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片翼のドラグーン  作者: 八月 あやの
第三章 光と闇の都
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第19話 再会

 遠くに白亜の城を望み、ルシエルは小さく息をついた。

(何とか順調に、ここまで帰って来れたな……)

 実際、国境での苦戦が嘘のように、帰還の行程は順調そのものだった。魔物の襲撃が何度かありはしたが、いずれもごく弱い魔物であり、負傷者すら出さずに退けられるレベルでしかなかったのだ。国境で苦労しただけに、正直拍子抜けですらある。まあ、旅路が楽であるに越したことはないのだが。

 旧ギズレ領からだと、一旦オルグレン辺境伯領に入り、レドナからイル=シュメイラ街道に入るのが一般的、かつ大人数の行軍に適したルートだ。その際レドナの様子も見ることができたのだが、魔法も併用しているせいか復興作業は思った以上に進んでいるように見えた。

「――あー、やぁっと王都かー。いっそ懐かしいぜ」

 カイルの慨嘆がいたんに、小隊の面々も思わず頷いてしまった。何せ、国境での日々がずいぶんと濃かったので。

「考えてみれば、わたしたちが王都をってから、二ヶ月くらいしか経ってないんですね。日数を数えてみて自分で驚きました」

「しかも半分以上は実質移動だものね。ずいぶん長く戦場にいた気がするんだけど。あー、肌荒れしてそうで怖いわあ」

 シャーロットがため息をつけば、ジーンが頬に手を当てて深刻そうな表情でぼやく。確かに、戦場で肌の手入れなど満足にできたはずもない。

「ま、王都戻ったらちょっとだけど休み貰えるって話だし。もうひと頑張りだね」

 クロリッドの言葉に、各々の表情が少しばかり輝いたように見えた。

「そうだな。休みの間に、この剣を本格的に調整しないといけないが」

 ルシエルは腰に帯びた剣を見やる。アルヴィーの《竜爪( ドラグ・クロー)》を用いて生まれ変わった愛剣《イグネイア》だが、やはり戦場で急造したものだけに、改めて王都で馴染みの職人に手を入れて貰おうと思っていた。確かにあの従軍鍛冶師の仕事も悪くないものだったが、馴染みの職人の方がルシエルの細かい好みや癖なども知っているし、より使いやすいものに仕立ててくれるだろう。

「しかし、凄まじいものでしたね、その剣の威力は」

「ああ。――この剣に見合う使い手にならないとな」

 いくら剣が凄まじい力を持っていようとも、使い手の自分がそれを使いこなせなければまさしく宝の持ち腐れだ。そしてルシエルは、親友が自分のために提供してくれたこの剣を、腐らせるつもりなど毛頭なかった。

 そうした話をしながら、馬を進ませる。街道を長く連なって進む馬列に、同じく道を行く商人や旅人が、声をかけたり手を振ったりしてきた。


「騎士様、お勤めご苦労様です!」

「この調子でレクレウスをやっつけちまってくださいよ!」

「騎士団に栄光あれ!」


 どうやら、旧ギズレ領の防衛が成ったことは、すでに王都にも伝わっているようだった。おそらく国境からの報告を経て、城から発表でもされたのだろう。敵国の侵略を跳ね返したということで、人々の表情も明るい。

「しかし、街道近辺の戦線はこれでひと段落したと思いますが、問題は他の戦線ですね」

「ああ……南の方でも睨み合っているようだからな。街道周りがああいう結果になって、こちらの戦力配分も手厚くなったから、レクレウスもうかつに再侵攻はできないと思う。まあ、旧ギズレ領で魔動巨人ゴーレムを三体やられて、レクレウスも魔動巨人ゴーレム運用には慎重になるだろう。それに、《擬竜兵アル》の存在もある。アルが単騎で魔動巨人ゴーレムと渡り合えるのは向こうも分かったはずだから、それを警戒してあえて魔動巨人ゴーレムを下げる可能性も出てきた。レクレウスとしても、貴重な決戦兵器をこれ以上減らしたくはないだろうし」

 ファルレアンとレクレウスの戦線は、レドナや旧ギズレ領ばかりではない。国境の南部でも、両軍が睨み合っている状態なのだ。街道周辺の国境戦線も元は似たような状態だったのだが、その均衡を破ったのが《擬竜兵( ドラグーン)》によるレドナ襲撃だった。だがその《擬竜兵( ドラグーン)》で唯一生き残ったアルヴィーがファルレアンに寝返るというのは、レクレウスにも予想外の展開だっただろう。これで、情勢は一気に複雑さを増した。

 何しろアルヴィーは、《下位竜ドレイク》に肩を並べる戦闘力を持っていながら、あくまでも人間だ。つまり、鈍重な魔動巨人ゴーレムとは違い、飛竜ワイバーンなどを使えばかなり身軽に動けるのである。ファルレアンは自由度が高く戦闘力に至っては破格の“駒”を手に入れた――この事実は大きい。ファルレアンはその気になれば、どちらの国境戦線にもほぼ即時に《擬竜兵( アルヴィー)》を投入できるのだ。

