1.見破れるものなら
題名はお題サイト、1141(http://2st.jp/2579/)様よりお借りいたしました。
僕が僕でなかったら、こんな風に君と出会わなかったのかもしれない。
そう思ったら僕は、自分のものかもわからないこの容姿と立場を、少しだけ好きになれる気がした。
自分の手の中にあるたくさんのもの、その中で何が本物で何が偽者なのか、
幼い僕にははっきりとわからない。
だけど・・・きっと僕は、偽りの蝶々。
***
散歩に出たら、知らない男たちに絡まれた。
めんどくさい、邪魔だ、ウザい・・・そんな文句ばかりが頭の中でくるくると回る中、どうしようか考える。
あぁ、人目さえなければこんな数人の男たち、簡単に伸してしまえるのに。
そんなことを考えていると、僕の背後から人を呼ぶ女の叫び声。
男たちはあっという間に逃げていき、残された僕は一人唖然とした。
***
「あの、大丈夫?」
わたしの声に男たちは逃げていき、そこにはからまれていた女の子だけが残される。
年齢にしては地味な色合いの着物を着た、
今まで見たことがないくらいに美しい顔立ちをした女の子。
肌は雪のように白く、陶器のように滑らかで・・・淡い紫色の髪と大きな濃紺の瞳が
アンティーク人形のように端正な顔立ちによく似合っていた。
「ありがとうございます、助かりました。」
動作の一つ一つが洗練されつくしていて、良家のお嬢様であることが窺える。
どう見ても庶民であるわたしにも深々と頭を下げ、
直視するのが戸惑われるほどに愛らしい笑みを向ける。
「いえ、別にお礼を言われるようなことしてないし・・・。」
「そんなことありません。貴女はわたくしを助けてくださったんですから。
わたくしは天と申します。貴女のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「あ、千国・・・です。」
はっきりとした・・・だけど優しげな声で彼女は名乗る。
同じくらいの年に見えるが、はっきり言ってその落ち着きは同じくらいの年には思えない。
「よろしければ、お礼として何か贈らせていただきたいのですが・・・?」
彼女の申し出に、わたしは思わず飛び上がる。
どう考えてもお嬢様らしき彼女とわたしの金銭感覚が同じだなんて思えない。
「え、えぇ!あの、そんなお礼してもらうほどのことじゃないし・・・。
あ、でもひとつだけ・・・。」
わたしの知らない世界で生きている彼女のことが、わたしは少しだけ気になった。
最初は、ただそれだけだったんだ。
「わたしと、友達になってくれないかな?」
***
はためく薄紫の髪は白銀の簪で結い上げられ、華奢な肢体は重たげで豪奢な着物を纏う。
見世清掻きが鳴り響く騒がしい見世の中を彼は人を探して歩いていた。
すれ違うたび、 妓たちに労いの言葉をかけ、
だけどその濃紺の瞳は目的の人物を探すことをやめやしない。
「イツクちゃん!」
目的の人物を発見したのだろう。パタパタと軽い足音を立て、走り寄る。
自分のほうに寄ってきた彼を見て、イツクと呼ばれた彼女はにっこりと微笑む。
その微笑みは年齢よりも若く見える彼女をいっそう幼く見せる。
決して、幼い・・・などと呼べるような年齢ではないのだが。
「貴方がこの時間にこちらにやってくるだなんて珍しいわね。」
そう言って笑い、イツクは男にしてはまだ小さい・・・
それでも自分よりもずっと高い位置にある彼の頭を撫ぜる。
さらさらと柔らかな音を立てて揺れる髪にくすぐったそうに捩る相手を見てイツクはまた笑う。
「イツクちゃんに、聞きたいことがあって・・・。」
仕事に関してすでに一人前である彼が、この後に及んで聞きたいこと。
いったい何があったのかイツクにはまったく予想がつかず首をかしげる。
「友達って・・・どういう存在?」
まったくもってわからない、そんな風に尋ねられた言葉にイツクはただぽかんとするばかりだった。
***
僕にとって初めての友達であった千国は、まさに”下町の娘”というにふさわしい子だった。
長い・・・薄紫の髪を三つ編みに結って、性別に反した綺麗な振袖に袖を通す。
天女と呼ばれるようになって3年。
天女となるまでは覚えないことが多く、遊ぶ時間なんてなくて、それでも別に構わなかった。
僕はこの遊女屋が大好きだったし、父に恥じない天女になりたかったから。
いつもとは違う、地味な結び方で帯を結び、薄色の衣を頭から被く。
長い髪の大半はそれに隠され、被いた衣の合わさったところをブローチでゆるく止める。
鏡に向かってにっこり微笑み、いつもと変わりないことを確認する。
「大丈夫。今日も僕は美しい。」
その自信こそが、僕が天女としてある理由。