第37話 目覚めしもの
「――山頂、異状ありません」
イムルーダ山から三ケイルほど離れた地点。下山した騎士団の飛竜幼体捕獲部隊は、隊の一部をここに残し、イムルーダ山の監視に当たらせていた。
そして下山して三日目。彼らはついに山頂に向かう《上位竜》らしき姿を捉え、急ぎ北方騎士団本部に報告を送ったところだった。
「うむ。少しでも異状があればすぐに知らせろ」
「はっ」
騎士たちは張り詰めた空気の中、硬い表情で山頂を見上げる。何しろつい先ほど、《上位竜》がこの上空を飛んだだけで、大気が重さを持って自分たちを押し潰すかとさえ感じたのだ。自分たちでさえそれほどの威圧を感じたというのに、あの山頂では今まさに、《擬竜騎士》がただ一人でそれに立ち向かっている。まだ二十歳にもならない、しかも騎士になって日の浅い少年に負わせるには、あまりにも重過ぎる役目に思えた。
だが、彼以外に《上位竜》に多少なりとも立ち向かえそうな人材も、またいない。
「……《擬竜騎士》が、上手くやってくれればいいが……」
騎士たちは固唾を呑んで、竜が下り立った山頂を見つめる。双眼鏡を手に、より詳しい状況を探る騎士は、緊張のあまり双眼鏡を持つ手がこわばってしまっていた。
そして――永遠とも思えるような十数分ほどが過ぎた時。
「――あっ! 竜が……《上位竜》が飛び立ちます!」
双眼鏡で山頂を監視していた騎士が、上ずった声をあげた。
「何!? それで、何か変わったことは!? 戦闘の気配はあったか!?」
「いえ……! 少なくともここからは、確認できていません……!」
地上で慌てふためく騎士たちなど、もちろん一顧だにすることなく、《上位竜》はふわりと空に舞い上がると、そのまま彼方の空へと消えていった。
「……《上位竜》の攻撃の形跡なし……周囲への被害も確認できません……!」
双眼鏡越しに山頂部分を舐めるように確認し、騎士は声を震わせる。誰からともなく歓声が沸き起こった。
「やった……! やったぞ!」
「《擬竜騎士》がやってくれた!」
「《上位竜》が来て無事に済むなんて、信じられるか!?」
隣国レクレウスでの逸話を知るだけに、自分たちがその轍を踏まずに済んだという安堵が、騎士たちを狂喜させた。手近な者同士肩を叩き合い、拳を天に突き上げて口々に快哉を叫ぶ。
「よし、急いで北方騎士団本部に報告だ!」
「はっ!」
使い魔を使える魔法騎士が、通信文を使い魔の鳥に持たせて飛ばす。
そうしてもたらされた《上位竜》退去の知らせは、すぐさま北方騎士団本部を通じ王都にまで届けられた。
「――北方騎士団本部より連絡! 《上位竜》がイムルーダ山を離れ、国境方面に飛び去ったとのこと! なお、攻撃等はなかった模様です!」
待ちに待った連絡に、騎士団本部は沸き立った。
「確かか!?」
「はっ、間違いなく《上位竜》の退去を確認したと!」
「そうか……《擬竜騎士》がやってくれたか」
騎士団長は安堵の息をついた。可能性としてはさほど高くなかったとはいえ、万が一《擬竜騎士》が卵の延命や《上位竜》の説得に失敗していれば、竜の怒りによって周辺が壊滅状態に追いやられても不思議ではなかった。イムルーダ山至近には集落らしい集落はないが、数ケイルほど離れれば町があるし、何より山頂付近の飛竜の営巣地が壊滅すれば、騎乗用飛竜の確保が困難になるという結果に繋がり、ひいては国防上無視し得ない痛手になる。それが回避されたのは、騎士団にとっても喜ばしいことだった。
「……それで、《擬竜騎士》はどうしている? 無事なのか?」
「は……今はまだ、彼については何の情報も入っておりません。これより、現地で小隊を編成し、再びイムルーダ山に登ると」
「そうか」
一番の山は越えたと判断し、彼は部下たちに指示を下す。
「非常呼集を解除。王都北縁の防衛線は、念のためあと数日残すが、順次騎士たちを呼び戻せ。おそらく、竜が再び戻って来ることはないだろう。卵を取り戻したのならば、その養育に専念するはずだ」
「は、ではすぐに、非常呼集の解除と防衛線の縮小を伝達致します」
「わたしは陛下にご報告に上がる」
彼はその足で、女王アレクサンドラのもとに向かい、《上位竜》がイムルーダ山を去ったことを伝えた。しかしその一報に誰よりも安堵したのは、女王本人よりむしろ、宰相のヒューバートだったかもしれない。何しろ現場は彼の領内だ。
「……確認したわ。《上位竜》は確かにこの国を離れたそうよ」
風の精霊たちから話を聞き、アレクサンドラは彼らに感謝を告げて騎士団長に向き直る。彼だけでなく、その場に居合わせた面々から一様に、安堵の息が漏れた。
「《擬竜騎士》も、彼らが見る限り特に負傷した様子はなかったということだわ」
