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Infection-【抗】  作者: Scott
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第10話 夜が明けても悪夢は続く


深夜 とある大通り


 月下に荒れ果てた街の一角が照らし出される。

 死臭の漂う道にはブレーキ痕や亀裂が無数に走り、故障して微かに煙を上げる車が幾つも放置されている。


 そんな道路の真ん中を、それは悠々と進んでいた。まるで己の庭を歩くが如く。

 この一日はそれにとって大収穫だ。往来に跋扈ばっこする死体どもをまねて食べる喜びも覚えたし、味覚と呼べるものも僅かに知った。

 そして脆い命をかき消す喜びも。

 もちろん歩けば出会うゾンビ共はそれの舌には合わなかったし、なにより奴らは殺しがいがない。


 しかし、そうなる前の人間は格別だ。味もさることながら、捕えるまでのあの抵抗ぶりが、恐怖に歪んだあの顔が、とどめをさすと聞こえる絶叫が、できたばかりの五感を刺激する。


 その時確かに歓喜・・を知った。



◆◇◆



早朝 呈楠高校


 翌朝、肌寒さに目覚めると窓の外には昨日と同じような雲ひとつない青空が広がっている。


 その和やかな景色に一瞬、ここが自室で今までのは悪い夢では無いかと思ったが、教室の内装と起き始めた護達の姿が目に入り、俺は現実に引き戻されることになった。


「うぁーー、もう朝かよ。昨日は眠れたか?」

 起きぬけの彼にああ、と返し俺は伸びをする。


 バイオハザード発生から一夜明けたその間いったい何人の犠牲者が出ただろう。なのにまだ助けは来ないのだろうか。


 今のところ、辛うじて対策と呼べるものは例の謎のメール一通のみだ。もっともあのメールに差出人の欄は無く、政府が送ったのかもわからないが。


「難しい顔すんな、ユキ。メシ、できてるってよ。行こうぜ」

 浮かない顔の俺を心配してくれたようだ。護に軽く肩を押され、寝室を後にして、家庭科室へと向かった。


 昨日と同じく女性達が朝食の準備をしてくれていた。妹の有紗もエプロン姿で手伝っている。

 回復しているものの、相変わらず包帯まみれの佐々木さんは席に座ってもう、自分の手で食べていた。なんともタフな人だ。


 俺達はお盆を受け取り列に並び、給仕の人からよそってもらった。

 ごはんと缶づめの魚に味噌汁。これだけの組み合わせでもよく人数分用意できたものだと感心した。

 しかし菜月さんに尋ねるとやはり食糧は残りわずかだという。


 その後、佐々木さんの隣に座り、怪我の具合を聞いていると、邪魔すんで、と角田がズカズカ入ってきた。


 じゃあ、帰れよ! 俺は内心毒気づく。


 ヤツは他人のお盆から勝手に味噌汁を奪い取り、不法に作法音を立ててすする。


「何ワシに内緒でうまそうなモン食べとんのや」

 さらに別の皿から魚を摘まもうとしたので、菜月さんがちょっと! と声を上げた。

「残り少ない食べ物ですので、遠慮してください」

 あなたには昨日の食糧がありますよね、と彼女が言う。


「少ない? ほー、後どれくらいなんか見してみんかい」

 彼は話を遮って辺りを見回す。明らかに残りを一人占めする気である。しかし、彼の魂胆を見抜いていた菜月さんの手によって既に食糧は別室に移動済みだ。


「隠すとタメにならんで」

そういってポケットから拳銃を引きぬこうとしたが、佐々木さんがその腕を押さえたのと護が肩を掴んだのが同時だった。

「……トカレフ、密輸品だな。今が非常時でなければ銃刀法違反で」

「菜月さんにそんなこと、させねぇよ」

 2人の力が予想外だったのか一瞬角田は怯みを見せた。しかし気を取り直した彼は居直って毒気づく。


