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歴史とDNA

北方ルートリターン

作者: とびうお君
掲載日:2026/03/18

 タイトルを見ればまた掌返しかと言えばそうなる。ここ最近ずっと前言った事をひっくり返してる。弥生人以外は全部ひっくり返してるか大きく変えてる。何ていえば良いかな、なるべく最新のやつを見てくれしか言えない。私の発言は続編もあるが修正もかなりある。


 さて新情報で論を組みなおす。まず北方でC2の根っこに近い枝が見つかった。ああこれからいるかな?ようするにこれはC2と言うYDNAハプログループの古いタイプが見つかったと言う事。ただややこしいのは飛び切りは古くない。この点話すと長くなるけど、C2は歴史が長すぎる。これは人類の分岐に分かりやすいアルファベットを当ててるだけ。


 Aの歴史が長くなるのは当たり前。ゆえにC2は古くからずっとある。そのためそれなりに古いタイプが様々な所で見つかるので起源地が簡単に特定できない。こういった理由から今までスンダランドだとされてきた。でも古代DNAが集まるほどおかしな点が見えてきた。


 古いタイプが北に多いのが分かってきた。突出して古いタイプが北にあるわけじゃない。確率統計?そんなかんじでC2全体の中で古いタイプが北に多いのが分かってきた。これは北が起源地であるのを示してる。じゃ何故突出して古いものが北にないのか?通常のハプロより歴史が古いC2は起源地が来たなら、突出したタイプが北にある可能性が高い。


 これももう分かっている。データをとりにくい中央アジアやシベリア全般じゃないか?と言われてる。カザフやモンゴル高原までのさらに北方のシベリアを含めてこの辺りで漠然とした領域にCそのものが居た可能性、これが新しいC2の起源地になる。


 C1の分岐はC1Bを見ると中央アジアロシア?など奇妙にも見えるが、実は古いC1Bがロシアから見つかっている。インドにも古いC1Bが残っているため、南下してインドの海岸部を進んだ可能性がある。C1AはBと分岐後にC1A1は東に、C1A2は西に向かったと考えられる。


 C1Bはインドからはスンダランドに向かってオーストラリアにたどりつき現代の配置に近くなる。この流れで元のCからC2が生まれそのまま東に進んで極東に孤立した集団として長く住み着くことになる。


 要するにアジアの北方ルートを使ったのはC2とQだけとなる。この点で触れないといけないのは、これまでNOが北方ルートと言う解釈が多かったのだが、NOはおそらく微妙な南方ルート。何故NOが長らく北方ルートと思われてきたか?と言うとスンダランドの遺伝子との混血がNO集団に少なすぎるからだ。


 じゃどこ?雲南長江を東に進むルートになる。微南方ルート。インダスからガンジスを横切ったこれが重要ポイント。今まで無視されてきたのは最近の研究で寒い時期に熱帯雨林が後退してサバンナになっていたとの研究が報告されているからだ。


 さて過去の研究に戻そう。過去は北方ルートが主流だった。しかしmtDNAや中途半端なYDNAが集まる事により南方にC2の枝やC2とついになるABCDの古いものがそれなりにあったためC2はインドから南下してスンダランドに向かうルートで分岐した後中国の海岸沿いに北上したモデルが作られた。


 そして今が再度北方ルートに戻ってきた。


 これはかなり可能性があるとみている。それは東アジア人の顔である。最近その事を上げたと思う。顔の寒冷適応は無かった。この立場が分からないとこれは分からない。この立場に立つとおかしいのがアメリカ先住民の顔になる。彼らはいわゆる寒冷適応の顔になってない。


 だが彼らは二重以外は寒冷適応と言われるアジア人とよく似ている。これは寒冷適応と言われる特徴的な顔が単に孤立した集団でランダムドリフトで固定化しただけと私は見てる。この時重要なのは混血しない閉じた集団だ。そのためには南方ルートは都合が悪い。混血しない北方ルートを通って、かつ東アジア到着後も混血が長い間避けれてた閉鎖した集団でずっといた結果だと見てる。


 モデルは作ったが実際は混血してる。混血は2回、1度目は、西から北方ルートで来たQ集団。でもこれはANA(北東部旧石器アムール人)集団すべてと混血したわけじゃなくて、その中の一部が混血して、現代のベーリング海峡に向かって、ここでベージリアン地域に氷河によって閉じ込められる。


 この集団はANAとは分離して、残ったアムール川下流域の集団の純粋性は保たれる。この後南方集団が北上して合流する。これがANA(C2系)を南方系だと誤認させた一因。そしてこの集団が、最初の北方ルートを潰して南方ルートに上書きした一因。


 ちなみに初期の北方ルートが否定されたのも大きい。石器の分布から北方ルートが想定されたが、この石器群の大半はQが作ったものと後から分かったため北方ルートが消えてしまった。C2の石器は?あるかもしれないが、Qの圧倒的な細石器の数と比べると石器から北方ルートを想定する事は出来ない。


 一因と書いたが他にもあるのか?ある。mtDNA、Aの存在だ。これ北なのか?南なのか?良く分からないんだ。たちがわるいのはBは明確な南方系で、おそらくスンダランドじゃなくて、NQと一緒にやってきた雲南長江ルートのハプロだと予想できる。


 CDは何故南方ルートに加えられたか謎になるほど。ただし、位置が微妙なんだ。アムールだけじゃなくて中国や日本に古いものが多くて明確に北と言えないんだ。CもDと似てるAほどは酷くない。じゃANAは南方系が混血してるので顔が変わるのじゃないか?