「左様でございますか……まずは、これ以上ない幕引きとなりましたな」
「一時はどうなることかと思いましたが」
明るいざわめきがその場に満ちる中、アレクサンドラは沈黙の内に考えを巡らせているようだったが、やがて視線を上げる。
「……《擬竜騎士》が帰還したら、一度謁見の場を設けるわ。日程の調整を頼みます」
「は……はっ。承知致しました」
「陛下、確かに此度の《擬竜騎士》の功績は多大なものでありますが、彼はあくまで平民。謁見を賜るには、身分が――」
諌めかけた臣下を、アレクサンドラは一瞥するだけで黙らせた。
「意識体でなら、もう何度か会っているわ。――それに、直に顔を合わせて、確かめたいことがあるの」
彼女がこうまで意見を押し通すからには、何か理由があるのだろうと、臣下たちはそれ以上口を差し挟むことはなく、恭しく拝命して各所と連絡を取り合い調整を始める。アレクサンドラはそれを眺め、傍目には分からないほどわずかに、その双眸を細めた。
(――さっき、精霊たちから聞いたことが本当なら……また、情勢が変わるわ)
ただでさえ高位元素魔法士を二人抱えるファルレアンは、突出した戦力を保持すると看做され、周辺国から注目を浴びる立場にある。しかし今回の一件でアルヴィーが成し遂げたことは、それをさらに助長する可能性があった。何かの拍子に情報が洩れれば、周辺国からの水面下での干渉も、さらに激しくなるだろう。
(……諜報活動の強化を、指示しなければならないわね)
十代半ばの少女としては、あまりにも冷静な思考でそう考えると、アレクサンドラは竜の脅威を免れた喜びに沸き立つ臣下たちに、続けざまに指示を下し始めた。
◇◇◇◇◇
ぱらり、ぱらり。
暗い部屋の中に、本のページをめくるかすかな音だけが響く。
「……むー……」
小さく呻いて、彼は本をぱたりと閉じると、床にぽいと放り出した。毛足の長い絨毯がそれを受け止め、小さく埃を立てる。
うっすらと青みがかった銀の髪を掻き上げ、彼は金の双眸をぱちぱちと瞬かせた。
「……オルセルとミイカ、まだかな」
その時だった。
「――ゼル、いるかい?」
「今日は途中で果物採って来たよ!」
「オルセル、ミイカ!」
少年の顔がぱっと輝き、ばね仕掛けのように立ち上がる。その様子は、飼い主を待ち侘びていた犬か何かのようだ。
程なく入口の扉が開き、彼の待ち人たちが顔を覗かせた。
「……あ、こんな暗い部屋で本読んでたのか。目を悪くするぞ」
「大丈夫だ。それよりミイカ、今日のは何の実だ?」
ミイカが手にした籠に顔を突っ込まんばかりに、少年は急き込んで尋ねる。その様子に、兄妹は顔を見合わせて笑った。
――ここはオルセルたちの村・エトル村から一ケイルほど森の中に分け入った場所にある、廃屋だった。廃屋といっても、崩れかけているのは地上部分だけで、今彼らがいる地下部分は、よほど造りがしっかりしていたのか、今なお充分に使用に耐える状態を保っている。さすがに長年掃除一つされていないせいか、調度品や絨毯が埃を被っているのは否めないが、上階と比べればその差は歴然だ。下手をしたら、村の一般的な家より広く快適かもしれない。
オルセルは、森歩きの際にひょんなことから見つけたこの廃屋――というより地下室を、たびたび訪れていた。この地下室には、かつての住人が集めたのであろう書物が、驚くほど良い状態でずらりと並んでいたからだ。村人たちは本など大して興味もなく、事実上この地下室は、オルセルの城のような場所になりつつあった。そんな時、森で不思議な少年を拾ったオルセルは、雨風を凌げる場所として、彼をこの地下室に連れて来たのだ。
森で行き倒れていた少年は、ゼーヴハヤルと名乗った。聞き慣れない響きの名前は、異国のものなのかもしれない。出会った当初こそ、オルセルとミイカを警戒して毛を逆立てた猫のようだった彼は、彼らから様々なことを教わり、食べ物の世話をして貰う内に、すっかり二人に心を開いていた。――ある意味餌付けだとは言ってはいけない。
無造作に伸ばされてボサボサだった銀髪は、オルセルが何とか切り整えて、肩より少し長い程度に落ち着いた。それを項のところで括っているので、首を振ったりするたびにひよひよと揺れるのが、何だか尻尾の短い犬のようだ。身形も近くの小川で身体を洗い、服と呼ぶのもおこがましいような薄汚れた貫頭衣から、オルセルがこっそり持ち出して来た彼の昔の服に着替えて、出会った当初に比べるとずいぶんこざっぱりしている。さすがに靴までは持ち出せなかったので裸足のままだが、ゼーヴハヤルとしては何ら支障はないらしい。
彼は感心したように、部屋の三面を占める本の壁を見やった。
「でもすごいな、ここの本は。書いてることは難し過ぎてよく分かんないけど」
