「新しい任務」
婚姻の儀は、無事に終わった。
第六王女はそう表現するしかなかった。
雲ひとつない空の下、第一王女は隣国へ嫁いで行った。
あれほど大きな存在だった背中が、馬車の向こうに消えていくのを、ただ見送ることしかできなかった。
そして――我が国に残された者たちも、それぞれの場所へ戻っていく。
護衛隊長も、その一人だった。
玉座の前。
広間の空気はすでに緩んでおり、式典の緊張はない。それでも護衛隊長は、深く、深く頭を下げていた。
「畏まりました、陛下。
第六王女殿下の護衛任務、謹んで拝命いたします」
その横で、第六王女は腕を組み、じっとその姿を眺めていた。
頭を下げる角度。背筋の張り。声の硬さ。
――まだ、だ。
「ねぇ、隊長」
軽く声をかけると、護衛隊長は即座に顔を上げ、姿勢を正す。
「もしかして……少し、嫌そう?」
探るような言い方だった。
護衛隊長は一瞬だけ視線を泳がせ、すぐに首を振る。
「滅相もございません。ただ……第1王女殿下の護衛とは、また勝手が違うため……」
「あら。“勝手が違う”なんて意味深ね?」
第六王女は口元に笑みを浮かべ、わざと一歩近づく。
「私はそんなに面倒ではありませんわよ?」
「……ふむ」
護衛隊長は視線をそらした。
それだけで答えは十分だった。
「第六殿下は……非常に……自由奔放でいらっしゃいますので」
「ふふ。褒められている気がしないのだけど」
そのやり取りを聞きながら、国王は愉快そうに笑い、何も言わずに広間を後にした。
――褒めてはいない。だが、否定でもない。
護衛隊長は心中でそう整理する。
この方は、第一王女殿下とは違う。剣で守る“背中”ではない。
走り出す“横顔”を追う護衛になる――そんな予感が、すでにしていた。
第六王女は、彼の沈黙を横目で見ながら、内心で小さく息をつく。
――この人、まだお姉様の時間に片足突っ込んだままね。
仕方ない。
それだけ、ちゃんと守ってきたという証だ。
「さて、と」
第六王女はぱん、と軽く手を叩いた。
「形式的なことも終わったし、お父様もいなくなったことだし。歩きましょうか」
「承知しました」
「せっかくなので……まずは王都を見回りに行きますわよ」
「……見回り、でございますか?」
護衛隊長の頭の中で、瞬時に配置が組み替えられる。
巡回路、警戒点、時間帯――だが、そのどれにも“王女自身が歩く”想定はない。
「第六王女殿下、それは兵の仕事であって――」
「私が行くから、意味があるの」
言葉は柔らかいが、揺らぎはなかった。
「第1王女がいなくなった今、王族としての“顔”も必要でしょう?
王宮に閉じこもっていたら、国民の声なんて聞こえないわ」
……理屈が通っている。
しかも、その言い方は、第一王女殿下が選びそうな結論だった。
「はい、承知しました。では、外套を。風が強い日ですので」
外套を掛けられた瞬間、第六王女は一瞬、目を瞬かせた。
――あ。……この感じ。
「……ふふ。優しいのね、隊長」
「当然でございます。王族をお守りするのが、私の職務ですので」
王族。職務。
「なるほど」
第六王女は一歩踏み出し、振り返る。
「じゃあ今度は、私が守られる番というわけね。光栄ですわ」
“今度は”。
その言葉に、護衛隊長の胸が、わずかに軋んだ。
「では、まいりましょうか」
廊下を進む足音。
外気の気配が近づく。
「第六王女殿下。任務として申し上げます。どうか……あまり無茶はなさいませぬよう」
「“無茶”の基準が、どこにあると思っているの?」
「その……嫌な予感しかしませぬ」
「ふふっ。退屈だけは、しないと保証しますわ」
門が開かれ、冷たい風と街の喧騒が流れ込む。
音も、匂いも、空の広さも、すべてが違う。
「さあ。新しい旅の始まりよ、隊長」
護衛隊長は一歩後ろに立ち、剣に手を添えた。
第一王女の影を守る剣は、ここで役目を終えた。
これからは、予測不能な背中を追う。
「どこまでもお供いたします、第六王女殿下」
二人は城外へと歩み出す。
――新しい任務だ。
だがこの一歩は、国の外ではなく、この国の“未来”へ向かっている。




