第25話 屍を越えて
お待たせしました。
相変わらずの不定期更新ですみません(笑)
今回はまた、キャラの掘り下げということで、面白みに欠けるかもしれませんね(^^;)
では、ご覧ください。
その日は空が珍しくどんよりとした雲に覆われていた。いままでずっと抜けるような秋晴れが続いていただけに、それはなんとなく陰鬱な空気を運んでいるようだった。
しかしこの時の俺はあまり悲観的な気持ちでは無かった。
それは朝方にあの家でシャワーを浴びたこともあるが、精神面での変化が大きかったからだと思う。
昨晩の一件で自覚した、今までよりも強い生への執着。
漠然とした『死にたくない』、から明確な『生きたい』への変化。
この原始的な本能は脆弱な迷いをたちきった。
遥か昔、人類が厳しい自然を前にそうしたように。
曇り空のせいで湿度が上がり、いつもより体感温度が高く、少し汗ばんだ。
また、いくら警官の活動服が軽いとはいえ、有紗以外の男は防刃チョッキを羽織っていたし、ベルトの帯革やハーネス、ウェストポーチなどに詰め込んだ装備の総重量は、それなりに重かったので、自然とエネルギー消費も多いようだ。
俺達は今朝出発前に調達したミネラルウォーターとドライフルーツなどの保存食で、体力を回復させる。
あの家から1時間ほど歩き、住宅地の一角に差し掛かったとき、間宮さんが片手をあげた。もちろんそんなサインは形式的なもので、歩みをとめた原因を皆はすでに分かっていた。それも視覚よりも先に、聴覚で。
ウヴゥゥッ……
独特の低い唸り声。……ゾンビ犬だ。
家屋の上にいたため、発見が遅れたそれは、アスファルトの地面に降りたち、腐り果てて色々とむき出しになった全身を俺達の前にさらした。
かつて飼い犬であった証の首輪が、今や野性をむき出しにする獣にはひどくミスマッチで、ひと際目立っている。
そして辛うじてシベリアンハスキーの外見を留めたゾンビ犬が、その異常に発達した牙を見せつけるように口を大きく開きかけた……
まずい、誰もがそう思ったなか、最初に反応したのは間宮さんだ。
ホルスターから引き抜いた9mm拳銃が火を噴く。銃口から発射された鋼の弾丸はぶれることなく目標の頭部に吸い込まれていく。獣の反射速度をも上回るほどの、迅速かつ正確な射撃だった。
腐った頭部に赤黒い花が咲き、小さくも甲高い断末魔を残してゾンビ犬は絶命し、その暗褐色の躯を路上に横たえる。
ゾンビ犬の遠吠えは阻止できたが、まだ試練は残っていた。
……潜んでやがったのか、それもこんなに……。
俺は内心で毒気づく。
銃声を聴き付けた感染者たちが建物内部から這い出してきたのだ。前に3体、振り返って見ると後ろにも4体。ここが一本道の路地である限り、道は切り開かねばならない。戦闘は免れないと判断した間宮さんは再び臨戦態勢に入った。
「前方を突破したい。椎葉くん、安堂くん、一体ずつ倒してくれ」
「タイマンね、……上等っ!」
護の言葉を皮切りに、防刃ベスト未着用の有紗を除いた俺達は地面を蹴って間合いを詰める。ナイフや警棒といった近接武器を手に、眼前の敵へと迫った。客観的に見れば自殺行為にも等しいが、この程度相手に発砲しているようでは、弾薬がいくらあっても足りないし、なにより騒音を聴きつけて敵が集まってしまう。
まずは頭部に一撃。みしっ、と頭蓋骨を陥没する嫌な感覚が鈍器越しに伝わってくる。嫌悪感を力に変えて、体制を崩した相手の無防備な胴体を勢いのままに蹴り飛ばした。
脚力は腕力よりもはるかに強い。非力な俺が放った蹴りでも効果は十分だった。後は地面に倒れたそれの頭部めがけて近くにあった車止めのコンクリートブロックを落とせば、死体は本当の死体になった。
急な運動で早まった心拍数を深呼吸で戻す。残りの2体も無力化されていた。
「よし、残りは気にせず進もう!」
状況を確認した間宮さんが言い、一行は街路にゾンビを残して住宅街を後にする。
最短、最低限の力で動く屍を制圧。強い憧れと尊敬を覚えた佐伯さんや間宮さんの技。初めは見よう見まねだったその術が、不本意ながらも死線をくぐってきたことで、自然と身につきはじめているようだった。
