第15話 新たなる力
4/22追記 ルビ振り忘れ見っけたあああ!orz
修正しました。
ファルレアン軍後方陣地。領都ディルまでの最終防衛ラインも兼ねるここには、戦闘に参加する騎士たちの他、彼らの装備を修理・調整するための職人たちもいくらか常駐している。彼らは陣地の一画に集められ、騎士たちの一部が交代で警備に当たっていた。
装備の修理や調整を頼むため、そこに足を踏み入れる騎士たちに混じって、ルシエルも今、職人たちの一人である鍛冶師のもとを訪れていた。
「――頼んでいた剣は、できているか?」
「ああ、クローネル二級魔法騎士。一応できましたが……何分手持ちの道具じゃそれほど弄れなかったもんで、何とか柄と剣身を繋ぎ合わせて、魔力経路を仕込むので精一杯でした。何とも面目ない話で」
「いや、たった二日で良くやってくれた。最悪、一戦持ち堪えてくれればいいんだ」
ルシエルは剣を受け取り、鞘から抜き放つ。姿を現したのは、柘榴石を思わせる深紅の剣身、そしてそれを柄と繋ぎ合わせ、かつ魔力経路を剣身に通すため剣身の根元を覆う、魔鋼とミスリル。砕けた愛剣《イグネイア》の剣身の中で、根元に多少残っていた分だ。
まるで宝玉から彫り出したように美しいこの剣身は、元はアルヴィーの《竜爪》だったものである。
傭兵団《紅の烙印》の襲撃により斬り折られたそれは、アルヴィーが持ち運びに困った挙句一旦ジェラルドに預けていたものだったが、親友の愛剣が砕けるという事態に、彼が代わりの剣身として提供したものだった。他にも細かい欠片などがあったのだが、それは別の人物に別の形で有効活用される予定である。
「しかし、こんな素材は初めて扱いましたが……とんでもない代物ですねえ。こんな硬い素材、前に一度だけ扱った竜の鱗くらいのもんです。しかもあの時は、たった数枚分の欠片だったってのに、それは剣身ほとんど丸ごとだ。どっかの魔剣の剣身でも持って来たんですか」
「……まあ、そんなところだ」
まさか《擬竜兵》の腕から生えてきたものだとも言えないので、曖昧に誤魔化す。
「一応魔力経路は仕込めましたが、上手く魔力が通ってくれるかはやってみないと分からないんで、一度試してみて貰えますか。素材の方の力が強過ぎると、最悪使い手の魔力が拒絶されることもあるので」
「ああ」
ルシエルは手にした剣に慎重に魔力を込めていく。やはり今までの《イグネイア》とは少し感覚が違うようだ。だが《竜爪》の剣身は、ルシエルの魔力を拒むことなく素直に受け入れ、ほのかな熱と光を放った。
「……問題はなさそうだ」
「そりゃ良かった。しかし、素材が素材なんでどうなることかと思いましたが、案外素直ですねえ」
鍛冶師が感心したように言う。強い力を持つ素材は、えてして加工が難しく、扱いにも注意が必要なことが多い。だがこの剣身は、その強度や内包する力に反して、やけにあっさりと使い手の魔力を受け入れたものだと思ったのだ。
(……そうか。これはいわばアルの一部みたいなものだからか。アルが僕を拒絶するはずがない)
そう思い当たって、ルシエルは剣身を見つめる。擬似とはいえ竜の鱗そのもののようなものである《竜爪》、そのスペックはかなり高いらしい。魔力を通すのを止めても、剣身の中にその魔力が蓄えられ、蒸散していく様子を見せない。普通、魔剣といえども込めた魔力のすべてが保持されるわけではなく、幾許かのロスは覚悟しなくてはならないのだが、この剣に関してはそのロスがほぼ皆無といって良いほど低いようだ。
「そうだ、切れ味も試してみたいんだが、何か適当なものはあるか」
「なら、向こうで試し斬りでもしてみますか」
というわけで、陣地から少し離れたところで、鍛冶師が地魔法で適当な標的をいくつか作る。魔剣を扱うような鍛冶師は、地魔法に長けていることが多いのだ。硬度も金属並みに仕上がったその標的に、ルシエルは新たな愛剣を振るう。
――すっ、と。
ほとんど手応えも感じさせないまま、剣身は標的に吸い込まれるように食い込み、そして一直線に抜けた。まるで小枝でも斬ったかのような手応えしかなかったが、標的は斜めにすぱりと断ち切られ、一拍の後ずるりとずれて上半分が地面に滑り落ちる。その断面は鏡か何かのように滑らかで、予め切って磨いておいたと言われれば信じてしまいそうだ。
「…………」
その凄まじ過ぎる切れ味に、両者ともしばし絶句した。
「……こりゃまた……とんでもない切れ味だなあ……」
バターか何かのようにさっくり斬られた標的に、鍛冶師が呻くように漏らす。繰り返すが、この標的は金属並みの硬度を持っているのだ。普通の剣では弾き返されるか、下手をすれば折れる強度である。
もちろんルシエルも一瞬といわず呆気に取られた。確かに《イグネイア》には、魔力を込めると強度と切れ味が上昇する機能があったが、これは想定外にも程がある。
だが気を取り直し、ルシエルは今度は魔法を試してみることにした。以前の《イグネイア》の機能が継承されているなら、この剣は魔法の補助・威力向上の能力もあるはずだ。別の標的に向き直り、最も使用頻度の高い《風刃》を試してみる。
「斬り裂け、《風刃》!」
剣身に風が纏わり付き、振るったその軌道が刃となる――だがその刃は、炎が生み出す熱風のような熱を孕み、狙った標的を易々と斬り裂いただけでなく、その背後の木々も何本か薙ぎ倒した。しかも、その熱で切り口が焼け爛れたように焦げるというおまけ付きだ。
「…………」
いっそ凶悪なほどのその威力に、ルシエルは顔を引きつらせ、鍛冶師はまたしても絶句した。
「……扱いには気を付けることにする」
「そうしてください……」
剣を鞘に納めながら、ルシエルがそう言うと、鍛冶師は首振り人形か何かのようにかくかくと頷く。もしかするとこれは王家の宝物庫にある魔剣より強力なのではなかろうかと、ルシエルは少々現実逃避気味に考えた。
