4話 勘違いのバラエティーと美しい鼻水
忙しい時間が終わり、
皆が落ち着いて話をし始める。
ひろ子と私はささっと二人で
片付けを終らせ、
コーヒーを片手にテーブルで
ゆっくり流れる時間を過ごす。
先程のバラエティータイム
から2時間程経ったであろう時に
扉からノックの音が聞こえ、
静かに扉が開く。
整えた髪型にスーツを
ピシッと着こなした若者が
申し訳なさそうな表情で立っている。
「失礼いたします」
緊張しているのか、
裏返りそうな声を発しながら
ぎこちなく入店してくる。
先程の粗暴な若者が身なりを整えて来た。
まるで初めて面接に来た学生の様だ。
先程の珍事件を見ていた
お客さんは笑いを堪えている様だ。
その様子を察したのか、
若者は顔を真っ赤にして
静かに扉を閉めようとした。
「ちょっと待ちなさい、
3度もここに来たのであれば
困っているのだろう?
そこのテーブルに座って
少し待っていなさい。」
そう言って私はコーヒーをたてる、
礼儀をわきまえた人には
こちらも真摯な対応をするのが筋である。
ひろ子に目で合図を送り、
個室の準備をさせる。
「みなさま、
私どもに少し用事ができましたので
申し訳ないのですが
先に勘定を済ませて下さい。
その後はゆっくりして頂いて結構ですので、
誠に勝手ながら申し訳ございません。」
そう伝えると皆がそぞろと
支払いを終らせる。
そのままテーブルで話を続ける者
「またくるよ」
そう笑顔で言ってくる者
皆が個々に判断をし、各々好きに動く。
店に残ったお客様に
「すみません、
私どもは少しこの場を離れますので、
後はご自由にお過ごし下さい」
そう伝え、緊張した彼を個室に通す。
部屋の真ん中にテーブルが用意された個室、入り口に近い席、下座にあたる席に
コーヒーを置き、私は奥の席に座る。
「どうぞお掛けになって下さい。」
そう伝えると彼は少しもじもじした様子で
控えめに席に着いた。
ひろ子が静かにドアを閉め、
私とひろ子で若者を挟む、
「コーヒーでも飲んでリラックス
して下さい、話はそれからです。」
彼が小さく会釈をしながら慎ましく言う。
「頂きます……」
そしてコーヒーを啜る。
ホッとしたのか表情が緩む
「先程は礼儀をわきまえず
失礼致しました」
丁寧に発した言葉を言い終わると
同時に頭を下げてきた。
なかなか礼儀正しい若者ではないか。
先程の態度はなんだったのであろう?
私はひろ子に目配せをする。
彼女は一つ頷き発する。
「審判の天秤」
ひろ子の瞳がグレーに変わる。
本人曰くありとあらゆる嘘と
悪意を判断する能力ということだ。
私は彼に問う。
「まずは名前を教えて頂けますか?」
「名も名乗らず申し訳ございません。
私は氷室蛍といいます。
よろしくお願いいたします。」
ほう、なかなか律儀な挨拶の仕方だ。
ひろ子の方を見る。
何の反応もない。
偽名は使用しては無いようだ。
「大変律儀で知的な方だと
お見受けしたのですが、
先程のは何故あのような行動を?」
彼は恥ずかしそうにしながら
ポツリポツリと話し始める。
「あの、なんと言えば良いのか、
全然移住を許可して貰えない守り人の方が
いらっしゃると聞きまして、
最初に勢いで負けてしまったら
通して貰えないのでは?
と考え勢いであのような行動を、
それと……。
緊張でより一層声と態度が
大袈裟になってしまいました。
二回目に扉を空けた際、
人間のあなたが目に入り、
真面目そうな方だとお見受けしたので、
三度目は礼節を搔いてはいけないと思い、
正装で参った次第でございます。」
何を言い出すのかと考えていたら緊張と?