「南は国境近辺の地形上、侵攻できるルートは限られるし、その途上には“鋼の砦”がある。実際、南部の戦線が睨み合い程度で済んでいるのも、あの砦のおかげだと聞くしな。海には“霧の海域”があるから、海からの侵攻はまずないと思っていい。こちらにとっては、南の方が防衛は楽だな」

 ファルレアン南部の辺境伯領には、二百年ほど昔に造られた城砦じょうさいがあり、それがレクレウスの南部からの侵攻を阻んでいる。山がちな地形ともあいまって、その難攻不落ぶりから“鋼の砦”の二つ名を冠されたその砦には、武断派の辺境伯自らが詰めてレクレウス軍に睨みを利かせているそうだ。

 そしてさらに南、陸地から数十ケイルほど離れた海上には、“霧の海域”と呼ばれる海の難所が存在する。常時霧に包まれているその一帯は、一度入れば二度と出られない船の墓場とも称され、船乗りたちはその霧が見える範囲に近付くことすらいとっていた。その悪名は近隣諸国にも轟いており、レクレウス軍が海路から攻めて来ない理由ともなっている。“霧の海域”を避けようとすればとんでもない大回りを強いられるので、それなら陸路での侵攻の方が合理的というわけだ。

 彼らが南の戦況やこれからの見通しなどについて話している間にも隊列は進み、王都ソーマが近付いて来る。一足先に王都へと向かった親友を思い、ルシエルは懐かしさと心配が入り混じった、何ともいえない気分になった。

(アル、どうしてるかな……)

 何しろアルヴィーにとっては、かつての敵国の王都だ。その上辺境の村育ちの彼には、慣れないことも多いだろう。ルシエル自身、クローネル家に迎えられたばかりの頃はそれこそ悪戦苦闘しながら、王都での暮らしに馴染んだものだった。下級とはいえ貴族出身の母がいたから、何とか形になったようなものだ。そんな思い出があるだけに、できればすぐにでも王都に戻って、彼の力になってやりたいのだが。

 気持ちが急くのを何とか抑えながら、隊列の中で馬を進める。人数が多いだけに歩みは遅々としたものだったが、それでも日が中天に上がりきる前には、王都に入ることができた。

 騎士団本部があるのは王城の一角なので、騎士たちは城内に入り、馬を下りて広場に集まる。国境へ向けて出発した時も、こうして広場に整列して簡素な壮行式を行い、そして旅立ったものだった。もっとも、直前まで別任務が入っていたルシエルたち第一二一魔法騎士小隊は、それには参加しなかったが。

 広々としたスペースも、百人単位の騎士たちが整列するとさすがに少々手狭に感じられる。しかしこれが終われば解放されるのだと、大多数の騎士たちは黙々と整列した。

 だがその間から、時ならぬざわめきが起きた。

「おい……あの方は」

 話題の的となったのは、護衛である近衛騎士を従え、広場に足を踏み入れた小柄な少女だ。赤みがかった金髪をティアラで飾り、淡いピンクのドレスに身を包んだ彼女は、近衛騎士のエスコートを受けて設えられた演壇に上ると、明るく輝くペリドットグリーンの瞳で騎士たちを見渡した。


「皆、よく務めを果たしてくれました! このたびの旧ギズレ領でのあなたたちの働き、陛下も大変お喜びです。今はよく身体を休め、これからも我が国の守り手として力を尽くしてください」


 少女の澄んだ声が、魔法で増幅されて騎士たちに届く。彼らの間から歓声があがった。


「――アレクシア様!」

「姫殿下、万歳!」


 その声に、壇上の少女はにっこり笑って軽く手を振る。騎士たちの歓声がますます大きくなった。

 彼女の名はアレクシア・レイラ・ヴァン・ファルレアン。ファルレアン女王アレクサンドラの唯一の妹であり、現在の第一王位継承者でもある。国内では女王その人に次いで高貴な身分の少女であった。そんな人物が直々に労をねぎらったのだから、騎士たちの間から歓声があがるのも無理からぬことである。何しろ騎士たちの中には平民出身者も多い。本来ならやんごとなき身分の姫君など、遠くから仰ぎ見るのが精一杯なのだ。

 ルシエルも驚いたが、彼はすぐに、姫君の時ならぬ登場の理由に思い至った。

(そうか……レドナの痛手から、国民の目を逸らすためか)

