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2.その笑顔には

題名はお題サイト、1141(http://2st.jp/2579/)様よりお借りいたしました。

おやつ時・・・より少し早いこの時間、このあたりはいつも賑わう。

多くの人が僕の姿に振り返りながらも、声をかける度胸のある奴なんていやしない。

それほどまでの己の美貌に僕はひどく満ち足りた気持ちになれる。


やはり、天女はこうでなくてはならない。


「こんにちは、千国はいるでしょうか?」


大きな猫をかぶった作り声でそう言えば、店の奥から一人の少女が顔を出す。

空色の髪を紫苑の瞳・・・この僕に友達になってくれないかといった変わり者の少女。


もちろん彼女は僕が天女と呼ばれる存在であり、

その呼称とは対する性別を持つことなんて知らないだろうけれど。


だけど僕は、そんな彼女の鈍さをひどく気に入っていた。


「こんにちは、天!」


そう言って微笑む千国を見ながら、彼女はいつまで自分を女だと信じるのだろう・・・。

そんな意地の悪いことを、僕は考えていたんだ。



 ***


わたしと違った世界で生きる彼女はとても女の子らしく、

だけど時々その認識に違和感を感じさせた。


「千国の家のお団子はいつもおいしいよね。」


愛らしい微笑みを浮かべ、天はわたしが運んできたお団子を頬張る。

甘いものが好きな天はここにやってきた日、毎回何か食べる。

2~3日に1回、時刻はいつも同じ昼と夕方の間、おやつ時。


傷ひとつない綺麗な天の白い手の先ではきらりと爪が光っている。

綺麗に磨き上げられた爪は、完璧な美を持つ天の手らしいが、

わたしはその爪に色が添えられているのを見たことがない。

それだけ綺麗に整え、なおかつ磨き上げるのなら、マニキュアも塗ればいいのに。

だけどそうした天の手を想像して、わたしはなぜか違和感を感じた。

それがなぜかは、わからなかったけど。


わたしの隣でお団子を食べていた天がふと顔を上げる。

何を見たのか知らないが天はひどくいやそうな顔をする。

それはおしとやかで愛らしい、いつでも穏やかに笑っている天からは想像もできないような

苦虫を噛み潰したような、そんな顔。

何があったんだろうかとそちらに視線を向けてみれば、そこにいたのは天がそんな顔をした理由が

ますますわからない、思わず見とれてしまいそうなほどにかっこいい男の人。


「えーっと、天・・・?」


恐る恐る、気まずそうに視線をさまよわせて彼はわたしたちに歩み寄る。

薄紫の髪と濃紺の瞳に端正な顔立ちを持つこの男性はどうやら天の知り合いらしい。


「あら、(しょう)さん。何か御用ですか?」


ニコニコと効果音がつきそうな愛らしい笑みを浮かべ、天は目の前の彼を見つめる。

どうやら硝という名前らしいが、この男性、

なぜか蒼い顔をしてなぜか視線をさまよわせ、冷や汗をかいている。

天ほどの絶世の美少女に微笑みかけられたというのに、なんでだろう・・・?

