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第6王女の視線

 私はこの国の第六王女。

 六番目という響きが示す通り、私に与えられる待遇は「それなり」だ。過不足なく、目立ちすぎず、期待も重すぎない。第一王女たちも同じように、それぞれの順番に応じた重みを与えられている。ただ、数字が小さくなるほど、その重さは確実に増していく。


 一日一度、私は必ず『一番のお姉様』である、第一王女の部屋を訪れる。

 勉強会という名目のお話相手。そう呼ばれているが、実際には私が学ぶ側だ。


 部屋に入ると、いつも同じ光景が広がっている。大きな窓から射し込む柔らかな午後の光。机の上には何冊もの書物が広げられ、第一王女は椅子に背筋を伸ばして座っている。指先でページの端を押さえ、読むとも読まぬともつかない視線を文字の上に落としているのが常だ。


 けれど、ここで学ばされるのは文字ではない。


 第一王女は、教え諭すような言い方をしない。

 声を荒らげることも、感情をぶつけることもない。

 ただ、何気ない会話の中に、生き方そのものを忍ばせてくる。


「六番目」


 私が椅子に腰を下ろしたのを確認してから、第一王女は顔を上げた。視線は真っ直ぐで、けれど柔らかい。


「まず、これだけは覚えておきなさい。この国は、二つの大国に挟まれて立っている」


「……ええ。嫌というほど、聞かされておりますわ」


 私は肩をすくめて答える。第一王女はその仕草に小さく目を細めるだけで、咎めはしなかった。


「あの二国は仲が悪い。昔から、土地と誇りを巡って争い続けてきたわ。もし隣り合えば、戦は避けられない」


 そう語りながら、第一王女は書物を閉じる。音を立てないよう、そっと。まるで話の続きを空気に委ねるように。


「だから私たちが“間”にいる。緩衝地帯、でしょう?」


 私が言うと、第一王女は静かに頷いた。


「そう。争いを遠ざける代わりに、誰かが代償を払う国。それが、私たちの立場よ」


 その言葉に、私は一瞬、指先を握りしめていた。


「……最近、その代償が、第一王女だという話が城中に広まっていますわ」


 第一王女は一度だけ瞬きをした。ほんのわずかな間を置いて、窓の外に視線を移す。


「隣国の第二王子の噂ね。妃が事故で亡くなったとか……真実は分からないわ」


 指が、机の上で重なった。その仕草が、無意識のものだと分かってしまうのが、少し怖かった。


「けれど、相手が強国の王子である事実は変わらない」


「黒い噂があっても、ですか? そんな相手に……なぜ」


 私の声は、思ったより強く響いた。第一王女は責めるような目を向けず、むしろ穏やかに首を横に振る。


「国の力関係は、感情で選ばれない。均衡を保つためには、“最も重いカード”を切る必要があるの」


「……それが、第一王女。いつも、そうですわね」


「ええ」


 短く肯定しながら、第一王女は微笑んだ。その笑みは、どこか作られたものに見えた。


「この国では、上位の存在に妃を差し出す役目は、必ず第一王女が担うの」


「納得できませんわ」


 私は思わず立ち上がりそうになり、膝の上で拳を握った。


「価値だの、均衡だの……人を物みたいに扱っている」


 第一王女は、ゆっくりと私に向き直った。その目は静かで、揺れていない。


「反発する気持ちは、正しいわ。でもね、六番目」


 第一王女は少し身を乗り出し、声を落とす。


「心まで差し出す必要はない」


「……どういう意味ですの?」


「行くことと、屈することは違う。嫁ぐことと、自分を失うことは同じじゃない」


 そう言い切ると、第一王女は背筋を正した。


「私は“国の役目”として立つ。けれど、どう考え、どう振る舞うかは、誰にも奪わせない」


「そんなの……綺麗事ですわ」


「いいえ」


 第一王女は、はっきりと首を振った。


「それが、生き残るための心構えよ。覚えておきなさい。王女は、ただ差し出される存在じゃない。立った場所で、価値を示す存在なの」


 私は、思わず息を呑んだ。


「……本当に、第一王女らしいですわ。強いふりをして、全部背負って」


 第一王女は、少しだけ肩をすくめて笑った。


「強がりでいいの。立っている限り、国は守られる」


 そして、私を真っ直ぐ見つめる。


「だから、あなたは覚えていなさい。いつか同じ立場に立った時、“自分の在り方”だけは、手放さないこと」


 その言葉は、音もなく胸に落ちた。

 机の上の書物は、最後まで開かれなかったけれど――私は確かに、この部屋で、生き方を学んでいた。


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