 辛くも侵攻こそ免れたとはいえ、レドナが受けた被害は相当なものだ。対して、レクレウス軍は満を持した戦略兵器《擬竜兵( ドラグーン)》こそ失ったが、彼らを尖兵として送り込んだがゆえに、実はレドナでのレクレウス軍本隊の損害はほぼないといっても良い。見方によってはファルレアンの“負け”とすら取れる結果だった。そのため国の上層部は、魔動巨人ゴーレム撃退の上レクレウス軍を国境の向こうへ押し返したという、華々しい戦果を挙げた旧ギズレ領の防衛成功をより際立たせるため、アレクシア姫直々に騎士たちをねぎらうという“演出”を考えたと見える。

 アレクシア姫から直々に言葉をたまわったという話は、当の騎士たちや城に出仕する者たちの口から、やがて国内に広まっていくことだろう。まして、王室の姉妹は国民たちからの人気も高い。民の話題にも上るはずだ。

(これも政治、というやつか)

 見え透いてはいても、国内に“勝ち戦”を喧伝しなければならないという国上層部の考えが誤りとはいえない。それに国とて、レドナを冷遇しているわけではないのだ。あの復興ぶりを見れば、国の支援が手厚いことは分かる。


 そう、故郷の村や親友の母を魔物の生贄にした、敵国レクレウスとは違うのだから――。


「……隊長?」

 シャーロットに声をかけられ、ルシエルははっと我に返った。

「解散の号令が掛かりましたが……お疲れですか?」

 そう言われて壇上に目をやると、アレクシア姫はとうに退出し、演壇も片付けられ始めているところだった。

「いや、少し考え事をしていた」

「そうですか。――わたしたちも、ここで解散でよろしいですか?」

「そうだな。僕は報告があるが、皆は先に解散すると良い。特にディラークは子供もいるだろう。まめに帰らないと、顔を忘れられるぞ?」

「はっは、違ぇねえや!」

 ルシエルの冗談にカイルが大笑いし、ディラークが頭を掻く。

「確かに、二ヶ月も家を空けましたからな。あながち冗談では済まんかもしれません」

「じゃ、お言葉に甘えて解散しちゃいましょっか」

 ジーンが大きく伸びをしながらそう言ったのをきっかけに、一気に解散ムードになる。

「でも隊長、よろしいんですか? 何ならわたしも……」

「構わない。――それに、アルの様子も見ておきたいし」

『ああ……』

 ルシエルがそう言うと、なぜか小隊全員に口を揃えて納得の声をあげられた。

「……どうかしたか?」

「いえ、何でも。――それでは、お先に失礼させていただきます」

 会釈して、シャーロットがその場を離れる。ルシエルも騎士団の本部へと向かった。報告といっても、戦地にいる間や帰還の道すがらに纏めた報告書を提出するだけなので、さほど時間は掛からないだろう。それに、提出する先は上官であるジェラルドだ。つまり、彼の従騎士エスクワイアとなったアルヴィーに会える可能性も高い。


(――そうだ。これからはまた、二人で並んで歩けるんだ)


 あの故郷の村で、手を繋いで並んで歩いていた、あの頃のように。

 もう戻れないと、この手は届かないのだと、一度は諦めかけたけれど。

 それでも彼は、また自分の隣に在ることを選んでくれた――。


(今度こそ、守る。そのために僕は、力を手に入れたんだ)


 誓いのように胸中で呟き、ルシエルは少し足を早めた。



 ◇◇◇◇◇



 街で正体不明の相手に呪詛カースを掛けられそうになってから、十日ほど。

 アルヴィーの生活は、騎士団本部と講義棟、そして魔法技術研究所を行き来するだけのものとなった。

 街中で《擬竜兵( ドラグーン)》が狙われたという事態を、ジェラルドを始め騎士団の方は、アルヴィー本人が思った以上に重く受け止めたようだった。事の顛末てんまつを報告したアルヴィーは、ジェラルドに首根っこを掴まれて引きずられる勢いで研究所に連れて行かれ、再び検査を受けさせられたほどだ。もちろんどこにも異常などなかった。アルマヴルカンが呪詛カース丸ごと焼き尽くしてしまったのだから当然だが。

 しかしさすがにこんな事件があっては、アルヴィーを目の届くところに置いて監視を、という声が出るのは当然の成り行きで、その結果三ヶ所を行き来するだけの生活となったわけである。アルヴィーもそれは仕方ないと思ったのと、ごねたら各方面に迷惑が掛かりそうな気がしたのでおとなしく首を縦に振った。ちなみに、その意外な聞き分けの良さに周囲はほっと胸を撫で下ろしたのだが、それは余談である。

 講義の方もおおむね順調だったが、やはり講義助手のニーナはアルヴィーに対してやたら当たりが強かった。この辺りはもう、仕方ないと諦めるしかない。“元敵兵”を揃って無条件で受け入れる方がおかしいのだ。

 この日も講義を終え、アルヴィーは魔法技術研究所への道を辿っていた。講師の方から話でも行ったのか、少なくとも講義の間はフラムを研究所の方に預けておくようにとジェラルドから言い渡されたので、講義の前に預けたフラムを引き取りに行くところだ。

