第24話 遠近
皆さん、真剣にお久しぶりです。
いや、誰? って言葉が画面の向こうから聴こえてきそうでどきどき
しているんですがScottです。
……いや、ホントにすいませんでしたm(_ _)m
諸事情というかなんというか色々ありまして実に半年もの間活動停止
しておりまして……
と言う訳で内心、読んでくれる人いるのか?
って感じですがどうぞご覧ください!!
地獄と化した青海市で生存を賭けた逃走劇が幕を開けたのと時を同じくして、とある一室で一通の電話が鳴り響く。
その部屋は瀟洒な執務室だった。床を覆う深紅の絨毯にしろ、名画を収めた額にしろ、壺にしろ、主の野心を静かに、しかし確実に物語っていた。
黒いコードレス電話が鎮座するのは頑丈で、いかにも高級そうな桃花心木の机。掛けられた立て札には防衛大臣の文字があり、机の後ろに掲げられた日の丸と相まって権力の象徴となっていた。
部屋の隅に控えていた三つ揃えのスーツで身を固めた秘書らしき男が飛んできて、受話器を取る。
彼はいくつか何かを口走ると、軽く頷いて、同室に設けられた応接セットでくつろいでいた人物の耳元で内容を囁いてからそれを渡した。
「連絡を待っておりましたぞ。発生から2日、いや3日になりそうですな」
受話器を受け取った壮年の人物が静かに、そして最後の部分に皮肉を込めて言った。
名前の確認をしないということは、彼――すなわわち防衛大臣は通話相手を知っているらしい。機械を通して加工された声から人物を特定するのは難しい。もちろん相手は名乗ってもいない。
名乗らない事情、もしくは名乗れない事情も大臣は分かっているのだろうか。
彼は暫く電話先で一方的に喋る機械じみた声に耳を傾けていた。微かに漏れる音からは、何かの報告らしい淡々とした口調が伺えた。
やがて電子音声が止むと、彼は瞑目し深く息を吐いた。
「まるで悪夢だ……。では、今回の事態は単なる事故だと? そのためにあの街と自衛隊の一個師団が丸々壊滅したとでも?」
言葉とは裏腹に大臣の声色には不自然なまでの落ち着きがあった。話の流れからして今回の事態、というのは現在青海市で巻き起こっているバイオハザードに他ないのだが……
また機械音が続け、しばらく頷いていた大臣が返答する。
「ああ、それはこちらで対処しますとも。そう、六日後に」
大臣はそこで息を吸い込むと、語気を強めた。
「しかし厄介なのは世論ですぞ! 今は完全封鎖と緘口令を維持できているもののマスコミ連中を抑えるにも限界がある。万が一にも我が国にあんなものが存在すると知られたら……」
彼の口調が弱まるのとは対照的に、電話の声は淡々と何かを伝えると、大臣の眉間に寄せられた皺がいくらか和らいだ。
「ほう……工作員? すでに現地入りをした?」
「その工作員というのは大丈夫なんでしょうな。うん? ……なるほど、『彼』か!」
工作員の名前を聞いた大臣の声がワントーン上がった。だがすぐに彼は渋面にもどると声色を落とし通話相手に囁く。
「しかし予期せぬ事態というのは付き物ですぞ。最悪の場合『彼』を……見殺しにするおつもりか?」
無機質な合成音声は即答する。もちろん『Yes』だ。
「それも運命……ですか。そちらの方針に口をはさむつもりはないが、あれほど優秀な人材はそう滅多にいるものではない」
だが、その忠告を相手が意に介さなかったのは、大臣の苦々しい表情で一目瞭然だった。
「まぁ、いいでしょう。ええ、特殊部隊を……保険に、ね。失敗は許されませんからな。頼みますぞ……それと、この件はくれぐれも内密に。ではまた」
ガチャ……
秘書はあくまで沈黙を守り、執務室には大臣の深いため息だけが響いていた。
◆◇◆
同時刻、静かな執務室とは打って変わって青海市の高速道路を二台のバイクが疾走していた。制限速度を優に超える速さで走り続ける理由は、その背後を見れば一目で分かる。
獅子を思わせる風貌に濁った緑色の体表、これだけでも十分だが極め付けにそれは体長が4mはあった。
怪物、あるいは災厄か。どちらにせよ、これほどその名称が似合う存在も珍しい。
アスファルトを砕き、自動車や標識などを吹き飛ばしながら猛進するそれは、文明を破壊する自然の怒りを体現したかのようだった。
「ちくしょう、いい加減に諦めろよ!」
レーサーバイクを操る護がミラーを見て悪態をつく。彼の腰にしがみついていた俺は首だけを回して後方を見た。
当初300mはあった間合いも今やぎりぎりまで詰められ、10mあるかないかのところに眼があった。大きく裂けた口があった。そこから覗く牙があった。
変異してもそこだけは変わらない……残忍な死神の顔が。
「護、うしろっ!!」
「わかってる! ……しっかり掴まってろ!!」
俺の訴えに護はアクセルを全開にして、バイクは最大出力に達し、強力なGと風で俺は目を開けているのも困難になった。
