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第三王女 「夜を裂く疾走」

「――国王陛下へ、至急伝達を!」


声を上げるよりも早く、

護衛兵の一人は馬腹を蹴っていた。


夜の街路を、

蹄の音が一直線に切り裂いていく。


振り返らない。

迷わない。

手綱は低く、体は前へ。


彼の背には、

今夜のすべてが乗っていた。


王城の門が近づく。


通常なら、

この時間の通行は厳しく制限される。

だが――


門兵は、馬を止めなかった。


止める理由が、なかった。


走り抜ける兵士の手に、

緊急時の印の旗が翻っているのが、

はっきりと見えたからだ。


「……行け」


誰かが、低く呟く。


門は開かれ、

兵士はそのまま城内へと飛び込んだ。


その瞬間。


城のあちこちに、

灯りが入り始める。


一つ、また一つ。

回廊、階段、詰所。


眠っていた城が、

音を立てずに目を覚ます。


王城は、

こういう時のために存在している。


兵士は、

勢いを殺さぬまま城内を駆け抜ける。


だが――

ある地点で、ぴたりと足を止めた。


息が、荒い。


そこは、

国王陛下護衛部隊が守る区域。


これ以上は、

無断で踏み込めない。


廊下の空気が、

一段、張り詰める。


声は上げない。

剣も抜かない。


だが、

その立ち位置と視線だけで、

守護の意思がはっきりと伝わってくる。


眠る国王の空間。


そこに近づくということは、

国の心臓に触れるということだ。


一人の男が、

ゆっくりと前に出た。


親衛隊長。


その存在だけで、

場の格が変わる。


親衛隊長は、

息の上がった兵士を見下ろし、

低い声で言った。


「……何事だ」


声は大きくない。

だが、

拒絶も、威圧も、すべて含んだ声だった。


「これは陛下の安眠を妨害する行為」


兵士の目をキリッと睨みながら。


「その意味を、

 分かっての行動だろうな?」


兵士は、

即座に片膝をついた。

呼吸を整える暇もない。


だが、

言葉だけは、

寸分も乱れなかった。


「はっ」


顔を上げず、

はっきりと告げる。


「第三王女殿下に関わる、

 緊急事態であります」


廊下の空気が、わずかに変わる。

親衛隊長の目が、細くなる。


「……続けろ」


兵士は、一息で言った。


「城外にて、

 殿下の移動中、

 計画的な襲撃が発生」


「馬車は横転。

 現在、敵は制圧中」


「第三王女殿下は――」


一瞬だけ、言葉を切る。


「――ご無事です」


その一言が、

場の緊張を、ほんのわずかに緩めた。

だが、

それで終わる話ではない。


親衛隊長は、

しばし沈黙した後、

ゆっくりと告げる。


「……分かった」


振り返り、

部下に短く命じる。


「陛下へ取り次げ」


それだけだった。


大仰な動きはない。

だが、

国が動く音が、確かにした。


兵士は、

深く頭を下げる。


そして――

この夜は、

まだ終わらない。


国王のもとへ、

真実が運ばれようとしていた。


親衛隊長の合図を受け、

一人の侍女が、音もなく前に進み出た。


陛下付き――

その立ち居振る舞いには、長年この役目を務めてきた者だけが持つ、

揺るぎのない静けさがある。


兵士の言葉を、

遮ることなく、

一言一句、正確に聞き終えると。


侍女は、深く一礼した。


「……畏まりました」


声は低く、

感情を挟まない。


「ただし――」


わずかに間を置く。


「陛下が起床なさるかどうかは、

 お約束できません」


それは拒絶ではない。

事実の提示だった。


「それは、

 陛下ご自身のお心次第でございます」


そして、さらに一言を添える。


「また……

 寝起きの最初に、そのような報告を受けられる陛下のお立場を思えば」


言葉を、途中で止める。


言わずとも、意味は伝わる。


兵士は、

一瞬だけ唇を引き結び、

それから小さく息を吐いた。


「……わかった」


顔を上げずに答える。


「皆まで言わなくてもいい」


その声には、

焦りも、苛立ちもなかった。


ただ、

覚悟があった。


侍女は、再び一礼する。


「では――試みてみます」


振り返り、

静かに歩き出す。


「こちらで、お待ちください」


扉が閉まる。


廊下に残されたのは、

親衛隊長と、息を整えようとする兵士、

そして――

時間だけだった。


灯された蝋燭の炎が、

揺れる。


一本。

また一本。


蝋の減り具合だけが、

経過を刻む。


誰も、言葉を発しない。


どれほどの時間が経ったのか、

分からなくなりかけた頃。

再び、扉が開いた。


侍女が、戻ってくる。


その表情を見た瞬間、

親衛隊長は悟った。


「――陛下は、起床されました」


短く、しかし明確な言葉。

兵士の背筋が、反射的に伸びる。


「お話を伺う準備を整えます」


侍女は、続ける。


「ただし……

 謁見の間は冷えますので」


ほんのわずか、声が和らぐ。


「第三応接の間へ、お越しください」


それは、

急を要するが、形式に縛られぬ場。


王が、

“国事として”聞く姿勢を示した、ということでもあった。


親衛隊長は、深く一礼する。


「承知した」


兵士も、それに倣う。


蝋燭の炎が、

小さく揺れた。


この夜は、

まだ終わらない。


そして今――

国王は、目を覚ました。

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