 もうすっかり馴染みになった研究所に顔を出すと、これまた顔馴染みになった研究員が、奥からフラムを連れて来てくれる。

「きゅー!」

 相変わらずアルヴィーを見るなり大ジャンプで飛び付いてくるフラムを受け取り、研究所を出ると、何となく複雑な気分でアルヴィーはそのふさふさした尻尾を摘んだ。

「きゅ?」

 なぁに? という顔で腕の中から見上げてくるフラムには欠片ほどの邪気もないが、ジェラルドによるとこのフラムは、何者かが送り込んできた使い魔(ファミリア)だという。

使い魔(ファミリア)、か……)

 にわかには信じ難かったが、思い返してみると、フラムがアルヴィーについて来た経緯も気になる。何しろ、初対面――しかも故意でないとはいえ蹴っ飛ばした――というのに全力で懐いてきたのだ。

(……やたら俺にくっついてくるし、やっぱ、俺の監視ってことなのかな)

 心当たりはなくもない――というかむしろ多い。もしかしたらレクレウスが《擬竜兵( ドラグーン)》に付けていた使い魔(ファミリア)の一部かもしれないし、はたまた他の人間が知らないだけで、ファルレアン側の誰かがアルヴィーを信用しきれず密かに付けたのかもしれない。

 とりあえず泳がせてみるとのジェラルドの方針で、フラムはこれまで通りアルヴィーが面倒を見ることとなった。ただし、フラムの首には細い金属の首輪がはまっている。これは研究所が以前に開発したものだそうで、使い魔(ファミリア)と主の間の繋がりを妨害するマジックアイテムとのことだ。とにかく、フラムを送り込んできた陣営の目的が掴めないので、少しつついて向こうが動き出せば儲けもの、というのがジェラルドの言い分だった。

「きゅ、きゅー!」

 よじよじと定位置の肩までよじ登ったフラムは、アルヴィーの気分も知らぬげにご満悦である。アルヴィーはため息をついた。使い魔(ファミリア)だと分かってはいても、その見た目や事あるごとに懐いてくる様子は何とも愛らしく、ついつい絆されてしまうのだ。そういう意味では、フラムを送り込んできた主とやらは絶妙なチョイスをしたと言えよう。

(なーんか、俺に危害加えようっていう感じもしないしなあ……まあ、使い魔(ファミリア)じゃそこまで分かんねーのかもしんねーけど)

 そんなことを考えながら、アルヴィーは大隊長執務室のドアをノックし入室した。そして目を見開く。

「――ルシィ!」

 報告にでも来ていたのか、執務室にはルシエルの姿もあったのだ。親友との再会に、アルヴィーの声も弾み、思わず駆け寄った。

「帰って来てたんだな! 怪我とかないか?」

「ああ、大丈夫だよ。帰りは拍子抜けするくらい順調だった。――それより、アルの方が大変だったんじゃない? 危うく呪詛カースを受けるところだったって聞いたけど」

(あ、やべ)

 にこやかながらも何だか目が笑っていないルシエルに、アルヴィーはたらりと冷や汗。これは怒られるコースだ。

 だがその時、予想外の助け船が入った。

「おい、説教は余所でやれ。――そういえばアルヴィー、特別教育の今度の休講日は、確か明後日だったな?」

「え、あ、はい」

 集中講義型の特別教育だが、数日に一度休講日がある。講師役の騎士の非番の日に合わせる形となっており、アルヴィーたちの次の休講日は明後日だ。ちなみに特別教育にもいくつかのコースがあり、アルヴィーは一番日程が長いコースに振り分けられていた。これは、彼が他国出身でファルレアンの歴史や文化・習俗にうとく、それらも学習する必要があるからだ。通っている内に知ったのだが、ファルレアン出身者や素行不良で再教育処分となった騎士などは、またそれぞれ違うコースに振り分けられており、日程もアルヴィーたちのそれよりは幾許いくばくか短いという。道理で一緒に講義を受ける人員が少なかったわけだと、アルヴィーは遅ればせながら納得した。

 それらを思い出しながら頷くと、ジェラルドはルシエルに向き直った。

「というわけだ。今日明日は貸せんが、明日の夕刻からならいいだろう」

「ありがとうございます」

「……何のことだ?」

 話が見えずに首を傾げていると、ルシエルが説明してくれた。

「アルを、僕の家に招待したいんだ。だけど、今のアルの監督権限はカルヴァート大隊長にあるから、まずは大隊長に許可を貰わないといけなくて」

「おまえは名目上は一応、俺の監督下にあるからな。言っておくが、従騎士エスクワイアは街に出るにも主の許可が要るぞ?」

 ジェラルドの補足に、アルヴィーはげんなりした顔になる。

「うへえ……まあ今はあんま外に出るなって言われてるから関係ないけど。――あれ? でもそれじゃ、ルシィの家に行くのは良いのか? ルシィん家って街中だよな?」

「ああ……問題がないわけじゃないが、クローネルも二級魔法騎士だからな。その監督下にあるなら、ある程度は目零めこぼしもされる。地位ってのは案外大事だぞ? それにいっそのこと、おまえを餌にした方が、事態が動いて良いかもしれん」