わたしが不思議に思っている間に落ち着いたのか、若干脅えつつではあるが硝さんは口を開く。


「外出中申し訳ないんだが、イツクさんが天に用があるらしく、戻ってほしいらしいんだが・・・。」


硝さんのその言葉に天は口元に指を当て、思案する。

そしてどうするか決めたのか、残っていたお茶を飲み干し、お代を置いて立ち上がる。


「ごめんね、千国。今日は帰ることにする。」


「あ、うん・・・またね。」


少しばかり残念そうな顔をする天にわたしは小さく手を振った。

そんなわたしの頭を天は少し撫で、硝さんと並んで歩いていった。


天はたまに、さっきみたいにわたしの頭を撫でる。

確かに天は背が高く、わたしよりもだいぶ大きいがそれでもわたしよりひとつ年下の女の子なのだ。

だけどわたしは、天がそんな風にわたしの頭を撫でることを当たり前のように甘受している。

その理由を不思議に思っても、わたしにはなぜだかわからない。



 ***


イツクさんに頼まれたときから、こうなることは予想ができた。

だけど仕事であるからにはそれを断るすべなんてあるはずなく、

仕事でなくてもイツクさんの頼みごとをおれが断れるはずもなく・・・こんなとき、

幼いころから自分がイツクさんに抱いている気持ちが本当に嫌になる。


おれは、この天女の館で白妙という役職に就く者だ。

その地位は天姫殿(あまきでん)の中で上から二番目にあり、おれの上司は主に天女と呼ばれるこの少年だけ。

そしてその唯一の上司は、おれのことを幼い頃から嫌っている。


「えーっと・・・あの・・・だな・・・。」


恐る恐る声をかければ、あたりを漂う冷気とも言える彼の機嫌が悪化する。

表面上はいつもどおりの麗しい微笑みを浮かべながら、いつもと同じ調子で仕事をこなす。

そんな完璧な外面に騙されることのできない長い付き合いのおれは胃がキリキリする思いで、

ぞっとするような冷気を俺に向け続ける天女とともに仕事をこなす。


はっきりいって、辛い。


確かに彼は自分の子供と言っても変わりないほどの年齢であるが、

―おれには子供なんていやしないが、事実上彼の母であるイツクさんとおれは

1つしか年が変わらない―いかんせん静かに怒る彼がおれには恐ろしくて仕方がない。


おれは彼の背後でばれないようにため息を吐き、今日の昼間の出来事を思い出す。

イツクさんに頼まれて向かった場所は至って普通の下町の団子屋で、

そこにいた天女の友人は彼が男であることも天女であることも知らないようだった。


天女と呼ばれるこの少年は、今年15になった。

その端正すぎる容姿や愛らしい雰囲気は男にしては華奢すぎる少年の体格のせいで

彼を少女のように見せる。


そして下町にもこの遊女屋にいる男楼主の話は知れ渡っている。

天女と称されるほどの絶世の美貌を持った、淡い紫の髪と深みのある紺の瞳の男楼主。

その色合いを持つのは今現在、天女である彼と先代のハトコであるおれの二人である。

そしてもちろん少女のような容姿の15である彼とは違い、30をすぎたおれは男にしか見えない。


比べる必要がないほどにその美貌には差がありながら、本物の天女でない俺のほうが男に見える。

それだけで何も知らない人はおれを天女と勘違いし、本物の天女である彼を軽く扱う。


だからこそ彼は、外でおれと並ぶことをひどく嫌う。

まぁ・・・それだけが理由というわけでもなく、彼はおれのことが嫌いなのだが。


「あの・・・ごめん、な?」


イツクさんに頼まれたら、またおれはあそこに行かざるをえないだろう。

それでも何とかおれに向けられるこの恐ろしい冷気をどうにかしたく、謝ってみる。


「今度あそこに着たら、地獄見せるから覚悟してね。」


くるりと振り向いて微笑んだ天女の顔は何よりも愛らしく、だけどその背後には般若が見えた。



 ***


営業時間が終わって店の前を掃除していると、遠くに煌びやかな屋敷が見えた。

華やかすぎるその屋敷は個人の屋敷ではなく、女の地獄などというひどい言葉で称される場所。

春を売る・・・つまりは身体を売るということはそう称されても仕方がないほどに

女にとっていやなことであるが、わたしから見たそこはあまりに美しく・・・

そんなそこで一番美しいのは妓ではないんだ。


「たし・・か・・・。」


天女に見まがうほどの美しさを持った、男楼主。

天姫と呼ばれる彼は美しい妓ばかりを集めた・・・

どんな美しい妓を抱ける遊女屋の中で誰よりも美しく、しかし決して触れることの許されない存在。


その美貌は直接彼の顔を見たこともない多くの人も聞き及んでいる。

さまざまな色合いを持つ我が国の中でも群を抜いて美しく、

珍しいといわれるその鮮やかな色合い。

それを思い出そうとしたのに、なぜかあと一歩ででてこない。


「えっと、濃紺の瞳と・・・・・・・・・あ、薄紫・・・。」


そこでわたしは気づいたんだ。

美しく、その色合いを持つ人は稀である・・・そういわれるその天女の色は、

わたしの友達の天と・・・天を迎えにきた硝さんが持つ色だということに・・・・・・・・・。



 ***


暁時、そう言われる時刻に天姫(あまき)と呼ばれる天女に見紛うほどの美貌の少年は自室へと舞い戻る。

彼にとっては今日の昼間・・・だけど正しく言いなおすと昨日の昼間の出来事を思いだし、

苛立たしさに任せて髪を結い上げる簪を引き抜けば、

長く艶やかな薄紫の髪がばさりと音を立てて背に流れる。


自分と同じ色合いを持つ、だけど自分より格段に劣った美貌しか持たない自分の白妙。

天女の母である女に想いを寄せ、

だけど未亡人である彼女を幸せにしようと動くことすらしない先代天姫のハトコ。


「・・・・・・意気地なし。」


残念ながら幼い頃から天姫となることだけを考えて生きてきたこの少年に恋愛の経験はない。

だけど本当に好きならば、

相手を幸せにしたいと考えるのが普通ではないのかと真面目なこの少年は思う。


重たい豪奢な着物を一枚一枚脱いでいき、

その途中視界に入った腰ほどまである薄紫の髪に眉根を寄せる。

手入れの行き届いた艶やかな薄紫の髪も、見たものに妖艶な印象を持たせる濃紺の瞳も、

天女を思わせる麗しいかんばせも全て天姫に受け継がれるものである。


天姫の息子はまた天姫、同じかんばせに同じ色の髪、同じ色の瞳を持った息子が生まれる。

まるでそれは、クローンのようにそっくりで。


そのことに幼い当代の天姫はひどく恐れ、誰にも言ったことがないが気持ち悪いとさえ思っていた。


どの妓よりも美しいこのかんばせは、本当に自分のものなんだろうか。

このかんばせやこの髪や瞳にしか、自分の価値はないのではないだろうか。


そんな悲しい疑問など誰にも問いかけることはできなくて・・・・・・。

19代目天姫、今宵野(こよいの) 天はひっそり心の中からその疑問を消せないでいた。

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