「色んな種類の本があるからね。――でもそういえばゼル、君、字が読めるのか?」
「む、馬鹿にするなよ」
「ごめん、そういうわけじゃないんだけど。この辺りの人は、文字を使ったりすること自体があんまりないから、こんな本とか読めない人も多いんだよ。難しいことが書いてあるのが分かるってことは、ゼルは字が読めるんだね? どこで覚えたんだ?」
「ん? んんん? んむぅ……」
オルセルの問いに、ゼーヴハヤルの傾げた首が、どんどん角度を増していく。その内横倒しになりそうだ。
「……よく分かんない。たまたま取って、めくってみたら読めた」
「そうか……どこで字を習ったのか分かれば、ゼルがどこから来たのかも分かるかと思ったけど。そう上手くはいかないか……」
オルセルは唸る。
「……俺がどこから来たのかとか、オルセルは気になるの?」
「だって、ゼルの家族とかそこにいるかもしれないだろ? ゼルのことを探してるかもしれないし……」
「それはないよ」
思いがけず強い口調で放たれた言葉に、オルセルはまじまじとゼーヴハヤルを見やった。
「……どうして?」
「う、と……よく覚えてないけど、家族とかはいなかった、気がする。だから、探してるやつとかも、きっといない」
「そんなの、分からないだろ? ゼルが知らないだけかもしれないし。――まあ、色々事情とかもあるだろうし、ゼルがそれでいいなら、僕たちがとやかく言う筋じゃないんだろうけど」
何か事情があるのかもしれないと思って、オルセルは追及を引っ込めた。ゼーヴハヤルは困ったようにへにょりと眉を下げる。
「ほんとに、よく分からないんだ……オルセルやミイカと初めて会った時より前のことは、何かぼんやりしてて……」
「そうか……何かの理由で、記憶が曖昧になってるのかな?」
ふむ、とオルセルが考え込んでいると、ゼーヴハヤルがおずおずと、
「……なあ、俺、腹減った」
「ああ、ごめん。ご飯にしよう」
「あのね、今日はパンもちょっと多めに持って来れたの!」
ミイカがうきうきと、手にした籠からパンや果物を取り出す。それにオルセルが罠で捕った兎などの肉を並べると、ゼーヴハヤルの目がきらきらと輝いた。
「おおー! 今日のも美味そうだな!」
「たまたま罠に掛かってたからね。――血抜きと下処理だけは先に済ませたけど、調理は食べる直前にした方が美味しいし」
「ん、そうだな。楽しみだ」
尻尾があれば盛大に打ち振られていそうな嬉しそうな顔で、ゼーヴハヤルは今にも生肉にかぶりつきそうだ。彼が我慢しきれなくなる前に、さっさと調理を済ませてしまうことにする。といっても、さすがにここでは無理なので、上の崩れかけた廃屋の傍で火を熾すことにした。建物の崩れた部分の瓦礫が、ちょうど良い石組みの材料になるのだ。
オルセルは慣れた手付きで手頃な瓦礫を円形に組み、その中で火を熾した。火の管理は一時ミイカに任せ、下処理とハーブでの風味付けを終えた肉に木を削った串を刺すと、組んだ石の間に差し込んで火で炙る。今のところ食べる専門のゼーヴハヤルは、わくわくといった様子で肉が焼けるのを見つめた。
「まだかな」
「こら、身を乗り出すな。危ないぞ」
待ち焦がれるあまり、火の中に鼻先を突っ込みそうになるゼーヴハヤルを、オルセルが慌てて止めに掛かる。ミイカはそんな二人にくすりと笑うと、籠の中身をその場に置いて立ち上がった。
(確か今頃だと、この辺りにも実が生る果物があるって、お兄ちゃんが)
蔓に掌ほどの大きさの実が生る果物で、皮の部分は食べられないが、中の果肉の部分はとても甘いのだとオルセルに教えて貰った覚えがある。ミイカは空にした籠を抱え、オレンジ色をしているというその実を目印に、辺りを探し始めた。
だが目当ての実はなかなか見つからず、彼女は知らず知らずの内に、兄たちから離れて木立の間に入り込んでしまっていた。それに気付いたのは、しばらく経ってからだ。
「あれ……どうしよう。迷っちゃった……?」
すうっと血の気が引く気分を味わいつつも、急いで元来た道を引き返そうとする。その時だった。
――グルルルル……。
低い唸り声と共に、大型の狼が数頭、茂みを掻き分けて現れたのだ。鋭い牙を剥き出し、獰猛な気配を撒き散らす仔馬ほどもありそうな大きさの狼に、ミイカは青ざめてその場にぺたんとへたり込んでしまった。
「あ……いや……」
縋るように空の籠を抱き締めるが、もちろんそれで何が変わるわけもない。助けを呼ぼうにも、大声を出せばその瞬間に飛び掛かられそうで、喉が引きつったようにこわばり、吐息で吹き散らされそうなか細い声しか出なかった。そのことにミイカは絶望する。
(いやだ、助けて……! 助けて、お兄ちゃん……!)
