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3.信じるも信じないも

題名はお題サイト、1141(http://2st.jp/2579/)様よりお借りいたしました。

散歩用・・・と決めた仕事のときには着ることのない地味な振袖を纏い、

男にしては長すぎる薄紫の髪を三つ編みに結う。

姿見の前に立ち、おかしなところがないか確認してにっこりと笑って見せる。


大丈夫、今日も僕は誰よりも美しい。


例えこのかんばせが本当に自分のものか、父のものか祖父のものかわからなくても・・・。

例え自分の存在理由がこの見てくれだけだったとしても・・・

天姫である自分が美しくないだなんてあるはずがない。

幼い自分にはそれしか自分を支えるものしかない。

それを悲しく思っても、天は今日もそれだけを支えに今日も前を向くのである。


 ***


目の前の状況に、頭がついていかない・・・そんなこと、

平凡としか言いようのない今までの人生の中で、わたしは経験したことがなかった。

だからこそ、わたしは今までにないくらいに混乱している。

そんな・・・今日の出来事を順を追って整理してみようと思う。



 ***


今日はいつもよりお客さんが少なくて、

せっかく天がきてるんだから出かけてきていいよというお母さんの言葉に甘えて、

わたしと天は近所を散歩することにした。


小川の音がさらさらと心地よい川沿いの道を天と歩く。

春が近づくにつれ少しずつ寒さの和らいだ風が気持ちいい。

川沿いの道というからには近くに橋などもあって、近くに人目に付かない物影もあって・・・。

そんな場所でわたしたちが偶然出会ってしまったのはあの日、天に絡んでいた男たちだった


壁際にわたしたちを追い詰めた男たちがニヤニヤと、嫌な笑みを浮かべてこちらを見やる。

人気がないから助けを呼ぶこともできなくて、わたしたちに勝ち目はない。

男たちの気持ち悪さにわたしが身震いしたとき、わたしの隣で天がため息を吐いた。

それに気付いて天に視線を向けてみると天は以前、硝さんがきた日に一度だけ見せたような・・・

そう、”おしとやかなお嬢様”の天が絶対にしないだろう、そんな表情をしていた。


「じゃあ・・・最終忠告だよ。逃げるのならとっとと逃げて。

こっちだって面倒ごとは勘弁して欲しいんだ。」


いつもより幾分か低い天の声で紡がれた言葉に、わたしと男たちはぽかんとする。

直後男たちはどっと笑い出し、それをひどく覚めた目で見ていた天はひとつため息を吐いて、

被いていた衣をわたしに押し付けた。

それからは、いったい何が起こっているのかわからなかった。



 ***


地面に転がっている男たちにとどめの蹴りを入れて、天はパンパンと音を立てて手を払う。

そのあと着物のほこりを払い、蹴りを入れたことにより乱れた裾を直す。

いとも簡単に天が男たちをやっつけている間、私は唖然としてその光景を見つめ続け、

わたしの目の前にいる麗しい彼女が被いていた衣はわたしの手の中で少し皺がよってしまった。


喧嘩したせいで少し乱れた薄紫の三つ編みを見やり、彼女はそれを結っていた紐を解く。

緩やかな風に薄紫の髪が舞い、かすかに花の香りが漂う。


地面に座り込んでしまったわたしを見やり、彼女はふっと・・・苦笑するかのように笑う。

明らかに喧嘩なれをしているというだけでなく武術をやっていたのだろう綺麗な人は、

すっとわたしのほうに手を差し出す。

どうして、わたしの心臓はこんなに大きな音を立ててるの?


「千国、大丈夫?」


「あ・・・うん、大丈夫。」


そう言って彼女の手を取れば、わたしは自分の力をほとんど使わず立ち上がることができた。

それは、天が引っ張ってくれたから。

ドキドキと動悸が止まらないくせに、なぜかわたしはその手を握ったままでいる。

綺麗に整えられ、磨き上げられた爪を持つ天の白い手。

いつだって滑らかで傷がついているのなんて見たことがないその手に、

喧嘩をしたせいで小さな傷ができていた。


「天の手・・・大きいのね。」


自分でも無意識に呟いた言葉に天はさっきまでとは違う含みのある笑顔を浮かべる。

確かにわたしが呟いた言葉のとおり天の手はわたしの手よりずっと大きくて、

わたしの手よりずっと骨ばっていた。


「まだ硝の手より少し小さいんだけどね。」


そう言って、わたしとは違う”男の手”を持った彼は笑う。


いつもは結ったまま、衣を被いて隠されている彼の薄紫の髪が揺れる。

初めてまともに見たその髪はさっきまで三つ編みにされていたというのに癖がつくことさえなく、

さらさらと揺れる。


「怪我も・・・ないね?」


いつもより幾分か低い男の声で尋ねた彼に、わたしは小さくうなづいて見せる。

それに彼は小さく笑い、ほどいた髪をくくりなおさずにそのままわたしから受け取った衣を被く。

薄紫の髪の大半が衣に隠され、だけどいつもとは違いその衣の裾からはみ出した髪が揺れていた。


「また変な人にあったら困りますし、早く千国のおうちに戻りましょうか。」


そう言ってわたしに手を差し出す天の笑顔は、いつもの天となんら変わらない、

完璧なお嬢様の天だった。

その偽りの天が完璧すぎて、わたしはさっき自分の前にいた少年は誰だったのかと混乱する。


あまりにも自然で、完璧すぎる偽りの存在。


「どうかしたの?」


差し出した手を取らないわたしを不思議に思ったのかお嬢様の天は小首を傾げて聞いてくる。

目の前の・・・わたしの知っていた天が偽りだっただなんて信じたくなかったけれど、

それ以上にわたしは、少年の天が幻だなんて思いたくなかった。


身動きひとつしないわたしに呆れたのか、天はため息を吐いてわたしの手を取って歩き出す。

わたしの手よりずっと大きく、骨ばった天の手。


「まったく、固まってるの。

あいつらが目を覚ましたらまた面倒なんだからとっととずらかるよ。」


お嬢様の天が絶対使わないような言葉に、わたしは思わずふきだす。

少年の天は、お嬢様の天よりずっと口が悪いようだ。


「ず・・・ずらかるって・・・まるで悪いことしたみたいじゃない。」


「まぁ確かに悪いのはあいつらのほうだけど、千国はともかく僕は過剰防衛しちゃったし。」


そう言って笑う天の顔はお嬢さまの振りをしていた頃の愛らしい微笑みとは違っていて。

そのせいでわたしの心臓はまたドキドキと大きな音を立て、わたしは慌てて天から視線を逸らす。

今までこんな風になったことはなかったはずなのに、わたしはおかしくなってしまったんだろうか。


「あーあ、無駄な時間とっちゃって・・・まだおやつ食べてないのに時間なくなっちゃった。」


わたしの手を引いて歩く天が、至極残念そうに言うので、わたしは思わず笑みを零す。

普段大人っぽい天がそんなこと言い出すだなんて。


「お持ち帰りで、何か包んであげようか?」


私の言葉に天の肩が僅かに揺れる。

うちに来るたびに食べているからそうだろうとは思っていたけれど、

やっぱり天は甘いものがとても好きらしい。


「・・・・・・それなら僕、おはぎがいいなぁ。あ、いつも食べてる量よりずっと多めにしといてね。

ほら、やっぱり女の子の振りしてたじゃない。だから食べる量控えめにしてたんだよね。」


そうやって言う天がなんだかおかしくて、

そしてずっとドキドキ大きな音を立て続けるわたしの心臓がおかしくて、わたしはまた笑みを零した。


なんでこんなに、嬉しいんだろう。

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