「餌って……」

「城内に閉じ込めてる間は確かに安全かもしれんが、動きもないからな。どの道今回の件は根本から解決する必要がある。だったら、おまえをわざと城外に出して呪詛カースの術者を誘い出すのも有りだろう。おまえはただでさえ頑丈な上に、いざとなったら中の竜が何とかしてくれるだろうから、滅多なことじゃ掠り傷程度にもならんだろうしな」

「マジで餌扱いか!」

 しかも結構ぞんざいな扱いだ。身も蓋もなさ過ぎる言葉に、アルヴィーは思わず突っ込んだ。

「それで、アル。その呪詛カースを掛けてこようとした相手について、何か心当たりはない?」

 ルシエルに問われて、アルヴィーは宙を睨みながら記憶を辿るが、やはり騎士団に話した以上のことは思い出せなかった。

「……いや、分からない。何せ全身ローブで包んでたし、声もくぐもってて、男か女かも区別付かなかった。背は多分俺よりちょい低かったと思うけど、男でも女でもいるだろ、それくらい」

「確かにね」

「貴族に仕えてるとか言ってたけど、それも本当かどうかなんて分かんねーしな」

「しかしこうなると、竜が呪詛カースごと燃やしちまったのが痛いな。呪詛カースは標的に防御されたら、掛けた術者に跳ね返る。そうなれば、誰が術者かは一目瞭然だったんだがな」

「しょーがねーだろ、その呪詛カースそのものが弱かったらしいんだから。アルマヴルカンも本当は返してやるつもりだったけど、力が弱くて呪詛カースごと燃やしちまったって言ってたし」

「……それは多分、呪詛カースが弱かったわけじゃなくて、アルの方の抵抗が強過ぎただけだと思うよ」

 そもそも呪詛カースとは、魔法とはまた系統の違う力だ。行使に魔力を用いるのは同じだが、術の構成がまるで違うため、下手をすれば魔法では解呪できない場合すらある。力のある術者の呪詛カースほど解くのは難しく、魔法士にとっても天敵になり得る存在だった。それを真正面から焼き尽くすなど、圧倒的な力量差がないとできない荒技である。さすがに欠片とはいえ竜の魂というところか。

 ともあれ、明後日の夕刻から翌日まで、アルヴィーはルシエルの家に招かれることがいつの間にか決定していた。正直、いくら親友の家とはいえ、伯爵家にお邪魔するのはかなり勇気が要ったが、服装は従騎士エスクワイアの略装をそのまま着て行けば良いし、あくまでも私的な招きだからさほど堅苦しくなくて良いそうだ。ほっとした。

「きっと、母上――母さんも喜ぶよ。戦争が始まってからこっち、アルたちのことを気にしてたんだ」

「ロエナ小母おばさんが?」

「王都の屋敷を切り回すのに手一杯な内に、戦争が始まって行き来ができなくなったからね。特にあの村は、国境の戦線にも近かったから……だけどまさか、あんなことになってたとは思わなかった」

「うん……レクレウスの方で情報操作して、ファルレアンに漏れないようにしてたみたいだからな。知らなくても無理ねーよ」

 故郷の話になると、まだ少し胸が痛む。自分の無力さを思い知らされた、あの悪夢の日。誰一人守ることもできず、村が人もろとも蹂躙じゅうりんされるのをただ見ているしかなかった。

「きゅー……」

 アルヴィーの気分が沈んだのを察したのか、肩に乗ったフラムが擦り寄ってくる。その様子はまさに、飼い主を元気付けようとする健気な小動物にしか見えなかった。

「ありがとな。――おまえはほんと、どっから来たんだろうな」

「きゅ?」

 アルヴィーの問いになど答えるはずもなく、フラムは小首を傾げるだけだ。アルヴィーは少し笑い――そして、ふと思い出す。

(そういえば……ずっとフラムはあそこの森に住んでたんだと思ってたけど、使い魔(ファミリア)なら誰かが連れて来たってこともあり得るよな。あの時、フラムに会う直前に、空から俺を攻撃してきた奴がいた……もしかして、あいつも何か関係あるのか?)

