占い師は恋を聞き、恋を盗み、恋に落ち、恋に眠る
今日も師匠について、町へ出ます。
師匠は普通の占い師みたいな格好をしていますけどすごいのです。
ただの占い師ではなくて。
『恋占い』の看板を立て、獲物を待ち構えます。
獲物というのも失礼で変ですね。
お客さんが正しいのでしょう。
どうも師匠のやり方ですと、獲物と言いたくなってしまうのです。
あ、一人いらっしゃいました。
二〇歳前後のお嬢さんです。
「いらっしゃいませ」
「……あの、評判を聞きました。よく当たる占い師だと……」
「聞いているのはそれだけですか?」
「……恋心を始末してくださるとか」
そう、師匠のすごいところは、恋心というか未練というかをさっぱりと忘れさせることができることです。
それが師匠の評判を高めています。
聞いてみたことがあります。
師匠のお持ちの不思議な力はどういうものなのですかと。
『クソみたいな役割を神に押しつけられただけだ。今でも納得いっていない。いや、押しつけられた時は、使命感に燃えたものだが。俺もバカだった』
『でもお客さんは皆満足しているではないですか。師匠は御立派です』
『……音がするんだ』
『音、ですか?』
『人は恋に落ちた時に音が鳴る。そして恋が続く限り、俺はその音を聞くことができる』
素敵な音なのでしょうねえ。
私もぜひ聞いてみたいものです。
『さらにはその音を奪うことができる』
恋に落ちた音を奪うと、奪われた人はその恋に対する執着を失ってしまうのだそうで。
それを利用して、恋に苦しむ人達を執着から解き放っているのですね。
お客さんが獲物である所以でもあります。
崇高な行為だと思うのですが……。
師匠は言っていました。
俺は恋の音に魅せられたからいただいているだけだ。
ゲスな振る舞いだ、と。
師匠がお客さんに言います。
「あなたは大店の若旦那に恋している。若旦那のほうもあなたに満更でもない態度を取っている」
「お、驚きました。その通りです」
「残念ながら若旦那はあなたを妻に相応しいと見ていない。少々あなたに対して助平心があるだけです」
「そ……やはりそうですか」
「ここまでお教えするのはサービスです」
「はい?」
「さて、どういう結末をお望みですか?」
実は師匠は回収した恋の音を使うことで、恋に落とすこともできます。
だから若旦那とこのお客さんを結婚させることも可能だと思いますが……。
「一番価格がお安いのは、あなたの若旦那に対する恋心をなくすことです。あなたに幸せの展望が開けます」
「他の選択肢もあるのですか?」
「若旦那があなたを抱く未来も、若旦那があなたを妻とする未来もあります。ただお勧めしません」
「……妻としてもらえる未来があるなら……。勧められないのは何故でしょう? お高いからですか?」
「若旦那は上流階級から嫁を取り、その繋がりで店を発展させることを期待されています。残念ながらあなたでは、その役割を果すことができない」
「……」
「若旦那の信用が落ち、店が傾く可能性が大きいです。あなたのせいだと決めつけられ、それはある意味正しいため批判を躱すこともできず。最終的に若旦那の愛も失われます」
「……」
愛が失われると、音も聞こえなくなるそうです。
因果なものですが。
「よってあなたが幸せになることはないでしょう。お勧めしない所以です」
「よくわかりました。私の恋心を始末してください」
おもむろに師匠が右手を上げて、掌をお客さんに向けます。
恋に落ちた音を奪っているのです。
「いかがでしょう? これで若旦那に対する恋は失われたはずですが」
「……頭がスッキリしました。私、視野が狭くなっていて。妄執に捉われていたのだなあと、今になって思います」
「よかったですね」
「はい! あの、見料は?」
見料を支払い、何度も頭を下げながらお客さんが帰っていきました。
師匠はとってもいいことをしていると思うのです。
お客さんも喜んでいますし。
でも……。
「ふう……」
「師匠、お疲れですか?」
「精神的にな」
師匠は善行を施したなんて思っていないのです。
真面目なものですから。
「俺は泥棒に過ぎない。客から恋心を盗み、さらに料金を巻き上げる。二重取りだ。罪が深い」
「そんなことはないですよ。お客さんの悩みの種を解消しているのですから。お金をいただいて当然なのです」
「……そうか?」
「そうですよ。師匠にしかできないことなのですもの。私は師匠を尊敬しています」
「ネイケはいい子だな」
師匠が頭を撫でてくれます。
私も頭を撫でてもらって嬉しがっていてはいけない年齢なのですが、心が温かくなります。
数年前、家を飛び出して路頭に迷っていた私を、師匠が拾ってくださいました。
命の恩人なのです。
師匠が落ち込んでいる時には助けて差し上げねば。
「ネイケがいるおかげで、俺はかなり助かっている」
「恐れ多いです」
「ハハッ、これからも頼むぞ」
「私のできることでありますれば」
あっ、新たなお客さんがいらっしゃいました。
また女性ですね。
恋に悩むのは女性が多いのか、それとも師匠の女性ウケがいいのか。
「いらっしゃいませ」
「よく当たる占い師でいらっしゃると伺いましたので……」
◇
――――――――――『師匠』こと占い師ルスト視点。
今日もくだらない一日が終わる。
俺も王都では少々名の知れた占い師だから、金には困ってないんだが。
家に帰る。
「師匠、すぐに御飯を用意いたしますからね」
「うん、ありがとう」
ネイケは貴族の出なのに、俺みたいなクズの世話を何くれとなく焼いてくれる。
貴族の出とはどういうことかって?
