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第三王女 「やめなさい!」

工房からの帰り道、辺りはすでに薄暗くなっていた。

少し離れれば、人の顔など容易に判別できなくなる時分だ。


それでも――

第三王女の赤髪は、はっきりと映えていた。


ひとまとめにしているとはいえ、

街灯の淡い光を受けて、それは王冠よりもなお目を引く。

そしてさらには、美しさを放つと同時に、

否応なく危険を引き寄せてしまう証でもあった。


第三王女は、歩調を変えぬまま静かに口を開く。


「……気配、あるわね。

不穏な足音。

そして、あの樽のあたりに――二人分」


護衛隊長は短く答えた。


「はい。

 ……早速、排除を」


「待って」


第三王女の声は低かった。


「この時間とはいえ、ここは目立つわ」


「……はい。では、いかがいたしましょうか?」


「殿下は、あの飲食店にでも――」


「いいえ」


第三王女は首を振る。


「用があるのは、私の方にでしょう」


護衛隊長の表情が、わずかに強張る。


「殿下を、一人にするわけにはいきません」


「大丈夫よ」


「承知できかねます」


短い沈黙。


第三王女は、足を止めずに言った。


「……わかりました。

 距離を取ってもらうことは、可能ですか?」


「それならば……多少は」


第三王女は前方を見据え、街灯を指差す。


「そうね、

ここから、あの街灯まで」


「……うーん。

そうおっしゃられるのであれば、承知しました」


その時だった。


少し離れた場所から、

大きな女性の悲鳴が夜気を切り裂いた。


護衛隊長が反射的に身体を向けるより早く、

第三王女がはっきりと指示を出す。


「そちらに向かって!」


続いて、再び響く叫び声。

今度は、聞き慣れない言語だった。

荒く、激しく、意味を掴む前に胸を締め付ける音。


――次の瞬間。


既に、第三王女は走り出していた。


「殿下!」


護衛隊長は慌ててその後を追う。


やがて路地に辿り着いた時、

そこにある光景は一目で理解できるものだった。


赤髪の女性が、

腕っぷしの太い男に、乱暴に髪を掴まれている。


男は完全に酔っていた。

口から吐き出されるのは、

聞き難く、受け入れ難い悪態ばかり。

その発言の中でところどころ、

聞きなれない訛りが入る。


そして――

決定的な言葉が飛び出した。


「この赤髪ってやつはな、

奴隷の印なんだよ

だから何をやってもいいんだよ!」


護衛隊長の呼吸が、一瞬止まる。


「まずいことになった!」


そして、それは的中する。


第三王女は、すでに剣を抜いていた。


「おのれ!いま何を申した!」


酔っ払いは事態が把握できていない。

そして、間の抜けた感じで一言、

余計な事を口走る。


「……なんだ?

お前も赤髪かぁー」


酔った男が、ケタケタ嗤う。

それは完全に火に油だった。



「御免!」


護衛隊長は叫び、

己の剣で第三王女の刃を制した。


金属がぶつかり合う音が、路地に響く。


「なにをする!」


いつになく大きな声を出す第三王女。

その様子から、明らかに冷静さが欠けているのが見て取れた。


「やめなさい!!」


護衛隊長の叱りつける声が、夜を震わせる。


その一喝に、

第三王女は一瞬、はっとして動きを止めた。


護衛隊長は即座に跪く。


「失礼致しました。

 この罰は、如何様にも……」


その声と姿に、第三王女は我に返る。

剣を下ろし、荒い呼吸を整えながら言った。


「……それより」


視線は、赤髪の女性へ。


「彼女を」


「はっ」


護衛隊長の身体は、

皆まで支持を聞く前にもう、一瞬で動いていた。


酔っ払いの横に身体を滑り込ませ、

慣れた手つきで腕を絡める。


酔っ払い男は意味も分からないまま、

女性の髪を掴んでいた指が力なくほどける。


それに合わせて、

先ほどまで悲鳴を上げていた女性の赤髪が、

さらりと解放される。


護衛隊長はそのまま、

掴掴んだ手首を起点に相手の体勢を崩し、

流れるように動かすと――

酔っ払いはいつの間にか、

気づけばうつ伏せに制されていた。


路地に、重たい沈黙が落ちる。


第三王女は、赤髪の女性の前に片膝をつき、

自分の外套をそっと差し出した。


赤髪と赤髪、

二つの真っ赤な象徴が、

街灯の下で静かに重なった。


その王冠よりも美しく、

そして、危険を呼ぶ色。


第三王女は、その意味を、

今日、初めて“現実”として知った。


それでも。


剣を抜いたことを、

守ろうとしたことを、

彼女は後悔していなかった。


――次は、

もっと良いやり方を選ぶために。


第三王女は、そう心に刻み、

静かに夜の中へと立ち上がった。


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