 考え込むアルヴィーに、ルシエルが気付いた。

「アル? どうかした?」

「……いや、何でもない」

 だが、考えが纏まりきらなかったアルヴィーは、結局そう答えてかぶりを振る。そして話を変えるように、

「それよりさ、ルシィん家ってどこにあんの? やっぱあの、貴族の家が固まってる辺りか? 俺、あの辺近寄り難いんだよな」

「大丈夫だよ、何回か行けば慣れるさ」

「いやいやいや、無理だから」

 気楽なルシエルの言葉に、全力で首を横に振る小市民なアルヴィーである。

 ……そんなことを話している内に、アルヴィーは先ほどよぎった考えを、頭の片隅に押しやってしまったのだった。



 ◇◇◇◇◇



「――まだ《擬竜兵( ドラグーン)》をわしのもとに連れて来れぬのか」

「申し訳ありません」

 寝室のベッドに沈みながらも、ぎらぎらと目ばかりが光る主に、深々と一礼する。

「思った以上に、《擬竜兵( ドラグーン)》の魔法抵抗が強力でした。――次はもっと、上手くやります」

「急げ……儂はまだ、終わるわけにはいかんのだ」

 掛け布を掴む手に力がこもり、息が乱れる。それでも主の眼光は、いささかも衰えない。

「《擬竜兵ドラグーン》を手に入れれば、一軍を手に入れるも同然……おまけにその血を得れば、竜の力の一端を我が物とすることも叶うのだ。さすれば、儂も表舞台に返り咲けるというものよ……」

 苦しげな息と共に欲望を吐き出す主を、冷ややかに見下ろす。

(……そんなお伽噺とぎばなしに縋ってでも、この世にしがみ付いていたいのか。――反吐が出る)

 だが、自身の目的のためにも、まだそれを口に出すわけにはいかなかった。

呪詛カースでも何でも使って、さっさと《擬竜兵( ドラグーン)》を、この儂の目の前に連れて来るのだ……何のために、平民の産んだ庶子風情を引き上げてやったと思っておる。その力を我が家の、儂のために役立てさせるために決まっておろうが……!」

「……はい、仰せの通りに」

 一礼して、寝室を後にする。廊下を歩くと嫌でも目に入る調度品の数々。さすがに貴族の屋敷だけあって、なかなかきらびやかなものだった。――品が良いとは、お世辞にも言えなかったが。

(あの男と同じ……金は掛かっていても、品がない)

 胸中でそう吐き捨てて、足を早めた。


 急がなければならない。

 あの男はもうさほど長くはないだろうが、“目的”を達する前に死なれては困るのだ。


(それでは、何のために今まで耐えてきたのか、分からない)


 あの男がこの世から去る前に――何としても。

 改めてそう心に誓い、その人物は影のように静かに、屋敷を後にした。



 ◇◇◇◇◇



 ルシエルたちの帰還から二日後。

 アルヴィーは講義を終えると早々に、講義棟を出て帰路を辿り始めた。

 今日は夕方から、ルシエルの家に招かれることになっている。そのため、城のすぐ外で待ち合わせていた。いつものように研究所でフラムを回収した後、一旦騎士団本部のジェラルドの執務室に顔を出し、宿舎から着替えなどの細々した荷物を持ち出す。そして待ち合わせ場所に急いだ。

「――アル! こっちだよ」

 待ち合わせ場所の城門の前できょろきょろしていると、ルシエルの声が飛んでくる。見ると、休暇中のためだろう、私服姿のルシエルが立っていた。そういえば再会してから私服姿の彼を見るのは初めてだと、ふと思う。

「ルシィ! 悪い、待たせたか?」

「いや、それほどでもないよ」

 そう言って微笑するルシエルは、シャツにスラックス、ベストというシンプルな出で立ちだ。だが、見る者が見れば、いかにも仕立ての良いものだと分かるのだろう。それに雰囲気からして、良家の子息という感じだ。ただ、腰に帯びた剣は装飾剣ドレスソードとしてはいささか大振りだったが。

 アルヴィーは念のために首から下げた小袋にフラムを入れ、ルシエルと連れ立って歩き始めた。

「――そうだ、アル。悪いけど、ちょっと寄り道していいかな」

「いいけど、どこ行くんだ?」

「僕の剣を見て貰おうと思って。途中に、うちが代々贔屓(ひいき)にしてる武具店があるんだ」

「へー……俺もちょっと覗いていい?」

「もちろん」

 というわけで、くだんの武具店目指して歩き出す。貴族であるルシエルの家が贔屓にしているというだけあって、やはり高級店がひしめく一画にその店はあったが、この間とは違ってルシエルと積もる話をしながらの道程みちのりだったので、さほど気にならなかった。

 瀟洒しょうしゃな通りからは少し外れた場所にある、やや無骨な店構えのその店は、今の店主で八代目という、なかなか年季の入った店らしい。扉を開けて中を覗き込み、アルヴィーは思わず感嘆の声をあげた。

「うわ……すげえ」

 防火と防犯を兼ねているのだろう、重厚な石造りの壁沿いにずらりと並べられた、派手ではないが美しく磨き上げられた武器や甲冑。それらは種類別に整然と並べられ、ランプの光を受けて艶やかに輝く。そして奥からは、金属を打つ鋭く澄んだ音。

