第4話 虚しい期待
皆が一斉に顔を上げて耳を澄ます。先程からのサイレン音は時間と共に確実に大きくなってきた。
「パトカーだ! 警察だ!!」
カーテンを開けて外を確認した誰かが歓喜の声をあげ、八木さんも指示を出す。
「屋上から様子を確認しましょう。男性陣は何人か付いてきてくれ。女性と子供達はここで待機するように」
一人として反論せず、彼に従うその様は、いかに八木さんが皆の信頼を得ているかが伺える。
「早速だが椎葉君、護君、君達もきてくれないか」
断る理由はどこにもない。俺と護は彼に続いて階段を上った先の屋上に出た。
外に出るとサイレンの音はかなり大きくなっていた。
「よし、合図の準備だ。これを流石に無視する輩はおらんだろう」
30代の男がライターを手に、花火キットを用意する。フェンスから身を乗り出して見下ろすと、確かにサイレンを鳴らした黒と白の車体は公園前の交差点に差し掛かっていた。
俺達は期待に興奮したが護はなにやら違和感に気付いたらしく首を傾げる。
「あのパトカー……ジグザグ走行だし、スピード出し過ぎじゃねーか?」
言われてみると、確かにかなりの蛇行運転に加えて、何かを振り払うかの如き速度で一般道を走っている。
運転手は何をしているんだ?
俺もそう思った直後だった。
ガガーンッ! と派手な音をたてて車がかなりの勢いで電柱に激突する。
そして数回にわたってゲームや映画の中でしか聞いたことのない発砲音の後、額から血を流した男性の制服警官がよろよろと煙を上げる車から出てきた。
「おい、行くぞ、ユキ!」
「え?」
「早くしねーとヤベェんだよ、いいからついてこい!」
有無を言わせぬ彼の様子に、俺は後を追って階段を下り、外に出て、負傷した警官の元に駆け寄った。
「しっかり、ほら、掴まって」
すぐに護が警官に肩を貸す。
「ぅっ……!」
パトカーを確認した俺は思わず言葉を失った。
煙を上げる車内には素人でも息は無いと分かるくらいに血にまみれたもう一人の警官の姿が見えたからだ。
一方で彼は、差し出された護の肩を拒否していて、代わりに必死で何かを喋っている。
「私のことはいいから、は、早く、建物の中へ、引火す……る」
そう言って彼は気を失ってしまった。しかし余計に置いていけない状況に、護が彼を背負うようにしてなんとか館内に運びこむ。
実際、彼の警告通りに2階の広間にきたあたりで大きな爆発音が聞こえ、窓からは炎と黒煙がみえた。が、不思議なことに、普段なら無違いなく大事故なそれにも今はあまり驚かなかった。
部屋に着くと八木さんはすぐに菜月さんを呼んで、彼の手当てをさせた。菜月さんの手際の良さに、改めて医療の素晴らしさを感じる。
十分足らずで、応急処置は終わり、警官はどうやら一命を取り留めた。というより菜月さんによれば脳震盪による気絶以外の外傷は致命傷には至らず、噛み傷も無かったそうでそこまで危険な状態ではなかったらしい。
その後、彼は布団に横たえられた。
所持していた警察手帳によれば彼は佐々木 遼平32歳。青海市駅前交番配属の巡査官らしい。どういう経緯でここに辿り着いたかは不明だが、少なくとも俺達よりは何か知っていそうだ。
「うぅ……、ここは……? ぐっ、痛ぅ!」
暫くして目を覚ました佐々木さんは、辺りを見渡して起き上がろうとしたが傷の痛みに顔をしかめる。
「まだじっとしていて下さい!」
菜月さんが慌てて駆け寄ったが、意識に別状はなく会話は可能なようなので、八木さんが彼に話しかけた。
「そのままで聞いて下さって結構です。見ての通り、我々だけでは対処しきれない状態でして。率直に、この街で一体何が起きているのですかな?」
すると佐々木さんは少し肩を落とし、渋面でこう言った。
「今直面している状況は、あまりにも突発的で、前例のないものです。残念ながら当局も、情報不足でその全貌はつかめておりません。そればかりか連絡手段を断たれたために捜査班自体が壊滅状態で。恥ずかしい話、私も傷を負った同僚と共に逃げていましたが……」
同僚というのは車内に残されたあの警官だろう。彼の表情が更に曇る。
「そうでしたか」
八木さんの声も暗くなり、周囲の期待感も明らかに萎むのが見て取れた。その様子に危機感を覚えた彼は、少し慌てて付け加える。
「いや、諦めるのは早いですよ。この事態が全国レベルでは無い限り必ず外部から応援が来るはずです! ですから」
彼がそこまで話した時だった。妹が俺の肩を叩く。
「どうした、有紗?」
彼女の指さす窓を見て絶句した。外には、屍と化した住人が溢れていたからだ。それも一人や二人ではなく、大量に。
「う、うわぁ、ヤツらだ!」
誰かが叫ぶ、それに同調したように恐怖が伝染する。
「しっ、静かに。カーテンを占めて明りを消しなさい…!」
八木さんの指示で、すぐにカーテンが閉めれられ、外の光景を遮断した。
頼む、過ぎ去ってくれ。
閉め切った部屋の中で俺達は息を殺して恐怖が過ぎ去るのを待ったが、最悪のタイミングで子供の一人が泣き出してしまう。
慌てて母親がその口をふさいだが、既に遅かった。
奴らに気づかれてしまったようだ。
下からバンバンと扉を叩く音がここまで届いてくる。そしてしばらくするとガラスの割れる音までも。
「あいつらが入ってくる!!」
と誰かが叫び、周囲はまた一瞬でパニックに陥った。
ちなみに佐々木巡査の同僚は車内でゾンビ化していました。車が事故ったのと発砲があったのはそのためです。
そう思うと運転中にゾンビを倒し、なおかつ感染しなかった佐々木はなかなかやります。