「なんや死に損ないのポリ公が、偉っそうに、ほんでガキもさっさと手離さんかい! 殺すぞ!」


 だが、その言葉についに公民館メンバーの堪忍袋の緒が切れた。あちこちで非難の声があがる。

「ふざけるな!」

「調子にのらないでよ!」

 いくら銃があっても多勢に無勢だろう。


「くっ!」

 さすがにマズイと感じたのか彼は突然喚きだした。


「もう限界や、こんな辛気臭いとこ」

 そうして周囲の男子生徒を見渡す。


「今やったら外も静かやし、車での脱出にはもってこいや。飢え死にしたないヤツはワシに着いてきぃ」

 すると意外なことに男子生徒の半数以上が立ち上がった。角田の意見に賛同したのか、あるいは腕だけは立ちそうな彼についていけば脱出できると思ったのか俺達の制止もかえりみず彼らは部屋を後にした。


 急いで追って駐車場に着くと、昨日は無かった大型のバンが1台そこに停まっていた。


 どこかに隠していたのか……?


「ああ、心配ないで、オマエらを乗せる気は毛ほどもないわ」

 俺たちに気付いた角田が勝ち誇ったように言う。


「せいぜい仲良う合宿ごっこでもやっとけや……死ぬまでな」

 最大級に意地の悪い顔をすると角田は運転席に乗り込んだ。後部座席の男子たちは決まりが悪そうにうつむいている。そんな彼らを乗せて、車は走り出した。


「くっそ、あの、〇〇〇〇野郎っ!」

 罵詈雑言と共に護は近くの植木を蹴飛ばした。


 気持ちは痛いほどわかったが、どうしようもない。

 結局憤る彼をなだめ、仕方なく俺達は校舎の窓から様子を見ることになった。

 角田の運転する10人乗りぐらいの学校用のバンは今校門をでた付近だ。

白い車体のそれが徐々に加速をはじめたとき、犬の遠吠えのようなものがかすかに聞こえた。


「あれは何?」

 妹の有紗が指をさす。リュックから取り出した双眼鏡で確認すると四足の何かが車の方へ接近しているのが見え、俺は倍率を上げて目を凝らした。


 全体的には中型犬を思わせる体躯だが、腐りかけたような体毛のない赤茶けた表皮と骨の一部がむき出しになった外見から、感染しているのは明らかだ。

 さしずめゾンビ犬といったところだろうか。先ほどよりも大きく再度犬が吠えた。

 するとそれを合図にあちこちから同じようなゾンビ犬が姿を現し、車を追跡し始める。

 異変に気付いてバンはスピードをあげたが、犬たちの執拗な追跡を前に距離はみるみる狭まった。

 肉薄されて焦ったらしく車は交差点を曲がりそこね、白い車体はガードレールに激突したまま動かなくなった。

同時にパニックに陥り車外に飛び出した男子生徒がゾンビ犬に囲まれる。


「助けないと!」

 妹がそう言って俺の手を引く。護も同意見なのか走り出そうとした。


「無理だ、間に合わない」

 俺は彼の腕を掴んでそれを止めた。


「だからって見殺しはねぇだろ!」

 彼が叫んだ時だった。花火のような音をたてて車が爆発した。ぶつかった衝撃で燃料に引火したのだろう。


「クソッ!」

 彼は乱暴に窓を閉めるとその場を去った。遠くで黒煙を上げる車の周りには早くもゾンビ化した市民が集まりだしていた。


 部屋に戻るとさっきの音は何かと聞かれた。嘘を言っても仕方がないので事実を告げると、女子生徒の何人かが口を押さえる。


「まるで地獄、ね」

 誰かがそうつぶやいた。助けは来ずに連絡手段もあてが無い。籠城を続けようにも食糧はわずかで外には恐怖。

 地獄。確かにそうだ。

 だからこそ一刻も早くこの街から脱出しなければならない。




次話からようやく自衛隊が登場します。

やっとバトル展開に持ち込めそうです。

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