第16話 事実
暗く地味ではありますが、重要な話でもございます。
文章力の低さは否めませんが…。
橋谷と名乗る警察官は語る。
「とりあえず、我々は早い段階でゾンビを隔離することには成功しました」
しかし外部との連絡は一向に取れず、仕方なく監視も含めて交代でゾンビを観察することになり…。
ちょうど昨日の晩でしたね、僕の番が回ってきて留置所を見まわったのですが、ゾンビたちの反応がいつもと違いまして。
予想以上に、大人しかったんですね。
あ、ほら彼らは人を見るなり奇声をあげて突進してくるでしょ?
不思議に思って檻の一つに近づいてみると、ゾンビが何かに群がるように集まっていたんです。
気味の悪い咀嚼音が聴こえて嫌にはなりましたが、好奇心に負け、目を凝らして見ると…。
中ではゾンビたちが、赤黒く汚れた灰色の腕を、我先にと奪い合っていました。
そうです。それは、ゾンビの腕でした。
…驚くことにゾンビが、ゾンビを、食べていたんです。
びっくりして他の檻も確認すると、殆どのところで同じような共食いが繰り広げられておりました。
どれも集団で収監したものばかりでした。
思わず目を背けたくなる光景でしたね。
それでも、独房のほうはどうなっているのかと思い、込み上げる吐き気をなんとか抑えて奥の通路に向かいました。
独房。
そこには近藤を含めた初期のゾンビたちを収容していたのですが、先ほどの檻とは打って変わって気配がありません。
もし脱走されていたら…。嫌な予感が頭をよぎりましたよ。
僕は拳銃の撃鉄を起こして、のぞき窓から恐る恐る様子を見ました。
近藤の部屋からでした。
照明もなく、月明かりに照らされた中で彼は座っておりました。
床に突っ伏していたという方が正しいでしょう。
その体はもちろん灰色でゾンビ化しているのは一目瞭然でしたが、異常なまでに痩せていたんです。
僕は呼びかけたり、ライトで顔を照らしたりしましたが全く動きません。
最終確認として、携帯していたジャーキーを投げ入れてみましたが、無反応でした。
他の独房も皆同じでした。
ミイラ化した状態で動かない。
生命活動が見られませんでした。…すなわち、死んでいたのです。
そこまできて僕は重要なことを知りました。
まず第一にゾンビは、あくまで生き物だということ。
また捕食活動を摂り続けないと、餓死してしまうこと。
そして限界まで空腹を抱えると、共食いを始めること、です。
「これら三点が我々の持つ最新の情報です」
そこまで言うと橋谷さんは説明をやめ、俺たちの反応を待った。
少しの間沈黙が部屋に訪れた。
最初に口を開いたのは護だった。
「色々びっくりしてんだけど、アレが生き物って、そんなのありかよ…」
「護くん、僕らは便宜上ゾンビって呼んでるだけさ。恐らく感染によって…脳の一部でも破壊されて理性を失ったのが彼らなのだろうと思うね。第一、死体が動くなんて…考えたくないしね」
そう言ったのは渡辺さんだ。
菜月さんが、かなり興奮した様子で身を乗り出す。
「それにしても重大な発見ですよ、これは!」
「だって、放っておけば自滅するんでしょう?…でしたら、危険を冒して脱出を試みるよりも籠城していれば…!」
「ええ、その通りです。ですから我々は…その警察としてのモラルには反しますが…ここに立て籠っていたのです」
婦警の山本さんが静かに言った。
「まぁ、ほとぼりが冷めるまで…。食糧などの問題もありますが、ゾンビたちの消耗スピードを見る限りでは…一週間もかからないでしょうな。それぐらいだったらここの備蓄は節約すれば保ちそうですよ」
飯田さんも腕組みはしていたが、落ち着いた表情だ。
そうか、おお…!
