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Infection-【抗】  作者: Scott
25/29

第23話 変異

お待たせいたしました!

なんていうと「待ってねーよ」みたいな意見が返ってきそうで怖いんですが、不定期ながらの更新なもので一応。



夕暮時の倉庫群。

茜色に照らされた建設中の狭い通路の中を、一心不乱に直進する人影が4つ。

間宮、有紗、幸正、護の4名である。

つい先ほど、隊長の佐伯たちと分断された彼らは警察の制服に身を包み、手にした銃で果敢に空中の何かと格闘していた。


それは夕焼けにしても不自然過ぎるほど大きなトンボ型B.O.W――通称DFと呼ばれる怪物の群である。

リーダー格の個体はいないものの、こちらにも3匹のDFが来ていた。


「出来るだけ戦闘は避けて、近づいてきたヤツだけに集中してくれ!」

先頭の間宮さんが額に汗をかきながら叫ぶ。

追ってきたDFのうち一体は彼が倒したが、それでも巨大昆虫3匹による連携攻撃は驚異的だった。


俺は短く了解、と返して突っ込んできたDFの脚をかわすと、体勢を立て直して銃を構える。

極限状態に長く身を置いていたことで、いつの間にか俺の反射神経は鋭くなっていた。

俺の役目は……というか自然とそうなったのだが、護と共に殿しんがりを務め、軽装備の有紗を守ることだった。

女性は機動性を考えて防刃ベストを着用していない。

それに体重の軽い有紗が先程の山本さんのように捕まったら絶望的である。


その時夕日が完全に地平線へと沈んだのか、辺りは一段と暗くなった。

マズイ、と俺が思ったのも束の間、代わりに壁際の蛍光灯チカチカと点滅した後、通路の明かりが灯り始めた。


「何だって急に……」

護が疑惑の声を上げる。


「こちらにとっては好都合だ、それより今はDFに注意してくれ!」

そう言う間にも間宮さんは引き金を引き、9mm拳銃が火を噴いた。

6条右回りのライフリングが弾丸にジャイロ効果をもたらし、目標へと向かう。

しかし寸でのところで巨大昆虫は身を翻し、それをかわした。


「反応速度が上がっている、か!」

間宮さんは素早くマガジンキャッチを行って悪態をつく。


「ブンブン、ブンブン耳元で五月蠅ぇんだよっ!!」

護が怒声と共にM360J(SAKURA)を連射する。

サイドアームに切り替えているということは、彼はとっくに9mm拳銃を撃ち尽くしていたようだ。

もともと佐伯さんが彼の性格を見越して、予備弾を余り多く持たせなかったことを考慮しても少し早すぎるペースだ。


弾を節約してくれ、そう俺が言おうとした時、隣で新たな銃声が響き、DFは奇声を張り上げた。


「護さん、弾は大切に使わないとダメですよ……」

有紗だった。妹は青ざめてこそいるものの,その手にはしっかりとS&W M3913が握られている。

彼女の放ったパラベラム弾は頭部は逃したが、見事にDFの前脚を打ち抜いていた。

いくらS&W M3913が短縮改良モデルで女性にも扱いやすいということを考慮しても、有紗はごく普通の女子高生である。

見かけによらない射撃スキルに俺は舌を巻いた。


……俺より上手くないか?


「そ、そうだな。気ぃ付けるわ」

俺と同じく護も驚きを隠せない様子でそう言ってから、俺に向かって呟いた。

「有紗ちゃん……ホントに女子高生?」


俺は引きつった笑顔でこう返した。

「……俺が訊きたいよ」


「みんな、前を見てくれ!」

不意に間宮さんに言われて振り返ると、通路の出口が迫っていてその先には暗い夕闇に包まれた高速道路の高架が見えていた。


「こちらが有利なうちに勝負を決めるか。みんな、腕で顔を覆うんだ!」

全員が通路の外に出るのを確認してから、彼はそう言うと閃光手榴弾を取り出し、ピンを歯で抜いて迫りくるDFめがけて放り投げた。


カッ――!!