ともあれ、新たに生まれ変わった愛剣を腰に帯び、ルシエルは陣地内に割り振られた一画に戻る。そこでは野営用の天幕が張られ、騎士たちが戦いの合間の短い休息を取っていた。
「――お、隊長」
「剣はいかがでしたか?」
尋ねてくるシャーロットに、ルシエルはやや遠い目になって答えた。
「ああ……予想以上の出来だった」
色々な意味で。
「そうですか。状況が状況ですし、戦力が落ちずに済むのは喜ばしいことです」
「……そうだな」
むしろ扱いの要注意度が跳ね上がった気がするが、戦力として心強いのは事実だったので、ルシエルはそう答えるのみに留めた。
「そういや、その提供主の《擬竜兵》は?」
カイルが周囲を見回す。
「ああ、アルはカルヴァート大隊長の従騎士だから、基本的には大隊長の預かりになる。今は確か、大隊長に付いて指揮所の天幕にいるんじゃないかな。アルがいれば採れる作戦の幅もかなり広がるし、レクレウスの魔動巨人についても何か情報を持っているんじゃないかと、アークランド大隊長辺りは期待しておられると思う」
「確かに、魔動砲を正面から止めてみせたのには驚きました」
シャーロットが頷いた。単騎で魔動巨人を相手取れる《擬竜兵》が参戦すれば、ファルレアンは大分楽になるだろう。
「――ルシィ!」
と、そこへ噂をすればというやつか、当のアルヴィーが戻って来た。
「お、剣できたのか」
アルヴィーはルシエルの左腰、そこに佩かれた剣を目敏く見つけて、興味深げに覗き込んだ。何しろ自分の《竜爪》が使われているのだ。どんな剣になったのかは気になる。
「ああ、いい剣になったよ。切れ味や強度も、前より段違いに上がってる。――ただ、これを媒介にして魔法を使うと、なぜか火属性も乗るんだ」
「……あー、元が火竜だもんなあ」
思い当たる節があり過ぎて、アルヴィーは頭を掻いた。しかも《上位竜》だ。その力が強過ぎて、ルシエルの魔法に影響を及ぼしてしまうのだろう。
(何かいい方法ないか? アルマヴルカン)
自身の中の竜に問うてみると、ややあって答えが返ってきた。
『中に溜まっている火の力を使い切ってしまうしかあるまいな。そうすれば属性の影響も薄くなる』
(……それって、大丈夫なのか? 《竜爪》って、ぶっちゃければ魔力で変質した俺の身体組織なんだろ? 火の力を使い切ったら崩壊とか、しないよな?)
『あれはすでに物質として確立している。同じ竜種の素材を使った武器と全力で打ち合いでもすればともかく、生半可なことでは折れまい』
アルマヴルカンの保証も得て、アルヴィーはほっと安堵の息をつく。
「アル? どうかした?」
「いや、アルマヴルカンに訊いてみた。中に溜まってる火の力を使い切っちまうしかないってよ。使い切っても物質としては確立してるから、壊れたりはしないって言ってた」
「そうか……」
ルシエルは頷いた。そもそもの力の大元である竜がそう言うなら、そうなのだろう。使い切るまでにどれくらい掛かるかはともかく。
「ところで、アル。カルヴァート大隊長のところにいなくていいの?」
「ああ、俺の出番はもう終わり。魔動巨人について訊かれたのと、俺を作戦に参加させるための顔見せみたいなもんだったらしいから。詳しい作戦の話になったら、天幕出されちまった。やっぱあるんだろ、機密保持とか」
やはり軍議ともなると、内容によっては従騎士程度には聞かせられないことも多いのだろう。それでも居場所ははっきりさせておけとジェラルドから釘を刺されたので、それならばとルシエルたちのところへやって来たというわけだ。というか陣内には他に知り合いなどいない。
陣内を元敵兵、しかも《擬竜兵》がうろつくことに、大多数の騎士は良い顔をしないだろう。この旧ギズレ領防衛戦には、レドナから回された人員も含まれているのだ。《擬竜兵》の凄まじい戦闘力を目の当たりにし、またアルヴィーの僚友たちによって仲間を殺された者もいるに違いない。現にここに来るまでの間、アルヴィーは射るような視線をいくつも浴びせられた。
――それでも。
ルシエルの傍に立ち続けると決めたから。
「……アル?」
急に黙り込んだアルヴィーに、ルシエルはその顔を覗き込む。
「どうかした?」
「いや、何でもない」
かぶりを振って、アルヴィーは遠く西の空を見た。その下にはレクレウスの陣、そしてさらに先には誰もいなくなった故郷と両親の墓がある。再び訪れるには長い時間が掛かるだろう。もしかしたらもう二度と戻れないかもしれない。
(ごめんな、親父、お袋。――でも俺は、もう決めたんだ。俺はルシィの隣で、ルシィのための剣になる)
在りし日の二人の姿を描きながら、アルヴィーはそっと目を閉じる。
それは祖国への静かな決別であり、そして亡き両親への誓いでもあった。
◇◇◇◇◇
西の空を、飛竜が舞っている。
遥か彼方にそれを眺め、ジェラルドは目を細めた。
(擱座した魔動巨人を、ファルレアンに奪られないように見張る哨戒部隊ってとこか……ま、手に入るんなら欲しいよな、確かに)
ファルレアンも決して魔動機器方面の技術が遅れているわけではないが、やはり魔動機器関連で大国として名が挙がるのは、隣国レクレウスだ。そのレクレウスが決戦兵器と誇る魔動巨人ともなれば、その情報、できれば実物も研究対象として手に入れたいと思うのは無理からぬことだった。現に今、ジェラルドが背にする天幕の中では、指揮官と次席指揮官が魔動巨人の鹵獲も作戦目的に入れるか否かで揉めているのだ。
「これはまたとないチャンスです! 魔動機器大国レクレウスの技術を手に入れられるかもしれないのですぞ!」
「我々の本来の任務はこの旧ギズレ領の防衛です。余計な欲を出すものではありませんわ」
今回の防衛戦の指揮を執るグラディスは、現場の騎士たちの被害を少しでも抑えるため、魔動巨人鹵獲には消極的だった。撃破された魔動巨人がもはや再起動を望めない以上、レクレウスは機体の情報がファルレアン側に漏れるのを防ぐため、あの魔動巨人の破壊に動くと考えられるからだ。彼女としては、魔動巨人破壊に敵戦力が少しでも割かれてくれれば、それだけ防衛が容易になると考えている。