と護や渡辺さんも同調する。
もちろん俺も同意見だった。
場がにわかに湧く。
が、
「…いや、待ってくれ」
佐伯さんだった。
その顔は真剣そのものだった。
皆の視線が彼に集中する。
「その話は残念ながら…、不可能だろう」
いつになく重々しい口調に渡辺さんが尋ねる。
「なぜです?これが最良の選択肢では…?」
しかし佐伯さんは首を振った。
よく見ると隣の間宮さんも表情が暗い。
「余計な不安を与えない為にも、明かしていなかったのだが…問題が、あるのだ」
間宮、と彼が指示すると隣で間宮さんは頷き、緊張した様子で話し始めた。
落ち着いて、聞いて下さいね、と彼が前置きしたので俺たちは無言で頷き耳を傾ける。
広い会議室に彼の声がよく響いた。
青海市で謎の感染事件、もといバイオハザードが起こったという情報が入ってから数時間後。
当然ですが、我々は対策を打ち出すための緊急会議を行っていたんです。
その段階でも、今回の事件が感染によるパンデミックである、ということぐらいは分かっていました。
すぐに専門家を交えて議論が交わされましたが、感染経路も不明。
現地との連絡も途絶で情報が乏しい。
テロの可能性も考えられ、対サイバーテロ機関が例のメールを解析したのですが、全貌は見えてきませんでした。
そして話し合いなどでは埒が明かず…。
取りあえず、青海市の境に他県の警察や自衛隊が共同で防衛ラインを敷くことは決定したのですが、具体的な解決案は浮かばないまま会議は難航し、時間ばかりが流れました。
そんな中で一部の強硬派が打ち出したのが、ミサイルによる『滅菌作戦』です。
簡単に言えば…被害が広がらないうちに、無誘導ミサイルで街もろとも感染体を消してしまうということですね。
未知の大規模感染ということに恐怖していたのでしょう、予想以上に賛成票が集まっていたのを覚えています。
それには周囲を山や川、海で囲まれて隔離された場所にこの青海市が位置していることも要因でした。
もちろん、反対意見も出ましたよ。
せめて現地の状況を把握してからでもよいのではないかと。
何より人命救助を優先すべきだと。
それが我々が偵察を兼ねてここに来た理由なのですが、強硬派は案を認める代わりに、我々に条件を提示してきました。
期限は一週間後の明朝。それを過ぎれば前言通りに、爆撃を開始すると。
「…つまりですね。ここに留まれば、ゾンビの消滅を待つ前に、我々は…ミサイルによって街ごと滅ぼされてしまうのです」
そこで間宮さんは話を区切った。
部屋が一気に静まり返る。おかげで皆の息遣いが荒くなっていくのが、よく分かった。
出来れば聞きたくない情報だった。しかし無視できるレベルではない。
………。
ミサイルで街ごと滅菌?
猶予は…一週間!?
何だよ、それ。
もうなんでもアリだな…!
俺はますます状況が現実から離れていくのを感じた。
向かいに座る刑事さん達も、この事実には言葉が出ないようだった。
最悪ですね…と菜月さんが暗いトーンで呟く。
今まで気丈だった彼女のここまで沈んだ声を、俺は初めて聞いた。
すると突然、護が立ち上がって声を張り上げた。
「みんな絶望しすぎっすよ。ミサイルったって核とかじゃないんでしょ…?ほらこの建物頑丈そうだし、ここにいれば大丈夫ですって!」
無理に笑おうとしているのか、その顔は奇妙に引きつっている。
しかし、無情にもその意見は佐伯さんに一蹴された。
「確かに核はないだろう。が、それに準ずる、もしくは街一つを消し飛ばすくらいの威力の物が使用されるハズだ」
「じゃ、じゃあさ、地下に避難すれば…!」
彼は最後の望みをかけるように、そう言った。
が、またも首を横に振られてしまう。
淡々と、それでいてどこか悔しそうに、佐伯さんは話す。
「私は航空隊ではないから詳しくは分からんが、『滅菌』と言うからには徹底的にやるだろう。さらに現段階では青海市のライフラインは止められていない。つまり、街の地下をめぐる配管には未だガスが充満しているのだ。それに誘爆すれば、市全域で大火災だ。そうなれば、逃げ場は恐らく…どこにも無い」