獲物に恐怖を与えるかのように、じりじりと近付いて来る狼たちの姿を直視できずに、ミイカが目を瞑って顔を反らす――。
「――ギャンッ!!」
だが、あがった悲鳴は彼女のものではなかった。
「…………?」
恐る恐る、ミイカは目を開ける。その視界に飛び込んできたのは、左半面に傷を作って血を流す狼と、青みがかった銀髪の後ろ姿。
「……に、逃げて……! 危ない……!」
やっとのことで声を押し出したミイカを、ゼーヴハヤルが振り返る。その表情に、ミイカは小さく息を呑んだ。
黄金色の双眸は爛々と輝き、笑みに歪んだ口元から覗くのは鋭い犬歯。そして軽く撓められた手足は、先ほどまでは確かになかったはずの太く鋭い爪を備えていた。
「――ミイカ! 大丈夫か!」
「お兄ちゃん!」
そこへ駆け付けて来たオルセルに、ミイカは籠を放り出して飛び付いた。
「お兄ちゃん、わたし、わたし……!」
震え出す小柄な身体を抱き留め、オルセルは変貌したゼーヴハヤルの後ろ姿を見つめる。
――彼らがミイカの不在に気付いたのは、彼女が森に分け入って数分ほど経ってからのことだった。急いで探しに出ると、ゼーヴハヤルが急に何かに気付いたように木立の間に飛び込み、どんどん走って行ってしまったのだ。そしてやっと追い付いた瞬間にオルセルが見たのは、人さえ平気で襲う大型の狼にためらいもなく飛び掛かり、鋭く伸びた爪でその顔を引き裂いて傷を負わせたゼーヴハヤルの姿だった。
狼たちは突然の闖入者――しかも素手で仲間に傷を負わせた相手を、警戒するように取り囲む。だがゼーヴハヤルはそれを意にも介さない様子で、軽やかに地を蹴った。
そして一瞬の後、ごきん、という鈍い音と共に、胴体をへし折られた狼が後方に吹っ飛んで立木に叩き付けられた。オルセルやミイカはおろか、狼たちでさえ、ゼーヴハヤルの動きを捉えられなかったのだ。狼の背骨を蹴り折ったゼーヴハヤルは、にい、と口元に獰猛な笑みを刷く。
じり、と狼たちの足が下がった。
「あ……」
ミイカが声をあげる。狼たちが素早く身を翻し、キャンキャンと犬のように鳴きながら、森の奥へと逃げ出してしまったのだ。
「逃げた……のか?」
オルセルも呆然と呟き、そしてゼーヴハヤルに目をやる。
彼は狼たちが逃げ去るのを追いかけるでもなく見送っていたが、やがてその手足の爪が縮み始め、見る間に人間のそれと変わらない長さに戻った。一つ大きく息をつき、そして彼は振り返る。
「……ゼル?」
その表情が、何かを諦めたもののように見えて、オルセルは思わず声をかけ、歩み寄ろうとした。途端に、ゼーヴハヤルが一歩退いて逃げようとする。
「待っ――!」
オルセルが追いかけようとするが、ゼーヴハヤルは構わず踵を返し――。
「――だめーっ!!」
砲弾のように飛び出したミイカの体当たりを背中からまともに食らい、もんどりうって転んだ。
「二人とも、大丈夫か!?」
慌ててオルセルが駆け寄る。ゼーヴハヤルは起き上がろうともがくが、ミイカががっちりと彼の腰をホールドしているため、思うように動けていない。
「ミイカ、放せ」
「だめ! 放したらいなくなっちゃうでしょ!」
「……だって、俺は」
ゼーヴハヤルはどこか悲しげに、自分の手を見つめる。狼の顔を斬り裂き、起き上がろうともがいたその手は、血と土に汚れていた。
「二人とも、見ただろ。俺はあんな獣くらい、簡単に殺せるんだ。戦おうと思ったら、身体だって勝手に変わって、戦うのが楽しくてしょうがなくなる。――二人と一緒にいたら、だめなんだ」
オルセルとミイカがくれたものは、どれも優しい。美味しい食事、たくさんの本、雨風に晒されずに済む寝床、そして人と関わる喜び。ぼんやりとしていたゼーヴハヤルの世界は、二人と出会ったことではっきりと形を成した。
しかしだからこそ、そんな二人をちょっとしたことから傷付けるかもしれない自分が、彼は恐ろしくなったのだ。
(これ以上ここにいたらだめだ。オルセルやミイカに怪我させたりしたくない。――二人に嫌われるのは、イヤだ)
初めて抱いた感情を持て余しながら、ゼーヴハヤルは再び身を起こそうとする。その眼前に、手が差し出された。
「……え」
見上げると、オルセルが手を差し伸べている。掴まれ、というように。
