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均衡の国の第6王女  作者: てきてき@tekiteki
第三王女

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扉 (最終話)

 護衛隊長は、街を歩きながら考えていた。

あの失態を犯した上で、なお街を歩けている意味を。


それは――

「ああいう事」が起きた翌日、

いや、正確には当日と呼ぶべき時間だった。


護衛隊長に与えられたのは、

休息ではない。

猶予でもない。


謹慎という名の、思考の時間だった。


それを与えたのは、

他ならぬ国王直属の親衛隊長である。


国王に進言する、という形は取られていた。

だが、その言葉は短く、逃げ場のないものだった。


「何も処分しないわけには、行きません」


その一言で、場の空気が引き締まる。


「除隊とするのは流石に……

 当分の間、謹慎処分としましょう」


淡々と、だが確実に言葉が浴びせられる。


「お前は謹慎しながら、

 自身の本分を見つめ直せ!」


護衛隊長は、即座に膝をついた。


「ハッ!」


そして、思わず問いを重ねる。


「では、私はこれより地下の牢獄へ……」


その問いに、親衛隊長は一瞬も迷わなかった。


「お前はそれで良いのか!

 本当に、そのままで良いのか!」


「では……いかようにも」


「自分で考えろ」


言い切る。


「そして、自分で思う最善の行動をしろ!」


それだけだった。


拘束はない。

監視もない。

行動制限の細則もない。


――何も、縛られていない。


それが、どれほど重い処分であるかを、

護衛隊長は理解していた。


そのやり取りを聞きながら、

国王陛下は静かに目を閉じていた。


そして、すべてを悟ったように、

ただ一言だけ発した。


「……そのように、いたせ」


声は、驚くほど穏やかだった。


自分の娘に危険が及んだのだ。

怒り、責め、誰かに責任を取らせようとする。

それは、父として当然の感情のはずだった。


だが、陛下はそうしなかった。

処罰ではなく、思考を選んだ。

拘束ではなく、判断を委ねた。


だから――

国王なのだろう。


だからこそ、

あの国を治めているのだろう。


護衛隊長は理解した。

これは罰ではない。

逃がしでもない。


「行って来い」という命なのだと。



そして実際、

外出の許しは思っていたよりも静かに下りた。


国王は、多くを問わなかった。

理由を詳しく聞きもせず、

ただ一言だけ告げた。


「行ってこい」


命令ではない。

許可でもない。

理解だった。


護衛隊長は深く頭を下げ、

その場を辞した。


城門を出ると、

朝の空気はひんやりとしていた。

石畳を踏む音が、

城内とは違う響きを返す。


鎧は着けていない。

剣も、目立たぬ形で腰に下げただけだ。


肩書きは、

今は置いてきた。


護衛隊長は、城下を歩く。


人々の会話。

商人の呼び声。

パンの焼ける匂い。


すべてが、昨日と変わらぬ朝のはずだった。


だが、彼の目には違って見える。


視線の動き。

言葉の端。

噂話が一瞬、声を落とす、その間。


――赤い髪。


はっきりとした言葉ではない。

名前が出るわけでもない。

ただ、話題に上った瞬間、

ほんのわずかに生じる、間。


(……聞こえるか)


無意識のうちに、

護衛隊長は歩調を緩めていた。


街の音に、

赤い髪の情報が紛れていないか。

誰かが、何かを見ていないか。


つい、

聞き耳を立ててしまう。


――職業病だ。

いや、それだけではない。


ふと、視界が揺れた。


一瞬、

地面が遠のく。


睡眠が、足りていない。


昨夜、

まともに目を閉じた記憶はなかった。


だが、

それを理由にすることは出来ない。


言い訳が許される立場では、

もうない。


護衛隊長は、

小さく息を整え、足を止めずに歩き続けた。


(……ここだ)


足が、止まる。


見覚えのある家の前だった。


昨日、

第三王女と共に昼食をいただいた場所。


豪奢でもなく、

貧しさを誇るでもない、

ただの家。


だが――

人が、正直に話す場所だ。


護衛隊長は、

一度、深く息を吸う。


ここで聞く話は、

都合の良いものではないだろう。


だが、

それでいい。


真実は、

いつも居心地が悪い。



彼は、戸口の前に立つ。


手を伸ばせば届く距離に、

木製の扉がある。


昨日も、

この前に立った。


あの時は、

第三王女が隣にいた。


赤い髪が陽を受けて揺れ、

家の主と言葉を交わしていた。


護衛という立場を越え、

人として向き合う姿。


それを、

半歩後ろから見ていた。


今日は、

一人だ。


ノックをする前に、

一瞬だけ迷いがよぎる。


――自分は、

何としてここに来たのか。


護衛隊長としてか。


いや。


その肩書きを背負ったままでは、

ここでは何も聞けない。


問いは圧になる。

沈黙は拒絶になる。


肩書きは、

時に言葉を歪ませる。


――護衛隊長としての自分は、

 ここには居ない。


今、必要なのは。


一人の人間として、

訪ねること。


それだけだ。


答えは、

すでに決まっていた。


護衛隊長は、

静かに手を上げる。


この一歩は、

処分の続きであり、

再出発でもある。


拳が、

扉の板に触れる。


わずかに、

木の温もりが伝わる。


そして――


戸を叩いた。


乾いた音が、

小さく、確かに響く。


その音は、

街のざわめきに紛れるほど小さい。


だが、

彼の中でははっきりと鳴っていた。


ここから始まる。


尋問ではない。

裁きでもない。


理解へ向かう最初の音だ。


この先で、

何を聞くことになるのか。


どれほど重い現実を、

受け取ることになるのか。


それでも――

ここから始めると、

決めたのだから。



その音が、

家の内側へと吸い込まれていく。


護衛隊長は、

手を下ろしたまま、動かない。


返事があるまで、

待つ。


待つことも、

覚悟の一部だ。


背後では、

街の音が続いている。


子供の笑い声。

荷車の軋み。

遠くで鳴る金槌の音。


すべてが、

いつも通りの朝を刻んでいる。


だが、

彼にとっては違う。


ここから先の言葉が、

守る形を変える。


自分が背負うのではない。


次に立つ者へ、

正確に渡すための材料を得る。


それが、

今の自分に出来る最善だ。


扉の向こうで、

微かな物音がする。


足音。


一瞬の沈黙。


護衛隊長は、

目を閉じる。


第三王女は、

まだ眠っているだろう。


昨日の出来事が、

身体と心の奥に沈み込み、

そのすべてを溶かすように。


泣き腫らしたその顔は、

きっと、幼い頃の面影を取り戻している。


何も知らず、

何も背負わず、

ただ守られている眠り。


護衛隊長が

どんな覚悟を選び、

どんな重さを引き受けたのか。


彼女は、まだ知らない。


だが、それでいい。


守るとは、

すべてを知らせることではない。


背負わせないことも、

守りだ。


扉の内側で、

鍵が外れる音がする。


だが――


その先の言葉は、

まだ描かれない。


必要なのは、

結果ではない。


選択だ。


護衛隊長は、

静かに息を吸う。


赤い髪を巡る物語は、

確実に次の段階へと踏み出した。


その最初の一歩は、

この小さなノックの音だった。


第三王女編 第一部 了

ここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

本作はこれに一度完結とさせていただきます。


本作は「旧版」となります。

近く、改訂版(構成を再整理したver.)を公開予定です。


大筋は同じですが、

一部エピソードの順番や演出が変わります。


既読の方は、違いを楽しむ感覚で。

新規の方は、改訂版からの読了をおすすめします。

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