ネイケはバートリー子爵家の令嬢なんだよ。
よくある話だが、ネイケは父親の後妻及びその子供達と折り合いが悪くて。
軋轢に耐えきれず、家を飛び出したんだ。
父親は何をしてたんだろうな?
後妻を得る時に考えられる事項なんだから、責任を持つべきだ。
たまたま旅の途中だった俺が気まぐれで拾った。
ペット感覚だったな。
俺も癒されたかったのかもしれない。
あとから考えれば貴族籍はどうなってるんだとか、誘拐扱いされないかとか。
色々問題点はあったな。
自暴自棄に近かったからそこまで考えられなかったわ。
何もかも神のせいだ。
神が俺に中途半端な能力を与えたのが悪い。
俺にできるのは大雑把な未来を見ることと、恋に落ちた音を奪うこと。
既にストックしている、恋に落ちた音を与えること、それだけだ。
使い勝手が悪くてかなわん。
神のやつは、やれることをやってくれと言った。
能力を得た時は張り切っていたさ。
神に与えられた力でいい世の中にしてやる、くらいの気概があった。
しかし……。
……俺のやれることとはどこまでだ?
どうやっても幸せにできないケースがあった。
俺の勧めた通りにしなくて不幸になったこともあった。
理不尽に文句を言われたこともあった。
俺は無力なのではないか?
その思いがどうしても消えなくなった。
先読み能力のせいか限界も見えてしまって、却って絶望感が増した。
何もかも嫌になって旅に出た。
そんな時だ。
ネイケを拾ったのは。
絶望した目をしていた。
俺もこんな目をしているのかなと、妙に親近感が湧いた。
ついて来るかと聞いたらついて来た。
言っちゃ何だが、俺みたいな怪しい男の言うことを聞くなんてどうかしてる。
しかし俺について来ると決めたことで、ネイケの将来が明るくなった。
たまには俺の先読みもいい仕事するなと、ちょっといい気分だった。
ネイケと旅を続け、新しいものを見、また体験して、少しだけ気が晴れた。
それから王都に戻って、もっと割り切って能力を使うことにした。
占い師として活動して、金を稼いだ。
神にもらった能力をこんなことに使っていいのかとしばしば落ち込む。
が、そのたびにネイケが慰めてくれた。
『師匠の能力はすごいです!』
『不幸を避けられる人も多いですよ。尊敬します』
能力に寄りかかってるだけだ。
全然大したことなんかないとわかってはいても、ネイケが喜んでいるのを見ると嬉しかった。
一つだけ疑問だったことがあるので、ネイケに聞いてみた。
『なあ、何で俺が師匠なんだ? ネイケに教えられることなんかないぞ?』
『いえ、私が師匠と呼びたいから師匠なのです』
わかるようなわからないような理屈だな?
でもまあいいやと思った。
師匠って呼ばれると気分がいいし。
今でも落ち込む日はもちろんあるが、以前のように絶望的な気持ちにはならなくなった。
ちょっと世を拗ねてるだけ。
ネイケのおかげだ。
拾って数年が経ち、ネイケも年頃になってきた。
ネイケは明るくて器量よしだ。
几帳面だしな。
もう拾った時みたいなどんよりしたうつろな目を見せることはない。
ただなあ。
ネイケは将来のことをどう考えているんだろう?
「師匠、御飯ができました」
「うん、ありがとう」
具だくさんの大盛り汁をかき込みながら、ネイケに聞いてみた。
「なあ、ネイケ」
「何でしょう、師匠」
「実家に戻る気はないか?」
今のネイケは精神的に成長し、また様々な経験を積んでいる。
実家に戻ったって大丈夫だ。
それに……。
「実家に戻れば、そこそこの家の令息とすぐ婚約が成立する」
「それは師匠の占いの力で見た、私の未来ですか?」
「ああ」
貴族の令嬢として割と幸せなんじゃないかと思う。
ネイケが俺の元にいたらどうかって?