反射的にその手を掴もうとして、自分の手が血と土に塗れていることに気付き、ゼーヴハヤルは持ち上げかけた手を止めた。
「……俺の手、汚いぞ」
「洗えば良い。近くに川もあるし」
「そうじゃない。――二人に会う前にも、俺は色々殺してる」
「僕はそれを見てないからね、何とも言えない。――でも、さっきゼルが戦ったのは、ミイカを助けるためだったんだろう? だったら、むしろ僕は感謝する立場だ」
「そうだよ! さっきはちょっと、びっくりしたけど……助けてくれて、ありがとう」
やっとゼーヴハヤルから離れて身を起こしたミイカが、彼の傍に膝をつき、その手を両手で包み込むように握る。自分の手が汚れるのを厭うこともなく。
そしてもう片方の手は、オルセルに握られる。
「帰ろう。手を洗って、それから一緒にご飯を食べよう、ゼル」
引き起こされるままに、ゼーヴハヤルは立ち上がった。そんな彼の両手を引いたまま、オルセルとミイカは歩き出す。
(……俺、まだここにいて、いいのか)
そう思った瞬間、視界が滲んだ。
先ほど感じたものとは、また違う感情。それが“安堵”や“歓喜”と呼ばれるものであることを、彼はまだ知らない。
ただ、両目から溢れるものを拭けないのはちょっと困るなと、彼はほんの少し思ったのだった。
◇◇◇◇◇
目を開けると、岩肌が飛び込んできた。
「……何で?」
確か自分は、外でバタンキューとばかりにぶっ倒れた記憶があるのだが……などと思っていると、アルマヴルカンの呆れたような声が聞こえた。
『わたしが主殿の身体を借りて移動した。いくら魔物除けの陣があるとはいえ、あんなところで寝るなど、飛竜辺りに齧られても文句は言えんぞ』
「そ、そっか。ありがとな」
アルマヴルカンの言うことは反論の余地もないほどもっともだったので、アルヴィーも素直に感謝した。
「……きゅー……」
胸元で丸まってすぴすぴ寝ているフラムを起こさないよう、片手で支えながらゆっくりと起き上がる。そこは騎士団が寝泊りに使う、拠点の崖に掘られた穴の一つだった。外はもう日が落ちているらしく暗い。
(今からじゃ下山は……できなくもないけど、まあ止めとくか。何かまだダルいし……)
何しろほぼ三日ぶっ通しで、卵に魔力を与え続けていたのだ。もちろん夜も完徹。正直、今からもう一度二度寝したいくらいである。
ふあ、と大欠伸をすると、アルヴィーはフラムを膝に置き、魔法式収納庫から水や携帯食料の類を取り出す。卵の世話でほとんど動けなかったので、騎士団が分けてくれた物資は有難かった。だがそれももう残り少ない。明日には下山するべきだろう。それにどの道、《上位竜》の脅威が去ったことを知らせなくてはならない。
「……っていうか、ほんとに帰ったんだろうな、あの竜」
『卵を抱えて寄り道をする余裕はあるまい。主殿が魔力を与え続けていたゆえ最悪の事態は免れたが、あの卵が弱っていることに変わりはないからな。一刻も早く巣に戻り、魔力を与えたいだろう。何しろ、《上位竜》は孵化のために凄まじい魔力を必要とするからな』
「ああ……嫌ってほど思い知ったよ」
魔力集積器官をぶっ続けで稼働させる破目になったアルヴィーは、しみじみと頷く。
「竜の親ってのも大変だな」
『まあそもそも、竜は力ある場所に巣を作るものだ。場に満ちる魔力も加えて、少しでも多くの魔力を我が子に与えるためにな』
「へー……アルマヴルカンも子育てとかしたことあんのか?」
何気なく尋ねたことだったが、アルマヴルカンの答えはなく、沈黙が落ちた。まずいことを訊いたか、とちょっと焦ったアルヴィーの耳に、呆れたような声が聞こえる。
『……竜が揃いも揃って子を持ちたいと思っているわけではない。わたしは自身の血を繋ぐことに興味がなかった、それだけだ』
「ふーん……」
それ以上踏み込むのも憚られたので、アルヴィーはそう呟くに留めた。
(……そういえば、アルマヴルカンは何で、街を襲ったんだろ)
アルヴィーの右腕に移植された火竜の肉片は、かつてレクレウスを襲った《上位竜》のもの――少なくともアルヴィーは、そう聞いている。だが、その火竜がなぜ人間の国を襲ったのか、アルヴィーは知らない。彼だけでなく、おそらくレクレウス国民のほとんどが、詳しい事情など知らず、ただ竜を討ったという武勇に胸を躍らせるだけだ。
