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Infection-【抗】  作者: Scott
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第19話 無垢なる殺意Ⅱ

あらら? 思っていた以上に速いペースの次話投稿。時間は少ないんですが、話の内容を忘れてしまいそうで怖くって……。



――バイオハザード遭遇から2日、ミサイルによる青海市消滅まで6日――



 ゴミに紛れて段ボールやバケツがあちこちに転がり、土埃が舞う寂れた一本道には、武装した10人の人間と、それを嗜虐的な笑みで眺める緑色の怪物が居た。また、それを見守るかのように、瀕死に近い状態のゾンビが周囲にたむろしている。あまりにも現実味の無い光景である。



 生きる意志を糧に戦いに挑む人間、それを阻む怪物。姿かたちこそ人型ではあるが、その黄色いまなこから発せられるうすら寒い殺意は、向けられた者に、人外の異質な恐怖と嫌悪を感じさせる。


 それは圧倒的な優位性を秘めた、強者の物だった。だからだろうか、常時なら抑制の効かないゾンビが、騒がず静かにしているのは……。


 来るなら来いよ。蜂の巣にしてやるから……。


 俺は銃を構えて眼前の敵を睨みつけながら、自身を奮い立たせてひたすら時を待った。もう、人差し指はトリガーガードから引き金に移行している。後はこの指に僅かばかりの力を込めるだけで、薬室に送り込まれた鋼の弾丸がその真価を発揮するだろう。


 沈黙したまま相反し、対峙する両者。先に動いたのは怪物だった。滑らかな動作で悠然と迫ってきた。俺は本能的な危機感を覚え、掌に汗がにじむのを感じた。


 先頭の佐伯さんに怪物の腕が向けられた。そしてそれは想像以上の伸縮性によって間合いを一気に埋めた。


 が、俺達の心配をよそに、素早い動作で繰り出された緑の一閃を、体を巧みにひねって躱した彼は、着地と同時に素早く体勢を立て直した。


「――撃てッ!」

 怪物との距離が、数メートルを切ったところで佐伯さんが命令を出し、閑散とした路地裏に幾つもの銃声が鳴り響いた。


掌に収まる暴威から放たれた数発の弾丸が、回転しながら空気を切り裂いて目標に突進する。中でも自衛官の2人と警官の橋谷さん、そして渡辺さんは見事、初弾を頭部に命中させた。


バン、バン、ガンッ!!――――


――――バシュバシュ、ビシュッ!


 その後も38スペシャル弾と9mmパラベラム弾の先端が対象に接触し、苔のように濁った緑色の体液がまき散らされる。複数の発砲音が、マズルフラッシュが反響、反射して、路地裏を一時、賑わせた。それが収まり始めたころに、敵は動きを止めた。


 俺が7発余りをぶっ放したあたりで、佐伯さんから『止め』のサインが出た。耳にはまだ先程の銃声の余韻が残っている。


 俺は口径から微かに硝煙がたなびく拳銃のレバーを操作して、マガジンキャッチを行った。すると予想外にも軽かったので、残弾数を確認すると、マガジンには一発も残っていなかった。


9発も撃った感覚はなかったのにな……。


 弾数は常に意識しろ、と指導を受けた際には言われていたが、一般人に少し毛が生えた程度の俺にとっては、そんな余裕はないようだ。ふいにシューティングゲームでお馴染みの、親切設定が恋しくなった。俺は空になった弾倉を予備の物と交換すると、リロードを終えた。


『ギュェァ……』


 4発もの鉛玉が狙い通りの頭部に集中して着弾したためなのか、硬直していた怪物はやがて、頭を仰け反らせて後方にどさり、と倒れ込んだ。張り詰めた空気の中、路地裏に静けさが戻ってくる。