 これmtDNA、Bが過剰に出ていて核DNAレベルでは南方系の影響はほとんどない。しかもまだある。北上ルートである中国海岸部でこれから北に向かった古いハプロが大量に見つかるはずって予想を勝手に立ててしまったんだ。当然今も全く出てない。


 東アジア人の顔は以上の事から長期間他の集団から隔離されたため起こったランダムドリフトの固定化によるものだ。二重はさらにヤンガードリアス期の寒冷によって閉じ込められた集団が過酷な環境で数を減らしボトルネックにより遺伝子の多様性を減らした後起きたランダムドリフトによって誕生したとみてる。


 さらにこれが新石器後期から広がり、中国の歴史時代直前に東アジアに侵入して中国北部を平坦な顔一重というあの顔を作り上げた。


 2段階の変化を経て今の北東アジア人の顔は作り上げられたことになる。骨には残らないが、アメリカ先住民から一重は後から固定化された形質であるのは明らか。ちなみにアメリカ先住民とアムール川流域の日と似てるか?ならそこで邪魔をするのが西洋人に近いQ集団の存在になる。


 当然元の顔と変わってしまう。もう1つ一重が持つ印象ってものすごく重要。これだけで全然顔が持つ印象が違って見える。私自身間違った復元モデルで何度も騙されてるので確か。


26/3/19追記:

 古いCがロシアにいる。これは新たな話が出来上がる。これはタイトルを変えたほうが良い。でも分量が少ないし話の連続性から追記にする。


 結論から言うとこれが東西の顔の違いを生んだとみてる。


 Cはイラン東部辺りで一部が海岸ルートをたどる。これがCから後に分岐してC1Bとなりスンダランドを通過し、オーストラリアでアボリジニの先祖となる。次にパキスタン辺りを北上してC1Aが生まれてこれが西に向かってC1A2になり、東に向かってC1A1となる。この時ぶわーっと広い範囲でC1A2が西に向かうのを捉えて欲しい。


 まるでそれは、ロシアや中央アジアから西に向かって水の入った瓶を倒してしまったような水の広がりだと思うと良い。東は気にしなくて良い。あれはほとんど残ってないので日本にたどり着くまでの過程がさっぱりわからん。


 はっきり言うと間に残らない集団何て無い。狩猟採取ですらすべての集団が移動して突然現れる集団はいない。現代においてそう見えるのはYDNAの場合別のハプロになったか?核DNAなら絶滅しただけだ。


 さてここからは脇道の話をする。Cの後の分岐のFやKがインダスガンジス辺りで生まれるととても良い整合性になる。このハプロ東西南北すべてに拡散した。しかもこのハプロ集団東アジアよりの核DNAの特徴を持っていた。これは元のC集団がC1Bと分離後そう変化した証だ。


 東アジアよりだったのじゃなくて、西方的DNAをもっていなかったが正しい。私はこれをC1Bが出アフリカに近いのに対して核DNAが別クラスターになった集団だと捉えている。K以下のハプロはおそらくすべてこの辺りで生まれたとみている。ええ西方集団はもっとアラブ寄りだったのでは?


 西方のコアは今から話す。西方集団でおそらくYDNA集団はあまり寄与もしてないと見てる。過剰にYDNAが出た典型例かと。


 北方に残ったC集団は最後の枝が生まれる事になる。これこそがC2集団になる。この集団が何か?は追記で書いたので省略。そしてこの集団が持つ顔の幅の広い形質を持った点が元集団からごっそり抜けたとしよう。残った集団は自然と顔の幅の狭い集団にならないか?


 そう、東洋人と西洋人の顔は適応的な形質ではない。たまたま片方にややよった集団がごっそりぬけたので、その反対の性質が多い集団が残っただけに過ぎない。これは適応的な形質ではない。これは核クラスターの東西分岐も説明できる。両方がどうして生まれたか?を同時に説明できる。


 後は、このDNA未開のロシア中央アジアで分岐クラスター集団が見つかれば完成。ちなみにC1A2のコステンキの核DNAは西方集団に近い。人骨もやや現在の欧州人に近い。すでにこのモデルに近いものは見つかっていて、元集団の核DNAもウスチイシムがそれを示している。


 これ以上の証拠はロシア中央アジアでもっと数を増やすことが何よりも重要。


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