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Infection-【抗】  作者: Scott
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第7話 呵責



 門の前へとたどり着いた俺はまず驚いた。


 なんと門が半開きになっていたからだ。しかも近づくにつれて大きくなる護のものらしきうめき声と、獣のような唸り声に一層不安になった俺はリュックからハンマーを取り出した。


「護!?」

 門を飛び出した途端に俺はまた、その場の光景に驚愕させられることになった。


 

 そこには背を向けたゾンビに覆いかぶさられた護が、両腕でその顔の接近を防いでいたのだ。しかも少し先の壁には佐々木さんが以前よりも血まみれで倒れていた。

 

 護の抵抗によってそらされたゾンビの顔がこちらを向く。

 見覚えのある衣服や頭髪から予想はついていたが、その衝撃は凄まじいもので、視界がぐにゃりと曲がって、俺はその場に方膝をついてしまった。


 ……白眼を剝き、涎を垂らしているのは、公民館、館長の八木やぎさん、だった。


 そんな、まさか、八木さんが!


「八木さん!」

 認めたくない一心で俺は彼の名前を叫ぶ。


 が、そんな呼びかけなど全く意に介さず、彼は襲撃の手を止めない。

 その様相は、ヤツら……、ゾンビとなんら変わらなかった。


「ユキっ!」

 声をあげた護は不利な体勢を強いられているために、抵抗を続けるので精一杯だ。助けなければ命が危ないだろう。


 そんなことは分かっている。分かってるんだ…!

 しかし俺の体は、右腕は、動かない。いや動かせない。


 無論、物理的な話ではない。第一、握られているのは日曜大工レベルのハンマーだ。細身の俺でも十分振り回せる。


「ユキ、頼む、やってくれ!」

 護が必死に叫んだ。


 やる?………るのか? 八木さんを?

 俺の、俺達の恩人を?


「は、早、く…ッ」

 声を絞り出す彼の首元には、今にも八木さんの歯が届きそうだった。もはや葛藤している暇はない。


 やるんだ、殺らなければ護が死ぬ。それはダメだ!


 もう、とっくに許容範囲を超えているんだ。今更、だろ……?


 俺は意を決した。否、考えることをやめた。



 半ば倒れこむようにして踏み出した左足の勢いのままに、握りしめたハンマーをゾンビの頭に叩きつける。


 ゴッ、と鈍い音が周囲に響き、衝撃が遅れて掌に伝わる。次いで赤黒い液体が宙を舞い、所構わず飛び散ったそれは俺の服にも盛大に染みを作った。



「ア゛ヴ、ぁ……」

 短い断末魔、そしてゾンビは地に伏した。攻撃が上手く当たったのか、もうそれに動く兆しはない。



「ユキ、本――に助――た。おい、――じょうぶか?」


 肩で息をする護は起き上って何か喋っていたが、俺の耳は機能停止中だ。自分が立っていることさえも実感が持てない。


 ハンマーが手から滑り落ちて、ガランと大きな音が周囲に響いた。



 ……?



 ふいに頬に熱いものを感じ、手をやるとそれが涙だと気付かされる。そして徐々にではあるが、俺に感情が戻ってきた。


 足元の血だまりに浮く変わり果てた彼の背中を見つめる。

 八木さん……


 短い間だったが彼には色々と世話になった。何より俺をゾンビ化から救ってくれたのだ。


 なのに、感謝を述べるどころか、こんなことになるなんて。


「ユキ、今は佐々木さんを、中に運ぼうぜ。他のゾンビが来ないうちにな」

 立ち尽くす俺に護はそう言って、辛うじて息をしていた佐々木さんを背負うと門へと進む。



 ふらふらと夢遊病者の如き足取りで校内に入ると、僅かに残る理性で門の鍵を閉めた俺はその場にかがみこんだ。


「何かあったのか?」

「おいおい、そこ倒れているのは、さっきのお巡りさんじゃねぇか!」

 暫くすると、俺の帰りを心配して数人の男性が駆け付けてきた。

 慌てる彼らに事情を説明し、佐々木さんを託すと、護は俺の隣に腰かける。


 一つだけ言わせてくれ、そう言って彼は続けた。


「オレらの目的は生きて、この地獄から脱出することだ……だろ?」

 もちろんだ、こんなところからは一刻も早く逃げ出したい。

 俺はかなり時間がかかったが、ゆっくりと頷く。


「そのためだったら、俺たちはそれを邪魔するヤツを倒してでも進まなきゃなんねぇんだ」

 じゃなきゃ死んじまうからな、と付け加える。今し方の襲撃を思い出したのだろう。彼は顔をしかめて足元に転がる石を遠くに放った。それが植え込みの傍の池に落ちたのを見ると、彼は真面目な顔で此方こちらに向き直る。


「たとえそれが見知った仲間でも、な」

 最後の部分は、かすかに震えていた。八木さんの死に、彼も動じていない訳ではないのだ。



 俺の心に何かが差しこんできた。それは希望の光のようでありながら、非情な闇でもあった。


 そうだ。俺はいつだって心の底では死にたくないと思っていたじゃないか。だからこそ死の象徴であるゾンビを疎み、父親ですら排除した。


 だからこそ俺はたった今、恩人である八木さんを葬ったのだ。

 思考を止めたあの時に体を支配していたのは紛れもない恐怖と嫌悪感だった。


 俺はゾンビを、死を、拒絶している。それは紛れもなく生きたいという意志の表れである。


 ただ、単純に俺は、俺たちは、まだ死にたくないんだ!



 体の震えがピタリと止んだ。頭に渦巻くもやが僅かに晴れる。

 

 その時俺の目の前に影がさし、手が差しだされた。顔を上げると、護が嬉しいとも悲しいともとれる表情で、静かにこちらを見降ろしていた。


 その手をとって立ち上がると、俺は心のままに呟いた。


「ありがとう」


 その一言に彼は無言で頷き、俺の前を歩きだした。その背中が今までよりも大きく見える。



 ここは地獄だ。そして俺たちに後ろは無い。あるのは恐怖と先の見えない悪意だけ。

 それでも進み続けるしかない、どんなに弱い光でもその先に未来が、希望があるならば。



 俺は覚悟を決めて、彼の後を追いかけた。




暗い……。

でも、バイハネタなんで明るいのもちょっと……

うーむ。

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