまだ未登録という……。

あと、アルヴィーの“剣”は「パタ」という剣をイメージしています。籠手の先っぽに剣身がくっついてる剣です。アルヴィーの場合は手首辺りから剣が出てる感じですが。作中で説明する余裕がなかったので後書きスペースで説明……orz

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