数秒のタイムラグの後、昼間の様な明るさが瞼の裏に差し込んできて、俺は顔を覆う腕に力を込めた。

間宮さんの持っていたのは音の出ないタイプだったが、聴こえてくる奇声から察するに、視力を武器とするDFには十分すぎる効果を挙げたようだ。

恐る恐る目を開けた時には、巨大な昆虫がまるで蚊取り線香にやられた羽虫の如く地面に伸びていた。


「……とどめは自分が刺すよ」

弾薬の節約だろう。間宮さんは近くに転がる鉄筋でDFを始末していった。

流石に有紗は凄惨な光景に耐えきれず、目を堅く閉じて耳を両手で塞いでいた。

ある意味単調な作業が終わった後、間宮さんは一瞬顔をしかめてから一息つき、歪に曲がった鉄筋を捨てた。


それから俺達は周囲に危険が無いのを確認してから給水し、怪我の有無を確かめた後、各自で武器の手入れをした。

手入れと言ってもマガジンに弾薬を装填し、布で軽く排莢部分を拭き取る程度だが。


「よし、隊長たちと合流しようか。むっ!」

そう言って彼が立ち上がった時、無線から電子音が鳴り響いた。

すぐさま間宮さんは無線を手に取る。


「間宮です、どうぞ!」

そう言って彼が受信状態にすると、雑音に混ざって様々な音が聴こえてきた。

粗い息遣い、長靴の音、銃声、そして……DFの羽音や奇声。


『佐伯だ! そっちは無事か?』

その声からは彼の切迫した様子が想像できた。


「全員無事です。追手は閃光手榴弾で始末しました」


『そうか、よくやった! ……だが、こちらはあまり良くない戦況でな。今もなんとか身を隠せているが周囲をヤツらに囲まれている。あの大きな個体がまた仲間を呼びやがった。とにかく今合流するのはマズい。落ち合う場所は一時間以内に端末で送る。だがもし一時間が経っても連絡がつかない時は……くそっ、見つかったか! すまない切るぞっ……ブッ!』