一方、鹵獲を主張する次席指揮官は、やはりレクレウスの技術に魅力を感じているようだった。自国で配備されている魔動巨人は、隣国のそれを意識して造られたものだが、やはり性能では一歩劣る。この機にレクレウスの技術を獲得し、自国の防衛力向上に役立てたいという意見だ。
どちらにもそれなりの理はあるため、議論は平行線を辿っている。と、
「カルヴァート一級魔法騎士! 貴殿にも協力願いたい! かの《擬竜兵》を鹵獲し、従騎士として従えている貴殿の力添えがあれば、魔動巨人の鹵獲も――」
いきなり流れ弾が飛んで来たので、ジェラルドは内心“面倒事こっちに振るんじゃねえよ”とげんなりしながら振り返った。もちろん、この場での席次は(ついでに年齢も)彼らの方が上なので、そんなことはおくびにも出さないが。
「……経緯が少々歪曲されて伝わっているようですが。あの《擬竜兵》がこちらに降ったのは、あいつ自身が祖国に愛想を尽かしたのと、何よりクローネル二級魔法騎士と無二の親友だという事実があったからです。そうでなければ、レドナは今頃陥落した挙句焼け野原になっていてもおかしくなかったでしょうね」
実際、駐屯地が《擬竜兵》に襲撃された一件など、アルヴィーがファルレアン側に助力していなければ、最悪騎士たちや避難していた民間人もろとも駐屯地が消し飛ぶという、冗談でも考えたくない事態に陥っていた可能性が高い。
「まあ、とりあえず《擬竜兵》は魔動巨人に当たらせるとしても、擱座した魔動巨人を鹵獲しようというなら、こちらもそれなりの人手を割かなければならないでしょう。回収に時間が掛かれば、それだけこちらが不利になる。それも承知の上でのご意見でしょうな?」
「無論だ。まずは胴体部の回収を最優先とし、手足は場合によっては諦める。そもそもその部分は、どの国でも使っている技術は大して変わるまい。欲しいのは動力部周りの技術だ。ゆえに、現場で魔動巨人を解体し、まず胴体部だけを飛竜で運ぶこととする。胴体部だけならば、複数の飛竜を動員すれば運べるだろう」
「ふむ……」
確かに、胴体部分だけなら重量はかなり目減りするし、現在国境にいる飛竜八頭がいれば充分運べるだろう。ちなみに、ジェラルドたちが乗って来た飛竜は、その日の内に別の騎士が騎乗して子爵領へと取って返している。
「プランとしては不可能ではないが……やはり第一目標は領地防衛にしておいた方が無難でしょう。向こうにはまだ魔動巨人が二体も残っている。極端な話、戦闘開始と同時に前線を魔動砲で一撃されたら目も当てられません」
「む……それはそうだが……」
「まあ俺が向こうの指揮官なら、手が回らないふりでもしてしばらく魔動巨人は放っておいて、鹵獲に群がり出したところを一発魔動砲で叩きますがね。前線への攻撃と並行してもいい。敵は減らせるし魔動巨人の情報も渡さずに済む。効率的でしょう」
えげつないことをさらりと言うジェラルドに、指揮官二人は絶句した。
「……あなたが敵の指揮官でなくて良かったと心から思うわ。――とにかく、第一目標はこの旧ギズレ領の防衛。これは譲れません。魔動巨人の鹵獲は敵の出方を見てから、可能ならば行えば良いでしょう」
「うむ……仕方ありますまい」
鹵獲を主張していた騎士も渋々といった様子で頷く。さすがに彼も、鹵獲のために部下に犠牲を出すのは本意ではないのだろう。ジェラルドの言う通り魔動砲を放たれれば、犠牲は一人や二人では済まない。
「ですが、準備はさせていただきますぞ」
次席指揮官がそう言って天幕を出て行くと、ジェラルドは肩を竦めてグラディスを見やった。
「――指揮官も大変だな、アークランド一級騎士?」
「言っておくけど、あなたが《擬竜兵》を連れて来たりしたから、彼も欲が出たのよ? あわよくば鹵獲も、ってね。まあ、おかげで助かったのは事実だけど」
先ほどとは違って、二人とも大分砕けた口調だ。彼らは共に上級貴族の出身であり、家同士の親交も浅くはない。お互い昔から面識はあり、グラディスがジェラルドを時折“坊や”呼ばわりするのもその頃の名残だ。
「でも、ずいぶん思い切ったわね。《擬竜兵》を従騎士にするなんて」
「そうでもしないと、あいつを合法的に戦場に引っ張り出せないからな。もとよりレクレウスに返す気はないんだ、付ける首輪は頑丈なほど良いだろう?――まあ、あいつにとって一番の首輪はクローネルだろうが」
「無二の親友だそうね?」
「ま、これからどんどん首輪に付ける鎖を増やすさ。ああいうタイプを縛るには、情に訴えるのが一番確実だ。もっともその辺りは、クローネル伯との駆け引きも入ってくるだろうが。あの御仁も抜け目がないからな。《擬竜兵》の親友である息子をダシに、宮廷への影響力を強めるチャンスだ。逃すわけがない」
「あら……宮廷の権力闘争に興味が出てきたの? あなた、そういうの面倒臭がると思ってたけど」
「面倒さ。だからいざという時に切れる手札を、前もって集めておくんだよ」
「なるほど。後で楽をするために、今多少なりとも働いておくってわけね」
「そういうことだ」
少なくとも今は、アルヴィーはジェラルドの監督下にある。そういう意味では、彼もまた“竜”の手綱を握ったといえるだろう。
「ともかく、まずはレクレウスの攻勢を跳ね返すことだ。ディルを奪られたらレドナほどじゃないにしても痛いことは痛い。国内に侵攻を許したと見られるからな」
「言われるまでもないわ。あなたも、ここに留まるからにはきっちり手伝って貰うわよ」
「やれやれ、人使いの荒いことだ」
そう嘯きながらも、ジェラルドはニヤリと好戦的な笑みをひらめかせる。
――両軍が再び動き始めたのは、それから数時間後のことだった。
◇◇◇◇◇
レクレウス軍、動く。
斥候として出ていた一隊のその第一報を受け、ファルレアンの陣地はにわかに騒がしくなる。ルシエルたち第一二一魔法騎士小隊もまた、その中にいた。