考えるな、感じろ。
昔どこかできいたこのフレーズはあながち間違っていないだろう。
比較的状態のいい個体ですらこの有り様だったので、もはや他のゾンビなど敵ではなかった。
それでも噛まれて、感染してしまうリスクを考えれば、十分厄介なのだが……。
俺達は背後の愚鈍な追手を振り切った後も、ときおり物陰から湧いてくる亡者をあしらいながら彼の後を追った。
少し大きめの公園の前で、間宮さんが足を止める。
合流地点に到着したのだ。そして入口付近のベンチには先客が、佐伯さんがいた。
周囲に危険がないことを確かめると、とりあえず俺は警棒の汚れをを風が運んできた新聞紙で拭ってから折り畳み、ベルトに固定された帯革へと収める。
「隊長! よくぞご無事で!!」
安堵感を露わにする部下とは裏腹に、佐伯さんの表情は暗いままだ。しかもよく見れば彼の紺色の制服、もとい警察採用活動服は所々に黒い焦げ跡があった。
「……隊長?」
違和感から間宮さんが確認する。その問いに彼が答える前に、護が声を上げた。
「なぁ、菜月さんは? 他のみんなはどうした?」
そう言われて俺も辺りを見渡したが、さほど広くもない公園には、俺達と佐伯さん以外の姿はなく、とたんに嫌な予感がした。
「あのトンボ……DFは恐らく、始末できた」
佐伯さんが重い口をようやく開いたが、その言葉は彼らしくもない歯切れの悪さを含んでいた。
「しかし渡辺と加川は行方不明、そして橋谷と山本は……」
彼が眉間のしわを深くする。皆が静まり返って耳を傾ける中、俺は予感が外れることを願ったが、次に吐き出された現実は、やはり厳しかった。
死んだ
有紗が即座に口元を手で覆う。間宮さんは眉間に手をやり、護も驚愕の表情で、拳を関節が浮き出るほど強く握りしめている。皆が2人の訃報にやり場のない思いを抱えているようだ。
そして俺は、その様子を自分でも不自然に思うほど客観的に見ていた。
怒りや悲しみがないわけじゃない。
でもそれ以上に俺を支配していたのは途方もない虚無感だったからだ。
絶望とはまた違う、単調な喪失の余韻……
時間が止まった、といったほうがいいかもしれない。
なんでだ? なんで言葉も涙もでないんだよ……?
俺は自問する。しかし答えは漠然としていて分からない。
静寂の中で唯一聞こえる、風を受けた樹木のざわめきが、ひどく不思議に感じられた。
そんな沈黙を破ったのは、佐伯さんだった。
「我々は、……俺は、廃工場で別れてから北西に進んだ……」
俺ははっとして現実に呼び戻された。
彼の話によれば、分断された場所からそう離れていない別の廃工場に避難したが、DF数体に加えてひと際巨大なDFの親玉に囲まれたことで、籠城が困難なものになったらしい。
怪物トンボ相手にこう着状態など続くはずもなく、DFはすぐさま例の頭上から鉄骨などを落とす攻撃に出はじめた。
降りやまぬ巨大昆虫らの空襲。このままではまずい、誰もがそう思った時、さほど厚くもないトタン板を突き破った落下物が、『あるもの』に直撃し、状況が変わったそうだ。
それは佐伯さん自身、この場に踏み込んだ時から狙いを付けていた大きなタンクだった。漏れ出した液体から発せられるガソリン臭で、彼は中身が可燃物だと確信した。
これを使わない手はないと思った佐伯さんは皆に避難を促し、DFを惹きつけようとしたその時、最悪のタイミングで空襲の第二派が降り注ぐ。
激しい落下の衝撃と摩擦で起こった火花が、気化を始めた燃料に引火する……
次の瞬間、凄まじい爆風に吹き飛ばされ、やっとのことで顔を上げた時には目の前が火の海だったという。火に弱いトンボの群れは全滅したようだ。そこで我に返った彼はすぐに仲間に安否確認をしたが、返事は一向に返ってこない。
はやる気持ちを抑えつつ振り返ると、地面に突っ伏す人影があった。近づいて確認するとそれは橋谷さんと山本さんで、脈はもうなかった。それもそのはず、2人の体をまるで地に縫いつけるように、鉄骨が貫いていたからだ。
