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外出の意味

城の石造りの廊下は、朝の光を受けて淡く輝き、金箔の装飾が天井で反射して厳かな空気を作り出していた。だが、第六王女はその荘厳さに息が詰まり、肩を軽くすくめる。毎日「王女殿下」と呼ばれる生活は、当たり前でありながら、重さもあった。


「城の中で暮らしていると、不思議なものね」

小さな声でつぶやき、窓越しに庭園を見つめる。噴水の水音が静かに耳に届き、庭の樹々が朝の光に揺れていた。「皆が私を王女殿下として扱うのは当たり前だけれど、それが毎日となると、息が詰まるのよ」


護衛隊長は背筋を正し、ただ静かに周囲を見渡す。外からは町のざわめきが届き、パン屋の呼び声や荷馬車の車輪が石畳を鳴らす音が城の静けさを破っていた。


「……だから私は時々、こっそり抜け出すの。父上には『視察』と言い訳しているけれど、本当はただ、普通の娘みたいに町を歩きたいだけなの」


第六王女の瞳はわずかに輝き、窓から外を見つめる。護衛隊長は息をひそめて観察する。王女の小さな行動ひとつが、国の均衡に影響し得る。


「いつものところに行きます。ついて来なさい」


彼女は軽やかに歩き出す。護衛隊長はすぐに足を合わせ、慎重に問いかける。「どちらへ向かわれるのですか?」


「ついてくればわかるわ」


護衛隊長は眉をひそめ、心の中で警戒を強めた。「いつものところ」――就任して日が浅い自分にとって、まだ見えぬ王女の習慣。王女の行動一つで民心を揺らすこの土地で、警戒の手を緩めることはできない。


外に出ると、冷たい風が頬を撫で、町の匂いが鼻を打った。石畳を踏む靴音の響き。店先では主婦たちが朝の支度をし、子供たちが荷馬車の後ろを追いかける。第六王女は立ち止まり、周囲を見回す。まばゆい光と活気が、城内の整然とした空気とは違う温度で、胸に届く。


「王女が外に出る意義は、『民を見るため』だけではありません」

彼女は護衛隊長の方をちらりと振り返り、軽く手を振る。「同時に――王女自身が、現実に触れ続けるためでもあります」


護衛隊長は唇をわずかに結び、背筋を伸ばす。「城にいれば、すべては整った形で届きますから」


「ええ」

第六王女は大きく息を吸い、街角の光景を目に焼き付ける。「城の中では、悲しみも怒りも、時間をかけて薄められて届く。


けれど町に出れば、それらは生活の温度のまま、そこにある。差を知っているかどうかで、判断の重さは変わってしまう」


歩きながら、手を振る人々に微笑みを返す。小さな子どもたちがはにかむ。第六王女は静かに、だが確かに心を傾ける。


「もう一つ、王女が姿を見せること自体が、何かを『約束』する場合があります」


護衛隊長は剣に手を添え、周囲を警戒する。「……約束、ですか」


「忘れていない、という約束。見捨てていない、という合図。ここで生きている人たちを、同じ世界の中に置いている、という意思表示よ」


第六王女は歩を止め、石畳に目を落とす。小さな市場の人々の視線が、彼女を一瞬で取り囲むようだった。


「大仰な演説より、法令より、一瞬のすれ違いの方が、ずっと強く残ることもありますから」


護衛隊長は肩越しに街の様子を見つめ、耳を澄ませる。王女の存在は、見せるだけで民に希望を与え、同時に自らを戒める責任でもある。


「姿を見せること自体が、責任になるのですね」


「はい」

第六王女は小さくうなずき、風に髪を揺らす。「もちろん、万能ではありません。私一人が歩いたところで、すべては変わらない。


でも――変わらないものを『変わらないまま守る』ために、見続ける役目は誰かが負わなければならないの」


護衛隊長は目を細め、剣を握り直す。第一王女を守ったあの時と同じ覚悟が、胸をよぎる。


「隊長、あなたが背後に立ってくれるからこそ、私は前に出られるの」


彼女は微かに笑みを浮かべる。「王女が外に出る意義とは、命令ではなく、責任を引き受け続ける覚悟。私は、そう考えていますわ」


風が吹き、街の匂いと人々のざわめきが二人の間を流れた。護衛隊長は剣に力を込め、微かに息をつく。

第六王女はゆっくりと前を見つめ、今日も変わらぬ覚悟を胸に、歩き続ける。


石畳に二人の足音が響く。朝の光を受けて、濡れた石が淡く輝き、町のざわめきが近づく。子供たちのはしゃぐ声、商人の呼び声、荷馬車の車輪の音――すべてが城の静けさとは違う、生きた温度を持って耳に届く。


第六王女は足を止め、迷いなく古びた扉をノックする。手首の動きは軽やかで、音に力を込めることもなく、自然に、そして堂々としていた。


「こんにちはー。今日も来たわよー」


扉の向こうから笑顔のおばさんが顔を出す。

「これはこれは、第六王女殿下、ご機嫌麗しく

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