第20話 憤り
はぁ、更新速度が遅い割に内容もイマイチという……。
そこそこ長いですが、どうぞ。
バイオハザード遭遇からはや二日。遂に俺達は県境の阿良居川に到達した。
そこに掛かる大きな橋、これを渡り切りさえすれば、漸く地獄から解放されるのだ。
が、誰一人として現状を喜ぶ者はおらず、ただ黙々と足を動かした。
ここまで来るのにどれだけ犠牲があったかを考えれば、とてもそんな気分にはなれなかった。
「隊長、あれは……?」
そんな中、最初に口を開いたのは間宮さんだった。
彼が指さす先、というか前方には、何かが積み上がって進路を塞いでいるのが見える。さらによく見てみれば、それは積み重ねられた車の山であることが分かった。
「恐らくゾンビ用のバリケードだろう。しかし、いったい誰が……」
「車、ですよね」
「すっげぇ、廃棄場みてーだな」
対岸に近づくにつれてそのバリケードの全容が明らかになってきた。積み上がった廃車で出来た壁の幅は四車線と歩道をしっかりと阻み、高さも裕に4メートルはある。
意図的な所業であることは間違いないが、問題は佐伯さんの言った通り、誰が、どうやって、さらに加えるなら何故こんな場所に、だ。
「む、路上に重機の跡が見える。だとすれば、政府が被害の拡大を抑えるために作ったか」
地面にかがみこんでいた佐伯さんが言う。
「でも封鎖するにしては……少々粗っぽいんですね」
菜月さんが思案顔で言った。
「それに、こんな大きなスピーカーなんてあ……」
橋谷さんは、傍らの山本さんに尋ねかけたが、彼女の表情を見て口をつぐんだ。
彼女はまだ、先ほどの――飯田さんの一件のショックが深いようで、沈痛な面持ちで俯いている。
代わりに渡辺さんが後を引き取った。
「……避難誘導用にしては、大型だし、一か所に集中し過ぎてる。これはもしや……」
もしや? また渡辺さんは何か知っているのか?
俺はすぐさま訊ねようとしたが、――止めた。
彼がまた、いつになく険しい顔をしていたからだ。
今は止めとくか。どうせ後でじっくり聞かせて貰うしな。
それよりもだ、ここに来た時からずっと引っかかっていることがある。
異様な存在感を放つスピーカーもそうだが、この場の環境そのものが色々と不自然だった。
まず、こんなバリケードでも無いよりはマシだが、お世辞にも完全封鎖とは言い難い。
なぜなら、カラスのような空を飛べる感染体もいるわけだし、知性の高い……緑の怪物ぐらいなら難なく突破できそうだ。
そして、もう一つの違和感は感染体、中でもゾンビが橋の上には見当たらないこと。
もちろんそれは有り難いことなのだが、ここまで閑散としていると、逆に疑問に思わざるを得ない。
ん?
俺はふと、視界の端に入ってきた存在感の大きなそれに、注意が逸れた。
ひと際大きなスピーカーの横のロゴ、あのスペードみたいなヤツ。
どこかでみたような……? うーん、何だっけ。
確かに見覚えがあるものだったが、具体的なことは思いだせない。
護に訊いてみようかと思った時、佐伯さんが口を開いた。
「……何にせよ、ここを越えれば地獄に別れを告げられる。我々は突き進むのみだ」
「私が先に行く。それと間宮、念のために無線を入れておけ。安全が確認出来たら、隊形の順に登ってきてくれ」
そう告げると、彼はスクラップと化した車の山に手を掛け、いとも容易く壁を登って、やがてバリケードの向こう側に消えた。
その光景をぼんやりと眺めていた俺は、視線を対岸の河川敷へと移した。
天気だけは、ずっと平和そのものなんだよなぁ……。
澄みわたる青空の下、草花に囲まれた広い敷地には、野球場やサッカー場が並んでいる。平時なら元気な少年たちの掛け声がこの橋まで届いてきたことだろう。
でも、もうそれはない。みんな避難したのだ。……生きているならば。
ここは地獄の境界線。差し詰め、あの世とこの世を隔てる三途の川といったところだ。
そして今、そこに俺は立っている。警察の制服に身を包んで、右の掌には鋼鉄の暴威を握りしめながら。
『よし、異常はな……ん?』
「どうしたんです、隊長」
無線越しに聴こえた佐伯さんの声が中途半端に途切れたので、違和感を感じた間宮さんは問いかけた。
『死体がある。皆、頭を抱えて……それにこれは銃創、か?』
ターーーン
『ッ!?』
ガギィィーンッ!!