「――おや、坊ちゃん。今日はどんなご用件で?」

 奥のカウンターで籠手を磨いていた店員が、ルシエルに尋ねる。ルシエルは腰に帯びていた剣を鞘ごと外し、カウンターに置いた。

「これを見て貰いたい」

「拝見します」

 すらりと鞘から剣を抜き放ち、店員は目を剥いた。急いで奥に駆け込む。

「こ、これはっ……! お、親方! 親方ーっ!!」

「馬鹿野郎、店長と呼べっ!」

 怒声と共に奥から出て来た、いかにも鍛冶師といった出で立ちの壮年の店長は、ルシエルの剣を見て息を呑んだ。

「こりゃあ……大した代物だ」

「この間の国境戦で、前の剣身が折れてね。残った魔鋼とミスリルを支えにして、魔力経路だけは通して貰ったが、まだ直せる部分があれば手を入れて欲しい。あと、鞘も新しく誂えたいな」

 鞘というのは剣に合わせて作るものなので、鋳造ちゅうぞうの量産品ならともかく、鍛造たんぞうの一品物ともなれば鞘もそれぞれ寸法などが微妙に違ってくる。魔剣であればなおさら、魔法的な加工も必要となるのだ。それに加えてこの剣は、剣身そのものが竜の鱗のようなものである。それを納められるだけの強度も必要だった。

「おおー、キレーな剣になってんなあ」

 実は初めてルシエルの剣を見たアルヴィーが、呑気な声をあげる。だが実際、《竜爪( ドラグ・クロー)》を用いて作られたこの剣は、美術品といっても良いほど美しいものに仕上がっていた。

「……あれ?」

 と、ここでふと気付く。

「何かこれ、色薄くなってね?」

「え、そう?」

 柘榴石ガーネットのような深紅だった剣身が、今はやや明るい色合いになっているようだ。何しろ元は自分の腕から生えていたものである。見間違いようもない。

(アルマヴルカン、どうだ?)

『ふむ、火の気が減っているな。しばらく使えば完全に抜けるだろう』

(ふーん、じゃあ使いきればこの剣、透明にでもなんのかな)

『かもしれんな』

「どうかした? 何か問題でも……」

 いきなり黙りこくったアルヴィーに、心配になったのか尋ねるルシエル。アルヴィーは急いで手を振る。

「いや、大したことじゃねーよ。このまま使ってけば、魔法に火の属性が乗っちまうなんてのもその内なくなると思う」

「そう。それならいいんだけど……」

 ルシエルもほっとしたようだった。

「……あの、坊ちゃん。そっちのお連れさんは一体……?」

「ああ、僕の幼馴染だ。その剣身は、元は彼のものでね。ただ、無用な詮索せんさくは止めて貰いたい」

「は、はい!」

 ルシエルに釘を刺されて、店員は思わず姿勢を正した。まあ確かに、こんなとんでもない代物に妙に詳しい人間がいれば、その素性が気になるのは仕方ないことだろう。アルヴィーも、少々不用意に喋り過ぎたと反省した。次からは気を付けよう。

「――それで、どうだ? 仕上がりの方は」

「ふうむ……確かに、これも悪くない仕事だが、やっぱり戦場じゃ道具も足りんし、完璧な加工とは行かんか……もう少し手を入れれば、魔力の通りなんかももう少し良くなると思いますんで、その方向で構いませんかね。強度や切れ味なんかは、今のままで充分……というより、こっちは下手に弄れませんや」

 剣をためつすがめつ丹念に検分しての店長の答えに、ルシエルは頷いた。

「ああ、それでいい。出来上がったら連絡をくれ」

 《イグネイア》を職人たちに託し、店を後にする。一から作り上げるわけではない分出来上がりは早いだろうが、それでも休暇の間に仕上がるかは微妙なところだった。仕上がる前に休暇が明けることも考え、以前に使っていた剣を引っ張り出そうとルシエルは考える。

「……ってかやっぱすげーな、さっきの! マジで貴族って感じで。店の人、思いっきりかしこまってたじゃん」

「まあ、店の人も色々だからね。あの店長なんかは、筋金入りの職人だから必要以上にへりくだったりしないし。僕はそういう態度の方が、話しやすくていいけどね」

 あまり畏まられるのもかえって気を遣う、と肩を竦めるルシエルに、アルヴィーはそれもそっか、と頷いた。

 ――ともかく寄り道も終え、後はクローネル邸へ向かうのみだ。店が集まった一画を抜けると、周囲は閑静な住宅街に移り変わり、派手ではないものの品の良い佇まいの邸宅と、広い庭を囲む背の高い塀が続くようになる。

