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Infection-【抗】  作者: Scott
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第3話 避難所


 重厚な音を立てて背後で扉が閉まる。謎の人物に促されて入り込んだ建物の内部は、非常灯以外の照明は一切なく最初は闇そのものだった。

 しかし徐々に俺たちの目も薄暗い館内に慣れ始めたころ、


「「動くな!!」」


 複数の男の声が反響し、俺達は震撼する。

 そこには先ほどの初老の男を先頭に数人の男が立っていて手に手にハンマーや包丁を握っていて、表情にも鬼気迫るものがあった。


「君たちは水を飲んだかい」


 どうやらこの集団のリーダーらしき、初老の男が投げかけた。


「……はい?」

「いいから答えなさい」


 質問の意味はわからなかったが彼らの気迫に押された俺は彼の目を見て頷く。


「本当だろうね」

 首を横に振った。嘘はついていない、だから現に俺の喉はカラカラで、水を欲しているのだ。


 数秒間に渡る無言のやり取りの後、彼は短く息を吐いた。

 多くしわの刻まれた顔が安堵からだろうか、落ち着いた柔和なものへと戻っていった。


「大丈夫だ、安心していい。持ち場に戻って貰えるだろうか」

 そう彼が言うと周囲の男たちは頑丈そうな扉を再び施錠し、武器を下して解散してしまった。 

 急に人が減ってがらんとした玄関ホールには、俺と有紗と初老の男性だけが残った。


「ついてきなさい」

 先程もそうだったが、この人物の声には柔らかな口調に反して、有無を言わせず従ってしまうような威厳があった。

 階段を上り俺達を2階に連れると、彼は振り返ってまじまじと此方を眺めてきた。


「怖がらせてすまなかったね。しかし状況が状況だけに多少の無礼は致し方ない。私はここの館長の八木(やぎ)だ。君たちは?」


「俺は椎葉(しいば) (ゆき)(まさ)です。こっちは妹の」

椎葉(しいば) 有紗(ありさ)といいます」

 と言って妹は緊張気味に会釈する。


「兄妹か……どこからいらした」

 その質問に俺ははっと思い出した。

 腐臭、血だまり、死体、そしてゾンビ。悠長に話している場合じゃない!


「二丁目からです。とにかく、酷い有様なんです! 警察を呼んでくれますか?、俺達のじゃ、携帯も繋がらなくて」


「そう慌てなさんな」

 俺の話を制すると八木さんは眉間にしわを寄せた。彼の年齢を詳しく知っているわけでもなかったが、一瞬で10歳は老けこんだように見える。


「電話はここも繋がらんよ。それにしても二丁目も駄目となると……」

 ため息交じりにそうこぼすと、彼は目の前の扉を開けて俺達を中に通した。


 多目的室だろうか。少し大きめのその部屋では、子供を含めた20人ほどの子供を含めた男女が不安げにこちらの様子を窺っている。


「みんな、こちらの2人は大丈夫だ。どうやら二丁目も同じ状況で、そこから逃げてきたらしい」


 八木さんが告げると人々は大きく落胆した様子だった。はぁ、とため息を吐いたり、両手で顔を覆う人までいる。


 何だこの反応。それにさっきの『二丁目も』とは一体……?


「あの、状況がまだよく分からないんですがっ」

 極度に喉が渇いていたところに、大声を出した反動かもしれない。状況説明を得る前に咳き込んでしまった。

 すると部屋の隅に控えていた30代くらいの男性が、水の入った紙コップを俺達に差し出してくれた。彼の方を見ると、此方を安心させるように笑っている。


「大丈夫。ただのミネラルウォーターだ、とりあえず飲んで。気分がマシになるから」


 水を飲むなと言われたことも忘れて、俺はそれを受け取ると一気に飲み干す。大声と疾走によるダメージを受けた喉と体が癒されていき、今までの飲み物のなかで一番美味しいとさえ思えた。