佐伯さんが何かを言い終わる前に、金属同士が触れ合う鋭い音が響いた。
「うわ!?」
「な、なんだ?」
俺や護は狼狽したし、有紗は隣で身を強張らせた。
直後、俊敏な動きで壁を乗り越え、此方に戻ってくる佐伯さん。彼にしては珍しく、息が上がっていた。
「隊長、なにが――」
「狙撃された。対岸、二時の方向……スナイパーだ!」
「「スナイパーぁ!?」」
俺と護のオウム返しが、見事にハモった。
「ああ、目視は出来なかったが他にも対岸に複数潜んでいる。……いや、大丈夫だ。被弾はしていない」
彼は射撃用ゴーグルを外し廃車にもたれかかるようにして息を整えた後、帯革に収められた自身の9mm拳銃に手を伸ばし掛けたが、何を思ったのか不意にその動きを止めた。
「相手は人間だ。コイツは必要ない」
「ですが、いきなり攻撃をしてくるなんて……」
菜月さんが、強張った表情のまま呟いた。
「恐らく、感染体だと疑われているからだ。まずは此方に理性があることと、敵意が無いことを示さなくては」
佐伯さんはポケットから端末を取りだしたが、電源を入れて画面を見るなり舌打ちし、直ぐにそれを仕舞った。
「無線は――やはりこれも繋がらん。む……よし、ソレを貸してくれ」
「え、これですか? ……どうぞ」
佐伯さんは、有紗がマスク代わりに巻いていた白いハンカチを受け取ると、警棒を最長まで伸ばして先端にくくりつけた。
少々古風ではあるが、降伏や投降の意を示す白旗が完成した。
「狙撃手はもとより、観測手がいるはずだ。彼らにこれで訴えかけるしかない」
彼は即席の旗を手に再び壁を登る。
まずは淵から旗だけを出して振り、相手の反応を待った。
それからかなりの時間が経ったが、向こうに動きは無い。
「伝わった……か? まず私が様子を見る。待機してくれ」
頃合いを見た佐伯さんはバリケードの頂上に立つと、大きく旗を振った。また、それと同時に何かのサインも送っているようだった。
それでも暫くは何の反応も無く、警戒は解かれたかに思えた。
が、
チュイーンッ! ズギューン!!
「ぐぅ!」
再び放たれた弾丸が、またも佐伯さんを掠めて、スクラップの山に突き刺さっては、けたたましい音を立てた。
「生存者だと分かって、攻撃しているのか!?」
「そんな……!」
壁越しに皆が戦慄する。
「我々は感染していない。撃つな!!」
佐伯さんは、廃車の陰に身を潜めながらも力の限りに叫んだ。
だが、河原には彼の声が反響するばかりで、返事は帰ってこない。
「~~っッ!! 聞こえているなら返事ぐらいしろ!!」
「し、静かに! 何かスピーカーから流れてますよ」
佐伯さんの怒りが頂点に達しかけた時、何かが聞こえたらしい橋谷さんが割って入った。
すると確かにノイズ交じりの何かが、スピーカーから流れてきた。
そして、暫くして聴こえてきたのは、拡声器を通して響く無機質な合成音声だった。
『ガガー……ザザ、青海市ノ住民ノ皆サマニ、オ伝エシマス。当市ハ既ニ、国ノ第一級汚染区域ニ指定サレ、被害ノ拡大ヲ抑エルタメニ、隔離体勢ガ取ラレマシタ。現在我々ハ新タナ打開策ヲ検討中デス。市民ノ皆サマハ、夜間ノ外出ヲ控エ、ナルベク安全ナ所デ自衛シテ下サイ。繰リ返シマ――――』
「隔離? なるべく安全な場所? 馬鹿にするのも大概にしろ!」
佐伯さんが、放送を遮らんばかりの怒声を上げ、他の面々もそれに続く。
「この街ごと消すつもりなのに!」
「俺達を何だと思ってやがる!!」
だが、録音されたメッセージはあくまで均一なトーンで先程の文言を反復するのみで、4回目に差し掛かったところで漸く終わった。
最早、交渉の余地は無いかに思われてきた。
やり切れない思いが、焦燥感が、最後は沈黙に繋がった。
『ザザ……ザー』
「「「!?」」」
突然の雑音に一同の肩が震えた。
それは間宮さんのポケットから流れてきていた。
「隊長、む、無線です!」
「貸せ!」
無線を受け取った佐伯さんは、まずはそれを耳に当て、メッセージを待ったが、雑音以外に何も流れてこないことを確認すると、送信に切り替えた。
「おい、この回線にコールしてくるということは、自衛隊ないし政府機関の人間だろう。――貴様らに人の心があるならよく聞け。疑う気持ちは分かる、命令だということも十分承知している。だが、今貴様らが見捨てようとしているのは、必死に生きようとする一般人だぞ! 検査なら後で幾らでもすればいい、だからここを通せ!」