「え……?」

俺は思わず呟いて、9mm拳銃を持つ手を下ろしてしまう。それぐらいに呆気ない倒れ方だったからだ。


「頭が急所たったか?」

「避けようともしなかったわね」

護は興奮した様子でそう言い、菜月さんも、安堵のため息をついた。


「やっぱりこの感覚、好きじゃないかも……」


 有紗はまだ銃への抵抗が隠せないようだ。グリップを握る手が微かに震えている。俺はそれを横目に見ながらも、慣れろ、などと言えるはずもなく複雑な気持ちで沈黙した。


 本来ならば、一生味わうことがなかったであろう感覚。また、いかに怪物であろうとも形だけは人型、そしてそれはこの災害の被害者である可能性が高いのだ。誰かが傷つくことに人一倍敏感な有紗が、何も思わないわけがない。


「橋谷。また、腕を上げたなぁ」

「流石、署内一の腕前ですね」

「いや、たまたまですよ。それに他のお三方も見事なものでしたし……」


飯田さんと山本さんから賛辞を受けた橋谷さんは、恥ずかしそうに肩をすくめた。


が、佐伯さんは厳しい表情で一蹴した。

「まだ倒したかどうかは分からん。警戒を解くな」



 結論から言ってしまえば、またしても彼の判断は正しかった。その言葉の直後、怪物は先程の光景を逆再生したかのように、身を起こした。


 それでも無傷ということはなく、頭部には幾つもの穴が開いていた。怪物は自身の傷に、若干顔をしかめると、無造作に一番近くにいたゾンビを伸縮性のある右腕で引き寄せた。比較的、痩せてはいない男性の個体を。


 戦利品を掲げるように相手を持ち上げると、空いていた左手の先端を尖らせてゾンビの胸元に持って行った。


 次の瞬間、汚れた衣服と同化したゾンビの体に、怪物の左腕が刺る。直後、ストローで少ない液体を吸うような、じゅるじゅる、という不快な音が響いた。


 当然ゾンビは掠れた声を漏らしたが、怪物は全く意に介さない様子で吸引を続け、灰色の肢体は見る見るうちに萎んで言った。


「何を、しているの……?」


「共食いさ。失った細胞やエネルギーを、ああやって補給しているんだ。路上で干からびていたゾンビは、全てコイツの仕業。感染体は代謝速度が凄まじいんだけど、あいつは特に燃費が悪いんでね」

動揺する菜月さんに、渡辺さんが静かに言った。


「え? どしてそんなこと――」


「やはり何か知っているようだな、渡辺 敦」

佐伯さんの冷たい声には、疑心を通り過ぎて敵意さえ見受けられた。


「この場を切り抜けられたら、……全てお話しますよ」

それはどこか諦めにも似た、無機質な呟きだった。



渡辺さんは、何を知っているんだ? というより俺達の味方なのか……?


 俺の中では、疑惑が再燃していたし、他のメンバーも物憂げな面持ちだった。


気まずい沈黙の中、耳障りな吸引の音だけが木霊する。


「……今、チャンスなんじゃねーの?」

ややあって護がそう言ったが、佐伯さんは首を横に振った。


「見ろ、ああしていても目だけは常に此方を見張っている。それに退却するにしても、また下水道の傍を通らねばならん。もう下からの奇襲はご免だ」


 言葉通り、怪物は抜け目の無い目で俺達を観察していた。おかげで動こうにも動けずに、目の前で幾つもの吸殻が積もっていくのを眺めるばかりだった。


 十分に回復したらしい怪物は、極度に乾燥し、抜け殻のようになったゾンビを乱雑に放り捨てると、体の向きを変えた。刹那、バネのような俊敏な動きで急接近してきた。



狙いは――――俺だった。



「うぉぁ!?」


 本能が、俺に頭を下げさせた。はずみで防護グラスがずり落ちる。


 寸でのところで狙いが逸れて、伸ばされた右腕は俺の頭の上を掠めて空を切った。ビュンッ、という鋭い音が、すぐ傍の室外機を粉砕する衝撃が、威力の高さを物語っていた。



「お兄ちゃん!?」

「ユキっ!」


「待て、撃つな!! この角度では椎葉に当たりかねん!」 

「椎葉君、逃げて!」


 何とか初撃は凌いだものの、有紗たちが口ぐちに叫んだ時にはもう、眼前に不気味な双眸があった。


「……ッ!!」


 一瞬で肉薄されて焦った俺は、辛うじて残った理性のおかげで、失禁だけは免れたが、タブーであった銃の連射をしてしまう。



来るな、来るな! 来るなッ!!