 クローネル邸も、そんな邸宅の一つだった。


「――うわ……!」


 思わずぽかんと口を開け、アルヴィーはその館を見上げる。豪邸、いや、もういっそ小振りの城とでも形容した方が良いかもしれない。

 中央にはドーム型の屋根を持つ塔と、それを戴く二階建ての母屋。それだけでも大層な邸宅といえるのに、母屋からはさらに左右に棟が伸び、完璧な左右対称シンメトリーを形成していた。屋根の随所から突き出す煙突も見苦しくなく、かえって館のシルエットにアクセントを持たせている。そしてその館の周囲に広がるのは鮮やかな緑の芝生と、色とりどりの花で飾られた庭園。門から正面玄関の馬車寄せ(ポルト・コシェール)には石畳が敷き詰められ、その小道は庭の片隅にあるうまやまで続いている。

「な……何かすげー家だな……」

「そう? まあ確かに、伯爵家の館だから広い方ではあるけど、領地の方にある館はもうほとんど城だからね。こっちはまだ控えめな方だよ。それに、カルヴァート大隊長のご実家なんかだと、侯爵家だからここよりさらに広いし。王都では、爵位によって敷地とか屋敷の広さの上限が決められてるんだ」

「いや……ここでもうすでに別世界だよ、俺にとっては……」

 ルシエルには悪いが、落ち着けなさそうだとちらりと思う。アルヴィーが生まれ育った家など、下手をすればこの館の部屋一つ分の広さもないかもしれない。

 門から館へと歩いて行くと、玄関前には従僕フットマンがすでに控えており、恭しく一礼した。

「お帰りなさいませ、ルシエル様」

「ああ、ただいま。――彼は僕の友人だ。ここに引き取られる以前に、彼と彼のご家族にはずいぶん助けて貰った」

「左様でございますか。――さ、どうぞ中へ」

 従僕フットマンが玄関の扉を開けてくれる。中にはエントランス・ホールがあり、そこを抜けるといきなり空間が広がった。広間サルーンだ。この広間サルーンはちょうど、中央の塔の真下に当たるらしく、そこまで吹き抜けになっていて開放感がある。また、塔の窓から射し込む光が降ってきて、館の中だというのに明るかった。正面奥には階段があり、そこを上ると広間サルーン二階部分の回廊に出られるようだ。

「こっちが応接間になってるんだ」

 広間サルーンから左手の部屋に入ると、そこは広く取られた窓から光が差し込む応接間だ。いくつものソファが置かれ、サイドテーブルには小さな風景画が立てられている。壁際や暖炉の上には飾り棚がしつらえられ、壺や像などが品良く飾られていた。

「母上――母さんには、アルを連れて来るって言ってあるから。久しぶりに会えるって、母さんも楽しみにしてたよ」

 もうそろそろかな、とルシエルが呟いた時、応接間のドアが開いた。

 そこに立っていたのは、メイドを従えた女性だ。淡い緑のドレスに身を包み、髪も結い上げて髪飾りで飾ったその姿は、どこから見ても立派な貴族夫人だったが、その容貌はルシエルとよく似通っている。間違いなくルシエルの母・ロエナだった。

 彼女はアルヴィーの姿を見て、感極まったように口元を両手で覆った。

「まあ……アル、アルなの? こんなに大きくなって」

「ロエナ小母さん……あ、“小母さん”はまずいか、さすがに」

 いくら何でも貴族の奥様にそれはまずかろうと口ごもったアルヴィーに、ロエナはかぶりを振る。

「いいのよ、昔のように呼んでちょうだい。――ルシエルから話は聞いているわ。イゼラさんのことも……あんなにお世話になったのに、恩返しもできない内にこんなことになるなんて」

 ロエナはアルヴィーに歩み寄ると、そっと腕を伸ばし、面食らうアルヴィーをふわりと抱き寄せる。まるで、息子にするように。


「ごめんなさいね。――あんなに助けて貰ったのに、あなたが本当に辛くて大変な時に、わたしたちは何もできなかったのね」


 やさしい声と、ぬくもり。アルヴィーが失って久しい、“母親”のそれ。

 気付くと、視界がぼやけていた。


「……そんなことないよ。俺だって……」

 《擬竜兵ドラグーン》の施術を受けた時。竜の魂(アルマヴルカン)に魂を喰われかけた時。アルヴィーの心を支え、この世に繋ぎ止めたのは紛れもなく、ルシエルの存在だったのだから。

「俺は何度も、助けて貰ったよ」

 故郷を、両親を、戦友を。何もかも失って、それでもこの世界に絶望しなかったのは、ルシエルがいたからだ。

 そして、故郷を魔物たちに踏みにじられたあの時、アルヴィーの中から欠け落ちたもの。それが今、ロエナの声とぬくもりで戻ってくる。


(ごめんな、お袋、みんな。――守れなくて、助けられなくて……ごめんな)


 この手が届かずに零れ落ちていった、大切なひとたち。

 彼らを想いながら、アルヴィーはただ静かに、涙を零した。


クローネル邸の描写については、イギリスのカントリー・ハウス(貴族の城館)を参考にしました。

参考資料:「図説 英国貴族の城館」

すごく……豪華です……。

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