橋谷さんは最後まで山本さんを守ろうとしたらしい。彼女を庇うような体勢のまま、彼は息絶えていた。
「あとのことはあまり覚えていない。渡辺と加川を捜索したが火の手が強すぎて発見できず、そうこうしているとゾンビが音につられて集まりだしたからな」
「俺は死んでしまった両名の装備を回収してから、その場から離れて間宮に連絡した。だから、先ほど2人が行方不明だと言ったのも、俺の希望的観測にすぎん。……今となっては言い訳にすぎないが、あの時は他に何も浮かばなかった」
「隊長……」
間宮さんが沈痛な表情で呟いた。しかしそれにたいして佐伯さんは首を横に振った。
「やめろ間宮……俺は職務を放棄した。俺の判断が皆を殺した。俺は……指揮官、いや、自衛官失格だ。そんな男に隊長を名乗る資格はない」
俺は初めてきく佐伯さんの力無い声と、弱音に戸惑いすら覚えた。
それは間宮さんも同じようで、かける言葉を失っているようだ。
強い人ほど、その身に抱えているものは大きい。それを失ってしまって、彼は自責の念や後悔に押しつぶされようとしていた。
「アンタがここでいくら嘆こうが、死んだ仲間は還ってこねーぜ」
重苦しい空気が漂う中、口を開いたのは――――護だった。
「「「「!?」」」」
皆の視線が一斉に彼へと注がれる。
「あ、安堂……?」
突然の発言に面喰った様子の佐伯さんをよそに、護は続けた。
「そりゃ辛いのは痛いほど分かるし、自信なくしちまうのも仕方ねぇと思う」
けどな、と彼は語気を強めた。
「アンタが今やってんのは自分勝手なただの、被害妄想だ」
沈黙の中、空気が極限まで張り詰める。
やがて生ぬるい風が吹きこんできた。そして公園を訪れたのは風だけではなかった。
複数の生きた人間の気配に釣られたのか、3体のゾンビが頭を揺らしながら園内に侵入してきたのだ。
「「!!」」
俺や有紗が声を発するよりも早く、佐伯さんが動いた。
「……お前に、お前に何が分かる……!」
やっと発せられた佐伯さんの声音は震えていた。その声に反応したゾンビが彼に迫る。しかしその顔面を佐伯さんは、やり場の無い怒りを込めた渾身のストレートパンチで吹き飛ばした。
「俺の誤った判断で、一体何人が死んだ!? ヘリに乗せた部下、同乗した民間人、そして3名の警察官!!」
掌底、裏拳、回し蹴り……
言葉に合わせて鍛え上げられた肉体から、強力な体術が繰り出される。
「全部俺のせいだ、俺を信じたばっかりに……。あの時、学校のグランドに残るべきだったのは、俺じゃなかった!」
俺達が加勢する暇もなく、哀れな侵入者は地面に沈んだ。
「……ずっと、自分の、力不足を騙しながら判断していた。だがもう、俺には決断する勇気が無い……。お前に、俺の苦痛が分かってたまるかッ!!」
肩で息をしながら、溢れんばかりの激情を込めて佐伯さんは怒鳴った。
公園には荒々しい息遣いと、木の葉ずれの音が木霊する。
「……かんねぇよ。でも、今のアンタはもっと分かんねぇ」
静かに、しかしはっきりと護が言った。
「何っ……?」
佐伯さんの射殺すような視線に臆することもなく、護は続けた。
「アンタいつからそんなみっともねー弱腰になった? 仲間の死体を前にギブアップかよ? 少なくともオレの知ってる佐伯って男はこんなしょぼくれたオッサンじゃねぇぞ!」
「ちょ、……護さん! もうそれ以上は、っ……お兄ちゃん?」
俺は仲裁に入ろうとした有紗を無言で止めた。護に任せよう、と目で合図すると、妹は頬に涙を流しながらも、渋々引き下がった。
「力不足? アンタのおかげで助かった人間を忘れんなよ。こんなイカレた街で、オレたちだけじゃとっくに全滅してたさ」
護の言葉が俺の心にも響き、回想させる。
危険を顧みず、孤立した俺達のもとへ駆けつけてくれたこと。
俺たちに戦う、生きる術を教えてくれたこと。
俺達の希望であり、心のよりどころ。
その技量に、窮地を何度も救われた。その頭脳が危機を転機に変えてくれた。
佐伯さんは出会ったときからずっと俺達のリーダーであり続けてくれたのだ。