 そんなベタな食レポのような感想を心から感じていた俺に館長の八木(やぎ)さんが口を開いた。


「君たちも知っているだろうが、今この街ではバイオハザードなるものが起こっているらしい。未だに信じがたいことだが、実害が出ている以上、もう無視はできない」


「バイオハザード…そんなメールが俺達にも来ました。でも肝心の詳細は不明、対策も自宅待機をしろと。朝になって見れば、何のせいか分からないけど、化け物が溢れているし、もう訳分かんなくって……」

 『化け物』の中に父親がいたことは言わなかった。というよりも言えなかった。

 それでもほんの数十分前の記憶は、忘れたくても忘れられないほどに強烈で、脳裏に浮かんだ光景に、俺の体から熱が奪われていく。


 八木さんは全く持って馬鹿馬鹿しいというように軽く鼻を鳴らす。

「あんなもの……ああ、メールのことだが、誰が送ったのやら。街がこうなったのは、私も今回の事態の全てを知っている訳ではないが、恐らくこの近辺の水道水が原因の一つだと思われる」


 ついつい水が? とも思ったが、ここは彼の話を聞くべきだと感じて口は挿まなかった。


「ここに避難してきた者の話を聞く限りでは、水を、正確には水道水を飲んだ者たちの様子が急変し、暫く経つと、発狂して、突然襲い掛かってきたらしい」


 別の男が震える声で会話に加わった。

「それだけじゃねぇ! 奴らに()まれたやつも(しばら)くしたら苦しみだして、同じように……」

 その様子を目の当たりにしたのだろうか、彼は拳を関節が白く浮き出るほどに強く握りしめていた。


 彼らの話は俺にとって衝撃的だったと同時に、先ほどの質問の意味を理解させてくれるものだった。


 いや、おおよそ普段の許容量は遥に超えていたが。しかし、人間余りにも突拍子もないことになると、逆に冷静になるものだ。


 この時の俺もそうだった。酷く鈍い思考回路ではあったが、少しずつ状況を整理する。


 ということは、だ。恐らく先程襲いかかってきた隣人や、父さんたち……もといゾンビたちは、水道の水を飲んだのだろう。もしくは噛まれるなどしたか。


 そして、最も震撼すべき点は、先ほど水を飲もうとしていた俺も、危うくその仲間入りをするところだったのだ。


 もしあの時八木さんの声がなかったら……そう思うと怖気が走った。



「あなた達は噛まれていないの……?」

 と、ダークブラウンの髪を後ろで束ねた女性が聞いてきた。

 シャープな顎のラインに整った目鼻立ち。歳は、20代半ばぐらいだろうか。こんな状況でなければ鼻の下を伸ばしていたかもしれない。

 

 俺も有紗も、連中には触れさえしていない。もちろん、父さんにも。故にそんな覚えはなかったので、いえ、と返すと彼女はほっと一息ついて安心した素振りを見せた。


「そう、よかった…失礼なこと聞いてごめんなさい。私は加川 菜月なつき、家がここから近くてすぐに避難できたの」

 自己紹介と共に握手を求められる。


 浪人生活を続けていたので久々に接する、それも年上の女性からのアクションに、若干戸惑ってしまったが、差し出された手を無視することもできず、俺はその手を握り返して自己紹介をする。