「……来たか」
呟いて、ルシエルは小隊員たちを振り返る。
「よし、僕たちも出る。カルヴァート大隊長から連絡が来る手筈になっているから、その内容次第で臨機応変に対応。細かい指示は僕がする」
「了解しました」
「んじゃ、陣形は連絡内容次第ってことか」
軽く方針を確認し、進軍。戦場に向かいながら、ルシエルはジェラルドのもとに戻ったアルヴィーを思う。彼は彼で、おそらく残る魔動巨人を食い止めるために駆り出されるはずだ。
その頃、当のアルヴィーは、ジェラルドの指示で一足先に戦場に向かっていた。
『おそらく、レクレウス側は擱座した魔動巨人の破壊を狙ってくる。だが、前線を魔動砲で攻撃してくる可能性も否めん。というわけで、おまえはとりあえず魔動巨人見つけたら潰して来い。一体でも減れば、こっちの対応も大分楽になる。ああ、別に両方倒してくれても構わんぞ? だが逃げられても深追いはするな』
「了解」
アルヴィーは魔動通信機の向こうのジェラルドにそう答えると、右腕を戦闘形態に変化させ、地面をさらに強く蹴った。矢のように戦場を駆け抜ける彼に、その姿を認めたレクレウス軍の哨戒部隊が、慌てたように飛竜の背から爆弾を投下する。
「面倒っ――くせえっ!」
アルヴィーは落下してくる爆弾に向けて、《竜の咆哮》を撃ち放った。空を薙ぐ光芒が爆弾を斬り裂き、炎と爆音を撒き散らす。爆発は至近の爆弾をも誘爆させ、連鎖する爆発が戦場の空を彩った。撃ち漏らした爆弾がアルヴィーの周囲でいくつか炸裂したが、距離もあったため掠り傷にさえならない。
爆弾をあっさり無効化され、哨戒部隊は慌てたようにレクレウス陣の方へ戻って行く。それを追うように走るアルヴィーの目に、その時自らが破壊した魔動巨人が飛び込んできた。
(……ちょっと、確かめてみるか!)
駆ける速度はそのままに、アルヴィーは魔動巨人に向かって突き進み、
「せー……のっ!」
タイミングを合わせて地面を蹴り、魔動巨人を踏み台にさらに高く跳ぶ。魔動巨人の装甲がわずかにへこむほどの勢いで踏み切ったアルヴィーは、思惑通り魔動巨人の身長にも並ぶほどの高さまで跳躍した。
(――いた!)
宙にある間に巡らせた視線が、レクレウス軍本隊から少し離れた地点、半ば森に隠れるように鎮座する魔動巨人を捉える。ただ、その姿は一体しか認められなかった。もう一体は確実な回収のためさらに後方に下げたのか、それとも。
「どっちにしろ――あれを潰さなきゃ、だよな!」
ジェラルドに言われるまでもなく、ここで魔動巨人を倒すことは、回り回ってルシエルを助けることになる。アルヴィーは自由落下しながら狙いを定め――そして、魔動巨人が肩に負う砲口がこちらに向いたのを目撃した。
「げっ!?」
呻きながらも、アルヴィーは反射的に《竜の障壁》を展開。ほぼ同時に、砲口から眩い光が迸った。
直撃――だが《竜の障壁》は耐えきり、アルヴィーを魔動砲の膨大なエネルギーから守る。それでも至近で炸裂した閃光と轟音に顔をしかめつつ、着地したアルヴィーは魔動通信機を再び起動させ、回線が繋がるが早いか叫んだ。
「今、魔動巨人と接敵! けど、一体しかいない!」
『分かった。おまえはとりあえずそっちを片付けろ』
短い返答と共に、通信は途切れる。アルヴィーも魔動通信機を切ると、再び魔動巨人に向かって駆け出した。
「――やっぱり、《擬竜兵》には効かない……何あれ、反則」
魔動巨人の左肩の上で糸を操るブランは、薄いベール越しに戦場を眺め、ため息をついた。そして装着していた魔動通信機に声を投げ込む。
「ニエラ、こっちに《擬竜兵》が来た」
『じゃあわたしは予定通り、魔動巨人を壊す』
「わたしは《擬竜兵》の相手で動けなくなる。そっちはよろしく」
『分かった』
短く言葉を交わし、ブランはニエラとの通信を終えた。そして魔動巨人の左手に乗せた操作術者を見下ろす。
「魔動砲、再起動準備。急いで」
「し、しかしっ――魔力のチャージがまだ、」
「わたしの魔力を回す」
ブランは魔動巨人の右腕に巻き付けていた糸の一部を、魔動砲の機関部に巻き付け直した。彼女の意思に従って、きらきらと輝く糸が繭のように機関部を包み込んでいき、それに比例して急速に魔力のチャージが始まる。
(あんまり使い過ぎるとダメだけど……腕環一つ分くらいなら、大丈夫なはず)
彼女の両手首と両足首には、台車に使われていた魔石の欠片が組み込まれた腕環と足環が、それぞれ装着されている。元が巨大な魔石だったため、欠片といっても大きく、しかも一つの装身具に複数の魔石が使われていた。この魔石からの魔力供給と、自前の魔力により、彼女は今一人でこの巨大な魔動巨人を操っているのだ。
と――こちらに走って来る《擬竜兵》が右腕を振り翳す。放たれた光芒は魔動砲のそれに比べると細いが、そこに込められたエネルギーは決して劣らないはずだ。その軌道を読み、ブランは糸を操る。
「もう、同じ失敗はしない」
魔動巨人の足が大地を踏みしめ、その巨躯が右半身を引く形で一歩後退。光芒はその右肩を掠め、虚空へと消えていった。
(やっぱり、魔動砲を狙ってきた……だけど、こっちは懐に入られたら終わり。邪魔させて貰う)
ブランは再び糸を操る。魔動巨人を操る糸とは別に、数本の糸がするすると伸びて、魔動巨人が右手に抱える木箱にするりと入り込んだ。ややあって木箱から引き出されたのは、糸の本数分の魔法小銃だ。その銃床や銃身、そして引鉄に至るまで、ブランの糸で雁字搦めにされている。
(さすがに人形とは勝手が違うけど……引鉄を引くくらいならできるし。効きはしなくても、足止めできれば充分)
魔動巨人の前にずらりとぶら下がった魔動小銃から、様々な魔法が弾丸となって次々に放たれる。魔動銃のように乱射ができないのが魔動小銃の欠点だが、銃ごとにタイミングをずらして発射することで間断なく弾幕を張る形だ。しかもその威力は、魔石の魔力補助を受けて割増し。