しかしその裏側で、アルマヴルカンが何を思い、何のために街を襲ったのか、その欠片を自らの裡に宿しながら、自分は何一つ知らない。今初めて、アルヴィーはそのことに思い当たった。
だがそれを訊く気にもなれず、彼は魔法式収納庫から毛布を取り出し、それに包まると再びごろりと横になる。もちろん、暖を取るためにフラムを胸元に抱き込んで。さすがの爆睡も抱き込まれた時に覚めたようだが、嬉しそうにアルヴィーの胸元に擦り付いて甘えていたので、そのまま抱き枕(というには小さいが)にする。
小動物特有の高めの体温は、抱きかかえるアルヴィーの手先からほかほかと温めてくれた。心地良さげに目を細めるフラムの顔を見ていると、だんだんとこちらの瞼も下りてくる。
……眠りに落ちたアルヴィーの胸元で、フラムはもぞもぞと身じろぎし、額の宝玉のような部分をアルヴィーの身体に当てた。すると宝玉はぼんやりと紅い光を帯び始める。紅い光は、まるで炎のように宝玉の中で揺らめいた。
やがてその光も消えると、フラムは再び丸くなり、アルヴィーに擦り寄って眠り始める。しんと暗い穴の中、静かな息遣いが二つ聞こえるようになるまで、そう時間は掛からなかった。
◇◇◇◇◇
壁も天井も床も、すべてが魔法陣に埋め尽くされたその場所で、“それ”は微睡んでいた。
だが、その意識の端に引っ掛かるものに、“それ”はふと、浮き上がるように世界を認識する。自らの裡に押し込めていた意識を広げるように、“それ”は微睡みから抜け出した。
その時、扉が開かれる。
「――御機嫌よう、火竜アルマヴルカン」
ふわりと翻る銀糸の髪、海の深淵を思わせる群青の瞳。かつてこの地に在った帝国の支配者の末裔である女と、“それ”――《竜玉》に宿る火竜アルマヴルカンが対峙する。
『……また貴様か』
「ふふ、ここに足を運ぶのはわたくしくらいのものですわよ?」
呆れたような声音を軽く笑っていなし、レティーシャは《竜玉》を見つめる。まるで、その中のアルマヴルカンの魂を見据えるかのように。
「今日はお願いがあって参りましたの。――以前に申し上げました件を、試していただきますわ」
彼女は手にした籠から、透明な器に入ったものを取り出す。水晶から彫り出したようなその器の中に入っているのは、しかしその器にはあまりにも不似合いなものだった。赤黒い液体に満たされ、そこから顔を覗かせててらてらと光るのは、肉片としか思えない塊。
アルマヴルカンには覚えのあり過ぎる気配――それは紛れもなく、自身の血肉の一部だった。
『……わたしの前にわたしの血肉を持って来るとは、悪趣味な女だ』
「お気に触りましたかしら? けれど、こちらにも事情がございますの。――この中に宿るあなたの魂の欠片だけを、抜き出していただきたいのです」
『ふん……そんなことをして、何の意味がある』
「あなたの魂は、例え欠片であろうと人にとっては強過ぎますの。ですから、力だけを残して、魂は抜き取っていただきたいのですわ」
『ずいぶんと虫の良い話だな』
「あら、不可能でして?」
今は《竜玉》に宿っているとはいえ、竜の魂を目の前にしてなお不敵に微笑む女に、アルマヴルカンはふと興味を惹かれる。アルマヴルカンが“生きて”いた頃には、ついぞ出会ったことがない部類の人間だった。
『……魂を抜くこと自体は、できんこともない。抜いた欠片はわたしの中に取り込むこともできよう。だが、現在その血肉が宿す力も、魂の欠片を抜いた分目減りするぞ』
「そうですの……まあ、多少の損失は仕方ありませんわね。損失分は量を増やせば対応できますし」
レティーシャはその辺りはある程度予想していたのか、さして落胆した様子もなかった。
「それで結構ですわ。――では、早速始めていただけますかしら」
彼女は器を捧げ持ち、その群青の瞳を細める。
アルマヴルカンが宿る《竜玉》から滲み出るように、深紅の炎が燃え上がった。炎は《竜玉》に絡み付くように渦を巻き、大きく揺らめく。すると、それに呼応するように、器の中の肉片からも小さな炎が上がった。渦を巻く炎は《竜玉》を中心に大きく円を描き、レティーシャに襲い掛からんばかりにその舌を伸ばす。
そして炎の腕が、彼女を掠めるように眼前の空間を薙いだ。それに巻き込まれる形で、肉片から立ち昇っていた小さな炎が呑み込まれる。炎は渦を巻きながら急速に収束し、《竜玉》の中に吸い込まれていった。