暗闇じゃないことは察せられるが……。
いや、俺の能力の限界の一つなんだけどさ。
自分に近いことはよくわからないんだ。
「ムリですよ」
「どうして?」
「貴族として教育を受ける機会を逸してしまいましたし。私が今更貴族の令嬢でございという顔なんかできませんよ」
ネイケはこう言う。
もっともなことではあるが、俺はネイケが賢く機転の利く娘であることを知っている。
庶民よりよっぽど丁寧な言葉遣いと所作を元々身につけているしな。
さほど問題はないはず。
「おそらくそろそろタイムリミットなんだ。もっと遅くなると、多分ネイケは貴族の令嬢に戻れない」
「既に手遅れですよ。私に貴族はムリです」
「しかし……」
いや、まあネイケの言う通りかもしれないな。
見かけ上幸せに見えていても、庶民暮らしをしていて貴族になろうなんて苦労が絶えないかもしれない。
俺の能力では細かいところはわからんしな。
となると商家に嫁入りというのも有力な選択肢となるか。
幸い俺の能力を買ってくれている者もいるから、嫁入り先の一つや二つ見つけられる。
ネイケがいい子だってことも知られているし。
うん、これでもまずまずの未来が見える。
「私は師匠が好きです」
「えっ?」
「師匠のお嫁さんになりたいです」
「えっ?」
「ダメですか?」
突然ぶっ込んでくるじゃないか。
そ、そんな可愛く首をかしげたってダメだ。
俺みたいなやくざな拗ね者の嫁になったっていいことない。
「お、俺が好きって何故だ? 俺はネイケを連れ回していただけだ」
「だって師匠は私の必要とする時にいつもいてくれたじゃないですか。家を飛び出してきた時も。病気で寝込んでいた時も」
「か、かもしれないけどよ……」
あれっ?
恋に落ちた音が鳴り始めた。
ネイケが今急に恋心を自覚したってこと?
俺に対する?
そんなことある?
「……ネイケが恋に落ちた音が鳴り始めた」
「敬愛とか親愛だと思っていたのです。師匠に対する気持ちは。でもよく考えてみると恋愛なのかなあ、と」
「お、おう」
好きです結婚してくれって言ってから恋心を自覚した?
順番おかしくないか?
いやでも面と向かって言われるとドキドキするわ。
俺の人生こんな場面なかったし、ネイケは可愛いしな。
ただなあ……。
「……言ってなかったか? 俺は自分にまつわることの未来は、占ってもハッキリ見えないんだ」
「知っています」
「俺はネイケに幸せになって欲しい。だからどこかちゃんとしたところに嫁に行ってもらいたいんだ」
「私のことを考えてくださってありがとうございます。私にも希望があるのですよ」
「ネイケの希望? それは何だ?」
「私をどん底から救ってくださったのは師匠です。だから師匠に幸せになってもらいたいのです」
ああ、お互いに同じことを言っているじゃないか。
これもまた気が合うということなのだろうか?
嬉しいな。
ネイケ、ありがとう。
聞こえない。
聞こえないのに聞こえた気がする。
これは俺が恋に落ちた音だ。
むず痒い。
「……後悔しないな?」
「しません」
「ではネイケは成人したら俺の嫁だ」
「はい!」
あ……。
何だ?
視界が変わる?
いや、これは……。
「師匠、どうされました?」
「バラ色の未来だ」
「は?」
「自分自身の未来は全然見えないんだ。でも雰囲気でわかる。俺達が幸せになることが」
今わかった。
俺はネイケを失うことを恐れていたんだ。
それがため俺はもう一つ積極的になりきれず、気持ちがネガティブになりがちだった。
しかし今、ネイケとともにあることが決まったから。
意欲が、やる気が湧いてきた。
俺自身が恋に落ちるとおまけがある能力だったのか。
神のやつ、説明が足りないよ!
ネイケの笑顔って華やかだな。
「わあ、両思いですね」
「両思いか」
こっ恥ずかしいわ。
でも俺、雰囲気くらいは読める。
「ありがとうネイケ。愛してる」
◇
――――――――――後日談。
婚約以後、占い師ルストのニヒルな態度は消え失せ、積極的に活動するようになる。
本職の恋愛関係だけでなく、不意の災害や豊作不作もピタリと当てるため、王家からも大変頼りにされた。
その弟子で後に妻となったネイケの支えもあり、見者ルストの名声は高まった。
一方で褒美は固辞する。
『これは神にもらった力だ。世に還元するべきだと考えている。俺は食っていくだけの金があればいい』
その清廉な態度はますます支持者を増やした。
私生活では二男一女に恵まれる。
いずれもひとかどの者に成長し、特に娘は王族に嫁いだ。
占い師ルストの力が重視されていたことは事実だが、娘もまた両親の薫陶を受け、優れた資質を開花させていたから。
ルストとネイケは生涯仲が良かった。
二人は死後、同じ墓地に葬られた。
墓碑銘にはこうある。
『神に手段を託され道を拓いた者と、それを助けた者。恋に眠る』
最後までお読みいただきありがとうございました。