思った通り《擬竜兵》は足を止め、魔法障壁を張って防御する。その間十数秒――だがその十数秒の間に、ブランが待っていた瞬間は訪れた。
「――魔動砲、魔力七割ほどに回復! 口径狭めれば通常威力で撃てます!」
「やって」
操作術者の報告に即答し、ブランはさらに銃撃を激しくする。切れ目のない攻撃に、《擬竜兵》は障壁を張り直すタイミングが掴めないようだ。
「魔動砲起動、照準……《擬竜兵》」
操作術者が術式を組み上げる。砲身が動き、《擬竜兵》に狙いを定めた。
「魔動砲、発射せよ!」
次の瞬間、砲口から光が迸り、《擬竜兵》に向かって突き進む――。
……数秒後。
戦場の二ヶ所でほぼ同時に、爆音が轟いた。
◇◇◇◇◇
『――先行した《擬竜兵》が魔動巨人の内一体と戦闘に入った。ただし、もう一体の所在は未だ不明だ。注意しろ』
「了解しました」
アルヴィーとブラン操る魔動巨人の激突から遡ること少し。ジェラルドからの連絡を受け、ルシエルはシャーロットに指示を伝える。
「カルヴァート大隊長から連絡。アルが魔動巨人の片割れと戦闘に入った。ただ、もう一体は姿が見えないらしい。おそらく擱座した魔動巨人の破壊を狙ってくる。迎撃に向かうぞ。手筈通り《伝令》を」
「分かりました」
シャーロットはすぐさま《伝令》の魔法を飛ばした。
今回、ファルレアン側の第一目標は旧ギズレ領、最悪でも領都ディルの防衛だ。だが、一部兵力をジェラルドが率い、魔動巨人の撃退、あわよくば撃破を狙うこととなった。おそらくレクレウス側は擱座した魔動巨人処分のために、残る二体を投入してくる。そう踏んだジェラルドは、アルヴィーを先行させて魔動巨人を捜索、そしてその狙い通り、一体を発見したのだ。
ただ、向こうも《擬竜兵》が投入される可能性については予想していたようで、魔動巨人を二手に分けてきた。もっともジェラルドの方でもそれは織り込み済みで、ルシエル率いる第一二一魔法騎士小隊を始め、いくらかの人員を魔動巨人迎撃要員として予め配置していたのだが。
目標はあくまで魔動巨人を含むレクレウス軍の撃退。最悪、擱座した魔動巨人を破壊されて鹵獲できなくなっても問題はない。これがジェラルド、そして指揮官であるグラディスの方針である。
『正直、魔動巨人はどうでもいい。戦争に勝てば、賠償の一部として技術者を引っ張ることもできるからな。それよりも今は、旧ギズレ領を防衛しきるのが第一だ。せっかくファルレアンが押してるのに、ディルを奪られればその勢いに水を差される。戦争ってのはどんなきっかけで流れが変わるか分からんからな、レクレウスに“勝ち”はやりたくない』
現在のファルレアン優位の状況のまま押し切りたいというのが、上層部の総意なのである。ただ、ジェラルドが魔動巨人の撃破も狙うのは、ここで魔動巨人の数を減らして稼働率を落としたいという思惑もあるからだ。そして、それが可能な戦力を、彼らは現在有している。
(アルが魔動巨人の片方を押さえ込んでる間に、僕たちがもう一体を撃破もしくは撃退……言うは易いが、実践するとなると厳しいな。――だが、やるしかない)
ルシエルは新しく生まれ変わった《イグネイア》の柄に触れる。今、この戦場のどこかで戦っている親友に思いを馳せて。
と――。
「左手に魔動巨人発見――魔動砲来ますっ! 目標、おそらく擱座魔動巨人!」
身体強化で視覚を強化していたシャーロットが、左手に張り出した森に潜む魔動巨人を発見。砲口の向きを素早く見て取り叫ぶ。
「伏せろ! ユフィオは防御!」
「はい! 阻め、《三重障壁》――!!」
ルシエルの指示に、全員が飛び込むように地面に伏せた。ただ、ユフィオだけはダイブしながらも魔法障壁を展開し、隊員たちを守る。
次の瞬間、放たれた魔動砲が彼らの眼前の魔動巨人を直撃し、轟音と共に吹き飛ばした。凄まじい爆風と飛び散る破片が隊員たちに襲い掛かったが、ユフィオの魔法障壁で何とか凌ぐ。
「……全員、無事か!?」
「はい、何とか」
「耳痛え以外は無傷っすよ」
すぐ傍で炸裂した爆音のせいで耳鳴りがする以外はさしたる被害もなく、彼らはまずは第一波を切り抜けた。
「魔動砲はチャージに時間が掛かる。今の内に森からあぶり出すぞ!」
ルシエルは《イグネイア》を鞘から抜き放つ。魔力を通すと、その剣身は内から照らされるように紅く輝いた。
「薙ぎ払え――」
それを構え、ルシエルは魔法を編み上げながら、さらに魔力を込めていく。いくら込めてもまるで底のない壺に水を注ぐかのように、それらしき手応えは感じられない。だが、剣身の輝きは次第に強くなった。
そして、完成した術式を刃に乗せるように、渾身の力で振り抜く。
「――《炎風鎌刃》ッ!!」
詠唱と共に振り抜かれる刃。その軌道が赤熱した光となって、疾風の速さで魔動巨人の元まで一直線に駆け抜ける!
一瞬の静寂。そして次の瞬間、刃が通り抜けた跡が爆発するように燃え上がり、炎に巻かれた木々が斬られた箇所から吹き飛ぶ。だが刃はほとんど減殺する様子も見せず、魔動巨人のちょうど膝の辺りに炸裂した。
「……うそぉっ!?」
旋風のように吹き上がってくる炎混じりの風に、ニエラは翻るローブを押さえ、顔を庇いつつ悲鳴をあげる。と、異様な軋みをあげながら魔動巨人の膝がわずかに折れた。あの魔法の直撃で、関節部に負担が掛かったのかもしれない。生半可な魔法ではびくともしないが、さっきの魔法は大型の魔物でも一撃で仕留められるレベルの威力だ。
「うわああああ!?」
魔動巨人の右手に乗り、ニエラより低い位置にいた操作術者は、余計に熱風の影響を受けた。危うく服に炎が燃え移りかけ、じたばたともがきつつ杖で叩いてようやく消し止める。
「なに、あの威力……!」
一直線に炎で形作られた道を睨み、ニエラは考えを巡らせる。
(炎……《擬竜兵》? でも、そっちはブランと当たったはず……これだけの魔法が撃てるヤツが、他にもいるの?)