拒絶の一心で引き金を引き続ける。


 近距離であることで外れるこそしなかったが、俺が放ったフルメタルジャケットの弾丸は貫通し、大してダメージを与えることは叶わない。若干のタイムラグがあって地面に薬莢が落ちる度、虚しい金属音を立てた。



カチン。



一段と空虚な音が鳴った。それは撃つべき物が無くなったことを告げる音――――弾切れだった。


『キヒィッ』


 怪物の口の端が大きくつり上がった。悪意に満ちた眼差しに射すくめられて、俺の視界は絶望で歪んだ。途端に足の力が入らなくなり、必然的に尻もちを付いてしまう。


 発砲の反動で右の掌は痺れ、緊張で口の中が渇いてきた。ついで耳の奥でゴウゴウと雑音が反響して、皆が口々に何か叫んでいるのは知っていたが、どれも酷く遠くに聴こえた。




――パンパンッ、バン!




 一種の諦観に囚われかけた時、再度銃声が鳴り響き、俺を我に返らせた。ほぼ同時に怪物は呻き声をあげた。どうやらまた、頭部に当たったようで、再び怪物はほんの目と鼻の先で倒れている。


「こっちだ化け物」

「おい、緑野郎!」

「鉛玉、ご所望ならば、幾らでも」


振り返れば、佐伯さんを筆頭に護や橋谷さんが、怪物を挑発していた。


『ギシッ、グググゥェ!』



 邪魔をされたことが悔しかったのか、起き上った怪物は低いうなり声をあげて、そちらに首をかしげる。俺から注意が逸れた隙に一番近くにいた飯田さんが、俺を抱えるようにして引きずった。


「立てるかね?」

「あ、ありがとうござ――」

 

 が、その言葉が最後まで言われることはなかった。なぜなら目の前の彼が残像を残して消えたからだ。



「ぅはぁッ!」

 

 ドガッと体が壁にぶつかる重い音と同時に、飯田さんの短い呻きが聴こえる。そしてそのまま彼は反対側のゴミ袋の山に崩れ落ちた。その時、ようやく俺は飯田さんが吹き飛ばされたことを理解した。



「「飯田さん!」」




「……ぬ、ぅぅ」


 酷くくぐもった返事とともに、飯田さんは上体を起こした。ゴミ袋がクッションの役割を果たしたおかげで、致命傷には至らなかったようだ。しかし彼は、完全に集団から分離させられてしまった。



 どうやら怪物は彼の行動を把握していたらしい。自分の間合いに飯田さんが入った瞬間に、その鞭のように伸縮する右腕で彼を弾き飛ばしたのだ。またしても、此方の意表をついた狡猾なフェイク。


 奴は飯田さんの動きが鈍っているのを確認するなり、彼に狙いを定めると、今度は繰り返される発砲にも意を関せずに、その距離を詰めた。


『アガァッ』『グゥオ……』『アアァー』


 さらに間の悪い事に、先ほどから物陰に潜んでいたゾンビまでもが集まり始めていた。が、緑の怪物に恐れをなして、ゾンビたちが飯田さんに襲いかかることはない。あくまでこの場の主導権は怪物にあるようだった。


 そして当の怪物は、獲物の最後を鑑賞するかのように、じっくりと彼の反応を眺めていた。あたかも罪状が述べられている間、傍で待機している執行人のように。相も変わらず口元に残忍で冷酷な笑みを浮かべながら……。