「あとな、言っとくけど、アンタは職務放棄なんてしてない。出来る限りで捜索したんだし、死んだ2人の装備だって回収したんだろ?」
佐伯さんがまた何かを言おうとするのも遮って、護は一気にまくしたてた。
「だから、ここで諦めるってのはやめてくれ。逝っちまったみんなに会わせる顔がねぇだろ!?」
佐伯さんは歯がみして、俯いてしまう。そんな彼に護は声を和らげた。
「……それに、だ。渡辺さんと菜月さんに関しちゃ、まだ諦めんのは早ぇよ」
護が菜月さんに好意を抱いているのは周知のことだ。普通なら人一倍神経が立っているはずなのに、今の彼はそれほど激情に流されてはいない。だからその様子に、俺は畏敬の念すら浮かんだ。
「渡辺さんはただの研究員じゃねぇ、……菜月さんだってきっと、大丈夫だ」
そこで彼は一呼吸置くと、真剣な面持ちで言った。
「オレらにはアンタしかいねーんだ。 頼むぜ、隊長……ッ!」
「隊長…………俺をまだ、そう認めてくれるのか……?」
しばらく間をおいて、佐伯さんが護と俺達との顔を交互に見ながら問う。
その問いに、俺達は無言で頷いた。
佐伯さんはしばらく呆気にとられていたようだが、次第にその口角がつり上がっていく。
「ふっ、まさかこんな風に説得されとはな。……だが安堂、すべてお前の言うとおりだ」
「私は仲間を喪うことでどうしようもなく弱気になっていた。情けないまでの醜態をさらしてしまった」
すまない、諸君。そう言って深く下げられた顔が再び上がった時には、もう彼の眼差しは指揮官のそれに戻っていた。
「謝ることねーよ。だいたいアンタは1人で抱え込み過ぎなんだ」
抱え込みすぎ……か、と佐伯さんは反芻し、苦笑した。
「……ってかそれよりも、オレこそ言い過ぎたし、偉そうな口きいて、悪かった」
少々ばつが悪そうに護が言う。
「いや安堂、心から礼を言わせてもらう。おかげで目的を見失わずに済んだ。ありがとう」
そして差し出された佐伯さんの右手を握ったとき、護は照れ臭そうに呟いた。
……気にすんな
感極まった有紗がまた泣きだした。さすがに俺も感化されて、頬を熱い雫が伝っていくのを感じた。
どんよりと湿った気候の中で、一服の清涼剤のように彼の一言が心に染みていく……
その後、皆が落ち着きを取り戻したのを見計らって、間宮さんが言った。
「隊長、さっそくですが、ご命令を」
佐伯さんは間宮さんから受け取った水筒の水を軽く呷ってから、立ちあがり、号令する。
「これより我々は廃工場まで戻る。2人の捜索に向かうぞ!」
俺を除いて全員が頷いて、彼の後に続いた。
生きるとは奪うこと。
生きるとは選択すること。
俺達は奪った、数多の感染者たちの命を。
俺達は選んだ、諦めずに戦う修羅の道を。
敵、知人、仲間……。無数の骸を越えて俺達はここにいる。
自問の答えが見えた気がする。
怒りや哀しみ、後悔は、全てが終わった後でいい。確かにそれも一理ある。
でもそれらを、感情を無理やり押さえ続けるのは、得策とはいえないだろう。
心身とも最強に思えていた佐伯さんですら、抱え過ぎればいつかは限界を迎えてしまうからだ。
きっとさっきの俺は無意識に強がっていたんだろう。
泣けるうちに泣けばいい。
話せるうちに話せばいい。
それはまだ、俺が命を、心を、……仲間を、失っていないという証なのだから。
「お兄ちゃん……?」
心配そうに有紗が尋ねてきた。俺が棒立ちしていることに気づいたらしい。他のみんなも立ち止まった。
「悪い、有紗。なんでもない」
短くそう言って、隊列に加わると、何となく察してくれたのか、誰もそれ以上訊いてこなかった。
最近、護が異常なかっこよさを出し始めましたね(笑)
まぁ、もともとこの物語の主人公は護にする予定のところを、直前の僕の思いつきで、ユキ(椎葉 幸正)に変更しましたから、主人公よりも主人公っぽさが放出されているんです。
もっとも護はユキよりも年上ですしね。
……とはいえ話の展開に僕自身不安を感じているのは事実です(笑)
皆さまのご意見・ご感想お待ちしております!!
では、今回も読んで下さり、ありがとうございました!m(_ _)m