思い当たった考えに慄然としながら、ニエラは魔動砲の機関部に糸を、操作術者に声を投げた。
「もう一回魔動砲! 魔力のチャージはわたしも手伝う! 威力は半分でもいい、できるだけ急いで!」
奇しくもブランと同じく、ニエラももう一度魔動砲を使うことを選ぶ。第一の目的である魔動巨人の破壊は達成したが、この魔法を撃った人間はここで始末しておきたい。どれほど強力な魔法が使えようと人間相手ならば、半分の威力の魔動砲でも充分過ぎるほどだ。
(どこ? あの魔法を撃った人間は、どこに――)
ベールを上げ、炎の道の向こうに目を凝らす。未だ吹き上げる熱い風に、ローブが大きくはためく。
「――魔動砲の魔力、約五割回復。再起動します」
操作術者も額に汗を滲ませながら、術式を構築し始めた。その時。
まるで飛竜の咆哮のような、甲高い音。
そして次の瞬間、カァァン、と澄んだ音を響かせ、魔動巨人の頭部に、一本の矢が突き立った。
「え――」
間違いなく、魔動巨人の頭部に深々と突き刺さった矢に、ニエラは目を見張る。
「弓矢……!? 何で!?」
「そんな、術式伝達機関が……! これじゃ魔動砲が撃てない!」
操作術者が呆然と、魔動巨人の頭を貫いた長大な矢を見上げる。だが、それで終わりではなかったのだ。
再び、咆哮。そして遥か彼方から飛来した矢が、今度は魔動巨人の左肩、ニエラの足下すぐのところに凄まじい勢いで突き刺さった。
「ひっ!?」
その威力に、ニエラはぞっとした。もし自分に当たっていたら、足が吹き飛んでいたかもしれない。
そこへさらに追撃。三本目の矢が、今度は魔動巨人の右肩、魔動砲の機関部を直撃した。ニエラと魔石の魔力を受け、定格値の五割とはいえ多大な魔力を充填していた機関部を。
――小爆発。
「きゃっ……!」
「うわあああ!!」
ニエラは魔動巨人の頭部を盾に何とか凌げたが、操作術者は爆発の余波と飛び散った破片で負傷し、杖を取り落とした。もっとも、術式伝達機関がすでに破壊されているので、彼が健在でもどの道修理しなければ魔動砲は撃てないが。
魔動巨人の手から転落しかけた操作術者を何とかキャッチし、ニエラは決断した。
「――撤退する! いいわね!?」
魔動巨人破壊という最低限の目的は、すでに達している。これ以上ここに留まって、今度はこちらが鹵獲されでもしたら目も当てられない。ニエラは操作術者にそう言い捨て、糸を操って魔動巨人を動かし始めた。森の中に隠れれば、あの矢を撃ってきた恐るべき射手からも逃げおおせる――そこまで考え、ニエラは最初の魔法の一撃の目的に気付いた。
(……そうか、あの魔法はわたしたちの居所をあの弓矢の射手に知らせて、道を作るため……! 邪魔な木を焼き払って、魔動巨人を狙いやすくするために。わたしたちが魔動巨人を破壊しようとしてたことも読まれてた……!)
自分たちの狙いが読まれていたと悟り、ニエラは唇を噛む。だが今は悔しがっている時ではない。この結果を主であるナイジェルに伝え、その指示を仰ぐのが、今の自分の為すべきことだ。
(……ブラン)
気に掛かるのは、別行動している片割れのこと。自分たちの狙いが読まれていた以上、彼女の方に向かったという《擬竜兵》も、何か策を弄してくる可能性があった。
だが今はまず、自分が捕まらないことを考えなくてはならない。ニエラは必死で満身創痍の魔動巨人を操り、自陣へと帰還して行った。
「――魔動巨人、退いてったみたいっすよ。しっかし、威力スゲエっすね、それ」
腹這いになって地面に耳を着け、魔動巨人の足音で撤退を確信したカシムは、頭上を振り仰いだ。彼の背後には、戦場には不似合いな土の柱がそびえ立ち、その天辺で彼の主が弓を下ろす。
「鏃が良かったのさ。――何しろ、《擬竜兵》の鱗の欠片だからな」
そう言って、シルヴィオは番えていた矢を矢筒に戻した。その鏃は、柘榴石のように澄んだ深紅。
アルヴィーの《竜爪》の欠片は彼に譲渡され、そして《貫通》の魔法付与を施した矢の鏃として生まれ変わったのだった。
シルヴィオが使う魔法付与の中でも、《貫通》は貫通力に優れ、その威力は竜種の鱗でも貫けるほどだ。だが、その性能をフルに発揮するためには、特別な処理を施した高い強度を持つ鏃が必要だった。通常の鏃では、目標を貫けずに潰れてしまい、威力を充分に発揮できない。台車の鉄板程度ならまだしも、魔動巨人の装甲に対しては、シルヴィオの手持ちの矢ではあまりにも力不足だったのだ。
そこへアルヴィーが、ルシエルのために折れた自身の《竜爪》を提供し、それに付随した細かい欠片を、シルヴィオが鏃の材料として譲り受けたのだった。そしてシルヴィオは、その矢を使って見事、魔動巨人の術式伝達機関と魔動砲を破壊してのけた。
まず、ルシエルたちを始めとする前衛の騎士たちが、魔動巨人の居場所を特定し、可能ならばそこまでの道を拓く。そして後衛のシルヴィオは、前衛が主立った障害物を排除した後、超長距離から魔動巨人を狙撃、撃破もしくは撃退する――という作戦だったのだが。
「それにしても、クローネルの魔法には驚いた。剣で増幅されたのかな?」
まさか、たった一撃で森の木々を薙ぎ払い、魔動巨人まで到達するとは思わなかった。双方の間の距離は少なくとも、数百メイルは開いていたはずなのだ。通常、術具などのアシストなしには、あれだけの射程を持つ魔法を撃つことはできない。
(とはいえ……)