映画や小説、ゲームなどの創作物ではこういった場合、後部に座る者は走行中射撃で対抗するシーンもあるが、それは全く持って不可能だと改めて思い知らされた。
前述の通り、護の背中にしがみつくのが精いっぱいで、今や振り返ることさえ出来ない。辛うじて首を左に傾けると、そこには俺達と同じく加速したバイクに跨る間宮さんと有紗の姿があった。
よく見れば間宮さんが口を大きく開けて何かを叫んでいるが、エンジン音や風、そして背後からの轟音に搔き消されて内容が分からない。
運転に集中している護に声をかけるわけにもいかず、混乱していると、その彼が叫んだ。
「くそっ!!」
ブレーキが掛けられ道路とタイヤの摩擦音が響く中、バイクの速度が急速に失われていく……
俺は疑問を通り越して頭のなかがまっしろになった。
そんな俺に追い打ちをかけるように再び強烈なGが襲いかかる。車体が方向転換したことによる遠心力だ。世界がありえない速さで回転する間、一瞬緑の残像が見えた気がする。
バイクが停止した直後……
言い表せないような衝突音と衝撃が俺を襲った。
「……っ」
呻き声を上げながらも目を開けると、先ほどまでと変わらない紺色……護の背中があった。
安堵感からか、混沌の渦中にあって俺は辺りを見回した。
すると真っ先に目に飛び込んできたのが、苔のような緑の塊、怪物だった。次いでその近くに放り出されたもう一台のバイクと2人の人影……。
そこで俺は追われていたことを思い出した。そして急停止した理由も。
道路を塞ぐように横倒しになった大型タンクローリー。それを囲むように大小様々な車が停まっていて、一種の壁が出来ていた。
間宮さんはこれを警告し、護もまたこの壁を視認して先程の行動をとったのだ。大きな体躯が仇となり、減速し損ねた怪物は見事に壁に激突している。怪物の周囲からは煙が上がり、ヤツ自体も動く気配はなかった。
「やった……ぜ!」
かなり間をおいて発せられた護の呟きに心から賛同する。意識がまだはっきりとしないだけにあれこれ邪推せず、ただ『生きている』という喜びが俺を支配する。
「そうだ、ユキ、あの2人は……」
そう言われて改めてもう一台のバイクの方を確認すると有紗が間宮さんに抱かれるようにして転がっていた。
「有紗っ! 間宮さん!! ぅッ!」
バイクを降りて2人のもとに駆け寄ろうとした。が、衝撃や遠心力で三半規管がいまだ麻痺しているらしくふらついた挙句、俺は方膝をついてしまう。
すると俺が辿り着く前に一人が起き上がった。間宮さんだ。次いで有紗も彼に支えられながらそれに続いた。彼らの足取りもしっかりとはしていないが目立った外傷も見受けられない。
徐々に意識が明瞭になり、現状を把握するにつれて喜びが頂点に達した。
生きている! 全員無事だ! そして、そして……怪物を倒したッ!!
ようやく平衡感覚を取り戻した俺は間宮さんに話しかけようとした。だが、彼はそれを手で制し、口早に告げる。
「ここから離れよう、今すぐに!!」
なぜそこまで急かすのか俺や護は理解出来なかったが、間宮さんの有無を言わさぬ表情に逆らえず、彼の後を追って道路脇に移動した。
非常口と書かれた扉を開け、俺達を先に押しこむと、間宮さんはまた先頭に立って階段を降りはじめた。
「急にどうしたんだよ!?」
護の問いに彼は振り返りもせず、叫ぶように言い放った。
「さっきの衝突でタンクローリーに引火している! 急がなければ全員焼死だっ!!」
振り返って見て喜びが吹っ飛んだ。一瞬にして俺の脈拍が上がり、呼吸も荒くなる。
怪物や車の壁は見えないが、もうもうと上がる黒煙が火の強さを物語っていた。
そんなこんなで俺達は出来る限りの速度で階段を駆け下り、地表に辿り着いてからも走った。
高速道路と十分に距離を取ったところでようやく間宮さんは立ち止まった。
そして……もう聞きなれたと言ってしまえば正気を疑われそうだが、実際にそうなってしまった爆発音を背後に感じた。
その後、俺達はさほど荒らされた形跡のない住宅に押し入り、中にいた脆弱な動く死体を近接武器で黙らせてから、しばしの休憩をとった。
有紗がこの家の冷蔵庫から食べられそうなものを選んでサンドイッチを作ってくれた。
「とりあえず、やったな……あのクソ緑」
リビングのソファーに体を預けながら護が言った。一応周囲を警戒して間接照明以外は点けなかったので、彼の笑みはより不敵なものとなる。
俺はああ、と返して有紗手製のサンドイッチを口に運ぶ。すると、あり合わせで作ったにも関わらずそれは俺の舌に衝撃を与えた。
「有紗、これ最高」
「うめぇな……」
「ああ、全くだ」
俺に続けて護と間宮さんも賛辞を述べると、妹は少し照れて、ただ挟んだだけでしょ、と言った。