「では、隊長、ガスに関しては計画的なものであったと?」
間宮さんが質問した。
「確定は出来ないが、可能性は極めて高いだろうな」
その意見に、全員が座ったまま身を固くした。
各々に絶望という名の共通意識が芽生えているようだった。
「よく考えれば妙な話でした。普通、大規模な災害が発生すれば二次被害を防ぐためにも、ガスなんかは真っ先に止められるはず…。それをそのままにしておくというのは、意図があったのですね…」
迂闊だった、と付け加えると、渡辺さんはメガネを外して眉間を押さえた。
護は舌打ちし、菜月さんは額に手をやった。
俺も目を閉じて俯いてしまう。
少なからず、なぜ街のライフラインが機能したままなのかということは考えてはいた。
しかし単なる有り難い偶然だという認識程度で済ませていた。
それがよもや、こんな理由だったとは思いもしなかった。
あれは滅菌作戦の一部だったのだ。
この街を…効率よく爆破する為の…。
さしずめ青海市自体が大きな爆弾と言う訳だ。
そう思うと今まで電気やガスが使えることに、手放しで喜んでいた自分に腹が立った。
そしてそれ以上に政府に氷のような怒りを覚えて、関節が白く浮き出るほどに拳を握りしめる。
横目に有紗も唇をギュッと引き結ぶのが見えた。
「政府はそれを…、その『滅菌』作戦とやらを…可決したのでしょうか…?」
食い入る様な表情で確認する山本さんの声は、未だに信じられない、というニュアンスを含んでいた。
「最終決定までは、知らない。が、事態の収束を図るためなら…やりかねんだろう」
「ちょっと待てよ、俺たちは…、俺たちのことは、一切考えてないのかよッ!!」
ダンッ!、と護が耐えかねたように吼え、机に拳を強く叩きつける。
その衝撃で卓上の菓子類が宙を舞ったが、誰も気に留めなかった。
佐伯さんは目を閉じてゆっくりと息を吐きだして、それからこう告げた。
「前日本国民の安全と一地方の市民の命。天秤にかけられれば政府がどちらを選ぶかなど…目に見えている」
世の常だ、と暗に示すような重い口ぶりだった。
「まったく、…政治家ってやつは」
「より大きな『善』のためって訳ですか…?」
暫くして飯田さんがため息をつき、橋谷さんは右手に持つ紙コップを握りしめる。クシャッ、と渇いた音が響いた。
重苦しい空気が支配し、会議室の正面に掛けられた時計の、秒を刻む音が大きく感じられてふと見ると、針は3時過ぎを指していた。
何分経ったか、佐伯さんが口を開いた。
「こうしていても仕方が無い。我々は予定通り明日にでも、阿良居川を越えて市外に出る。もちろん県境の封鎖は予想されるが、見張りくらいはいるはずだ。そこで身の潔白と、発見した事実を伝えられるだろう。…それが最善の策だと私は思う」
「もちろん警察の方も、ご同行願えるか?」
彼は周囲を見回した。
異論など出るはずもなく、その場にいた全員が深く頷いた。
「では、決行は明日の朝。今日はここでゆっくり疲れを取ってくれ。詳しい事は夕食の後にする」
その一言で俺たちは、ばらばらと席を立った。
「お疲れなら仮眠室へ案内しますよ」
心身共にすっかり滅入っていた俺たちは山本さんに連れられるままに会議室を出て、男女別れてそれぞれ仮眠室へと入った。
俺と護と渡辺さんが入ったのは5畳程度の一室だった。
押し入れから出した布団を畳の上に敷くなり、護が倒れ込んだ。
俺もそれに続く。
今だけは何も余計なことは考えたくなかったからだ。
ボフッ、と衝撃が吸収され、体が沈みこむ。
そして布団にもぐりこみ、仰向けになった。
急に疲れが瞼に重くのしかかり、目を閉じるとともに眠りの世界へといざなわれた。
次話辺りで、暫くぶりの緑の怪物と遭遇する予定です。
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あ、もちろんポイントも…m(_ _)m