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均衡の国の第6王女  作者: てきてき@tekiteki
第三王女

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第三王女「静かな準備」

城を出る準備は、夜の静けさの中で進められていた。


号令はない。

太鼓も鳴らされない。

だが、命令は正確に、迅速に伝わっていく。


護衛隊長は詰所に立ち、短く告げた。


「至急、護衛兵を集めろ」


理由は言わない。

人数も、必要最小限だけ。


それだけで十分だった。


ほどなくして集まった兵たちは、互いに顔を見合わせる。

第三王女の護衛――

その一言だけで、察している者も少なくなかった。


いつも訓練を共にしている。

剣を交え、汗を流し、背中を追い続けてきた王女だ。


希望しない者など、一人もいない。


だが、それがそのまま表に出れば、

「何かあった」と街に伝わってしまう。


それは避けなければならなかった。


護衛隊長は、集まった兵たちを見渡し、

低い声で言った。


「今回は、分散する」


ざわめきが、ほんの一瞬走る。


「対象は一軒ではない。

 周囲の家屋を含めて、全体を護衛する」


広げられた地図の上で、

昼に食事を取った家を中心に、円が描かれる。


「四方を囲む家に、八人ずつ」


指が止まる。


「各家に二人ずつ。

 ただし固定ではない」


兵の一人が、思わず口を開きかける。


だが、護衛隊長は先に言った。


「時間で四人ずつ交代。

 必ず、睡眠を取れ」


人員の顔を順に見ながら。


「有事の際は、この限りではない」


その言葉で、全員が理解する。


「周囲の道路には、巡回を各道筋に六人」


さらに指示は続く。


「その間は三人ずつの交代制。

 ただし、目立つ巡回はするな。

 そして、常に動いて死角を作るな」


兵たちの目が、徐々に変わっていく。


これは単なる“警護”ではない。

街そのものを背景にした、静かな陣立てだ。


「全員、軽装であること。

 もしくは私服も可とする」


「武装は最低限。

 出来る限り、目立つな。

 だが、決して気を抜くな」


護衛隊長は、最後に言い切った。


「殿下は、今夜、城外におられる」


それ以上の説明は不要だった。


兵たちは、誰一人として口を挟まない。

それぞれが、自分の役割を理解している。


指示が終わり、

兵たちが散ろうとした――その時だった。


護衛隊長が、一歩前に出た。


声を張り上げることはしない。

だが、その声は、腹の底から響いていた。


「……待て、伝えておきたいことがある」


自然と、全員の足が止まる。


護衛隊長は、一人ひとりの顔を見渡した。

いつも訓練場で向き合う顔。

剣を交え、汗を流し、時に笑い合った顔。


「お前たちが、今夜、守るものが何か」


息を吸い込んで。


「――しっかりと、目に焼き付けろ」


場の空気が、ぴたりと固まる。


護衛隊長は、ゆっくりと言葉を継いだ。


「今日、国王陛下の御前に立たれた

 第三王女殿下の立ち振る舞いを、

 お前たちは知らぬ」


兵たちの背筋が、自然と伸びる。


「誠に、立派な御姿であった」


声が、わずかに震えた。


「そのお覚悟……

 天を突いたかと思えた」


誰かが、息を呑む音がした。


「今までの人生の中で、

 最高に鳥肌が立った日だった」


護衛隊長は、拳を握りしめる。


「自分の選択で、

 誰かを守ると決め、

 その責を、すべて引き受ける覚悟」


「――あの決意を見て、

 なお従わぬ者がいるとすれば」


護衛隊長は、はっきりと言い切った。


「それは、

 末代までの恥と思え」


一瞬の沈黙。


次の瞬間――

一人の兵が、声を上げた。


「……お守りします!」


それを合図に、

次々と声が重なる。


「必ず!」

「命を懸けて!」

「殿下を!」


声は次第に熱を帯び、

中には、目を潤ませる者もいた。


涙を拭うことすらせず、

ただ、前を見据えている。


護衛隊長は、それを制しはしなかった。


ただ一度だけ、深く頷いた。


「よし」


それだけで、十分だった。


兵たちは、それぞれの配置へと散っていく。

音もなく。

誇示もなく。


夜の街に、

見えない網が、静かに張り巡らされていく。


剣でもない。

盾でもない。


信頼と覚悟で編まれた陣。


誰も気付いていなかった。


この夜が、

ただの“外泊の護衛”では終わらないことを。


誰一人として、

気付いていなかった。


危険が――

ほんのわずかずつ、

確実に、

近づいているということに。


夜は、まだ深い。

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