「飯田さんッ!」


 急展開な上司の危機的状況に、山本さんが彼女らしくない金切り声をあげる。動揺の表れか、銃に弾を装填することすらせずに、警棒を片手に突撃しようとしている。


「来るなッ!!」


 が、他ならぬ飯田さん本人がそれを牽制した。口の端から血を流す彼は、お世辞にも軽傷とはいえない。


「今ので骨の何本かがやられた。情けないことに……むぅ、膝に力が入らん」


 そこでふっと彼は笑った。苦痛に歪んだその表情は、瞳は、数メートル離れた俺たちにあるメッセージを伝えていた。『自分はダメだ。構わず、逃げろ』と。



「佐伯さん、ここは私に任せて頂こう。それとこれを――」


 そう言って彼は、自分のニューナンブとその予備弾薬など諸々が入った帯革を投げ渡す。それらをを受け取った佐伯さんは無言で飯田さんに敬礼すると、皆をを誘導し始めた。


「おい、諦めんなよ刑事さん! 待ってろ、今行くからッ」

「安堂、退け! これは命令だ。死にたいのか!?」

「あ、アンタなぁ……!!」


 眼の端に、護が佐伯さんに組み伏せられているのが映った。その時、俺は胸に熱い物を感じた。



――――そうだ、俺は何をやってるんだ。早く助けないと!


 たぎる思いのままに、俺は弾切れになった自動拳銃をホルスターに戻すと、代わりにベルトの帯革たいかくからサイドアームのM360J(SAKURA)を引き抜いた。ところがそれを持った右腕は上がり切る前に、誰かに止められた。――間宮さんだった。


「間宮さんまで、なんで!」


 憤りが、喉の奥からこみ上げてくる。何故止めるんだ、見殺しにするつもりなのか!? 俺が抗議の目線を彼に向けても、腕にかけられた力は緩むどころか強くなった。



「……今はこうするしかないんだ」



 その時、彼も俺に負けないくらい悔しそうな顔をしていることに気がついた。呆気にとられるとともに、俺は抵抗する気力を失った。護も佐伯さんに引きずられていた。




「さぁ、お前も早く行け。……おい、橋谷! そいつを頼む」


 渦中のただ中にいる飯田さんが、尚も避難しようとしない彼女に向かって絞り出すように言った。


「自分は、俺は、貴方のことを、一生忘れません」


 最後まで彼の下に向かおうとする山本さんを、橋谷さんが抱え込むようにして抑えて、引っ張った。


「放して下さい、放して!!」

去り際に山本さんは泣き叫んだ。




「年寄りを泣かせんでくれ。…………達者でな」




 もう誰にも届かない小さな呟き。頬を伝う涙とともに吐き出されたそれが刑事生活30余年、皆に慕われる警察官、飯田 聡の最後の言葉になった。



 十分雰囲気を堪能できたのか、それとも単純に飽きたのか、ひゅんひゅんと手持ち無沙汰に右腕を回していたのを止めて、怪物は彼に歩み寄った。遂に無慈悲な殺戮者は、動けない獲物に手を伸ばす。


「うがぁッ! くぁ、かはっ……!」


 首に腕を巻きつけられたことで、苦しそうに足をばたつかせてもがく飯田さんを、怪物はゾンビの時と同じく弄ぶようかのにゆっくりと掲げた。そしておもむろに左腕を変形させて、槍のような物を形成すると、それを彼の左胸に押しつけた後、この世のものとは思えない甲高い咆哮を上げた。




『♪♪♪ッ~!』




まるでこの瞬間が、楽しくて仕方がないというように……。






 そこから先は見ていない、いや見れなかった。残酷な現実から逃げるように、背を向けて走り出していたからだ。液体を急速に吸引するような音に伴って、背後から壮絶な断末魔が響き、隣を走る山本さんの嗚咽に重なった。


 悲鳴が聞こえなくなっても、路地を抜けて大通りに出ても、暫く俺達は走り続けた。むしろ今はそれしか出来なかった。



――覚悟はしていたことだった。そう思おうにも割り切れない。


――仕方が無かった、と頭では分かっていても心がずきずき疼いた。


俺を助けに来ていなかったら、彼はあんなことには……。俺は、俺はッ!!




 やがて、心も体もボロボロな俺達の視界に、大きな川とそれに架かる橋が入ってきた。青海市に接する県境の一級河川。阿良居あらい川である。


「やっと、着いたか……」


 先頭で立ち止まってそう言った佐伯さんの声からは、一分の喜びも感じられなかった。




重い。重いですねぇ……。


胃もたれとかしてないですか? 引き続き感想お待ちしております。




……正気を疑われるのを覚悟で、申し上げますね。


――ポイント評価を下さいッ!! m(_ _)m


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