『隊長? 隊長!? …………っ、ご無事で』

間宮さんは無線を戻すと、深刻な表情で俺たちに向き直った。


「どうやら苦戦しているらしい。こっちは運が良かったみたいだね。……取りあえず身を隠せる場所を探そう。そこで待機だ」


「えっ……助けに行かないんですか?」

有紗が当然の疑問を口にする。


「隊長が【来るな】と言った。それは今行けば足手まといになるって意味なんだ」


「何でっスか! 味方は多い方がいいに決まって――」

恐らく菜月さんが向こうにいることで少々熱くなっている護を手で制すと、彼は続けた。


「人数が多ければ多い程、指揮官である隊長の負担は増える。隠密作戦には少数の方が有利な場合もある」

「で、でも!」

「それに、隊長は強い。他のメンバーも優秀だ。……彼らを信じよう」

最後の言葉は自分自身に言い聞かせているようでもあった。

護は間宮さんの目をじっと見つめていたが、やがて短く息を吐き、渋々といった様子で首を縦に振った。


「よし、どこか身を落ち着けるのにいい所は……。ん? あれなんていいんじゃないか?」

間宮さんが前方を指さして言う。


それは高架下に設けられた車庫のような建物だった。遠目に見ても頑丈そうなつくりで、シャッターが僅かに開いているのが見える。


近づいて調べてみると、運のいいことにシャッターは人が通れるくらいに開いた。

念のため間宮さんが最初に入って、安全を確かめることになった。


「大丈夫、クリア。それに……明かりも点くようだ」


促されて入って見ると、外見通り中は車庫だった。8畳程度の空間の中央にはバイクが二台並び、それを囲むようにメンテナンス用具を収納した棚が配置されている。


「おっ! ホンダのCB・400と……スズキのGSRじゃねーか! ネイキッドタイプでダイヤモンドフレームだな」

護が歓喜の声を上げる。


「……詳しいな、護ってバイク好き?」

と俺が訊くと、そうなんだよ、と返して手前のバイクを品定めし始めた。


「変速は6段リターンで、四気筒エンジンか……ん? 鍵付けっぱなしかよ、それも二台とも。不用心だなぁ」


「いや……乗ろうとしたところをやられたんじゃないかな」

間宮さんが足元の、ぼろぼろな上に血で黒ずんだライダースーツを指さして言った。


「あ、なるほど……」

と短く呟くと、彼は不安を煽られたらしく、シャッターを閉めに行った。


それから俺達は佐伯さんからの連絡を待ちながらも心身の疲れには勝てず、仮眠を摂ることにした。

壁にもたれながらまどろんでいると、突然隣にいた妹が身を起こした。

彼女は俺の視線に気づくと小声で言った。


「今、ちょっと揺れなかった?」

「いや、俺はとくに何も……。でも確かに感じたんだよな?」

俺の確認に、妹は真剣な表情で頷く。


「分かった。……間宮さん、護っ! 敵が来るかもしれない!」

俺は2人を起こした。有紗の感覚は鋭い。それはこれまでの事態で十分に実証されていることだ。


「ちょっとは休ませろってんだ、チクショウ!」

「俺と護くんでこっちを見張る。君たち兄妹はそこを頼むよ」

状況を理解した2人は素早く起き上がると武器を構えて反対側に移動していった。俺と有紗も銃のセーフティを外して見えない敵に備えた。


そして今回も妹の予感は的中した。


ゴシャァッッ!!


ほんの数秒前まで俺がもたれていた壁の一角。そこが突然爆発した。もし動いていなかったら今頃俺は瓦礫と一緒に転がっていたことだろう。敵の正体が近づいてくるのを感じて、額から汗が滑り落ちる。

そして俺は襲撃者を見た。


……ッ!!!!


心臓が大きく躍動してあばら骨を打っている。遅れて全身からじわじわと恐怖が湧きおこった。

開けられた穴の先、粉塵に紛れて見えたのが、今一番遭いたくない存在――緑の怪物だったからだ。


初めて遭遇した時と同じく、怪物は不敵な笑みを張り付けたまま、ゆっくりと接近してくる。そして目にもとまらぬ速さで伸縮自在な腕を伸ばしてきた。


間宮さんと護は距離を取り、俺も間一髪でその腕をかわしたが、反応に遅れてしまった有紗は足首を掴まれてしまった。怪物は短く笑うと、獲物を引き寄せた。


「キャァーーッ!」

「有紗ーーっ!!」

車庫の外へと連れ出された妹を追って、俺は飛び出した。


「いや、やめて……!」

彼女はホルスターから引き抜いた拳銃を構えたが、その手はあまりにも弱々しい。

俺は必死に妹の名を呼んだつもりだったが、吐き出されたのは音にならない叫びだった。


ヒュンッ!

突如として何かが空を切って放たれた。それは有紗を掴む怪物の腕に刺さり、怪物は呻き声を上げて妹を放した。


「目を閉じてうずくまれっ!!」

どこからか間宮さんが叫んだ。理由など考える余裕はなく、言われたままに俺と有紗は指示に従った。


本日2度目の閃光。ミニチュアの太陽が一瞬現れたかのような強い光。

数秒間のそれが終わると、俺は直ぐに顔を上げた。


またしても運は俺たちに味方してくれたようだ。怪物の方を見やると、両膝を着き、両手で顔を覆っている。腕にはナイフが刺さっているのが見えた。


その時俺は掌に握られたあるものの存在を再認識した。拳銃である。あまりの緊迫した状況に、自分が武装していたことすら忘れていたようだ。


そうだ、俺には武器がある。そして目の前には無防備な怪物…………るしかない!


そう思うと自然に脈拍が上がり、呼吸が荒くなった。使命感にも似た思いで人差し指をトリガーガードから引き金へと移動させ、狙いをヤツの頭へと定めた。


「死んでくれ」

俺は引き金を引いた。途中で有紗も加わって、叫びながら夢中で引いた。その数だけ反動が身を揺らし、その分だけ怪物の体液を撒き散らした。俺達は弾倉が空になるまで撃ち尽くすと、最後の余韻に身を預けながら、怪物の死を願った。


これだけ銃弾を浴びて大丈夫な訳がない……頼む!


だが、俺の思いとは裏腹に怪物はやはり怪物だった。ぶくぶくと音がしたので奴を凝視すると、驚くべき現象が起きていた。なんと傷口が塞がりだしている。それも早送りを見ているかのような異常なスピードで。撃ち込んだ弾丸が、銃創から次々と排出され、間宮さんのナイフも地面に落ちて渇いた金属音を鳴らした。


「そんな……ここまでやってもダメなの!?」

有紗は恐怖と嫌悪が入り混じった顔でそう言うと、震える足で後ずさった。


ヴォォン……ッ!