 その後の会話で彼女は市立病院に勤務する看護師だということが分かった。


「他に何か訊きたいことはあるかね? もちろん答えられる範囲は限られているが」

 と八木さんが言ったので、俺はこれからどうするつもりなのかを尋ねたが、やはり外部との連絡が取れない以上は下手に動かずに警察か政府の助けを待つとのことだった。



 突如、場に合わない間抜けな音が俺の腹から鳴る。空腹のサインだ。そういえば何も食べずに出てきたのだったが、こんな時だけ正直な体が恨めしい。


緊張感持てよ、俺の腹……。


「はは、体は正直なものだ。ああちょっと、笹山さん、彼らにもアレを」

 八木さんが近くの中年女性に合図をすると、暫くして彼女はビスケットらしきものが詰まった袋を持ってきた。


 食べなさい、という彼に、いいんですか? と妹が遠慮がちに言ったが、彼は柔和にほほ笑んだ。


「心配ない。ここには災害時に備えて水や食料の備蓄がある」


 まだまだ分からない事だらけだったが、非常時の好意ほど有り難いものはないと改めて実感した。


「よ、新入りさん。隣、ちょっといいか?」


 朝食を食べ終わった頃にふと誰かの気配を感じて顔を上げると、20代前半の長身で短い茶髪の青年が正面に立っていた。青年はそのまま俺の返事も待たずに腰を下ろす。


椎葉(しいば)(ゆき)(まさ)ねぇ、……幸正。うーん、呼びにくいし、武将みてぇだな、なんかいい名前は……」


 彼は暫く思案顔で天井を見つめていたが、急にパチンと指を鳴らした。

「ユキ、なんてどうだ? つーかその方が呼び易いしそれじゃダメ?」


 ダメとか以前に初対面で、いきなりあだ名? 何だこの強引な親近感は。


 とも思ったが、実際、高校時代にはそう呼ばれていたこともあったので、別段不快ではなかったので俺は結局頷いた。


 彼は満足げに頷いて、なんの前置きもなく自己紹介をしてきた。

「俺は安藤 (まもる)大学二年。(まもる)って呼んでくれ。そっちは……」

 護は妹の方を見て一瞬止まった。男である俺にはかなりずけずけくるタイプの彼も、女子に対してはマナーがあるようだ。いきなり声をかけるような無粋な真似はしない。


「俺の妹の、有紗(ありさ)ですよ、安堂さん」

 と俺が代わりに答えておいた。


 ああ、よろしく有紗ちゃん。と妹には笑顔でそう返したが、こちらに振り向くと同時にその笑みは消えていた。


「年、19だろ? わざわざ敬語使わなくていーから。あと、オレのことは護、な」


 何とも社交的? というか仕切りが無い人物のようだ。まあ、年齢も近いみたいだし、本人がそういうなら従うか。


 ややあって俺が了解、と言うと彼はまたも満足そうな顔を頷き、すぐに真剣な面持ちになって話を続けた。俺も集中して耳を傾ける。


「二丁目から来たんだっけ? 俺は三丁目から来たんだが、朝起きてみれば周りは血まみれ、ゾンビだらけ。初めはホラー映画の夢でも見てるんじゃないかと思ったくらいだ。しかもスマホは圏外、意味不明のメールは届くはで、ホント自分でも頭がおかしくなったのかって思っちまったね。俺もなんとか公園の前まで逃げてきたところを、館長さん達に助けられたんだ」


 被害の規模は不明だが、まもるの話だと少なくとも二丁目はおろか青海市の広範囲にわたって水を飲んだ者たちが発狂し、かつての知人や家族を襲うという猟奇的な怪奇現象が起こっているらしい。

 想像を超える話の規模に、不安が押し寄せる。


 おいおい、本気で何が起こっているんだ?

 俺はここまで現実逃避したい状況に直面したのは初めてだった。

 大学に落ちた時でさえ、今なら生易しく感じられる。


 10分ぐらい経ったころ、救急箱を持った菜月さんが妹に駆け寄ってきた。

「転んだの? 膝、怪我してるでしょ」

 彼女はそういって手当を始め、ものの数十秒で処置を終える。流石看護師、素晴らしい手際だ。

 そして彼女が俺にも怪我がないか尋ねようとした時だった。



 遠くで響くサイレンの音が耳に飛び込んできた。





改めて見ると指示語の使用頻度が高いですね。

文章力の無さを如実に実感させられます。

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