『……これで良かろう。去れ』
「確かに。ではこの血肉は、有意義に使わせていただきますわ」
『ふん……好きにしろ』
「ええ、そうさせていただきます。それでは御機嫌よう、火竜アルマヴルカン」
黙り込んだアルマヴルカンに淑女の礼を残し、レティーシャは籠を手に部屋を後にした。
普段は玄室のごとくに静謐な地下研究施設には、この日ばかりは人の気配が満ちていた。部屋を出てすぐ、影のように付き従うダンテ、そしてそれ以外にも、今日のここには客がいる。
靴音を響かせ、彼女は彼らに声をかけた。
「お待たせ致しましたわ。必要なものはすべて揃いました」
彼女が足を止めたのは、一つの水槽の前だ。床に敷かれた魔法陣は脈動するように輝きを変え、それでもその精緻な意匠を床に刻んでいる。その上に置かれた水槽の中には、一人の少女が眠っていた。榛色の長い髪がわずかに広がりながら揺らめき、少女の身体を包むように水中を揺蕩う。年の頃は十代後半というところか。
そしてその水槽を挟むように立つ男女。侍女頭であるベアトリス・ルーシェ・ギズレと、死霊術士のラドヴァン・ファーハルドだ。
「ダンテ。少しの間これをお願いしますわ」
「はい」
ダンテに竜の血肉を託すと、レティーシャは自らの魔法式収納庫から杖を取り出す。彼女が魔力を込めると、杖に彫り込まれた無数の文字が輝き始め、剥がれるように宙に浮かび上がった。彼女はその文字の間を縫うように、杖で図形を描き始める。その軌跡は光の線となって文字の間を結び、やがてその空間に一つの複雑な魔法陣を作り上げた。
完成した魔法陣は光の粒子を零すほどに輝きを増し、ゆっくりと回転を始める。レティーシャは杖の石突きで床をコツンと打った。それを合図としたかのように、魔法陣は回転を早めながら降下を始め、ダンテが掲げた竜の血肉にぶつかった瞬間、光を放って吸い込まれた。
「……すごい……」
こんな形の魔法を初めて目にしたベアトリスは、呆然と呟く。そんな彼女を振り返り、レティーシャは杖を仕舞いながら微笑みかけた。
「ベアトリス。あれを」
「あ――はい、姫様」
レティーシャの声に、我に返ったベアトリスはすぐさま、手にした籠から布に包んだ細長い物を取り出して差し出す。恭しいほどの手付きで布が開かれると、そこに横たわっていたのは銀色の細長い刃物だった。
「ありがとう」
レティーシャはそれを取り上げると、水槽に歩み寄り、ドレスの袖が濡れるのも構わず水の中に手を差し入れる。そして、水中で眠る少女の細い左腕をそっと持ち上げると、その上腕部をためらいもなく刃物で切り付けた。
「ひっ……!?」
「ダンテ」
「はい、我が君」
切り傷から溢れる血に、思わず短い悲鳴をあげるベアトリスに構わず、レティーシャはダンテを呼ぶ。彼はすぐさま、竜の血肉を主の前に差し出した。レティーシャはそれを取り上げ、傷に押し当てる。
――ずくり、と。
竜の肉片は小さく蠢き、傷口に潜り込むようにしながら塞ぎ始める。同時に、少女の左腕自体にも変化が起こっていた。竜の肉片が接した部分を起点に、肌の色が変わり始める。血の色を思わせる、深紅へと。
やがて肌の表面を飾るように、赤黒い筋が刺青のごとく浮かび上がる。少女らしい繊手は今や見る影もなく、節くれ立った指と鋭い爪に変わっていた。
「……やはり、“新しい身体”でも適合するんですね」
「彼女の体組織を使って“作った”身体ですもの。それでもこの世に絶対という言葉はありませんし、拒絶反応が起こる可能性も皆無ではありませんでしたから、成功したのは何よりですわね」
レティーシャは慈しむように少女の左腕を水中に戻し、立ち上がるとダンテと共に水槽から少し離れた。
「――では、ラドヴァン。始めてくださいな」
レティーシャの声に、彼は面倒臭そうな表情を崩さぬまま、懐から水晶柱を一つ取り出す。その中には、白い光がちらちらと瞬いていた。
「ベアトリス、お下がりなさい」
「は、はい」
レティーシャに促され、異様な光景に目を奪われていたベアトリスは、慌てて数歩ほど下がる。それとは逆に水槽に歩み寄ったラドヴァンは、自身の杖を手にすると、床に水晶柱を放り出した。そして杖の石突きで、水晶柱を突き壊す!