その時背後で重低音が響いて振り返ると、車庫にあったバイクにまたがる護と間宮さんの姿があった。風避けだろうか、2人とも射撃用ゴーグルを着用している。


「今のうちに逃げよう。ほら、有紗ちゃん 乗って!」

間宮さんが妹を座席に引っ張り上げている。しかしその傍らでは早くも怪物が起き上がろうとしていた。

その一部始終を見ていた俺は焦りよりも先に疑問を感じた。


……様子がおかしい。2本足で立たずに四つん這いで? それにヤツの体が妙に膨れて……


「ユキ、何してんだ? お前も早く!」

その声で我に返った俺は、伸ばされた護の腕を取って素早くバイクの後部シートに跨った。


「よし、出すぞ。ノーヘルだからな、しっかり掴まっとけ」

護がアクセルを入れると、ネイキッドタイプの車体がエンジン音を響かせながら浮き上がった後、急発進した。


道路交通法など軽く違反していそうな体感速度に焦った俺は、不本意ながらも護の腰を強く握った。


「あのバケモノもこのスピードには追いつけねぇよな! それに放置車両もオレのテクにかかりゃ楽勝だぜ! おっと、もちろんゾンビもな!」

横倒しになったワゴン車とその陰から出てきたゾンビを華麗に回避した護は上機嫌で言ったが、怪物の様子に引っかかりを覚えていた俺は振り返って後方確認をする。

すると……


タ タッ タッ!


ガシャン! バンっ!


タタッ ダッ! ダダッ!!


怪物が来た。


顔の周りにはライオンを思わせるたてがみが生え、四肢は獣のそれへと変貌し、鞭のような腕は尻尾に変わっていた。変わらないのはその表情。背筋が凍りつくような笑みだけである。

怪物は先ほどよりも一回り大きくなった体に似合わず、俊敏な動きで追ってきた。獅子のように四本足で疾駆しているヤツは行く手を阻むものを意にも介さず、容易に弾き飛ばしていく。


「護っ! ダメだ、アイツが来る!」


「変形するとか反則だろ……。こっちはこれ以上スピード上げられねぇぞ!」

ミラーで背後の脅威を確認した彼は疲れ切った表情で言った。さらに間の悪いことに目の前には乗り捨てられた車が密集していて、ゾンビもちらほらいるようだ。


「護くん! 一般道は障害物が多いから、高速を使おう!」

有紗を後ろに乗せた間宮さんが、先導するように俺達の前に回り込んだ。その後追って何台もの放置車両を回避すると、急に少しひらけたインターチェンジが視界に入ってきた。


比較的料金所に放置された車は少なく、入り口に設けられたバーもとっくに壊されていて、小回りの利く二台のバイクは障害物の間を縫うようにして傾斜を駆け上る。


どうやら高速を選んだことは正解だったようだ。高速道路は一般道に比べると遥に障害物が少なかった。これはつまり、高速に行き着く前の時点で渋滞もしくは感染体に阻まれて車を諦めた人が多かったということだろうか。


そして俺は月明かりだけではなく照明灯が灯っていることに改めて違和感を感じた。加えて左右に広がる高い建物のネオンや電灯がちらほらと見えて、その思いは一層強まる。

どれも機能停止したゴーストタウンには似つかわしくない光景だった。


ガシャァァン!


派手な音と共に、コンクリート片が宙を舞う。遂に化け物が料金所を突破したのだ。

そして俺達を視界にとらえた獣は、咆哮のような雄叫びをあげると一気に距離を詰め始めた。


「くっ なんとしても振り切るぞっ!」

「りょーかいッ!」


間宮さんに言われて護がアクセルを全開にすると、俺はGを感じてバイクに跨る両足に力を込めた。

月と静寂が見守る中、正真正銘のデッドレースが始まった。

読んで下さって感謝です!

今回も、というか最近ずっとなんですが、作品のクオリティーが低迷中です。なので皆さまのご意見をお待ちしております!

では~

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