『……ザ……』
「聞いているのか!?」
佐伯さんが吼えた。
『……残念ながら、それは出来ない』
「「!?」」
突然の応答と、その内容に、俺達は固まった。
『私は君たちの言うどちらでもない人間なんでね』
どうやら通信相手はボイスチェンジャーを使っているらしく、年齢は断定できなかった。辛うじて話口調から、男性のものかと思われるが。
「……では、何者だ」
一切の感情を押し殺したような声で、佐伯さんが尋ねる。
『訳あって名は名乗れない。だが、君たちを助けたいと思って連絡した。もちろん信じるかどうかは君たち次第だが』
「…………」
『では、まず第一の助言だが、……そこから離れた方がいい』
「そこから? 貴様、どこかで見ているな!」
すぐに警戒のサインが出て、俺達は周囲を見回したが、例のスピーカーばかりで、カメラ的なモノは一切見当たらなかった。
『自分たちのことを優先するんだ。完結に言うと、その橋は後しばらくで――爆破される』
「爆破!?」
『一部始終を見ていたのでね。橋の支柱付近に爆薬が仕掛けられているはずだ。だからとにかく離れろ、生き延びたいのならば。……また連絡する――ブッ』
謎の無線は掛かってきた時と同様、一方的に切られた。
「……どうします、隊長」
「どうもこうも、ここまで来て」
「ちょっと、皆さん? さっきから、何か音が……」
「「え!?」」
有紗に言われて、皆が一斉に耳を澄ました。
……ピ……ピ……ピ……
すると、小さく、しかし確かに電子音が小刻みに鳴っているのが聴こえてきた。
「この電子音。隊長、やはり……」
間宮さんが、結論を言う頃には、等間隔になっていた音が徐々に大きく、しかも早くなり始めていた。
ここまであからさまだと、爆弾の存在は最早無視できるものではなかった。
「……真下からか! 止むを得ん、退却だ! 走れッ!」
佐伯さんと間宮さんが、俺達を突き飛ばすような勢いで追い立てた。
それがあって漸く俺は、弾かれるように走りだした。
ピ――――――――――――
ドゴォォォォォォンッッ!!!
走る背中に間延びした電子音が届いた直後、空気を轟かす爆音が、俺達の悲鳴をかき消し、閃光に続いて周囲を震わせた。
遅れて熱風が衝撃の余波に乗って、粉塵や煙と共に押し寄せる。反射的に俺は地面にうつぶせに蹲った。
「伏せろ! 頭を……から守れ!」
地震の様な重低音と、何かが降ってくるようなバラバラという音。そして辛うじて聞こえた警告通りに俺は暫く頭を抱え、目を閉じて、事が収まるのを待った。
「ん……うっ」
地響きが少し小さくなり、近くで誰かが咳き込むような音が聴こえて来た頃、俺はやっと身を起こした。
ゴーグルが無いせいで、宙を舞う土ぼこりに目を細めながらも、周囲を見渡した。皆、紺色の制服姿だったので個人を特定するのが中々難しかったが、割と近くにそれらしい人影が見えたので俺は近寄った。
「護に、……有紗か。ってお前、大丈夫か?」
周りでは早くも自衛官の2人や渡辺さんが立ち上がっていて、咳は隣の有紗からだった。どうやら、先ほどスカーフを渡したせいで、彼女だけが粉塵をまともに吸い込んでしまったらしい。
取りあえず俺は通例どおり背中をさすってやることにした。
「あ、ありがと。もう平気だから」
「水、飲んどけよ。一応」
妹を軽く介抱した後、ふと振り返ると、そこには見る影もなく無残に破壊された橋の残骸から、濛々(もうもう)と黒煙が上がっていた。
「ウソ……だろ?」
爆破され、分断された橋。尚も小さな崩壊は進みこうしている間にも支柱の一つが崩れ落ち、河へと沈んでいった。
「っざけんなよ、畜生!!」
それをただ見つめることしか出来ない、歯がゆさも相まったのか、護は近くに転るゾンビの頭を蹴っ飛ばしていた。
「それよりも皆さん、怪我はありませんか?」
菜月さんが言った。
俺は自分の体を見てみたが、痛むところはあっても、どれも怪我と呼べるレベルでは無かったし、護や有紗も大事なかったようなので、首を横に振った。
「おい、山本? 山本! 返事をしろ!!」
だが、突如として発せられた声に振り向くと、少し離れたところで橋谷さんが、地面に横たわる山本さんを抱え上げていた。