そんな事あり得るのかと疑問に思いながら、
ひろ子を見ると相変わらず反応がない。
全て真実だと分かった途端
笑いが込み上げて来た。
ただ、これは面接である。
笑いを抑え込み質問を続ける。
「ああ、そういえばこちらも
名乗っておりませんでした。
申し訳ない、私は長谷部潤、
彼女は妻のひろ子と言います。
貴方は嘘をつく方では無いようなので、
さて、本題なのですが
貴方は何故こちらに移住を
希望してらっしゃるのですか?」
「長谷部様、ありがとうございます。
改めてよろしくお願いいたします。
移住理由に関してなのですが、
単純にお金を稼ぎたいからです。
こちらでしか採掘出来ない鉱物を
輸入したいと考えております。」
「ほう、出稼ぎですか」
ひろ子の顔を見る。
首を傾げている。
と言う事は何か不明瞭なことが
あるということか。
「蛍さん、貴方は何か隠し事を
しては居ませんか?
単純な金策であれば地球の方でも
利益の高い仕事などはいくらでも
あると思いますが?」
蛍はビクッと体を起こし目を見開く、
観念したように少しずつ話し出す。
「忌み病……
地球では名前を聞くだけでも
避けられる病気……
妹はコロラド病なのです。
コロルド病の特効薬はミスリル鉱石の
近くに咲くとても美しく、枯れない花、
『ミスラリオン』でしか治療出来ない
と聞きました。
地球の流通では権力者が買い漁り、
私どもの様な平民では到底購入
出来ない価格で取り引きされています。
私は妹の様なコロルド病の患者に
ミスラリオンを配る為に
密輸をしようと考えておりました。
もちろん家族を養うお金も必要です。
両方を手に入れるには
これしか無い、
と考えての移住です。
貴方には隠し事をしても
全て見透かされる様だ、
密輸を企む移住なんて、
許可はおりないですよね?」
私は率直に答える。
「密輸者を許す訳にはいきません。」
蛍は頭を垂れ、深いため息をつく。
ひろ子を見ると反応が無い、
やれやれ、
ホントに馬鹿が付くほどの正直者だ。
それでいて無欲過ぎる。
ため息をつきながら私は言葉を続ける。
「貴方の移住は認められません、
ただ、こちらで働くのは許可します。」
蛍が驚いて顔をあげる。
「大切な家族をほおっておいて、
許される訳が無いでしょう?
貴方には鉱山管理のコミュニティーの
現場責任者として働いて頂きたい。
現場責任者であれば流通の流れも
変えれるでしょうからね、
その分、苦労と努力が人一倍
必要となりますが、
現場責任者となれば家族みんなに
普通以上の生活させる為の
賃金などすぐに稼げる。
なんなら生活する上での資金の
余裕もすぐに出来るでしょう。
そのお金をどう使おうが
私の知ったことではない、
例え忌み病患者のサポートサークルを
造ろうが、まぁ貴方のやる気次第です。
如何なさいますか?」
蛍の頬に一筋の涙が流れる。
口がワナワナし、
遂には声を上げて泣き出した。
ひろ子を見る、何の反応もない。
つくづく欲の無い人だ、
ホントに呆れるほどに。
まぁ、こんな人に会えるから
人事職を離れられないんだが、
にしても泣きすぎだ。
蛍は立ち上がり、
ぐしゃぐしゃな顔で私の方に向かって来る。
そして私の手をつかみ。
「あじがどぅごじゃいわず、
あじがどぅごじゃいわず」
と、連呼してくる。
あーあ、私の服と手が汚れる。
と思いながらも私も微笑んでしまう。
「全く……」
彼はすぐに契約書を書いた。
まあ、蛍であれば弱き者の気持ちを
汲み取り、良い仕事をくれるであろう。
と、思いながらも少し心配なので、
契約書の下に一つ文言を付け足しす。
『扉の前の喫茶店に月に一度は
お客さんとして来ることを約束する事』