「ははっ、それもそうか」
と、俺が笑い混じりに返すと、彼女は突然、その場にしゃがみこんでしまった。
「あ、有紗……?」
呼びかけても返事はない。俺と護が顔を見合わせていると、微かに鼻をすする音が聞こえてきた。
有紗は泣いていたのだ。
いよいよ本格的に混乱した俺がどうしたのかと尋ねると、有紗は咳を切ったように口を開いた。
「だって、だって……こんな、やり取りっ、ひ、久しぶりなんだもん……!」
妹の口調はひどく幼く、それだけにより切実な思いが伝わってくる。
彼女の言う『やり取り』とは先程の会話だろう。何気ない日常の、何気ないやり取り。
悲痛に満ちた表情で有紗はさらに話す。
「で、でもこれが、当たり前だったんだよ……? ちょっと前までは!! それがなんで、どうして……っ」
俺はその続きを封じるために彼女を抱きしめた。多分これ以上は俺も耐えられそうになかったからだ。
「もういい、もういいんだ……っ!」
そう何度も繰り返し、有紗を、自分を落ち着かせる。ここで涙を堪えることだけがこのどうしようもない現実に対する唯一の抵抗に思えて、俺は歯を食いしばって激情を抑え込む。
その様子を護と間宮さんは黙って見ていてくれた。
どれくらい経っただろうか。やがて嗚咽が収まり、俺が有紗の体を離した時、一通の電子音が鳴り響いた。
「っ、隊長からだ! ……集合場所が決まった。よし、ここからそう遠くは無い。……でも今日はもう遅い、夜が明けたら移動しよう」
端末を確認した間宮さんがそう言って、俺達は頷いた。
バラバラに寝るのは危険だし、二階は有事に対処し辛いということで、寝室のベッドは諦めリビングで一夜を明かすことになった。
疲れてはいるものの当分眠れそうにない俺は、最初の見張り役を買って出た。
椅子に座って室内を見渡す。別段意識はしていなかったが、部屋の物が次々と俺の目に飛び込んできた。
妻の趣味で集められたであろう繊細な食器、子供たちが描いたお世辞にも上手いとはいえない絵、そしてどこかの遊園地での記念だろうか、幸福な瞬間を切り取った一枚が収まる写真立て。
仄かな照明器具に照らされた家主たちの記憶。
家、家族、平和……。
このリビングを眺ると、かつての俺にとっても普遍的な存在だったそれらが思い出されてきたので、黙々と銃の整備や装備品の確認作業を進めてやるせない気持ちを紛らわした。
やがて交代時間になり、有紗の様子を見ようと腰を上げると、護と目があった。
「オレが代わるよ」
静かに彼が言う。
「有紗ちゃん、相当きてたんだろうなぁ、さっき漸く寝たばっかなんだ」
そう言われて妹の方を見やると、有紗はすーすーと寝息を立てていた。
「そうか……悪いな、護。眠くなったら俺を起こしてくれ」
「いや、ユキはもう寝ろ。明日に響くからな」
俺の提案は一蹴された。
「それは護だって……、」
尚も食い下がろうとすると、護は睨みつけてきた。声色も低くなる。
「おい、ユキ。オレがオマエより年上だってこと忘れんじゃねぇぞ……。先輩の言うことは聞くもんだろ、違うか?」
いつになく威圧的な台詞に俺が頷いた途端、彼はニッと口角をつりあげた。
「分かりゃいんだよ。それに間宮さんだっている。ホラ、とっととお子様は寝ろ、寝ろ」
このぶっきらぼうな態度が、彼なりの優しさだと気付くのに時間は掛からなかった。
……ありがとう
手で追い払うようなしぐさをする護にすれ違いざまに述べる。囁くような声量だったのに彼にはしっかり届いていて、同じくらいのトーンでこう返された。
……気にすんな
彼の一言が、表情が、また俺の呪縛を解いてくれた。床に敷かれた毛布に寝ころんだ後の記憶が一切ないくらいの睡魔が俺を包みこんだ。
絶対に、生き残ってやる……。
翌朝、以前よりもさらに強く、明確な意思を胸に俺は、俺達は、前に踏み出した。
読んでくださってありがとうございます!!
いやもうホントに。
さて、今回の話はタイトルである『遠近』を意識して書きました。
それはもちろん、遠くから急速に接近してくる怪物もその一つなんですが、
他にも防衛大臣と謎の人物との通話や、幸正・有紗・護のやり取りなんかも
含まれています。
前者は同じ日本で起こっている大事件にも関わらず、まるで対岸の火事のように話す大臣。近くで苦しむ住民よりも対外的な処置を優先する。
彼が心配しているのはあくまで自身の対面だったり利益だったりしますからね。
そして後者は近くにあって遠いもの
この場合だと近くにあったのに遠くなったもの、でしょうか。
すなわち『何気ない、日常』です。
他にもちょこちょここの『遠近』を取り入れた描写があるにはあるんですが
分かりにくいので割愛させて頂きますね(笑)
では、ここまで読んで下さった方、改めて本当にありがとうございますっ!!
※長文失礼しました。