シルヴィオは“千里眼”で、遥か前方のルシエルたちを見やる。ルシエルはどうやら、あの一撃でかなりの魔力を持って行かれたらしい。ずいぶんと消耗しているようで、ポーションを呷っているのが見えた。
(強過ぎる威力は諸刃の剣、ってことか……確かに、扱いには要注意だろうな。俺も気を付けるか)
そう思いながら、シルヴィオは身体強化魔法を発動させ、土の柱から無造作に飛び下りる。
「カシム、足場は片付けておいてくれ。ひとまず、ここでの作戦は終了だ。第一二一魔法騎士小隊と合流、陣地に帰還する」
「りょーかいっす!」
踵を返したその背後で、土の柱が崩れ落ちる。この柱は地系統の魔法を得意とするカシムが、自身の魔法で作ったものだ。崩れ落ちた土の山はそのままに、カシムは《伝令》の魔法を飛ばすと、小走りに先を行く主を追いかけた。
――カシムからの《伝令》を受け取り、ルシエルは息をついた。
「第一三八魔法騎士小隊から報告だ。魔動巨人の術式伝達機関と魔動砲の破壊に成功。魔動巨人の撤退を確認したそうだ。僕たちと合流後、陣に帰還するとのこと。――作戦は終了だ」
その言葉に、小隊員たちの間にほっとしたような空気が流れる。
「何とか押し返せた、というところですか」
「そうだな」
頷いて、ルシエルは鞘に戻した《イグネイア》を見やる。本来、魔動巨人への道はクロリッドやジーンの魔法を中心にして切り拓く予定であり、ルシエルの魔法はあくまでも牽制程度のはずだったが、加減が掴みきれずに魔力を込め過ぎてしまった。その結果が、あの威力である。その代わり、たった一撃でかなりの魔力を持って行かれた。この剣の扱いの習熟もこれからの課題だと、頭の片隅に書き留める。
(……アル)
彼に与えられたこの力を、使いこなさなければならない。さらなる力を手に入れ、他ならぬ彼を守るために。
「……そういえば、隊長。“彼”の方は大丈夫でしょうか」
西の方角を見ながら、シャーロットが目をすがめた。その向こうでは、先行したアルヴィーがもう一体の魔動巨人と戦っているはずだ。
「アルなら大丈夫だ。何かあればカルヴァート大隊長を通して連絡があるはずだし、それがないということは問題ないということだろう。僕たちは作戦通り帰還しよう」
「了解しました」
シャーロットも頷く。だがルシエルは、ふと気掛かりを覚えて西方を振り返った。
(……魔動巨人が魔動砲で破壊されたのとほぼ同時に、もう一つ爆音を聞いた気がする……あれは、アルの《竜の咆哮》か? それとも……)
かぶりを振って、ルシエルは振り切るように西の空から目を離す。今は、自身の隊を率いなければならなかった。
(大丈夫だ。アルは戦闘能力なら《下位竜》並み、魔動巨人を上回ってる。一体なら、一人で相手取っても充分勝てるはずだ……)
そう自分に言い聞かせ、ルシエルは部下たちに帰還の指示を出し始めた。
◇◇◇◇◇
閃光、爆音。それらから顔を庇いつつ、ブランは叫ぶ。
「――やったの!?」
「ちょ、直撃は確認――」
瞬間。
爆炎を深紅の剣で斬り裂き、アルヴィーがその向こうから飛び出して来た。
「馬鹿な、タイミングは完璧だったはず……!」
操作術者が絶句し、ブランは急いで糸を操る。魔動巨人が右手の木箱を放り出し、その拳を振りかぶった。
(魔動砲はもう撃てない。後は、魔動巨人の装甲に賭けるしかない……!)
全力で叩き潰すつもりで、ブランは魔動巨人の右腕をアルヴィー目掛けて振り下ろす。もし《竜の咆哮》を食らっても、魔動巨人の腕部や脚部の装甲は殊更頑丈にできているので、一発くらいなら耐えきれる――そう踏んだのだが。
アルヴィーの行動は、彼女の予想の斜め上を突っ走った。
「――っ、らぁぁあああっ!!」
アルヴィーは何と、真っ向からその拳を受け止めた。右手の剣が赤熱し、魔動巨人の拳とぶつかる――そして次の瞬間、その刃が易々と巨大な拳を斬り裂き、抉るように振り抜かれた!
「嘘でしょ!?」
ブランが唖然とする。《竜爪》は魔動巨人の拳から手首の辺りまでを斬り裂き、そしてアルヴィーはその右腕を足場にして、魔動巨人の右肩まで駆け上がった。深紅の剣が振り上げられ、魔動砲の機関部を貫き通す。
「――《竜の咆哮》!」
《竜爪》を通じて放たれた一撃は、爆発と共に魔動巨人の右肩を吹き飛ばした。右腕が地面に落ち、ブランは大きく揺れた魔動巨人から振り落とされないよう、必死にしがみ付きながら何とかその巨体を制御して体勢を立て直そうとする。
その甲斐あって、何とか魔動巨人は踏ん張り、転倒は免れた。しかし息をついたのも束の間、
「もう――いっちょ!」
声と共に、魔動巨人の頭部の上半分が斬り飛ばされた。赤熱した剣の切っ先が眼前を通過していき、ブランは短い悲鳴をあげる。
「……これでもう、魔動砲は撃てないだろ。降参しろよ」
上半分がなくなった魔動巨人の頭越しに、アルヴィーはブランに《竜爪》の切っ先を向ける。彼女が息を呑み、為す術もなくそれを見つめた、その時。
上空に踊る、翼ある巨大な蛇。
その背中から放たれた見えない刃が、アルヴィーに襲い掛かった。
「――うわあっ!?」
右腕にその一撃を食らい、その拍子に足を滑らせたアルヴィーは魔動巨人から転落する。常人離れした身体能力で何とか着地はできたものの、その周囲に降り注ぐ不可視の刃の攻撃。《竜の障壁》で防御しながら、アルヴィーは頭上の翼ある大蛇、その背の人影を睨む。
(――何なんだ、あいつっ!?)