『――きゃあ!? 何するのよ!?』
壊された水晶柱から白い光が飛び出し、少女の甲高い声が響く。だがそんなものに動じることなく、ラドヴァンは杖を掲げた。
「――宿れ、《死魂再着》」
カン、と杖を床に打ち付けた瞬間、杖の頭部の黒水晶から蒼黒い光が迸った。それは宙に漂う白い光を絡め取り、さらに水槽の中の少女の身体をも巻き込んで、その全身を包み込み巡る。
やがて光は少女の中に吸い込まれるように消え――直後、変化が起こった。
――ぱしゃん。
小さな水音と共に、水面から突き出した左腕。たった今変貌したばかりのその腕が水槽の縁を掴み、そしてその主が身を起こす。
閉じられていた少女の双眸は開かれ、濡れそぼった髪の間から覗く菫色の瞳は、爛々と輝かんばかりに強い光を湛えて周囲を見据えていた。水槽の縁を掴んだままのその左手から、ちり、とかすかな音が聞こえる。
「――――!」
反射的にラドヴァンが後方に飛び退ったその瞬間、少女の身を包むように炎が巻き起こった。
「――あははっ、あははははは!」
炎の中で少女は狂笑した。彼女の身を飾るがごとく渦巻く炎は、だが彼女自身を髪一筋たりとも焦がすことなく、水槽の中の水を残らず消し飛ばしてなお猛る。その熱量にベアトリスなどは堪らず顔を背けたが、レティーシャは熱風に髪をなびかせながら、優しく語りかけた。
「御機嫌よう、メリエ。よく眠れたかしら?」
その声に、少女――メリエ・グランは初めてその存在を認識した。
「……シア?」
彼女の記憶にあるのは、四十代の女性の姿だ。だがその声は、かつて聞き知ったものにそっくりだった。
メリエの戸惑いに呼応するように、炎がふっと消える。熱風に舞い散った髪はふわりと、彼女の身体に沿うように流れ落ちた。
「ベアトリス」
「は、はい!」
レティーシャに呼ばれ、ベアトリスは慌てて目当てのものを取り上げる。それは羽織って帯で腰の辺りを締めるだけの簡素な衣服だった。ベアトリスは恐る恐るメリエに近付き、漂う熱気のせいだけではない汗を浮かせながら、それを肩から掛けてやる。
「え?――きゃあ!?」
そこでメリエはようやく、自分が一糸纏わぬ姿であったこと、そしてその場に異性の姿があることに気付き、慌てて服の前を掻き合わせた。そしてきょろきょろと周囲を見回す。
「……あれ? ここどこ?」
「ここはわたくしの研究施設ですわ、メリエ」
そう言って微笑むレティーシャを、メリエは探るように見つめた。
「……やっぱり、シアに似てる……でも、何で?」
「“シア・ノルリッツ”はレクレウスに潜入するための偽名です。わたくしの本当の名はレティーシャ・スーラ・クレメンタイン。――おかえりなさい、メリエ」
「……あ……」
彼女の声を聞いている内に、思い出す。
炎に包まれた街。
耳をつんざく爆音と、自らの狂笑。
自分の魂を喰らわれながら味わった恐怖。
そして最後の瞬間、霞む視界で懸命に見つめた、彼の――。
「……あ、る。――アルヴィー」
その名を口に乗せた途端、胸の中で燃え滾るような熱を感じる。その甘美な熱さに、メリエは知らずその双眸を細めた。
死してもなお消えることのなかった想い。それが再び燃え上がり始める。新たな命と身体を得て、もう一度彼に見えることができるかもしれないという期待が、彼女の鼓動を早めてやまない。
それをすべて見透かしたような瞳で、レティーシャは囁いた。
「あなたの望みは分かっていますわ。――わたくしのもとでなら、それを叶えてあげられます。だから共にいらっしゃい、メリエ」
ぎゅ、と胸の辺りを掴んで、メリエは頬を上気させる。その菫色の双眸が、渇望にぎらつくように輝いた。
「分かったわ。――本当に、アルヴィーにまた会わせてくれるのね?」
メリエはふわりと笑みを浮かべる。だがその笑みに妄執にも似た執着がちらつくのを、レティーシャだけが気付いていた。
しかし彼女は、そんなことには構わず微笑む。
「ええ。きっと、そう遠くはありませんわ」
「楽しみにしてるわ」
メリエは異形の左腕を、愛おしむように胸に抱いた。この世でたった二人、自分と彼だけが持つ異形の腕。それは彼女にとって、何よりも強い絆に思えたから。
「……あは。待っててね、アルヴィー」
彼の、炎に透かした琥珀のような朱金の瞳を思い出し、メリエは蕩けるような笑みを浮かべた。