橋谷さんは必死に揺り動かしていたが、彼女はぐったりとしたまま動く様子はない。
頭から血を流しているのを見るに、爆破の際に飛来した破片があたったのだろう。
「山本!?」
「あまり無茶なさらないで! 私が診ます。でもここだと少し粉塵が……すみませんが、運んでもらえますか」
橋谷さんが尚も揺さぶろうとするのを菜月さんは止めて、間宮さんと佐伯さんが2人掛かりで彼女をそっと持ち上げ、指定の位置に移すと手早く診察を始めた。
「……脈はあります、大丈夫です。意識は失っていますが、傷自体も……それほどでもないと思います。止血すればどうにかなるかと。しかし問題は頭部への影響――――」
「影響?」
「周知の通り、脳は繊細なんです。でも、当たり所としては比較的幸運な側頭部ですし、ひとまずは応急処置を……」
菜月さんが処置を施している最中も、橋谷さんは気が気ではないようで、しきりに目を瞬かせていた。
「しかしこれから、どうします? 橋も……落ちてしまいましたし」
山本さんの命に別状が無いことが分かると、間宮さんは佐伯さんに問いかけた。
「ああ、ちょっと待て……。ちっ、先ほどの無線、やはり秘匿回線からだったか。あくまで一方的という訳だな」
無線機を手にした佐伯さんは唸り、それを見た間宮さんも顔をしかめた。
「しかし、自衛隊でも政府でもないとすれば、他に一体だれが?」
「さあ、な。だが、俺達があの無線のおかげで助かったのは事実だ。橋が落ち、政府への望みも断たれた今となっては蜘蛛の糸だ。まあ、正体も、目的も不明だが…………いや、お前なら知っているんじゃないか? ――渡辺」
その言葉で、皆の視線が一斉に渡辺さんに注がれた。
「……分かってますよ。約束通り僕の知っていることはお話します。……でもここは危険だ。すぐに騒ぎを聞き付けた感染体が集まってきますからね。怪我人もいることですし、早く場所を移しましょ、う!?」
体の向きを変えようとした彼に、佐伯さんは目にもとまらぬ速さで銃を突きつけた――
――のだが、俺には一瞬のこと過ぎて、鈍い鋼の軌跡が僅かに見えた程度だったし、そうしているうちに渡辺さんも行動を起したせいで、結局何の反応も出来なかった。
「なっ」
「ぐっ!」
「む……」
「うはぁッ!!」
俺達が急な展開にただただ目を見張っているうちに決着は着き、眼前では渡辺さんが地面に組み伏せられていた。
「ほう、あの一瞬で銃口を逸らすとは。……やはり見事な反応だな、渡辺。だが生憎と、体術は得意分野だ。それと貴様に言われなくても移動はするさ。が、その前に念のため、貴様の武器は与らせて貰う」
「がぁ……!」
佐伯さんはまず彼の腕をひねり上げると、銃を奪った。
掌から離れたH&K P2000がコンクリートに触れて、ガシャリと音を立てる。
更にそのまま帯革から手錠を取り出すと、迷いなく彼を拘束した後、蹴りあげて仰向けに転がした。
そしてポーチの中からポケットの奥まで念入りに調べ、武器と思しき物は全て押収されていった。
「な、何もそこまでしなくても!」
菜月さんが非難の声を上げたが、それを渡辺さん自身が止めた。
「いいん、ですよ。疑われても仕方が無い……状況ですから」
ひび割れた眼鏡が耳からぶら下がり、弱々しく笑う渡辺さんは、正直見ていて哀れだった。
それでも彼が何者かが分かるまでは、同情することはできない。
渡辺さんが、この事態を引き起こした張本人かもしれないのだから。
「立て」
佐伯さんは彼を強引に立ち上がらせると、皆に告げた。
「作戦はこいつの話を訊いた後で考える。……少し歩くぞ」
「菜月さん、行きましょう」
「え、ええ……」
躊躇っていた菜月さんを護が促して、橋谷さんは山本さんを背負った。
そして俺もまた、彼らに続いて歩きだした。
あーー、今回はアレでしたね。
正直読みにくい……ですよね。
キャラが多い分、台詞ばっかだし、一部カタカナ表記もあったし。
今誰が喋っていて、どういう状況かが非常に分かり辛いという……。
グダグダやってないで早く次の展開に進めよ!
って思われた方も居たのではないでしょうか。
もういっそのことキャラ減ら(ころ)しちゃいます? (黒笑)
……いえいえ、冗談ですよ~。(^^)
では、これからも更新は不定期ですが、どうぞ宜しくお願いします!
次回はいよいよ、渡辺が真相を語る……?