ちょうど逆光になっているため、《擬竜兵》の視力をもってしてもその顔は見えない。ただ、体格や雰囲気などからその主が男であろうことが分かるくらいだ。
と――それを好機と捉えたか、魔動巨人が動き出した。操作術者を抱えて撤退して行く。
「待て……!」
追おうとしたアルヴィーだったが、その鼻先の地面がまたしても不可視の刃で抉られ、反射的に足を止めた。魔動巨人の追跡を阻むかのように、不可視の刃は続けざまに放たれ、断続的に地面が弾ける。追うに追えず、アルヴィーはついにキレた。
「邪魔すんなよ! てめーもレクレウス軍か!」
上空に《竜の咆哮》を一発ぶっ放す。威嚇射撃というところで、大蛇の翼を掠める辺りを狙ったが、大蛇は身をくねらせてそれを躱し、翼を羽ばたかせて離脱し始めた。追おうにも、向こうは空を飛んでいる。あっという間に見えなくなり、アルヴィーは腹立ち紛れに地面を蹴った。もちろん、魔動巨人もとうの昔に撤退して影も形もない。今から追えば再捕捉も不可能ではないかもしれないが、ジェラルドに深追いを禁じられている。おそらく、アルヴィーがレクレウス軍に捕まることを危惧しているのだ。あの少女たちのように、レクレウスが未知の戦力をまだ隠し持っている可能性がゼロとはいえないのだから。
アルヴィーは大きく息をついて気を落ち着けると、右腕を通常の状態に戻し、魔動通信機でジェラルドに報告した。
「――こっちの戦闘は終了。魔動巨人の魔動砲と頭は吹っ飛ばしたけど、邪魔が入って魔動巨人本体と術者には逃げられた」
『邪魔? レクレウス軍の援護か?』
「分からない。空飛ぶ蛇に乗ってて、見えない刃を飛ばしてきた。多分魔剣か何かだとは思うけど……」
『見えない刃、か……』
ジェラルドはわずかに沈黙したが、
『――分かった。おまえも帰還しろ。クローネルたちももう一体を撃退して、陣地に戻ってるところだ』
「了解!」
親友の無事を聞き、アルヴィーの気分は多少持ち直した。通信を終え、駆け出そう――としたところで、
「――ぷきゅー!!」
ふにふにした“何か”を蹴飛ばしてしまい、アルヴィーは慌てて“それ”に駆け寄った。
「わ、やっべ! おい、大丈夫か!?」
「きゅー……」
地面にころんと丸まっているのは、金茶色の毛並みと長い尻尾を持つ、体長二十セトメルほど(尻尾除く)の動物だった。大きな耳がぴこぴこと動き、こちらを見上げる真ん丸な瞳は緑色。そしてその額には、アルヴィーの《竜爪》とも似通った色合いの、丸い宝玉のようなものが輝いている。
「あー、悪かったな。てかおまえ、いつの間に俺の足下にいたんだよ……」
怪我はないかと恐る恐るつついてみるが、どうやらさしたる怪我はなさそうだった。一歩目を踏み出したところで、ほとんど勢いもなかったのが良かったのだろう。
よしよしと撫でてやると、その動物は心地良さげに目を細め、尻尾をはたりと振ったかと思うと、
「――きゅー!」
いきなり跳ね起きてアルヴィーの腕を駆け上り、その肩にしがみ付いた。
「あ、こら! 離れろって! 俺これから陣地に戻るんだよ!」
「きゅー!」
首根っこを掴んでもぎ離そうとするアルヴィーの手をものともせず、その動物はがっしとアルヴィーの肩にしがみ付いて離れない。さっき蹴飛ばしてしまったにも関わらず、どうやらえらく懐かれてしまったようだった。
「ったく……」
ついに根負けし、アルヴィーは手を放した。あまりここでぐずぐずしていたら、ルシエルに余計な心配を掛けてしまうかもしれない。
「……いいか、これから陣地戻るけど、うろうろすんなよ」
「きゅ!」
分かっているのか否か、いい返事をするその動物に、アルヴィーはため息をつきつつ、ファルレアンの陣地へと帰還して行った。
――陣地へ帰還し、その動物が滅多に人前に現れない珍しい幻獣・カーバンクルであることを知って彼が仰天するのは、あと十数分後のことである。
◇◇◇◇◇
風を切って飛翔する翼ある大蛇の背中で、彼は髪を掻き上げ、左耳のピアスに触れた。
「――我が君。使い魔をアルヴィー・ロイの近くに放して来ました。彼の痕跡を追うように仕込んであるとのことでしたが、接触していますか」
『ええ、ダンテ。今、使い魔が彼の傍に付いたのを確認しましたわ。ご苦労様でした』
「それは良かった。――ですが、申し訳ありません、我が君。少し、彼の戦闘に介入してしまいました」
『何かありましたの?』
「レクレウスの魔動巨人と戦闘状態でしたが、その魔動巨人の操縦者に少々覚えがありまして。その人物がファルレアンに捕まれば、もしかして“北”に目を向けられることになるかもしれないと……可能性としては低いかもしれませんが、看過しきれませんでした」
『そう……ですが、わたくしはあなたの判断を信用しておりますわ。気にしなくて構いません』
「光栄です、我が君」
ほっと息をつき、彼――ダンテは微笑んだ。
「では、僕はこのままそちらに戻ります」
『ええ、気を付けて、ダンテ』
会話を終え、ダンテはなびく髪を押さえながら背後を振り返る。もう遠くなった旧ギズレ領――まさかあんなところで、もはや忘れかけていた過去の一ページに出会おうとは。
(レクレウスに渡っていたのか……もっとも、向こうは僕のことは知らないはずだけど。――それでも、万が一にも“北”に関心を持たれるのは避けたい。悪く思わないでくれよ、アルヴィー・ロイ)
もっとも、ちゃんと手加減はしてある。当てたのは右腕への一撃だけだったし、その他はアルヴィー本人には当てないように、注意を払って放った。アルヴィーもまた、主が気に掛ける存在の一人なのだから、無為に傷付けるわけにはいかないのだ。
(これでレクレウスは、切り札の魔動巨人をこの戦線で三体も失ったことになる。まだ侵攻を続けるのかな。さっさと諦めた方が、まだ傷が小さいと思うけど。――まあ、我が君に害が及ばなければ、どちらが勝とうが負けようが……国がいくつ滅びようが、僕には関係ない)
いっそ冷淡なまでにそう切り捨てて、ダンテは前方に向き直った。早く戻らなければ。あまり長く彼女の傍を離れるわけにはいかない。
自分は彼女の、唯一の騎士なのだから。
今も昔も――そして、これからも。
彼は空飛ぶ大蛇を駆り、国境の空を翔け抜けて行く。
一路、北へ。




